52 / 300
06 元気を出して
元気を出して 2
しおりを挟む
RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRR…
四つめのコールで、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、聞き覚えのある、愛しい声。
少しの沈黙のあと、わたしは勇気を振り絞って声を出した。
「…川島君? 弥生です」
「さつきちゃん?」
電話口から流れてくる、わたしの名を呼ぶ声。いつまでも聞いていたい。
でもわたしは、訣別しなきゃいけない。
「昨日は急に帰ってごめん。そう、…ありがと。でも、それは関係ないから。ううん。今は友達と地下街にいる。…うん」
ほんの短い挨拶のあと、わたしは思い切って言った。
「ごめんなさい。わたしサークル、やめる。
え? 違う。そんなんじゃない。
ただ… わたしいっぺんにいろんなこと考えられないし、学校の課題とかで精いっぱいで…
小説講座? それは、続けたいけど… わかんない。ごめんなさい。
…ううん、それはいいの。ええ。じゃ、友だち待たせてるから… さよなら」
瞳を閉じて、わたしは受話器を置いた。みんな用意していたシナリオどおり。やめる言い訳も、たぶん引き止めてくれる、あの人の台詞も…
両手で受話器を押さえたまま、わたしはしばらく動けなかった。
だけど、いつまでもこうしていても、しかたない。
もう、終わったことだ。
ようやくふんぎりをつけ、わたしはみっこの方を振り向き、なるべく明るく振る舞う。
「待たせてごめん。さ。どっか行こか?」
わたしの隣で、それとなくやりとりを聞いていたみっこは、さりげなく言った。
「海でも、見に行こうか」
陽が大きく傾いた秋の港は、やわらかな黄昏の色。
わたしとみっこは、コンクリートで固められた岸壁を、あてなく歩く。
海沿いを走る錆びれた引き込み線のレールの間には、黄色い花をつけたセイタカアワダチソウ。
ときおり、貨物船の汽笛が、長い余韻を残しながら、悲しそうに響く。
歩き疲れたわたしは、冷たいボラート(係船柱)に腰をおろす。
みっこはブルゾンのポケットに手を入れて、立ったままわたしと並び、海を見つめる。
彼女の艶やかな長い髪が、陽が沈んで少し強くなった海風に掬《すく》われて、生き物のように舞っている。
わたしは視線を落とす。
ゆるやかに波の打ち寄せる船だまりも、夕陽の残り日に照らしだされて、鈍い紅色に染まっていた。
「わたし、みっこの言った意味、やっとわかったような気がする」
「?」
「わたしって、とてもつまらなく失恋しちゃったなって、思うの。
みっこの言うように、ドンとぶつかって自分の気持ちを打ち明けてふられたのなら、まだ諦めもつく。
だけど、なんとなく川島君の気持ちを知って、逃げ出しちゃったから、この行き場のない気持ちを、だれにもぶつけられない」
「じゃあ、さつきは、はっきりとふられたわけじゃないのね」
「同じことよ。はっきりふられても、遠回しにふられても。川島君が『Sさん』… 沢水絵里香さんを好きなのは、確かなことだもん」
「…そう?」
「こんなことになるのなら、わたしに中途半端に優しくしてほしくなかった。期待させるようなこと、してほしくなかった。そうじゃなかったら、これからもずっと友達でいれたかもしれないのに…
『さつきちゃん』なんて、呼んでほしくなかった!」
「あたし。そういう考え方… 好かないな」
つづく
四つめのコールで、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、聞き覚えのある、愛しい声。
少しの沈黙のあと、わたしは勇気を振り絞って声を出した。
「…川島君? 弥生です」
「さつきちゃん?」
電話口から流れてくる、わたしの名を呼ぶ声。いつまでも聞いていたい。
でもわたしは、訣別しなきゃいけない。
「昨日は急に帰ってごめん。そう、…ありがと。でも、それは関係ないから。ううん。今は友達と地下街にいる。…うん」
ほんの短い挨拶のあと、わたしは思い切って言った。
「ごめんなさい。わたしサークル、やめる。
え? 違う。そんなんじゃない。
ただ… わたしいっぺんにいろんなこと考えられないし、学校の課題とかで精いっぱいで…
小説講座? それは、続けたいけど… わかんない。ごめんなさい。
…ううん、それはいいの。ええ。じゃ、友だち待たせてるから… さよなら」
瞳を閉じて、わたしは受話器を置いた。みんな用意していたシナリオどおり。やめる言い訳も、たぶん引き止めてくれる、あの人の台詞も…
両手で受話器を押さえたまま、わたしはしばらく動けなかった。
だけど、いつまでもこうしていても、しかたない。
もう、終わったことだ。
ようやくふんぎりをつけ、わたしはみっこの方を振り向き、なるべく明るく振る舞う。
「待たせてごめん。さ。どっか行こか?」
わたしの隣で、それとなくやりとりを聞いていたみっこは、さりげなく言った。
「海でも、見に行こうか」
陽が大きく傾いた秋の港は、やわらかな黄昏の色。
わたしとみっこは、コンクリートで固められた岸壁を、あてなく歩く。
海沿いを走る錆びれた引き込み線のレールの間には、黄色い花をつけたセイタカアワダチソウ。
ときおり、貨物船の汽笛が、長い余韻を残しながら、悲しそうに響く。
歩き疲れたわたしは、冷たいボラート(係船柱)に腰をおろす。
みっこはブルゾンのポケットに手を入れて、立ったままわたしと並び、海を見つめる。
彼女の艶やかな長い髪が、陽が沈んで少し強くなった海風に掬《すく》われて、生き物のように舞っている。
わたしは視線を落とす。
ゆるやかに波の打ち寄せる船だまりも、夕陽の残り日に照らしだされて、鈍い紅色に染まっていた。
「わたし、みっこの言った意味、やっとわかったような気がする」
「?」
「わたしって、とてもつまらなく失恋しちゃったなって、思うの。
みっこの言うように、ドンとぶつかって自分の気持ちを打ち明けてふられたのなら、まだ諦めもつく。
だけど、なんとなく川島君の気持ちを知って、逃げ出しちゃったから、この行き場のない気持ちを、だれにもぶつけられない」
「じゃあ、さつきは、はっきりとふられたわけじゃないのね」
「同じことよ。はっきりふられても、遠回しにふられても。川島君が『Sさん』… 沢水絵里香さんを好きなのは、確かなことだもん」
「…そう?」
「こんなことになるのなら、わたしに中途半端に優しくしてほしくなかった。期待させるようなこと、してほしくなかった。そうじゃなかったら、これからもずっと友達でいれたかもしれないのに…
『さつきちゃん』なんて、呼んでほしくなかった!」
「あたし。そういう考え方… 好かないな」
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる