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待ちに待った週末。
今日あたり、学校の誰かが来る筈だ。
首を長くして一日待っていたが、面会終了時間間際なってようやく、“コツコツ”とノック音と同時に入ってきたのは…
花束を抱えた酒井だった。
え?
今週も酒井の順番なのか?
そろそろ別のやつが来る頃だと思ったのに…
それにしても珍しい。
こいつが花なんか持ってくるなんて。
「遅くなってすみません。ちょっと家に帰ってごはん食べて来たんです。あ、これ。飾って下さい」
そう言いながら、彼女は手に持っていたバラの花束を、花なんて差した事がなかった窓ぎわの花瓶に活けた。
水道から水を汲んできて、花束を差し、バランスよく整えていく。その仕草がなんだか女っぽい。
そう言えば今日の酒井は、からだにピッタリ張りついたカットソーにサマーカーディガンを羽織り、下はホットパンツにニーハイソックスという格好だ。
初めて見る酒井の私服姿。
絶対領域がまぶしい。
相手が苦手な酒井だとしても、私服姿ってのは新鮮に感じる。
つい、ふくらんだ胸のラインや、弾力のありそうなお尻に視線がいってしまうのは、ぼくも男だからか。
こういうのって、相手の好き嫌いなんて関係なく、条件反射の様につい見てしまうもんだ。
花を飾った後、酒井は鞄の中をモゾモゾ掻き回して、プリントやクラブ日誌を取り出し、ベッド脇のテーブルの上に置いたが、その時iPhoneに気づいたらしい。
「先輩、このスマホ…」
『あれ?』という感じで一瞬目を見開き、酒井はテーブル上のiPhoneに視線を落として訊いた。
「ああ。最近買ってもらったんだ」
「…そうですか。先輩、ケータイとか持ってなかったと思ったけど…」
「うちの親が、気利かしてくれて。入院生活は退屈だろうからって」
「ふぅん…」
なんだか反応が薄い。ちょっとがっかり。
そりゃあ、いっしょになって喜んでくれとは言わないけど、もう少しテンションが上がる様な返事をしてくれてもよさそうなものなのに。
やっぱりこいつとの会話は、なにかしっくりこないものがある。
「それでさ。ぼく、部活のヤツのメルアドとかケーバンとか知らないからさ。酒井さんからぼくのをみんなに教えといてくれる? 手間かけて悪いけど…」
最後のセンテンスは、なんだか気乗りしてない様子の彼女を見て、つけ足したもの。
後輩だというのに、こいつには頼み事しにくいんだな~。
「まあ… いいですけど…」
なにかひと言言いたげな感じで、酒井は承知した。
iPhoneのメルアドと携帯番号をメモ帳に書き、ぼくは渡す。まったく興味なさそうに、彼女はメモを見る事もなく、それを小さく折り畳んで、鞄のポケットに仕舞った。
「頼むよ」
二・三歩歩いたら忘れるんじゃないかと思って、ぼくは彼女に念を押した。
学校やクラブから隔離されている今、こいつだけがかろうじて細い糸の様な繋がりなんだから、彼女を頼りにするしかない。
「明後日までガッコ休みだから、月曜日でいいですよね」
「ああ」
「じゃあ、みんなに伝えときます」
「よろしくな」
「はい」
そう答えると、彼女は窓辺のバラの花に視線を移した。
そのままなにも言わず、じっと花を見ている。
しばらくそうしていて、『ふぅ』とため息ついてうつむいたが、気を取り直す様にこちらを振り返った。
「じゃあ、先輩。今日はもう帰ります」
「あ、ああ。じゃあ…」
「さよなら」
振り向く事もなく、彼女は後ろ手でドアを閉め、逃げる様に部屋を出ていった。
明らかに落胆したか、怒っている様子。
なっ… なにか、彼女の気に触る事でもしたかな?
次にヤツに会った時、どんな嫌みを言われるか、わかったもんじゃない。
ちょっと焦ったぼくは、酒井がこの部屋に入ってきてからの事を、思い返してみた。
花束を持ってきた彼女は、花瓶に花を活けて、クラブ日誌を渡してくれて、iPhoneに気がついて…
あ。
そう言えば、花を活ける姿につい見とれちゃって、お礼を言ってなかったっけ。
もしかして、それで怒ったのか?
だけど、あいつが花なんて持ってくるとは思いもしなかった。
今までは男顔負けのがさつな仕草で、真っ黒になってテニスコートでボールを追っかけている姿しか見た事なかったから、今日の私服姿は意外で、新鮮だった。
あいつにも、けっこう女らしい面もあるんだな。
今度会った時には、ちゃんとお礼言っとかなきゃ。
花のお礼を言わなかった腹いせに、酒井はぼくのアドレスをみんなに教えないんじゃないかと、ちょっと心配したけど、さすがにそんな意地悪な事をするヤツじゃないみたいで、月曜日になるとクラスのみんなや部活の仲間から、ボチボチとメールが入ってくる様になった。
病院内では携帯やスマートフォンの使用は禁じられているので、散歩の時や携帯OKのロビーに出た時じゃないと使えないんだけど、これで少しは退屈もまぎれるかな。
つづく
今日あたり、学校の誰かが来る筈だ。
首を長くして一日待っていたが、面会終了時間間際なってようやく、“コツコツ”とノック音と同時に入ってきたのは…
花束を抱えた酒井だった。
え?
今週も酒井の順番なのか?
そろそろ別のやつが来る頃だと思ったのに…
それにしても珍しい。
こいつが花なんか持ってくるなんて。
「遅くなってすみません。ちょっと家に帰ってごはん食べて来たんです。あ、これ。飾って下さい」
そう言いながら、彼女は手に持っていたバラの花束を、花なんて差した事がなかった窓ぎわの花瓶に活けた。
水道から水を汲んできて、花束を差し、バランスよく整えていく。その仕草がなんだか女っぽい。
そう言えば今日の酒井は、からだにピッタリ張りついたカットソーにサマーカーディガンを羽織り、下はホットパンツにニーハイソックスという格好だ。
初めて見る酒井の私服姿。
絶対領域がまぶしい。
相手が苦手な酒井だとしても、私服姿ってのは新鮮に感じる。
つい、ふくらんだ胸のラインや、弾力のありそうなお尻に視線がいってしまうのは、ぼくも男だからか。
こういうのって、相手の好き嫌いなんて関係なく、条件反射の様につい見てしまうもんだ。
花を飾った後、酒井は鞄の中をモゾモゾ掻き回して、プリントやクラブ日誌を取り出し、ベッド脇のテーブルの上に置いたが、その時iPhoneに気づいたらしい。
「先輩、このスマホ…」
『あれ?』という感じで一瞬目を見開き、酒井はテーブル上のiPhoneに視線を落として訊いた。
「ああ。最近買ってもらったんだ」
「…そうですか。先輩、ケータイとか持ってなかったと思ったけど…」
「うちの親が、気利かしてくれて。入院生活は退屈だろうからって」
「ふぅん…」
なんだか反応が薄い。ちょっとがっかり。
そりゃあ、いっしょになって喜んでくれとは言わないけど、もう少しテンションが上がる様な返事をしてくれてもよさそうなものなのに。
やっぱりこいつとの会話は、なにかしっくりこないものがある。
「それでさ。ぼく、部活のヤツのメルアドとかケーバンとか知らないからさ。酒井さんからぼくのをみんなに教えといてくれる? 手間かけて悪いけど…」
最後のセンテンスは、なんだか気乗りしてない様子の彼女を見て、つけ足したもの。
後輩だというのに、こいつには頼み事しにくいんだな~。
「まあ… いいですけど…」
なにかひと言言いたげな感じで、酒井は承知した。
iPhoneのメルアドと携帯番号をメモ帳に書き、ぼくは渡す。まったく興味なさそうに、彼女はメモを見る事もなく、それを小さく折り畳んで、鞄のポケットに仕舞った。
「頼むよ」
二・三歩歩いたら忘れるんじゃないかと思って、ぼくは彼女に念を押した。
学校やクラブから隔離されている今、こいつだけがかろうじて細い糸の様な繋がりなんだから、彼女を頼りにするしかない。
「明後日までガッコ休みだから、月曜日でいいですよね」
「ああ」
「じゃあ、みんなに伝えときます」
「よろしくな」
「はい」
そう答えると、彼女は窓辺のバラの花に視線を移した。
そのままなにも言わず、じっと花を見ている。
しばらくそうしていて、『ふぅ』とため息ついてうつむいたが、気を取り直す様にこちらを振り返った。
「じゃあ、先輩。今日はもう帰ります」
「あ、ああ。じゃあ…」
「さよなら」
振り向く事もなく、彼女は後ろ手でドアを閉め、逃げる様に部屋を出ていった。
明らかに落胆したか、怒っている様子。
なっ… なにか、彼女の気に触る事でもしたかな?
次にヤツに会った時、どんな嫌みを言われるか、わかったもんじゃない。
ちょっと焦ったぼくは、酒井がこの部屋に入ってきてからの事を、思い返してみた。
花束を持ってきた彼女は、花瓶に花を活けて、クラブ日誌を渡してくれて、iPhoneに気がついて…
あ。
そう言えば、花を活ける姿につい見とれちゃって、お礼を言ってなかったっけ。
もしかして、それで怒ったのか?
だけど、あいつが花なんて持ってくるとは思いもしなかった。
今までは男顔負けのがさつな仕草で、真っ黒になってテニスコートでボールを追っかけている姿しか見た事なかったから、今日の私服姿は意外で、新鮮だった。
あいつにも、けっこう女らしい面もあるんだな。
今度会った時には、ちゃんとお礼言っとかなきゃ。
花のお礼を言わなかった腹いせに、酒井はぼくのアドレスをみんなに教えないんじゃないかと、ちょっと心配したけど、さすがにそんな意地悪な事をするヤツじゃないみたいで、月曜日になるとクラスのみんなや部活の仲間から、ボチボチとメールが入ってくる様になった。
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