Campus91

茉莉 佳

文字の大きさ
上 下
79 / 300
08 講義室の王女たち

講義室の王女たち 5

しおりを挟む
「は、はい?」
いきなり話題を振られたものだから、思わずあせって返事がうわずる。
こちらを振り返った西田教授は、微笑みながら説明してくれた。
「いや。実はある雑誌から『現代の女子学生についてエッセイを連載しないか』と依頼を受けてね。そのことでぼくらは話していたんだよ。それで、当のご本人たちの意見も聞きたくてね。本当はぼくの方から伺わなきゃいけなかったところを、わざわざすまんね」
そう言いながら教授は冷蔵庫からコーヒー豆を取り出し、2杯3杯すくってドリッパーに入れた。
「それでは。私は次の講義の準備があるので、これで失礼します」
そう言って、若い講師は席を立った。
「そうかね? コーヒーでも飲んでいかないかね?」
「いえ。けっこうです」
「君の話はなかなか興味深かったよ。またぜひ聞かせてくれないか?」
「おそれいります」
まじめな顔でそう答えた講師は、深々と一礼して研究室を出ていった。

「若い人の考えは、刺激的でおもしろいね」
淹れたばかりのコーヒーをカップに注ぎ、わたしに差し出しながら、教授は微笑んだ。
恐縮してカップを受け取る。アロマの芳醇な香りが心地よく鼻腔をくすぐり、さっきまでの固苦しい話で緊張していた気持ちを、ほぐしてくれる。
「彼の意見を聞いていると、明治維新の志士を連想してしまうよ。やはり社会の変革は、ああいった若々しいエネルギーで行わないとねぇ」
「はあ」
「弥生君は今まさに女子大生そのものだろう。自分の立場で、彼に対して反論はないかね?」
「反論と言われましても…」
そう言いながら、わたしは必死で、さっきの若い講師の言葉を整理していた。
「わたしたち… 『今の女子大生』なんて存在じゃなく、ひとりひとり、ちゃんとした名前を持っています」
「ほう」
「わたしはあまり、『ブランドが好き』ってわけでもないですし、自分の価値観もそれなりに探しているつもりですから、『今の女子大生』の一言でくくられるのは、ちょっと抵抗があるんです」
「なるほどね。そうだろうねぇ」
「だけど、『女子大生の教養を求めていない社会構造』っていうのは、なんだかわかるような… 
社会の重要な位置にいるのはほとんど男性だし、女性雑誌の編集も男性がしているくらいだから、社会全体が、男性にとって都合のいい女性を作ろうとしている気がして、女としてちょっと口惜しいです」
「ははは。日本では明治時代の富国強兵策から、『良妻賢母』だの『大和撫子』だのと綺麗な言葉を使って、女性の自立を妨げて、君たちを男社会に従わせようとしてきたのは、歴史的事実だよ」
「そうなんですか?」
さかのぼって戦国時代は、女性が直接、いくさに出陣することはないとしても、男性とは違った立場で、積極的に政治に参加し、政治家や参謀として目覚ましい働きがあったんだ。よその国への政略結婚にしても、単に血縁関係を強めるだけでなく、『外交官』としての器量や機智、才能を求められていたのだよ。
女性の、男性への影響力は、今も昔も計り知れないものがあるからねぇ。
結婚相手の武将をねや籠絡ろうらくするのも、世継ぎを産んで他家を内側から掌握するのも、女性の大事な仕事というわけだね」
「わたしの知っている戦国時代の女性って、男性の駆け引きの道具にされるだけで、自主性のない、悲しい定めのイメージでした」
「歴史ドラマなどはそういう印象が強いねえ。
三百年以上に及ぶ徳川幕府の差別政策は、男女差別にも及んでいて、女性の参政権は奪われ、家に封じ込まれてしまったからねぇ。
現代の日本でも、江戸時代の差別意識は根強く残っているから、小説やドラマでも、女性をそういう視点から描きがちだね」
「その差別から女性が抜け出すことは、できないんでしょうか?」

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

ブラック企業との戦い YOU乗す労働スター 

今村 駿一
ライト文芸
 ブラック企業に勤める渡辺は度重なるサービス残業とパワハラ、長時間勤務で毎日過酷な日々を送っていた。退職しようにも辞められない。  そんな環境の中で自分と正反対の素敵な存在を見つける。

シリーズ 愉快なQちゃん -わが母の記ー

松澤 康廣
ライト文芸
 超高齢のQちゃんが起こす、素朴で笑える独特の世界を描いてみました。思いっきり笑ってください。

金サン!

桃青
ライト文芸
 占い師サエの仕事の相棒、美猫の金サンが、ある日突然人間の姿になりました。人間の姿の猫である金サンによって引き起こされる、ささやかな騒動と、サエの占いを巡る真理探究の話でもあります。ライトな明るさのある話を目指しました。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

僕は主夫で妻は医者

雄太
ライト文芸
智也(46)は会社を辞めて現在の仕事は家で家事をする専業主夫。一方妻の翔子(46)は国立病院に勤務する医者である。智也は妻の翔子から毎月お小遣いをもらい、妻の尻に敷かれていた。ある日智也がバスに乗っているとき痴漢の疑いをかけられる。警察に連れていかれた智也は大ピンチに。

ボッチ時空を越えて

東城
BL
大学生の佐藤は新宿の公園で未来人と遭遇する。未来人の強引な依頼で1980年代にタイムリープしてしまう。 タイムリープした昭和の時代でバンドマンのパワーくんという青年と出会う。名前が力だから、あだ名がパワーくん。超絶イケメンで性格も良いパワーくんは、尊すぎて推しという存在だ。 推し活に励み楽しい日々が過ぎていくが、いずれは元の時代に戻らないといけないことは佐藤もわかっていた。

【完結】ホテルグルメはまかないさんから

櫛田こころ
ライト文芸
眞島怜は、ごく一般的な女子大生だった。 違う点があるとすれば、バイト内容。そこそこお高めのビジネスホテルの宴会部門スタッフであることだ。華やかに見えて、かなりの重労働。ヒールは低めでもパンプスを履いているせいか、脚が太めになるのがデメリットくらい。 そんな彼女の唯一の楽しみは……社員食堂で食べられる『まかない』だった。事務所の仕組みで、バイトでも500円を払えば社食チケットがもらえる。それで、少ないセットメニューを選んで食べられるのだ。 作るのは、こちらもバイトで働いている小森裕司。 二人の何気ない日常を綴る物語だ。

処理中です...