あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「だれもが真っ暗な森のなかにいるんですね」

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こんな素敵に微笑む人でも、もがき苦しむような過去なんて、あるのだろうか。
みっこさんはどうやって、それを乗り越えてきたのだろうか?
どうして、こんなにあっさり、とびっきり素敵な笑顔で、過去を笑い飛ばせるようになれるんだろうか?
知りたい!

「もっと聞かせて下さい!」
「ん? いいわよ」

身を乗り出して、わたしは聞いてみた。
嫌そうな顔ひとつせず、みっこさんはうなづく。

「あたしね。物心ついた頃からモデルやってて。ま、正確には親にやらされてたんだけど。
それでも子供時代はそれなりに実績積んで、周囲からも認められて、いっぱしのモデルとしてやってたのよ。
だけど、高校の頃にモデルとしての壁に突き当たって、行き詰まっちゃって。親の敷いた生き方が押しつけがましく、うっとしく感じてきて、迷っちゃったの」
「モデルとしての壁?」
「子供モデルから大人モデルになるとき、乗り越えなきゃいけない壁みたいなものね」
「そんなものがあるんですか?」
「ぶっちゃけ、あたしの身長は157cm。ステージモデルやるには、身長タッパが足りなかったってのが大きかったのよ」
「あっ」
「なのに、そのときつきあってた彼氏は、あたしの外見しか見てくれてなかった。
モデルとして、見栄えのいいあたししか愛してくれなくて、まるで彼のアクセサリーみたいに扱われてたように感じてたわ。
それにも反発して、今までとは全然違う生き方を求めて、『変わらなくっちゃ』って焦って、もがいてたのよ」
「わかります。その、『変わらなくっちゃ』って焦る気持ち。それに、『彼氏のアクセサリー』っていうのも。わたしもヨシキさんに、そんな風に思ってしまうこともあったんです」
「ね。似てるでしょ、今の凛子ちゃんに」
「ほんとうに。
それで… みっこさんはどうやって道を見つけたんですか?」
「ん…」

ひとこと応えると、みっこさんは手にしていたティーカップの紅茶をコクンと飲み干し、過去を追いかけるような遠い眼差しで、ふたたび暖炉の炎の方に目をやった。
オレンジ色の炎が、彼女の頬を紅く染め、瞳のなかで揺らめいている。
しばらくそうしていた彼女は、わたしを見つめて、軽く微笑みながら言った。

「全部、リセットしちゃった」
「リセット?」
「親の猛反対を押し切って、家出同然に東京を離れて、モデルとはまったく関係のない、福岡の四年制の女子大に進んだの。
新しい世界に飛び込んだあたしは、友達も知り合いもいない全然知らない街で、ひとり暮らしをはじめたわ。それをきっかけに、モデルの仕事も全部やめちゃって、彼氏とも別れて。
今まで自分を取り囲んでた環境を、ぜんぶまとめて捨てちゃったのよ」
「なんか、、 ずいぶん思い切ったことされたんですね」
「今考えると、無謀だったかもね」
「それで、道が開けたんですか?」
「そんなことで、道なんて開けるはずないじゃない」

強く否定するような口調で言うと、紅茶をひとくち飲み、彼女は話を続けた。

「最初のうちは… 絶望しかなかったわ」
「絶望、、、」
「いったいあたしはなにをすればいいのか、なにができるのか、全然わかんなくて。
新しい環境になっても、なんにも期待できなくて。夢も希望もなくて」
「みっこさんみたいに綺麗で才能のある人でも、そんなに悩んでたんですか?!」
「ばかね。凛子ちゃんだってあたし以上に、綺麗で才能あるじゃない」
「…そんな」

みっこさんは茶化すように微笑む。

「ふふ。思春期なんて、だれだってみんな、先の見えない、真っ暗な森のなかにいるようなものよ。
最初から、自分の進む道が見えてるわけじゃない。
迷いのなかで自分と向き合って、少しずつ、自分のほんとの気持ちに気がついていくものじゃない?」
「ほんとの、気持ち、、、」

つづく
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