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「『語るに落ちる』とはこのことでした」
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「旅行は楽しかった?」
「はい。もちろんです」
「いいわねぇ。伊豆は素敵なところだものね。海だけでなく温泉もあるし、わたしも独身時代はよく、お友達と泊まりで遊びに行ったのよ。懐かしいわ。
旅館で出されたわさび漬けも、とっても美味しかったわ。
藤喜食品は、なかでも老舗で、伊豆じゃ有名だものね。凛子もなかなか味がわかるじゃない」
「いえ。そんな…」
「そういえば優花さん、お元気だった?」
「はい。お母さまによろしくと、言っていました」
「そう。たまにはこちらにも顔を出してって、伝えておいてちょうだいね」
「はい」
「伊豆の海は綺麗だったでしょう?」
「はい。とっても透きとおっていて、わたしたち一日中泳ぎ回っていました」
「やっぱり? 凛子少し焼けたみたい。お天気もよかったのね」
「はい。昨日は晴れましたけど、今日は雨が降って、あまり遊べなかったんです」
「それは残念ね。お天気が悪いと、せっかくのバカンスも台無しだものね」
「でもその分、温泉でまったりしました」
「あら、羨ましい。どうりで、お肌がツルツルしているわけね」
「そうですか?」
「それで。雨って、一日中降っていたの?」
「はい」
「ふうん。でも、伊豆の方は雨だなんて。天気予報では言ってなかったわよ」
「…」
「…」
しまった!
さーっと、頭から血の気が引く。
気まずい沈黙が流れる。
これは母のいつもの手口だった。
誘導に引っかかって、調子に乗ってつい、余計なことをしゃべってしまった!
『語るに落ちる』とは、まさにこのこと。
頭の中フル回転で、わたしは必死に次の言葉を探した。
だけど、うまい言い訳が出てこない。
焦る!
手のひらを返したように冷めた口調で、母は問うてきた。
「凛子。怒らないから正直に言いなさい。本当に、優花さんと泊まりに行ったの? 伊豆に」
「…」
「何十年、あなたのことを見ていると思うの?
あなたの考えていることなんて、とっくにお見通しなのよ」
「…」
「この前の外泊の件も、おおよそ察しがついているわよ」
「…」
「年頃の女の子が、親に嘘をついて泊まりに行くのは、ひとつしか理由がないわ」
「…」
「男の人。ね?」
「………はい」
「…」
一瞬、夜叉のように目を見開いた母は、黙ったまま目を瞑って深呼吸をすると、気を取りなおすように続けて訊いてきた。
「で… どこに行ってきたの?」
「…山口」
「山口? 山口にも天城産のわさび漬けが売っているのかしら?」
「…申し訳ありません」
わたしはうなだれた。
もう、なにも弁解できない。
完全に詰んだ。
しばらくわたしを睨んでいた母だったが、その瞳にはみるみる涙が溜まっていった。
そして、『ふう』と大きなため息を漏らしながら、ひと言訊いた。
「真剣なお付き合いなの?」
「はい。それは誓って」
「相手は、どんな人?」
「大学生で、来年卒業です」
「わたしたちに、きちんと紹介できる?」
「…はい」
「そう。でしたら、わたしが口を挟むことはありません。
だけど、あなたは優花さんに、どれだけご迷惑をおかけしたか、わかってる?」
「え?」
「あなたの嘘に優花さんが巻き込まれて、信用を失ったのよ」
「優花さんはなにも悪くありません。アリバイの件は、全部わたしが無理やりお願いしたことで、優花さんは最後まで反対していたんです。優花さんを責めないでください」
「…」
しばらくは無言で、わたしを見つめていた母だったが、軽く唇の端を上げながら言った。
つづく
「はい。もちろんです」
「いいわねぇ。伊豆は素敵なところだものね。海だけでなく温泉もあるし、わたしも独身時代はよく、お友達と泊まりで遊びに行ったのよ。懐かしいわ。
旅館で出されたわさび漬けも、とっても美味しかったわ。
藤喜食品は、なかでも老舗で、伊豆じゃ有名だものね。凛子もなかなか味がわかるじゃない」
「いえ。そんな…」
「そういえば優花さん、お元気だった?」
「はい。お母さまによろしくと、言っていました」
「そう。たまにはこちらにも顔を出してって、伝えておいてちょうだいね」
「はい」
「伊豆の海は綺麗だったでしょう?」
「はい。とっても透きとおっていて、わたしたち一日中泳ぎ回っていました」
「やっぱり? 凛子少し焼けたみたい。お天気もよかったのね」
「はい。昨日は晴れましたけど、今日は雨が降って、あまり遊べなかったんです」
「それは残念ね。お天気が悪いと、せっかくのバカンスも台無しだものね」
「でもその分、温泉でまったりしました」
「あら、羨ましい。どうりで、お肌がツルツルしているわけね」
「そうですか?」
「それで。雨って、一日中降っていたの?」
「はい」
「ふうん。でも、伊豆の方は雨だなんて。天気予報では言ってなかったわよ」
「…」
「…」
しまった!
さーっと、頭から血の気が引く。
気まずい沈黙が流れる。
これは母のいつもの手口だった。
誘導に引っかかって、調子に乗ってつい、余計なことをしゃべってしまった!
『語るに落ちる』とは、まさにこのこと。
頭の中フル回転で、わたしは必死に次の言葉を探した。
だけど、うまい言い訳が出てこない。
焦る!
手のひらを返したように冷めた口調で、母は問うてきた。
「凛子。怒らないから正直に言いなさい。本当に、優花さんと泊まりに行ったの? 伊豆に」
「…」
「何十年、あなたのことを見ていると思うの?
あなたの考えていることなんて、とっくにお見通しなのよ」
「…」
「この前の外泊の件も、おおよそ察しがついているわよ」
「…」
「年頃の女の子が、親に嘘をついて泊まりに行くのは、ひとつしか理由がないわ」
「…」
「男の人。ね?」
「………はい」
「…」
一瞬、夜叉のように目を見開いた母は、黙ったまま目を瞑って深呼吸をすると、気を取りなおすように続けて訊いてきた。
「で… どこに行ってきたの?」
「…山口」
「山口? 山口にも天城産のわさび漬けが売っているのかしら?」
「…申し訳ありません」
わたしはうなだれた。
もう、なにも弁解できない。
完全に詰んだ。
しばらくわたしを睨んでいた母だったが、その瞳にはみるみる涙が溜まっていった。
そして、『ふう』と大きなため息を漏らしながら、ひと言訊いた。
「真剣なお付き合いなの?」
「はい。それは誓って」
「相手は、どんな人?」
「大学生で、来年卒業です」
「わたしたちに、きちんと紹介できる?」
「…はい」
「そう。でしたら、わたしが口を挟むことはありません。
だけど、あなたは優花さんに、どれだけご迷惑をおかけしたか、わかってる?」
「え?」
「あなたの嘘に優花さんが巻き込まれて、信用を失ったのよ」
「優花さんはなにも悪くありません。アリバイの件は、全部わたしが無理やりお願いしたことで、優花さんは最後まで反対していたんです。優花さんを責めないでください」
「…」
しばらくは無言で、わたしを見つめていた母だったが、軽く唇の端を上げながら言った。
つづく
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