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03 Sweet Memories
Sweet Memories 1
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夜の街角は賑やかな喧噪。
繁華街の中心を抜ける六車線の大通りを、たくさんのクルマが色とりどりの光の軌跡を残して流れていきかう。道路を挟んで立ち並ぶ雑多なビルには、きらびやかなネオンがまたたき、人通りの絶えない舗道に、カクテルライトを映し出している。
九州文化センターの入った新聞社のビルは、そんな都心の目抜き通りの一角にあった。
このカルチャーセンターで催されている小説講座に、わたしはこの秋から通うことにした。
それはわたしが、小説家を目指して歩みはじめる、第一歩。
道は険しくて果てしないだろうけど、とにかく踏み出さなきゃはじまらない。
みっこの台詞じゃないけど、『なろうと思わなきゃ、なれない』んだから。
それは、小説講座の最初の講義が終わった、帰り道での出来事だった。
わたしはこの夜のことを、一生忘れないだろう。
講座からの帰り道。わたしは妙にワクワクしていた。
小説の書き方や、デビューに関するいろんな話しが聞けて、自分の夢が広がり、なんだかそれが叶えられるようで、すごくテンションが上がっている。
わたしは地下街の一角にある馴染みの書店に立ち寄ると、外国文学の書架を見上げた。
こんな気分のときは、新しい本を買いたくなる。
エドマンド・デュラク挿し絵の『ウンディーネ』を見つけた。
この、ペン画の退廃的な挿し絵、とっても好み。
何度か立ち読みして、ほしいとは思っていたんだけど、値段が高くて手が出なかった。でも、今日こそは買っちゃお。
そう決心してわたしは本に手を伸ばした。ちょっと高い所にある大きな本だったので、なかなか取りづらい。そのとき別の大きな手が、わたしの取ろうとしている本を引っ張り出した。
思わず腕を引っ込めて相手を見る。
向こうもわたしを見返している。
そして、ニコリと微笑んで口を開いた。
「久し振り。弥生さん」
「…」
一瞬、時が止まった。
街のどよめきも、流れるBGMも、みんな目の前から消え去って、彼の表情だけが、コマ送りのビデオみたいに鮮やかに浮かび上がる。それは次第にリワインドしていき、半年も前の、高校生だった頃の表情とオーバーラップしていった。
「…川島君」
どんな顔をすればいいのかわからず、とりあえずわたしはぎこちなく微笑んだ。彼も微笑み返す。それはとってもあったかい笑顔。
そう。
この人はいつだってそうだった。
一緒に机を並べて勉強していた、あの教室。
あの頃から、川島祐二君は優しく笑う。
そして…
わたしは一年半の間、いつも、その笑顔だけを見てきた。
振り返って見惚れるようなハンサムじゃないし、勉強やスポーツが抜群にできるってわけでもないけど、川島君はなぜか、女子から人気があった。
誰よりも気持ちがよくて、誰よりも暖かだったこの微笑みに、女の子たちは惹かれていた。
そして、それが17歳だったわたしの心を、いっそうせつなく乱していた。
「か… 川島君。こんなところで、どうしたの?」
やっとの思いで、わたしは彼に訊いた。優しげな笑みをたたえたまま、川島君はわたしを見下ろして言った。
「弥生さんが本棚と悪戦苦闘していたから、助けの手を差し伸べたんだよ」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう」
消え入りそうな声。わたし、脚が震えてる。
「そういえば、弥生さんは西蘭女子大学に進学したんだってね」
「ええ… 川島君は…」
「ぼくは、市内のビジュアルアーツ系の専門学校だよ」
「そうなんだ…」
…知ってる。
友達から聞いたんだ。
3年の途中で急に進路を変更して、二年制の写真の専門学校に進んだ、って。
つづく
繁華街の中心を抜ける六車線の大通りを、たくさんのクルマが色とりどりの光の軌跡を残して流れていきかう。道路を挟んで立ち並ぶ雑多なビルには、きらびやかなネオンがまたたき、人通りの絶えない舗道に、カクテルライトを映し出している。
九州文化センターの入った新聞社のビルは、そんな都心の目抜き通りの一角にあった。
このカルチャーセンターで催されている小説講座に、わたしはこの秋から通うことにした。
それはわたしが、小説家を目指して歩みはじめる、第一歩。
道は険しくて果てしないだろうけど、とにかく踏み出さなきゃはじまらない。
みっこの台詞じゃないけど、『なろうと思わなきゃ、なれない』んだから。
それは、小説講座の最初の講義が終わった、帰り道での出来事だった。
わたしはこの夜のことを、一生忘れないだろう。
講座からの帰り道。わたしは妙にワクワクしていた。
小説の書き方や、デビューに関するいろんな話しが聞けて、自分の夢が広がり、なんだかそれが叶えられるようで、すごくテンションが上がっている。
わたしは地下街の一角にある馴染みの書店に立ち寄ると、外国文学の書架を見上げた。
こんな気分のときは、新しい本を買いたくなる。
エドマンド・デュラク挿し絵の『ウンディーネ』を見つけた。
この、ペン画の退廃的な挿し絵、とっても好み。
何度か立ち読みして、ほしいとは思っていたんだけど、値段が高くて手が出なかった。でも、今日こそは買っちゃお。
そう決心してわたしは本に手を伸ばした。ちょっと高い所にある大きな本だったので、なかなか取りづらい。そのとき別の大きな手が、わたしの取ろうとしている本を引っ張り出した。
思わず腕を引っ込めて相手を見る。
向こうもわたしを見返している。
そして、ニコリと微笑んで口を開いた。
「久し振り。弥生さん」
「…」
一瞬、時が止まった。
街のどよめきも、流れるBGMも、みんな目の前から消え去って、彼の表情だけが、コマ送りのビデオみたいに鮮やかに浮かび上がる。それは次第にリワインドしていき、半年も前の、高校生だった頃の表情とオーバーラップしていった。
「…川島君」
どんな顔をすればいいのかわからず、とりあえずわたしはぎこちなく微笑んだ。彼も微笑み返す。それはとってもあったかい笑顔。
そう。
この人はいつだってそうだった。
一緒に机を並べて勉強していた、あの教室。
あの頃から、川島祐二君は優しく笑う。
そして…
わたしは一年半の間、いつも、その笑顔だけを見てきた。
振り返って見惚れるようなハンサムじゃないし、勉強やスポーツが抜群にできるってわけでもないけど、川島君はなぜか、女子から人気があった。
誰よりも気持ちがよくて、誰よりも暖かだったこの微笑みに、女の子たちは惹かれていた。
そして、それが17歳だったわたしの心を、いっそうせつなく乱していた。
「か… 川島君。こんなところで、どうしたの?」
やっとの思いで、わたしは彼に訊いた。優しげな笑みをたたえたまま、川島君はわたしを見下ろして言った。
「弥生さんが本棚と悪戦苦闘していたから、助けの手を差し伸べたんだよ」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう」
消え入りそうな声。わたし、脚が震えてる。
「そういえば、弥生さんは西蘭女子大学に進学したんだってね」
「ええ… 川島君は…」
「ぼくは、市内のビジュアルアーツ系の専門学校だよ」
「そうなんだ…」
…知ってる。
友達から聞いたんだ。
3年の途中で急に進路を変更して、二年制の写真の専門学校に進んだ、って。
つづく
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