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08 講義室の王女たち
講義室の王女たち 7
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火曜日の午後はみっことは選択教科が違うので、別々に講義を受けて、ティータイムどきにカフェテリアになんとなく集まるのが、いつものパターン。
「あの… 弥生さん。今、いいですか?」
午後一番の講義のあと、筆記用具を片づけているわたしのうしろから、そう呼びかける女の子の声がした。
振り向くとそこに立っていたのは、黒髪でストレートボブの、瞳がクリクリとした可愛い1年生だった。
「わたし、中原由貴ですけど… 覚えてます?」
「ええ、もちろん」
彼女とは夏休み前に、二、三度話したことがある。
なにかの講義の時にとなりの席になって、資料を見せてもらったっけ。
恥ずかしがり屋のおとなしい子で、美術部に所属していて、趣味でイラストを描いていることとかを、頬を赤らめながら話してくれたけど、それ以外で彼女と口をきく機会はなかった。
「弥生さん、今からカフェテリアに行くんでしょ? わたしもいっしょに行っていいですか?」
「え? いいけど…」
わたしの返事を聞いて、彼女は『ほっ』と息をもらし、嬉しそうにうつむく。
いったいどうして、わたしに声をかけてきたんだろ?
講義室からカフェテリアに続く長い廊下を、中原さんは大きな分厚いバッグを両手で抱えて歩く。しばらくはふたりとも黙っていたが、躊躇いがちに、彼女は話を切り出した。
「弥生さんって… 森田さんと、仲、いいですよね」
「森、みっこ? ええ、まあ…」
「実は… 今日はお願いがあって…」
「お願い?」
「ええ…」
意を決したように、中原さんは真剣なまなざしをわたしに向けた。
「わたしに森田さん、紹介してくれませんか?」
「紹介?」
「あの… 弥生さんを利用するみたいで、悪いんですけど。なんか、森田さんって、話しかけづらくって。住んでる世界が違うって感じで…
でも、弥生さんはだれにでも気やすく接してて、いつもニコニコしてるから… 勇気を出して… お願いしてみようかなと」
中原さんはそう言いながらうつむき、リンゴのように頬を真っ赤に染めて、話を続けた。
「わたし、新しい絵を描こうと思ってるんだけど、今、イメージしている絵のモデルを、森田さんにお願いできればと思ってるんです。
コミックイラストと違って、絵画って、ちゃんとモデルいないと、うまく描けないし…」
「モデルねぇ… わたしはいいんだけど…」
そう答えながら、ちょっと戸惑った。
学園祭前の、被服科の小池さんの一件もあるし、みっこが簡単にモデルを引き受けるとは思えない。
「学園祭のファッションショーのモデルを、森田さんが断った話なら、知っています。みんながその噂してたから」
「…そうなんだ」
「だから、わたしなんかがモデルのお願いしたって、無理だって思うんですけど」
「それでも中原さんは、みっこをモデルにして、絵を描きたいのね」
「そうなんです!
森田さんって、わたしが思い描いてる理想の美少女、そのものなんですよ!」
ぱぁっと一瞬、中原さんの瞳が輝く。
しかし、すぐにその笑顔は曇り、自信なさそうにうつむいた。
「わたしにとって彼女は、遠い雲の上の存在だったんですよ」
「雲の上の存在?」
「森田さんって、東京から来たんでしょう? いい所のお嬢さんだって聞いているし、美人だしスタイルいいし、せっかく同じ学校になれたっていうのに、近づくことさえできなくて。
わたしなんかが話しかけても、相手してもらえるかどうか…」
「そんなことないわよ。みっこって、見かけによらず気さくだし」
「森田さんって、モデルやってたじゃないですか。そんなプロの人にお願いしていいものか…」
「『モデルやってた』って…?」
どういうこと?
学園祭のとき、みっこは『モデルにはならない』と言ってたけど、『モデルをやっていた』なんて言わなかった。
「あ!」
そのとき、中原さんが声を漏らして立ち止まったものだから、わたしの思考は途切れた。
カフェテリアの入口に立って、中原さんは窓の方をまぶしげに見つめている。
そこには、ミキちゃんやナオミといっしょに窓際の席に座って、『午後の紅茶』を飲んでいるみっこがいた。
つづく
「あの… 弥生さん。今、いいですか?」
午後一番の講義のあと、筆記用具を片づけているわたしのうしろから、そう呼びかける女の子の声がした。
振り向くとそこに立っていたのは、黒髪でストレートボブの、瞳がクリクリとした可愛い1年生だった。
「わたし、中原由貴ですけど… 覚えてます?」
「ええ、もちろん」
彼女とは夏休み前に、二、三度話したことがある。
なにかの講義の時にとなりの席になって、資料を見せてもらったっけ。
恥ずかしがり屋のおとなしい子で、美術部に所属していて、趣味でイラストを描いていることとかを、頬を赤らめながら話してくれたけど、それ以外で彼女と口をきく機会はなかった。
「弥生さん、今からカフェテリアに行くんでしょ? わたしもいっしょに行っていいですか?」
「え? いいけど…」
わたしの返事を聞いて、彼女は『ほっ』と息をもらし、嬉しそうにうつむく。
いったいどうして、わたしに声をかけてきたんだろ?
講義室からカフェテリアに続く長い廊下を、中原さんは大きな分厚いバッグを両手で抱えて歩く。しばらくはふたりとも黙っていたが、躊躇いがちに、彼女は話を切り出した。
「弥生さんって… 森田さんと、仲、いいですよね」
「森、みっこ? ええ、まあ…」
「実は… 今日はお願いがあって…」
「お願い?」
「ええ…」
意を決したように、中原さんは真剣なまなざしをわたしに向けた。
「わたしに森田さん、紹介してくれませんか?」
「紹介?」
「あの… 弥生さんを利用するみたいで、悪いんですけど。なんか、森田さんって、話しかけづらくって。住んでる世界が違うって感じで…
でも、弥生さんはだれにでも気やすく接してて、いつもニコニコしてるから… 勇気を出して… お願いしてみようかなと」
中原さんはそう言いながらうつむき、リンゴのように頬を真っ赤に染めて、話を続けた。
「わたし、新しい絵を描こうと思ってるんだけど、今、イメージしている絵のモデルを、森田さんにお願いできればと思ってるんです。
コミックイラストと違って、絵画って、ちゃんとモデルいないと、うまく描けないし…」
「モデルねぇ… わたしはいいんだけど…」
そう答えながら、ちょっと戸惑った。
学園祭前の、被服科の小池さんの一件もあるし、みっこが簡単にモデルを引き受けるとは思えない。
「学園祭のファッションショーのモデルを、森田さんが断った話なら、知っています。みんながその噂してたから」
「…そうなんだ」
「だから、わたしなんかがモデルのお願いしたって、無理だって思うんですけど」
「それでも中原さんは、みっこをモデルにして、絵を描きたいのね」
「そうなんです!
森田さんって、わたしが思い描いてる理想の美少女、そのものなんですよ!」
ぱぁっと一瞬、中原さんの瞳が輝く。
しかし、すぐにその笑顔は曇り、自信なさそうにうつむいた。
「わたしにとって彼女は、遠い雲の上の存在だったんですよ」
「雲の上の存在?」
「森田さんって、東京から来たんでしょう? いい所のお嬢さんだって聞いているし、美人だしスタイルいいし、せっかく同じ学校になれたっていうのに、近づくことさえできなくて。
わたしなんかが話しかけても、相手してもらえるかどうか…」
「そんなことないわよ。みっこって、見かけによらず気さくだし」
「森田さんって、モデルやってたじゃないですか。そんなプロの人にお願いしていいものか…」
「『モデルやってた』って…?」
どういうこと?
学園祭のとき、みっこは『モデルにはならない』と言ってたけど、『モデルをやっていた』なんて言わなかった。
「あ!」
そのとき、中原さんが声を漏らして立ち止まったものだから、わたしの思考は途切れた。
カフェテリアの入口に立って、中原さんは窓の方をまぶしげに見つめている。
そこには、ミキちゃんやナオミといっしょに窓際の席に座って、『午後の紅茶』を飲んでいるみっこがいた。
つづく
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