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08 講義室の王女たち
講義室の王女たち 5
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「は、はい?」
いきなり話題を振られたものだから、思わずあせって返事がうわずる。
こちらを振り返った西田教授は、微笑みながら説明してくれた。
「いや。実はある雑誌から『現代の女子学生についてエッセイを連載しないか』と依頼を受けてね。そのことでぼくらは話していたんだよ。それで、当のご本人たちの意見も聞きたくてね。本当はぼくの方から伺わなきゃいけなかったところを、わざわざすまんね」
そう言いながら教授は冷蔵庫からコーヒー豆を取り出し、2杯3杯すくってドリッパーに入れた。
「それでは。私は次の講義の準備があるので、これで失礼します」
そう言って、若い講師は席を立った。
「そうかね? コーヒーでも飲んでいかないかね?」
「いえ。けっこうです」
「君の話はなかなか興味深かったよ。またぜひ聞かせてくれないか?」
「おそれいります」
まじめな顔でそう答えた講師は、深々と一礼して研究室を出ていった。
「若い人の考えは、刺激的でおもしろいね」
淹れたばかりのコーヒーをカップに注ぎ、わたしに差し出しながら、教授は微笑んだ。
恐縮してカップを受け取る。アロマの芳醇な香りが心地よく鼻腔をくすぐり、さっきまでの固苦しい話で緊張していた気持ちを、ほぐしてくれる。
「彼の意見を聞いていると、明治維新の志士を連想してしまうよ。やはり社会の変革は、ああいった若々しいエネルギーで行わないとねぇ」
「はあ」
「弥生君は今まさに女子大生そのものだろう。自分の立場で、彼に対して反論はないかね?」
「反論と言われましても…」
そう言いながら、わたしは必死で、さっきの若い講師の言葉を整理していた。
「わたしたち… 『今の女子大生』なんて存在じゃなく、ひとりひとり、ちゃんとした名前を持っています」
「ほう」
「わたしはあまり、『ブランドが好き』ってわけでもないですし、自分の価値観もそれなりに探しているつもりですから、『今の女子大生』の一言で括られるのは、ちょっと抵抗があるんです」
「なるほどね。そうだろうねぇ」
「だけど、『女子大生の教養を求めていない社会構造』っていうのは、なんだかわかるような…
社会の重要な位置にいるのはほとんど男性だし、女性雑誌の編集も男性がしているくらいだから、社会全体が、男性にとって都合のいい女性を作ろうとしている気がして、女としてちょっと口惜しいです」
「ははは。日本では明治時代の富国強兵策から、『良妻賢母』だの『大和撫子』だのと綺麗な言葉を使って、女性の自立を妨げて、君たちを男社会に従わせようとしてきたのは、歴史的事実だよ」
「そうなんですか?」
「遡って戦国時代は、女性が直接、戦に出陣することはないとしても、男性とは違った立場で、積極的に政治に参加し、政治家や参謀として目覚ましい働きがあったんだ。よその国への政略結婚にしても、単に血縁関係を強めるだけでなく、『外交官』としての器量や機智、才能を求められていたのだよ。
女性の、男性への影響力は、今も昔も計り知れないものがあるからねぇ。
結婚相手の武将を閨で籠絡するのも、世継ぎを産んで他家を内側から掌握するのも、女性の大事な仕事というわけだね」
「わたしの知っている戦国時代の女性って、男性の駆け引きの道具にされるだけで、自主性のない、悲しい定めのイメージでした」
「歴史ドラマなどはそういう印象が強いねえ。
三百年以上に及ぶ徳川幕府の差別政策は、男女差別にも及んでいて、女性の参政権は奪われ、家に封じ込まれてしまったからねぇ。
現代の日本でも、江戸時代の差別意識は根強く残っているから、小説やドラマでも、女性をそういう視点から描きがちだね」
「その差別から女性が抜け出すことは、できないんでしょうか?」
つづく
いきなり話題を振られたものだから、思わずあせって返事がうわずる。
こちらを振り返った西田教授は、微笑みながら説明してくれた。
「いや。実はある雑誌から『現代の女子学生についてエッセイを連載しないか』と依頼を受けてね。そのことでぼくらは話していたんだよ。それで、当のご本人たちの意見も聞きたくてね。本当はぼくの方から伺わなきゃいけなかったところを、わざわざすまんね」
そう言いながら教授は冷蔵庫からコーヒー豆を取り出し、2杯3杯すくってドリッパーに入れた。
「それでは。私は次の講義の準備があるので、これで失礼します」
そう言って、若い講師は席を立った。
「そうかね? コーヒーでも飲んでいかないかね?」
「いえ。けっこうです」
「君の話はなかなか興味深かったよ。またぜひ聞かせてくれないか?」
「おそれいります」
まじめな顔でそう答えた講師は、深々と一礼して研究室を出ていった。
「若い人の考えは、刺激的でおもしろいね」
淹れたばかりのコーヒーをカップに注ぎ、わたしに差し出しながら、教授は微笑んだ。
恐縮してカップを受け取る。アロマの芳醇な香りが心地よく鼻腔をくすぐり、さっきまでの固苦しい話で緊張していた気持ちを、ほぐしてくれる。
「彼の意見を聞いていると、明治維新の志士を連想してしまうよ。やはり社会の変革は、ああいった若々しいエネルギーで行わないとねぇ」
「はあ」
「弥生君は今まさに女子大生そのものだろう。自分の立場で、彼に対して反論はないかね?」
「反論と言われましても…」
そう言いながら、わたしは必死で、さっきの若い講師の言葉を整理していた。
「わたしたち… 『今の女子大生』なんて存在じゃなく、ひとりひとり、ちゃんとした名前を持っています」
「ほう」
「わたしはあまり、『ブランドが好き』ってわけでもないですし、自分の価値観もそれなりに探しているつもりですから、『今の女子大生』の一言で括られるのは、ちょっと抵抗があるんです」
「なるほどね。そうだろうねぇ」
「だけど、『女子大生の教養を求めていない社会構造』っていうのは、なんだかわかるような…
社会の重要な位置にいるのはほとんど男性だし、女性雑誌の編集も男性がしているくらいだから、社会全体が、男性にとって都合のいい女性を作ろうとしている気がして、女としてちょっと口惜しいです」
「ははは。日本では明治時代の富国強兵策から、『良妻賢母』だの『大和撫子』だのと綺麗な言葉を使って、女性の自立を妨げて、君たちを男社会に従わせようとしてきたのは、歴史的事実だよ」
「そうなんですか?」
「遡って戦国時代は、女性が直接、戦に出陣することはないとしても、男性とは違った立場で、積極的に政治に参加し、政治家や参謀として目覚ましい働きがあったんだ。よその国への政略結婚にしても、単に血縁関係を強めるだけでなく、『外交官』としての器量や機智、才能を求められていたのだよ。
女性の、男性への影響力は、今も昔も計り知れないものがあるからねぇ。
結婚相手の武将を閨で籠絡するのも、世継ぎを産んで他家を内側から掌握するのも、女性の大事な仕事というわけだね」
「わたしの知っている戦国時代の女性って、男性の駆け引きの道具にされるだけで、自主性のない、悲しい定めのイメージでした」
「歴史ドラマなどはそういう印象が強いねえ。
三百年以上に及ぶ徳川幕府の差別政策は、男女差別にも及んでいて、女性の参政権は奪われ、家に封じ込まれてしまったからねぇ。
現代の日本でも、江戸時代の差別意識は根強く残っているから、小説やドラマでも、女性をそういう視点から描きがちだね」
「その差別から女性が抜け出すことは、できないんでしょうか?」
つづく
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