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07 Carnival Night
Carnival Night 15
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日本職業モデル組合加盟
Dessinateur代表取締役社長 高村雅人
「…」
やる気なさそうに名刺を一瞥したみっこだったが、『おや?』という風に一瞬目を見開き、少し間を置いて、興味なさげに応える。
「ふうん。いいんじゃない?」
「でしょ! やったね! これであたしもモデルだぁ!」
ナオミは嬉しそうにみっこの手を取って、パシパシと叩く。複雑そうな表情でみっこは黙って、ナオミにされるがままになっていた。
そうよね。
森田美湖にないものを、河合奈保美はいっぱい持っているんだもの。
みっこのモデルの話を聞いた今、求めても絶対に得られないものを最初から持っているナオミを、彼女が羨やむ気持ちも、分かるような気がする。
その時、小径の向こうに、また別の人影が現れた。
それは三人の男の人。
まっすぐこちらへ向かってきたが、わたしたちからちょっと距離をおいて、おずおずと立ち止まった。
「あの…」
三人ともまだ高校生のような、あどけなさの残る顔立ち。
その中のひとりの、つぶらな瞳をした髪の綺麗な少年が、ためらいがちにみっこの方を向いて、話しかけてきた。
「こっ、こんばんは。あの… すみません。ちょっと、お話ししていいですか?」
みっこは黙って座ったまま、その少年を見つめている。だけどナオミは、彼を見てクスクス笑いだした。まあ、それもしかたないかも。
だって、その少年は緊張のせいか、すっかりアガってて、夜の薄明かりの中でも、顔はおろか耳たぶまで、真っ赤になっているのがわかるんだもの。
まあこれも、ナンパの一種だろうけど、さっきの『あべちゃん』と違って、ちょっと純情っぽくて、わりと好感が持てるかも。
ふたりの友だちに背中を押され、はずみで少年は二・三歩、みっこの前に進み出た。
「あの… 『みっこさん』っておっしゃるん… ですよね。
い、いえ。ストーカーとかじゃないです。そちらのお友だちから、そう呼ばれているのを、きっ、聞いたから…」
「…」
「ぼく、昼からあなたのこと見てて、いいなって思ってて… それで、夜までいたらフォークダンスに誘おうと思って… そう決めてて、それで…」
そこで言葉が詰まって、彼は恥ずかしそうにうつむいた。
『どうしたんだよ!』『ちゃんとキメろよ!』と、後ろの友だちからエールが飛ぶ。
「それで… い、一曲だけでいいですから、ぼくとフォークダンス、踊って下さい!」
力んだ口調でそう言うと、少年はふうっと大きく息を吐き出し、審判を待つ子羊のように、ぎゅっと目をつぶる。カッコつけのナンパばかり見てたせいか、朴訥とした彼の姿は、なんだか微笑ましくさえ思えてくる。
この少年は今日、女子大の文化祭に遊びにきて、偶然、綺麗な年上の女の子を見かけ、ひとめ惚れしてしまったんだろな。
だけど勇気が出ずに話しかけられなくて、今まで遠くから見めるだけだったのかな。
そんな純情な男の子は、今どき小学生でも珍しいかもしれない。
「人を誘うときは、まず、自己紹介するのが礼儀でしょ?」
みっこはそう言って少年を諌めた。だけどその口調は、けっして厳しいものではなかった。
少年はあわてて頭をかき、ますます頬を赤くする。
「ごっ… ごめんなさい! ぼく、上村といいます。上村一総。昇曜館高校二年です」
へぇ~っ。
昇曜館高校といえば、この辺ではわりと有名な私立の進学校じゃない。
いかにも育ちのよさそうな雰囲気で、こうして女の子に声をかけることすら、人生初って感じ。
言い訳のように、上村君はボソボソとしゃべる。
「あの… ぼく、こんな誘い方はナンパみたいで、好きじゃないんだけど…」
「上村君は、あたしをフォークダンスに誘ったあと、真夜中までドライブして、どこかの海岸でクルマを止めて、シートを倒すつもり?」
みっこが茶化す。
「そ、そんなことしません! からかわないで下さい! それに… クルマなんてまだないし。チャリンコには乗せられないし…」
上村君は耳たぶまで赤くして否定した。それを見てみっこは、わずかに頬をゆるめる。
「…いいわ。踊りましょ。あたしもちょうど、踊りたい気分だったの」
そう言って、みっこは立ち上がった。
つづく
Dessinateur代表取締役社長 高村雅人
「…」
やる気なさそうに名刺を一瞥したみっこだったが、『おや?』という風に一瞬目を見開き、少し間を置いて、興味なさげに応える。
「ふうん。いいんじゃない?」
「でしょ! やったね! これであたしもモデルだぁ!」
ナオミは嬉しそうにみっこの手を取って、パシパシと叩く。複雑そうな表情でみっこは黙って、ナオミにされるがままになっていた。
そうよね。
森田美湖にないものを、河合奈保美はいっぱい持っているんだもの。
みっこのモデルの話を聞いた今、求めても絶対に得られないものを最初から持っているナオミを、彼女が羨やむ気持ちも、分かるような気がする。
その時、小径の向こうに、また別の人影が現れた。
それは三人の男の人。
まっすぐこちらへ向かってきたが、わたしたちからちょっと距離をおいて、おずおずと立ち止まった。
「あの…」
三人ともまだ高校生のような、あどけなさの残る顔立ち。
その中のひとりの、つぶらな瞳をした髪の綺麗な少年が、ためらいがちにみっこの方を向いて、話しかけてきた。
「こっ、こんばんは。あの… すみません。ちょっと、お話ししていいですか?」
みっこは黙って座ったまま、その少年を見つめている。だけどナオミは、彼を見てクスクス笑いだした。まあ、それもしかたないかも。
だって、その少年は緊張のせいか、すっかりアガってて、夜の薄明かりの中でも、顔はおろか耳たぶまで、真っ赤になっているのがわかるんだもの。
まあこれも、ナンパの一種だろうけど、さっきの『あべちゃん』と違って、ちょっと純情っぽくて、わりと好感が持てるかも。
ふたりの友だちに背中を押され、はずみで少年は二・三歩、みっこの前に進み出た。
「あの… 『みっこさん』っておっしゃるん… ですよね。
い、いえ。ストーカーとかじゃないです。そちらのお友だちから、そう呼ばれているのを、きっ、聞いたから…」
「…」
「ぼく、昼からあなたのこと見てて、いいなって思ってて… それで、夜までいたらフォークダンスに誘おうと思って… そう決めてて、それで…」
そこで言葉が詰まって、彼は恥ずかしそうにうつむいた。
『どうしたんだよ!』『ちゃんとキメろよ!』と、後ろの友だちからエールが飛ぶ。
「それで… い、一曲だけでいいですから、ぼくとフォークダンス、踊って下さい!」
力んだ口調でそう言うと、少年はふうっと大きく息を吐き出し、審判を待つ子羊のように、ぎゅっと目をつぶる。カッコつけのナンパばかり見てたせいか、朴訥とした彼の姿は、なんだか微笑ましくさえ思えてくる。
この少年は今日、女子大の文化祭に遊びにきて、偶然、綺麗な年上の女の子を見かけ、ひとめ惚れしてしまったんだろな。
だけど勇気が出ずに話しかけられなくて、今まで遠くから見めるだけだったのかな。
そんな純情な男の子は、今どき小学生でも珍しいかもしれない。
「人を誘うときは、まず、自己紹介するのが礼儀でしょ?」
みっこはそう言って少年を諌めた。だけどその口調は、けっして厳しいものではなかった。
少年はあわてて頭をかき、ますます頬を赤くする。
「ごっ… ごめんなさい! ぼく、上村といいます。上村一総。昇曜館高校二年です」
へぇ~っ。
昇曜館高校といえば、この辺ではわりと有名な私立の進学校じゃない。
いかにも育ちのよさそうな雰囲気で、こうして女の子に声をかけることすら、人生初って感じ。
言い訳のように、上村君はボソボソとしゃべる。
「あの… ぼく、こんな誘い方はナンパみたいで、好きじゃないんだけど…」
「上村君は、あたしをフォークダンスに誘ったあと、真夜中までドライブして、どこかの海岸でクルマを止めて、シートを倒すつもり?」
みっこが茶化す。
「そ、そんなことしません! からかわないで下さい! それに… クルマなんてまだないし。チャリンコには乗せられないし…」
上村君は耳たぶまで赤くして否定した。それを見てみっこは、わずかに頬をゆるめる。
「…いいわ。踊りましょ。あたしもちょうど、踊りたい気分だったの」
そう言って、みっこは立ち上がった。
つづく
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