51 / 300
06 元気を出して
元気を出して 1
しおりを挟むRRRRR… RRRRR… RRR…
「はい。森田です」
「…みっこ?」
「あ、さつき?」
「わたし、今すぐ… みっこに逢いたい」
「…いいわよ」
「4時に、地下街のインフォメーションのとこで待ってる。来れそう?」
「わかったわ」
途切れることもなく、地下街の大通りを人が流れていく。
ざわめく雑踏。街の喧噪。
そんなノイズに埋もれていると、自分の存在って、ほんとにちっぽけなものなんだなって、感じてしまう。
わたしひとりの力じゃ、このたくさんの人の流れを止めることはできない。
ひとりの人間の悩みも苦しみも、この大きな流れの中では、一瞬の泡沫でしかない。
こうして地下街のショー・ウィンドゥの前にたたずむわたしは、ただの無機質な街角のオブジェ。
そう。
今のわたしには、ただの飾りでいることが、心地よかった。
わたし、ひとりになりたくない。
例え、見知らぬ他人でも、大勢の人に囲まれているのを感じていたい。
そうでないと、自分がどこかへ消えてなくなってしまいそうになる。
なんだかみじめで、情けない感傷…
インフォメーションの仕掛け時計が4時を打ち、自動オルガンが『皇帝円舞曲』を奏でる。わたしはただぼんやりと、機械仕掛けの人形たちがクルクルと、ウィンナーワルツを踊るのを眺めていた。
「…」
ふと気がつくと、森田美湖がわたしの横に立っていて、いっしょに仕掛け時計を見上げていた。
みっこの方を振り向くと、彼女もわたしを見る。
しばらくなにも言わずにわたしを見つめていたみっこだったが、おもむろに一輪の花を差し出した。
「え? わたしに?」
突然の思いがけない贈り物に、わたしは驚いて訊いた。
「電話の声で、なんとなくわかっちゃった。これはあたしからの、おわび」
真紅のカーネーション。
花言葉は、『傷ついた心』。
みっこは続けた。
「あたし、悪いことしちゃったかも。あなたをけしかけるようなことばかり言って… ごめんなさい」
なんだか、のどが詰まって、涙が出そうになってきた。
この子は、なんて優しいんだろ。
百の言葉より嬉しい、ひとつの言葉ってある。
月並みな台詞でなぐさめられるより、一輪の花がわたしの心を癒してくれる。
「みっこがあやまること… ない」
言葉にしたとたん、のどにつかえていたものは、一気に嗚咽になってこみ上げてきて、わたしは思わずしゃくり泣いてしまった。
『ううっ、ううっ』と、みっこが見てるのに、通りすがりの人が振り向いて、恥ずかしくてみっともないのに、とても安心できて涙が止まらない。
みっこは黙ってハンカチを差し出す。
彼女はなにもかも察していて、わたしをこんなに気遣ってくれる。
この時くらい、わたしはみっこが親友でほんとによかったって、思ったことはなかった。
「ありがと… みっこ。わたし今日、みっこに、会えて、よかった。ありがと、カーネーション」
「ううん。いいのよ」
「…ちょっと、待ってて」
そう言うとわたしは目を閉じて、落ち着きを取り戻すように、ひとつ大きく深呼吸をする。そして勇気を出して、近くの電話ボックスに向かった。
アドレスを見なくても、もう覚えてしまった、でも、もう二度と押すことのないナンバー。
最後の意味を込めて、わたしはひとつづつ確かめるように、プッシュホンのボタンを押した。次第に胸の動悸が速くなり、指先が震える。
やっぱり辛い。
ひとつの恋に終止符を打つなんて、やっぱり辛い。
だけど今のわたしには、もうほかの答えは見つけられなかった。
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる