あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「親友の彼氏に横恋慕する話をしてくれました」

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川島さんが来てからも、話に花が咲く。
ふたりの大学時代の思い出話や、モデル業界の裏話なんかを聞いたり、イベントやコスプレの話なんかもして、ずいぶん盛り上がった。

「じゃあ川島くん。凛子ちゃんをちゃんと、家まで送ってあげてね」

そうしてみっこさんの家を出たのは、もう日付が変わろうかという頃だった。
三人の真っ白な息が、夜の闇に吸い込まれていく。
駐車場に止めてあった濃緑の『バンデン・プラ・プリンセス』のドアを開けながら、川島さんは応えた。

「任せといてよ。未来のトップモデルは、丁重にお送りするから」
「送り狼になっちゃ、ダメよ」
「あはは。心配ないよ」
「すみません川島さん。わざわざありがとうございます」
「いいって。凛子ちゃんは帰り道の方角だし」
「みっこさん、ありがとうございました。家にも連絡して下さって」
「携帯、家に置いてきたって言うし、お母さんに心配かけないように、『遅くなる』って、あたしからひと言、断っておいた方がいいと思ってね」
「助かります」
「凛子ちゃん、これ」

そう言いながらみっこさんは、自分が着ていた素敵なピンクのケープコートを、わたしに羽織らせてくれた。

「風邪引かないようにね。センター試験も、頑張って」
「ありがとうございます。お借りします」
「今夜は楽しかったわ」
「わたしもです。すごくリフレッシュできました」
「よかった。また遊びに来てね」

微笑みを浮かべたみっこさんは、そう言ってわたしの頬を優しく撫でる。

「はい、うかがいます。ぜひ」

彼女の指先に触れながら、わたしも笑顔を返した。
コートに顔を埋める。
襟元のふかふかのファーから、みっこさんのいい香りが漂ってくる。

「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ、みっこ」

小さく手を振るみっこさんをあとにして、ナビゲーターシートにわたしを乗せた『バンデン・プラ・プリンセス』は、ゆっくりと走りだした。



「みっことはだいぶ、話しが弾んでたみたいだね。ぼくもあんなに楽しそうなみっこは、久し振りに見た気がするよ」

ハンドルを握りながら、ご機嫌な様子で川島さんが話しかけてきた。

「はい。今日はとっても楽しい一日でした。いい気分転換になりました」
「凛子ちゃん、結構ワイン飲んだんだね?」
「みっこさんが1991年もののヴィンテージワイン、空けてくれたんです」
「へぇ。1991年、かぁ…」
「川島さんとみっこさんが、まだ大学生だった年ですよね?」
「そうだよ。みっこからいろいろ聞いたんだろ?」
「ええ。みっこさんが親友の彼氏に横恋慕する話とか、してくれました」
「う… 参ったな~」

そう言いながら、川島さんは照れを隠すかのように軽く頭をかく。
運転席の彼を、わたしはこっそりのぞき見た。
お酒も飲んでないのに、頬が少し赤らんでいる。
案外純情なんだな。
おじさんのくせに、なんか可愛い。

「川島さんって結局、みっこさんのことは好きなんですか?」

ちょっとからかってやりたくなり、わたしはいきなり核心に突っ込んでいった。
案の定、川島さんは視線を泳がせながら狼狽うろたえ、返事に窮した。

「そ、そりゃ、好きだけど… あくまで友達としてだよ。恋愛感情とかじゃないよ」
「ふぅん、、、 みっこさんって、すごくいい女じゃないですか。同性のわたしでも、思わず惚れそうになっちゃうくらい。
それなのに川島さんって、みっこさんに好かれても、なんとも感じないんですか?」
「みっこといろいろあったのは、もう20年以上昔の話さ」
「『いろいろ』って? エッチも含んでるんですか?」

つづく
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