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02 Fashion Plate
Fashion Plate 2
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『かなりやは悲しそうに鳴く』を読んでいたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「お久し振り。元気だった?」
ドアを開けると、そこにはみっこが立っていた。
小花模様のビスチェにキャミソールを重ね着し、ひだがたっぷりの真っ白なスカートをはいて、わたしにニッコリ微笑みかける。
雨降りの憂鬱をすっかり払ってくれるような、爽やかなファッションと、素敵な微笑みだった。
「どっ、どうしたの?」
「ふふ。いきなり来ちゃった」
「いなかったら、どうするつもりだったの?」
「会えるまで待ってる、なんてね」
そう言って、おちゃめにウインクしてみせる。
「あは。嬉しいわ! どうぞ上がって」
「ええ。お邪魔します」
「お茶いれるね」
突然の訪問にびっくりしつつも、彼女を自分の部屋に通すと、わたしはキッチンに立った。
なんだかウキウキしてしまったものだから、ダージリンにお父さんのブランデーをちょっと失敬して入れてみる。
「お待たせ」
トレイにティーカップをふたつ並べて、部屋に戻る。
「ありがと。ん、おいしい。スピリッツ・ティーにしたのね」
カップにくちづけて微笑むと、みっこはわたしの部屋をぐるりと見渡した。
「すごいのね。さつきは『読書が趣味』って言ってたけど、ここにある本全部読んでるの?
軽く千冊は超えてるんじゃない?」
壁一面に並んだ大きな二重書架を見渡し、みっこは驚きながら言った。
「買ったまま並べてる本もあるけどね。でも読書はわたしにとって、趣味と実益を兼ねているの」
「ふうん…」
感心するようにわたしと本棚を何度も見返しながら、みっこはうなずいた。
わたし、物語が好き。
日本文学でも西洋文学でも、時代物でもSFでも… 文字があると、つい読んじゃう。
電車に乗ってても、中吊りの広告や路線図なんかまで、隅から隅まで全部読んでしまう。
いわゆる『活字中毒』ってやつ。
そもそもわたしが今の西蘭女子大学に進学したのも、わたしの尊敬する、西田潤一郎って日本文学の教授がいるからなんだ。その教授の講義を受けたくて、わたしはこの学校しか目に入らなかった。
そして、ただ漠然と好きで国文科に入って、なんとなく小説家に憧れていたわたしの目を醒してくれたのは、その西田教授との邂逅だった。
初めての講義で、開口一番、教授のおっしゃった文学の心得のお話は、今でも耳の奥底に残っている。
「わたしの友人に書道の先生がいてね。彼に質問したことがあるんだ。
『書道家なんて特別な才能がないとなれないだろう』ってね。
すると彼は『誰だって字を書くじゃないか』と答えた。なるほど、字さえ書ければそれを芸術にまで高める道は、誰にだって拓けるわけだ。
ところで諸君らも、文学は『特別な才能を持った、選ばれた人間の芸術』だと思ってるんじゃないかな?
でもそれは、わたしの書道の認識と同じで、思い違いだ。字を書くのと同じように、『小説を書く心』は、誰でも持っている。
例えば諸君らは、この学校に合格した時、どんな感情を抱いたかね?
嬉しいと心から感じた人。ほっと安心した人。中には希望の学校じゃなくて、不満や疑問を感じた人もいるかもしれない。その感情こそが、『小説を書く心』なんだよ。
大学合格という客観的事実を、諸君らがどう受け止めて感じ、行動するか。それを具体的に文章で表せば、それはもう立派な小説だ。
つまり文学とは、自己の経験、感情、哲学を投影させた、事実の再構成ということに他ならないんだね」
教授の口調は、ひとりひとりにやさしく語りかけるようで、それでいて熱がこもっていて、わたしの心を揺り動かした。
あの日から4ヶ月。
その間に『短い小説を書いてみよう』なんてユニークな課題も出されて、創作するおもしろさを知ったわたしは、自分の将来に、本気で小説家を描いてみるようになった。
「ねえ、さつき。あたしこれからお買い物に行こうと思うんだけど、よかったらつきあってくれない?」
ティーカップをトレイに戻して、みっこが言った。
「え? いいわよ。なに買うの?」
「お洋服」
そう言って彼女は立ち上がった。
つづく
「お久し振り。元気だった?」
ドアを開けると、そこにはみっこが立っていた。
小花模様のビスチェにキャミソールを重ね着し、ひだがたっぷりの真っ白なスカートをはいて、わたしにニッコリ微笑みかける。
雨降りの憂鬱をすっかり払ってくれるような、爽やかなファッションと、素敵な微笑みだった。
「どっ、どうしたの?」
「ふふ。いきなり来ちゃった」
「いなかったら、どうするつもりだったの?」
「会えるまで待ってる、なんてね」
そう言って、おちゃめにウインクしてみせる。
「あは。嬉しいわ! どうぞ上がって」
「ええ。お邪魔します」
「お茶いれるね」
突然の訪問にびっくりしつつも、彼女を自分の部屋に通すと、わたしはキッチンに立った。
なんだかウキウキしてしまったものだから、ダージリンにお父さんのブランデーをちょっと失敬して入れてみる。
「お待たせ」
トレイにティーカップをふたつ並べて、部屋に戻る。
「ありがと。ん、おいしい。スピリッツ・ティーにしたのね」
カップにくちづけて微笑むと、みっこはわたしの部屋をぐるりと見渡した。
「すごいのね。さつきは『読書が趣味』って言ってたけど、ここにある本全部読んでるの?
軽く千冊は超えてるんじゃない?」
壁一面に並んだ大きな二重書架を見渡し、みっこは驚きながら言った。
「買ったまま並べてる本もあるけどね。でも読書はわたしにとって、趣味と実益を兼ねているの」
「ふうん…」
感心するようにわたしと本棚を何度も見返しながら、みっこはうなずいた。
わたし、物語が好き。
日本文学でも西洋文学でも、時代物でもSFでも… 文字があると、つい読んじゃう。
電車に乗ってても、中吊りの広告や路線図なんかまで、隅から隅まで全部読んでしまう。
いわゆる『活字中毒』ってやつ。
そもそもわたしが今の西蘭女子大学に進学したのも、わたしの尊敬する、西田潤一郎って日本文学の教授がいるからなんだ。その教授の講義を受けたくて、わたしはこの学校しか目に入らなかった。
そして、ただ漠然と好きで国文科に入って、なんとなく小説家に憧れていたわたしの目を醒してくれたのは、その西田教授との邂逅だった。
初めての講義で、開口一番、教授のおっしゃった文学の心得のお話は、今でも耳の奥底に残っている。
「わたしの友人に書道の先生がいてね。彼に質問したことがあるんだ。
『書道家なんて特別な才能がないとなれないだろう』ってね。
すると彼は『誰だって字を書くじゃないか』と答えた。なるほど、字さえ書ければそれを芸術にまで高める道は、誰にだって拓けるわけだ。
ところで諸君らも、文学は『特別な才能を持った、選ばれた人間の芸術』だと思ってるんじゃないかな?
でもそれは、わたしの書道の認識と同じで、思い違いだ。字を書くのと同じように、『小説を書く心』は、誰でも持っている。
例えば諸君らは、この学校に合格した時、どんな感情を抱いたかね?
嬉しいと心から感じた人。ほっと安心した人。中には希望の学校じゃなくて、不満や疑問を感じた人もいるかもしれない。その感情こそが、『小説を書く心』なんだよ。
大学合格という客観的事実を、諸君らがどう受け止めて感じ、行動するか。それを具体的に文章で表せば、それはもう立派な小説だ。
つまり文学とは、自己の経験、感情、哲学を投影させた、事実の再構成ということに他ならないんだね」
教授の口調は、ひとりひとりにやさしく語りかけるようで、それでいて熱がこもっていて、わたしの心を揺り動かした。
あの日から4ヶ月。
その間に『短い小説を書いてみよう』なんてユニークな課題も出されて、創作するおもしろさを知ったわたしは、自分の将来に、本気で小説家を描いてみるようになった。
「ねえ、さつき。あたしこれからお買い物に行こうと思うんだけど、よかったらつきあってくれない?」
ティーカップをトレイに戻して、みっこが言った。
「え? いいわよ。なに買うの?」
「お洋服」
そう言って彼女は立ち上がった。
つづく
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