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04 Tea Time
Tea Time 2
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わたしの脳裏を、ふと、『ブランシュ』の伊藤さんの言葉がかすめた。
『美湖ちゃんがお店にお友達を連れてきたのは、小学生の時以来ですもの』
みっこは小学生の頃からずっと、ケーキ屋にいっしょに寄り道できるような友達さえも、作れずにいたの?
そりゃ、少しわがままで気が強い子だけど、気配りができるし、友達思いだし、みっこは同性から嫌われるようなタイプじゃないと思うけど。
「みっこはどうして、友達いなかったの?」
「…」
わたしの質問には答えず、彼女は頬杖ついて、窓の外の夕暮れをじっと見つめている。わずかに愁いを含んだ瞳に、鈍く赤い陽が透けてみえる。
みっこの台詞にブランクが空くたびに、自分とは遠い彼女を感じてしまう。
なんだか淋しい。
みっこにとってわたしは、まだ、なんでも話せる親友じゃないの?
それとも、ひとりでいることに慣れすぎたみっこは、誰にも心の隙を見せられない、強すぎる女の子になってしまったの?
「まあ、いいじゃない。先にあなたのこと話してよ。さつきと川島君のこと、聞かせてくれるんでしょ」
みっこはそう言って、また話をそらした。
まあ、しかたないか。
いつか、みっこが自分から話してくれるまで、わたしは待つしかないかな。
時系列に沿って、わたしはみっこに川島君のことを、詳しく話した。
九州文化センターの小説講座の帰りに、偶然再会した本屋。
ふたりで行った『紅茶貴族』。
別れ際の『さつきちゃん』のひとこと。
先々週や先週の講座のあとにも、ふたりで『紅茶貴族』に寄っていろいろ話して、最後に、来週の日曜日に、川島君の同人誌のことを聞くために、午後から会うことをつけ足した。
「ふうん。じゃあ、かなり進んでるんじゃない」
「そんなことないわ。『会う』っていっても、サークルの仲間っていうか、趣味のつながりだけで会ってるだけだもの」
自分の言葉に、『ふう』と大きなため息が漏れて、どうしようもない気持ちになる。
「わたしって、欲張り」
「どうして?」
「初めてあの人と『紅茶貴族』に行ったときは、もうこれ以上ないってくらい幸せだったのに、二回三回って会ってるうちに、今じゃそれ以上のことを求めてる。そんなのわがまま… よね」
「恋愛したいんでしょ? さつきは川島君と。だったら当然の気持ちじゃない?」
「恋愛、したい…」
言葉って不思議。
声にしたとたん、それが実現するような気がする。
でもそれは、叶わない望み。
「ダメ」
「どうして?」
「川島君。つきあってる人、いるもん」
「そうなの?」
「下級生の可愛い女の子。高校の頃からつきあってるみたいなの」
こんな話をするのは辛い。
当時の情景とか感情とかがリピートしてきちゃって、何度も失恋を繰り返す気分。
「どういうこと? よかったら、話してみて」
みっこが訊いてくる。その口調はびっくりするくらい優しくて、頼りたくなるものだった。
川島君との出会いと、高校時代のエピソード、そして、雪の降る放課後の下駄箱前の、あのできごとまで、全部話し終わる頃には、紅茶はすっかり冷めてしまってて、わたしたちは新しいドリンクをオーダーした。
共感する様に、みっこはわたしの話をうなづきながら聞いてくれた。
「それで川島君、その『恵美ちゃん』って子と、ほんとにつきあってるの?」
「つきあってる… と思う」
「ただ、『いっしょに帰るところを目撃した』ってだけでしょ。それを『つきあってる』って決めつけるのって、早とちり過ぎない?」
「でも、すっごく親しげな雰囲気だったし。相合傘とかして」
「ん~・・・ なんだか状況証拠ばかりで、決定的なものがないのよね」
「状況証拠…」
「恋愛したいのなら、ただ待ってるだけじゃなく、川島君に直接確かめてみるべきだわ。そして自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃ」
「簡単に言うけど、それができるなら、こんなに悩まないわよぉ。それに…」
「それに?」
「わたし、友達のままでもいいと思ってるんだ。たまにお茶飲んだり、趣味の話をしたり。これから同人誌活動をやっていくのなら、もっといっしょにいられるかもしれないし」
みっこはわたしの言葉に、じっと耳を傾けている。
「わたしが『好き』って言ってしまうと、よくも悪くも、今のふたりの関係を壊してしまうことになるでしょ。
わたし、あの人を傷つけたくない。だからずっと、ただの友達のままでもいいんじゃないかなって、思うの」
「…それって、『傷つけたくない』じゃなくて、『傷つきたくない』じゃないの?」
「え?」
つづく
『美湖ちゃんがお店にお友達を連れてきたのは、小学生の時以来ですもの』
みっこは小学生の頃からずっと、ケーキ屋にいっしょに寄り道できるような友達さえも、作れずにいたの?
そりゃ、少しわがままで気が強い子だけど、気配りができるし、友達思いだし、みっこは同性から嫌われるようなタイプじゃないと思うけど。
「みっこはどうして、友達いなかったの?」
「…」
わたしの質問には答えず、彼女は頬杖ついて、窓の外の夕暮れをじっと見つめている。わずかに愁いを含んだ瞳に、鈍く赤い陽が透けてみえる。
みっこの台詞にブランクが空くたびに、自分とは遠い彼女を感じてしまう。
なんだか淋しい。
みっこにとってわたしは、まだ、なんでも話せる親友じゃないの?
それとも、ひとりでいることに慣れすぎたみっこは、誰にも心の隙を見せられない、強すぎる女の子になってしまったの?
「まあ、いいじゃない。先にあなたのこと話してよ。さつきと川島君のこと、聞かせてくれるんでしょ」
みっこはそう言って、また話をそらした。
まあ、しかたないか。
いつか、みっこが自分から話してくれるまで、わたしは待つしかないかな。
時系列に沿って、わたしはみっこに川島君のことを、詳しく話した。
九州文化センターの小説講座の帰りに、偶然再会した本屋。
ふたりで行った『紅茶貴族』。
別れ際の『さつきちゃん』のひとこと。
先々週や先週の講座のあとにも、ふたりで『紅茶貴族』に寄っていろいろ話して、最後に、来週の日曜日に、川島君の同人誌のことを聞くために、午後から会うことをつけ足した。
「ふうん。じゃあ、かなり進んでるんじゃない」
「そんなことないわ。『会う』っていっても、サークルの仲間っていうか、趣味のつながりだけで会ってるだけだもの」
自分の言葉に、『ふう』と大きなため息が漏れて、どうしようもない気持ちになる。
「わたしって、欲張り」
「どうして?」
「初めてあの人と『紅茶貴族』に行ったときは、もうこれ以上ないってくらい幸せだったのに、二回三回って会ってるうちに、今じゃそれ以上のことを求めてる。そんなのわがまま… よね」
「恋愛したいんでしょ? さつきは川島君と。だったら当然の気持ちじゃない?」
「恋愛、したい…」
言葉って不思議。
声にしたとたん、それが実現するような気がする。
でもそれは、叶わない望み。
「ダメ」
「どうして?」
「川島君。つきあってる人、いるもん」
「そうなの?」
「下級生の可愛い女の子。高校の頃からつきあってるみたいなの」
こんな話をするのは辛い。
当時の情景とか感情とかがリピートしてきちゃって、何度も失恋を繰り返す気分。
「どういうこと? よかったら、話してみて」
みっこが訊いてくる。その口調はびっくりするくらい優しくて、頼りたくなるものだった。
川島君との出会いと、高校時代のエピソード、そして、雪の降る放課後の下駄箱前の、あのできごとまで、全部話し終わる頃には、紅茶はすっかり冷めてしまってて、わたしたちは新しいドリンクをオーダーした。
共感する様に、みっこはわたしの話をうなづきながら聞いてくれた。
「それで川島君、その『恵美ちゃん』って子と、ほんとにつきあってるの?」
「つきあってる… と思う」
「ただ、『いっしょに帰るところを目撃した』ってだけでしょ。それを『つきあってる』って決めつけるのって、早とちり過ぎない?」
「でも、すっごく親しげな雰囲気だったし。相合傘とかして」
「ん~・・・ なんだか状況証拠ばかりで、決定的なものがないのよね」
「状況証拠…」
「恋愛したいのなら、ただ待ってるだけじゃなく、川島君に直接確かめてみるべきだわ。そして自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃ」
「簡単に言うけど、それができるなら、こんなに悩まないわよぉ。それに…」
「それに?」
「わたし、友達のままでもいいと思ってるんだ。たまにお茶飲んだり、趣味の話をしたり。これから同人誌活動をやっていくのなら、もっといっしょにいられるかもしれないし」
みっこはわたしの言葉に、じっと耳を傾けている。
「わたしが『好き』って言ってしまうと、よくも悪くも、今のふたりの関係を壊してしまうことになるでしょ。
わたし、あの人を傷つけたくない。だからずっと、ただの友達のままでもいいんじゃないかなって、思うの」
「…それって、『傷つけたくない』じゃなくて、『傷つきたくない』じゃないの?」
「え?」
つづく
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