67 / 300
07 Carnival Night
Carnival Night 13
しおりを挟む
ロビーはまだなんとか、正常な世界だった。
「ふふふふ」
わたしのあとから出てきたみっこは、意味深な含み笑いを浮かべて、うしろ手で会場の扉を閉める。
「な… なんなの? その笑い方は」
「さつきって、やっぱり純情。可愛い」
「みっこはあんなのが回りにウヨウヨいても、平気なの?」
「平気じゃないわよ。やっぱりムラムラしちゃう」
「あ~。なんか、いやらしい言い方」
「だって。いいな~って思うじゃない。あんなことしちゃって」
「ええ~~っ! みっこって意外とエロいのね」
「あたし淫乱だもん。さつき、しよ!」
じゃれるように言いながら、みっこはわたしに抱きついてくる。
もうっ。ほんとに今夜のみっこは、テンションおかしいんだから。
その時、わたしたちの目の前に、いきなりワイングラスがふたつ差し出され、男の人が声をかけてきた。
「飲まない? これぼくからのおごり」
声の方へ目をやると、そこにはダークブラウンのブラウスに、ペーズリー模様のスカーフタイを巻いた、背の高い男の人が立っていた。顔立ちは整っていて、いかにも女の子が好みそうなタイプなんだけど、ちょっと軽薄そうで、薄いサングラスが気取った感じ。
「あら。おごってもらう理由なんて、ないですよ」
みっこは振り返ってにこやかに言った。
「そんな理由、今からいくらでも作れるさ」
そう言いながら彼は、無遠慮にみっこの肩に腕を回す。
わずかに香るお酒の匂いとタバコ臭。
苦手だな、こういうタイプ。
「ぼく、アベちゃん。西蘭学院大学四年。ここの女子大のスタッフといっしょに、今夜のダンパをしきってるスタッフのトップ」
「よろしく、森田です」
「トップって言ってもね、運営自体は全部後輩がやったり、下のサークルに『かませ』たりしてるから、ぼくは指示するだけでいいんだよ」
「偉いんですね」
「まあね。上に立つ人間は、働いちゃダメなんだ。下っ端に働かせ、自分は偉そうにしているのが、一番なのさ」
「ふぅ~ん。すごいんですね」
みっこは冷ややかに微笑みながら、肩に回された『アベちゃん』の腕を、やんわりと押しのける。それでも『アベちゃん』は性懲りもなく、みっこの腰に手を回してくる。
「森田ちゃん? 今晩、ヒマ? 君を連れて行きたい、いいお店があるんだ。レストランガイドで五つ星とった、ドレスコードのある最高級のフレンチだよ」
「素敵ですね」
『アベちゃん』から渡されたワイングラスを手にしたまま、みっこはそう言って彼の首に腕を回したが、一瞬そう見えただけで、そのままつま先でクルリと回り、腰に回された彼の腕をすり抜けた。
「だけど、そんな『いいお店』に行くなら、それなりの準備をしないと。ね、アベちゃん」
「どんな準備?」
「あたし、そんなドレスコードのある様なレストランに着ていける、いい服持ってないんです。いい靴だってはいてかなきゃいけないし、それならアクセサリーも、気の利いたものがいりますよ」
「任せてよ、そのくらい。『AIMER』あたりでイブニングドレスを調達すればいいだろ。今夜は売り上げも多いことだし、君にはたっぷり贅沢させてあげられるよ。もちろんいいクルマだって用意するさ。ぼくが普段乗ってるBMWでよければ」
そう言って、『アベちゃん』はみっこに顔を寄せる。
ん~、かなり遊び慣れた感じ。おまけになんかバブリーだし、ますます好きになれないタイプ。
一瞬、みっこはあきれた顔を見せたが、すぐに微笑みながら言った。
「でも、いちばん大事なのは、いい男を用意して下さることですよ」
「いい男? それならここにいるじゃない」
「わぉ。びっくりですね」
そう言いながら、みっこはグラスを彼の頭の上に持っていき、タラタラとワインをこぼした。
「なっ… なにするんだよ!」
『アベちゃん』は驚いて声を張り上げ、みっこのそばを飛びのいた。あわてた拍子にサングラスが飛んで床に落ち、ガジャンと砕けた。
「これがあたしの返事ですよ」
「サングラスが割れたぞ! ジバンシィのスーツも台無しだ! どうしてくれるんだ!」
「今夜は売り上げが多いんでしょう? あたしの服なんて買ってないで、自分のを新調すればいいじゃないですか」
「謝れよ!」
「あらあら、みっともない。いい男は女の子のいたずらに、そんなにムキになって怒らないものですよ」
謝る気なんてさらさらなさそうに、みっこはニッコリ微笑むと、わたしの腕をとって歩き出し、『アベちゃん』に手を振る。
「ワインごちそうさま。つまらない時間をありがとう。アベちゃん」
つづく
「ふふふふ」
わたしのあとから出てきたみっこは、意味深な含み笑いを浮かべて、うしろ手で会場の扉を閉める。
「な… なんなの? その笑い方は」
「さつきって、やっぱり純情。可愛い」
「みっこはあんなのが回りにウヨウヨいても、平気なの?」
「平気じゃないわよ。やっぱりムラムラしちゃう」
「あ~。なんか、いやらしい言い方」
「だって。いいな~って思うじゃない。あんなことしちゃって」
「ええ~~っ! みっこって意外とエロいのね」
「あたし淫乱だもん。さつき、しよ!」
じゃれるように言いながら、みっこはわたしに抱きついてくる。
もうっ。ほんとに今夜のみっこは、テンションおかしいんだから。
その時、わたしたちの目の前に、いきなりワイングラスがふたつ差し出され、男の人が声をかけてきた。
「飲まない? これぼくからのおごり」
声の方へ目をやると、そこにはダークブラウンのブラウスに、ペーズリー模様のスカーフタイを巻いた、背の高い男の人が立っていた。顔立ちは整っていて、いかにも女の子が好みそうなタイプなんだけど、ちょっと軽薄そうで、薄いサングラスが気取った感じ。
「あら。おごってもらう理由なんて、ないですよ」
みっこは振り返ってにこやかに言った。
「そんな理由、今からいくらでも作れるさ」
そう言いながら彼は、無遠慮にみっこの肩に腕を回す。
わずかに香るお酒の匂いとタバコ臭。
苦手だな、こういうタイプ。
「ぼく、アベちゃん。西蘭学院大学四年。ここの女子大のスタッフといっしょに、今夜のダンパをしきってるスタッフのトップ」
「よろしく、森田です」
「トップって言ってもね、運営自体は全部後輩がやったり、下のサークルに『かませ』たりしてるから、ぼくは指示するだけでいいんだよ」
「偉いんですね」
「まあね。上に立つ人間は、働いちゃダメなんだ。下っ端に働かせ、自分は偉そうにしているのが、一番なのさ」
「ふぅ~ん。すごいんですね」
みっこは冷ややかに微笑みながら、肩に回された『アベちゃん』の腕を、やんわりと押しのける。それでも『アベちゃん』は性懲りもなく、みっこの腰に手を回してくる。
「森田ちゃん? 今晩、ヒマ? 君を連れて行きたい、いいお店があるんだ。レストランガイドで五つ星とった、ドレスコードのある最高級のフレンチだよ」
「素敵ですね」
『アベちゃん』から渡されたワイングラスを手にしたまま、みっこはそう言って彼の首に腕を回したが、一瞬そう見えただけで、そのままつま先でクルリと回り、腰に回された彼の腕をすり抜けた。
「だけど、そんな『いいお店』に行くなら、それなりの準備をしないと。ね、アベちゃん」
「どんな準備?」
「あたし、そんなドレスコードのある様なレストランに着ていける、いい服持ってないんです。いい靴だってはいてかなきゃいけないし、それならアクセサリーも、気の利いたものがいりますよ」
「任せてよ、そのくらい。『AIMER』あたりでイブニングドレスを調達すればいいだろ。今夜は売り上げも多いことだし、君にはたっぷり贅沢させてあげられるよ。もちろんいいクルマだって用意するさ。ぼくが普段乗ってるBMWでよければ」
そう言って、『アベちゃん』はみっこに顔を寄せる。
ん~、かなり遊び慣れた感じ。おまけになんかバブリーだし、ますます好きになれないタイプ。
一瞬、みっこはあきれた顔を見せたが、すぐに微笑みながら言った。
「でも、いちばん大事なのは、いい男を用意して下さることですよ」
「いい男? それならここにいるじゃない」
「わぉ。びっくりですね」
そう言いながら、みっこはグラスを彼の頭の上に持っていき、タラタラとワインをこぼした。
「なっ… なにするんだよ!」
『アベちゃん』は驚いて声を張り上げ、みっこのそばを飛びのいた。あわてた拍子にサングラスが飛んで床に落ち、ガジャンと砕けた。
「これがあたしの返事ですよ」
「サングラスが割れたぞ! ジバンシィのスーツも台無しだ! どうしてくれるんだ!」
「今夜は売り上げが多いんでしょう? あたしの服なんて買ってないで、自分のを新調すればいいじゃないですか」
「謝れよ!」
「あらあら、みっともない。いい男は女の子のいたずらに、そんなにムキになって怒らないものですよ」
謝る気なんてさらさらなさそうに、みっこはニッコリ微笑むと、わたしの腕をとって歩き出し、『アベちゃん』に手を振る。
「ワインごちそうさま。つまらない時間をありがとう。アベちゃん」
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にはブラック企業で働いてもらいます。
ガイア
ライト文芸
ライヴァ王国の令嬢、マスカレイド・ライヴァは最低最悪の悪役令嬢だった。
嫌われすぎて町人や使用人達から恨みの刻印を胸に刻まれ、ブラック企業で前世の償いをさせられる事に!?
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
星と花
佐々森りろ
ライト文芸
【第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞】
読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!
小学校四年生の時、親友の千冬が突然転校してしまう事を知ったなずな。
卒業式であげようと思っていた手作りのオルゴールを今すぐ渡したいと、雑貨屋「星と花」の店主である青に頼むが、まだ完成していないと断られる。そして、大人になった十年後に、またここで会おうと千冬と約束する。
十年後、両親の円満離婚に納得のいかないなずなは家を飛び出し、青と姉の住む雑貨屋「星と花」にバイトをしながら居候していた。
ある日、挙動不審な男が店にやってきて、なずなは大事なオルゴールを売ってしまう。気が付いた時にはすでに遅く落ち込んでいた。そんな中、突然幼馴染の春一が一緒に住むことになり、幸先の不安を感じて落ち込むけれど、春一にも「星と花」へ来た理由があって──
十年越しに繋がっていく友情と恋。それぞれ事情を抱えた四人の短い夏の物語。
Eカップ湯けむり美人ひなぎくのアトリエぱにぱに!
いすみ 静江
ライト文芸
◆【 私、家族になります! アトリエ学芸員と子沢山教授は恋愛ステップを踊る! 】
◆白咲ひなぎくとプロフェッサー黒樹は、パリから日本へと向かった。
その際、黒樹に五人の子ども達がいることを知ったひなぎくは心が揺れる。
家族って、恋愛って、何だろう。
『アトリエデイジー』は、美術史に親しんで貰おうと温泉郷に皆の尽力もありオープンした。
だが、怪盗ブルーローズにレプリカを狙われる。
これは、アトリエオープン前のぱにぱにファミリー物語。
色々なものづくりも楽しめます。
年の差があって連れ子も沢山いるプロフェッサー黒樹とどきどき独身のひなぎくちゃんの恋の行方は……?
◆主な登場人物
白咲ひなぎく(しろさき・ひなぎく):ひなぎくちゃん。Eカップ湯けむり美人と呼ばれたくない。博物館学芸員。おっとりしています。
黒樹悠(くろき・ゆう):プロフェッサー黒樹。ワンピースを着ていたらダックスフンドでも追う。パリで知り合った教授。アラフィフを気に病むお年頃。
黒樹蓮花(くろき・れんか):長女。大学生。ひなぎくに惹かれる。
黒樹和(くろき・かず):長男。高校生。しっかり者。
黒樹劉樹(くろき・りゅうき):次男。小学生。家事が好き。
黒樹虹花(くろき・にじか):次女。澄花と双子。小学生。元気。
黒樹澄花(くろき・すみか):三女。虹花と双子。小学生。控えめ。
怪盗ブルーローズ(かいとうぶるーろーず):謎。
☆
◆挿絵は、小説を書いたいすみ 静江が描いております。
◆よろしくお願いいたします。
月と太陽
もちっぱち
ライト文芸
雪村 紗栄は
月のような存在でいつまでも太陽がないと生きていけないと思っていた。
雪村 花鈴は
生まれたときから太陽のようにギラギラと輝いて、誰からも好かれる存在だった。
そんな姉妹の幼少期のストーリーから
高校生になった主人公紗栄は、
成長しても月のままなのか
それとも、自ら光を放つ
太陽になることができるのか
妹の花鈴と同じで太陽のように目立つ
同級生の男子との出会いで
変化が訪れる
続きがどんどん気になる
姉妹 恋愛 友達 家族
いろんなことがいりまじった
青春リアルストーリー。
こちらは
すべてフィクションとなります。
さく もちっぱち
表紙絵 yuki様
生意気な後輩が嫁になりたがっている
MiYu
ライト文芸
主人公、神門煉(みかどれん)は、バスケ部に所属している。今年入学してきた後輩女子こと、霧崎悠那(きりさきゆな)が煉に迫って来るどころか求婚してくる
あかりの燈るハロー【完結】
虹乃ノラン
ライト文芸
――その観覧車が彩りゆたかにライトアップされるころ、あたしの心は眠ったまま。迷って迷って……、そしてあたしは茜色の空をみつけた。
六年生になる茜(あかね)は、五歳で母を亡くし吃音となった。思い出の早口言葉を歌い今日もひとり図書室へ向かう。特別な目で見られ、友達なんていない――吃音を母への愛の証と捉える茜は治療にも前向きになれないでいた。
ある日『ハローワールド』という件名のメールがパソコンに届く。差出人は朱里(あかり)。件名は謎のままだが二人はすぐに仲良くなった。話すことへの抵抗、思いを伝える怖さ――友だちとの付き合い方に悩みながらも、「もし、あたしが朱里だったら……」と少しずつ自分を見つめなおし、悩みながらも朱里に対する信頼を深めていく。
『ハローワールド』の謎、朱里にたずねるハローワールドはいつだって同じ。『そこはここよりもずっと離れた場所で、ものすごく近くにある場所。行きたくても行けない場所で、いつの間にかたどり着いてる場所』
そんななか、茜は父の部屋で一冊の絵本を見つける……。
誰の心にも燈る光と影――今日も頑張っているあなたへ贈る、心温まるやさしいストーリー。
―――――《目次》――――――
◆第一部
一章 バイバイ、お母さん。ハロー、ハンデ。
二章 ハローワールドの住人
三章 吃音という証明
◆第二部
四章 最高の友だち
五章 うるさい! うるさい! うるさい!
六章 レインボー薬局
◆第三部
七章 はーい! せんせー。
八章 イフ・アカリ
九章 ハウマッチ 木、木、木……。
◆第四部
十章 未来永劫チクワ
十一章 あたしがやりました。
十二章 お父さんの恋人
◆第五部
十三章 アカネ・ゴー・ラウンド
十四章 # to the world...
◆エピローグ
epilogue...
♭
◆献辞
《第7回ライト文芸大賞奨励賞》
百々五十六の小問集合
百々 五十六
ライト文芸
不定期に短編を上げるよ
ランキング頑張りたい!!!
作品内で、章分けが必要ないような作品は全て、ここに入れていきます。
毎日投稿頑張るのでぜひぜひ、いいね、しおり、お気に入り登録、よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる