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08 講義室の王女たち
講義室の王女たち 6
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「大正デモクラシィーの頃は、女性の自立運動も盛んになったが、戦争で吹っ飛んでしまった。
しかし皮肉なものだね。現代は平和で男が戦争で死なないものだから、男女比のバランスが崩れてしまって、『男の結婚難』とかで、今は女性の方が『アッシーくん』だとか『貢ぐくん』だとか、男性を逆差別しているじゃないか」
「でもそれは、男の人が余っているからで、差別問題の解決なんかではなく、単に、男の人が女の子を甘やかし過ぎているってことじゃないでしょうか?
だから世の中にこんなにも、ワガママでバカなお嬢さまが増えてしまっていると思います」
「ははは。『ワガママでバカなお嬢さま』か。それは言い得て妙かもしれないなぁ。君たちのような、若くて過激な意見を聞くのは、脳みそのマッサージになって、いいものだよ」
「はい…」
「君の小説も、おもしろく読ませてもらったよ」
「えっ?」
ドキリとして西田教授を見る。
今までと変わらない穏やかな表情で、教授はわたしを見返している。
「『講義室の王女たち』だったね、君の小説のタイトルは。
現役女子大生の枠組みに埋もれることなく、客観的に自分たちの言動をモニターできていて、実に立体的に描けていた作品だったよ」
「…はい」
返事をしながら、わたしは思わずうつむいた。
尊敬する西田教授から、自分の書いた物のことをそんな風に褒められると、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってしまう。
「ぼくの書く予定にしている今度のエッセイでは、君たちのことを、さっきの講師の話じゃないが、政治経済の面から切り込んだり、教育問題を提起してみたり、歴史面から掘り下げてみたりと、多角的に描いていこうと思っているけど、説教くさいものにはしたくないんだよ。
あくまで、女子学生の行動の中で、さりげなく語っていくつもりにしているんだ。
だから君のような、いろいろと物事を考えている学生の意見も聞かせてもらえれば、本当にありがたいな」
「あ、ありがとうございます」
そう答えるのが精いっぱいだった。
それでも西田教授は最後までほがらかに、わたしのたどたどしい話を、頷きながら聞いて下さった。時々、教授の方からも、わたしの意見にチェックを入れて下さったりして、いろいろ気がつくことも多く、昼休みのひとときを、わたしは教授と愉しく過ごすことができた。
「お。そろそろ講義が始まるようだね」
休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、教授は立ち上がって、次の講義に持っていく資料を用意しはじめた。もうそんなに時間が経っていたんだ。
「弥生君、今日はありがとう。またいろいろ話を聞かせてくれないか?」
さっきの講師に対してと同じ口調で、教授はわたしにお礼を述べて下さる。
「は… はい。わたしでよかったら」
「だけど、君がこれからもずっと小説を書き続けたら、おもしろいだろうね」
「え?」
「君のように、熱意を持って文学に取り組むことができるのは、一種の才能だよ。喜怒哀楽や政治・思想を超えた所に、文学の神髄は存在するのだからね。なにがあっても書き続けていけるといいね」
そう言って微笑みながら、教授はわたしを扉の所まで見送って下さった。
重い扉の軋む音が、背中で響く。
薄暗い廊下を歩くわたしは、知らず知らずのうちに足どりが軽くなり、スキップを踏むようにしていた。
もし、今、向こうから人が来たら、わたしのしまりのない顔を見て、おかしく思うだろう。
『やったぁ!』
心の中で叫ぶ。
なんてエポックメイキングな日。
わたしは西田教授に認められたんだ。
だけど…
『喜怒哀楽や政治・思想を超えた所に、文学の神髄は存在する』
って、どういうことだろう?
文学って、喜怒哀楽や思想を描くものだと思うんだけど…
西田教授のおっしゃることは、やっぱり深い。
もっといろんな経験を重ねて、たくさんの作品を書いていかないと、この言葉の真意はわからないのかもしれない。
つづく
しかし皮肉なものだね。現代は平和で男が戦争で死なないものだから、男女比のバランスが崩れてしまって、『男の結婚難』とかで、今は女性の方が『アッシーくん』だとか『貢ぐくん』だとか、男性を逆差別しているじゃないか」
「でもそれは、男の人が余っているからで、差別問題の解決なんかではなく、単に、男の人が女の子を甘やかし過ぎているってことじゃないでしょうか?
だから世の中にこんなにも、ワガママでバカなお嬢さまが増えてしまっていると思います」
「ははは。『ワガママでバカなお嬢さま』か。それは言い得て妙かもしれないなぁ。君たちのような、若くて過激な意見を聞くのは、脳みそのマッサージになって、いいものだよ」
「はい…」
「君の小説も、おもしろく読ませてもらったよ」
「えっ?」
ドキリとして西田教授を見る。
今までと変わらない穏やかな表情で、教授はわたしを見返している。
「『講義室の王女たち』だったね、君の小説のタイトルは。
現役女子大生の枠組みに埋もれることなく、客観的に自分たちの言動をモニターできていて、実に立体的に描けていた作品だったよ」
「…はい」
返事をしながら、わたしは思わずうつむいた。
尊敬する西田教授から、自分の書いた物のことをそんな風に褒められると、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってしまう。
「ぼくの書く予定にしている今度のエッセイでは、君たちのことを、さっきの講師の話じゃないが、政治経済の面から切り込んだり、教育問題を提起してみたり、歴史面から掘り下げてみたりと、多角的に描いていこうと思っているけど、説教くさいものにはしたくないんだよ。
あくまで、女子学生の行動の中で、さりげなく語っていくつもりにしているんだ。
だから君のような、いろいろと物事を考えている学生の意見も聞かせてもらえれば、本当にありがたいな」
「あ、ありがとうございます」
そう答えるのが精いっぱいだった。
それでも西田教授は最後までほがらかに、わたしのたどたどしい話を、頷きながら聞いて下さった。時々、教授の方からも、わたしの意見にチェックを入れて下さったりして、いろいろ気がつくことも多く、昼休みのひとときを、わたしは教授と愉しく過ごすことができた。
「お。そろそろ講義が始まるようだね」
休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、教授は立ち上がって、次の講義に持っていく資料を用意しはじめた。もうそんなに時間が経っていたんだ。
「弥生君、今日はありがとう。またいろいろ話を聞かせてくれないか?」
さっきの講師に対してと同じ口調で、教授はわたしにお礼を述べて下さる。
「は… はい。わたしでよかったら」
「だけど、君がこれからもずっと小説を書き続けたら、おもしろいだろうね」
「え?」
「君のように、熱意を持って文学に取り組むことができるのは、一種の才能だよ。喜怒哀楽や政治・思想を超えた所に、文学の神髄は存在するのだからね。なにがあっても書き続けていけるといいね」
そう言って微笑みながら、教授はわたしを扉の所まで見送って下さった。
重い扉の軋む音が、背中で響く。
薄暗い廊下を歩くわたしは、知らず知らずのうちに足どりが軽くなり、スキップを踏むようにしていた。
もし、今、向こうから人が来たら、わたしのしまりのない顔を見て、おかしく思うだろう。
『やったぁ!』
心の中で叫ぶ。
なんてエポックメイキングな日。
わたしは西田教授に認められたんだ。
だけど…
『喜怒哀楽や政治・思想を超えた所に、文学の神髄は存在する』
って、どういうことだろう?
文学って、喜怒哀楽や思想を描くものだと思うんだけど…
西田教授のおっしゃることは、やっぱり深い。
もっといろんな経験を重ねて、たくさんの作品を書いていかないと、この言葉の真意はわからないのかもしれない。
つづく
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