Campus91

茉莉 佳

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06 元気を出して

元気を出して 2

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RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRR…

四つめのコールで、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、聞き覚えのある、愛しい声。
少しの沈黙のあと、わたしは勇気を振り絞って声を出した。
「…川島君? 弥生です」
「さつきちゃん?」
電話口から流れてくる、わたしの名を呼ぶ声。いつまでも聞いていたい。
でもわたしは、訣別しなきゃいけない。
「昨日は急に帰ってごめん。そう、…ありがと。でも、それは関係ないから。ううん。今は友達と地下街にいる。…うん」
ほんの短い挨拶のあと、わたしは思い切って言った。

「ごめんなさい。わたしサークル、やめる。
え? 違う。そんなんじゃない。
ただ… わたしいっぺんにいろんなこと考えられないし、学校の課題とかで精いっぱいで… 
小説講座? それは、続けたいけど… わかんない。ごめんなさい。
…ううん、それはいいの。ええ。じゃ、友だち待たせてるから… さよなら」
瞳を閉じて、わたしは受話器を置いた。みんな用意していたシナリオどおり。やめる言い訳も、たぶん引き止めてくれる、あの人の台詞も…

両手で受話器を押さえたまま、わたしはしばらく動けなかった。
だけど、いつまでもこうしていても、しかたない。
もう、終わったことだ。
ようやくふんぎりをつけ、わたしはみっこの方を振り向き、なるべく明るく振る舞う。
「待たせてごめん。さ。どっか行こか?」
わたしの隣で、それとなくやりとりを聞いていたみっこは、さりげなく言った。
「海でも、見に行こうか」



 陽が大きく傾いた秋の港は、やわらかな黄昏の色。
わたしとみっこは、コンクリートで固められた岸壁を、あてなく歩く。
海沿いを走る錆びれた引き込み線のレールの間には、黄色い花をつけたセイタカアワダチソウ。
ときおり、貨物船の汽笛が、長い余韻を残しながら、悲しそうに響く。

歩き疲れたわたしは、冷たいボラート(係船柱)に腰をおろす。
みっこはブルゾンのポケットに手を入れて、立ったままわたしと並び、海を見つめる。
彼女の艶やかな長い髪が、陽が沈んで少し強くなった海風に掬《すく》われて、生き物のように舞っている。
わたしは視線を落とす。
ゆるやかに波の打ち寄せる船だまりも、夕陽の残り日に照らしだされて、鈍い紅色に染まっていた。

「わたし、みっこの言った意味、やっとわかったような気がする」
「?」
「わたしって、とてもつまらなく失恋しちゃったなって、思うの。
みっこの言うように、ドンとぶつかって自分の気持ちを打ち明けてふられたのなら、まだ諦めもつく。
だけど、なんとなく川島君の気持ちを知って、逃げ出しちゃったから、この行き場のない気持ちを、だれにもぶつけられない」
「じゃあ、さつきは、はっきりとふられたわけじゃないのね」
「同じことよ。はっきりふられても、遠回しにふられても。川島君が『Sさん』… 沢水絵里香さんを好きなのは、確かなことだもん」
「…そう?」
「こんなことになるのなら、わたしに中途半端に優しくしてほしくなかった。期待させるようなこと、してほしくなかった。そうじゃなかったら、これからもずっと友達でいれたかもしれないのに…
『さつきちゃん』なんて、呼んでほしくなかった!」
「あたし。そういう考え方… 好かないな」

つづく
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