あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「今までの自分とは違うなにかが生まれそうです」

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 黒の『TOYOTA bB』が、わたしの家まで戻ってきたのは、10時になろうとしている頃だった。
家の者に見られるとまずいと思い、近くの人通りのない細い脇道に入った所で、クルマを止めてもらった。
エンジンの切れた静かな車内で、わたしはクルマから降りるのを躊躇ためらっていた。
訊きたいことを聞けなかったからだろうか。
なんだか中途半端でモヤモヤする。
『門限を破った』と、母からはまた怒られるだろうけど、もう少しだけ、ヨシキさんといっしょにいたい。話すきっかけがほしい。

「また会える?」

ヨシキさんの低い声が、静まり返った狭いクルマのなかに響いた。
街灯の明かりがわずかに差し込む薄暗いクルマのなかで、ヨシキさんの姿がおぼろげに見える。

「え? は、はい」

ドキドキして、少し声が震える。
こうして、物音のしない暗い密室にふたりっきりいると、否応なくヨシキさんの存在を意識してしまう。
野生っぽい汗の匂いがかすかに漂ってきて、頭がぼうっとしてくるみたい。
ヨシキさんは、やっぱり男性なんだ。
わたしをじっと見つめる瞳が、熱くて色っぽい。

「『美月梗夜』にですか? 『島津凛子』にですか?」

気の利いたことを言わなきゃと思ったのに、そんなつまらないことを、つい、口走ってしまう。

「どっちにも会いたいよ」

そう答えながら、ヨシキさんはからだを寄せてきた。
ナビゲーターシートの背もたれに腕をかけながら、わたしの髪を優しく撫でる。
好きな人に撫でられるのって、気持ちがいい。
心がやすらいでくる。
怖さも忘れて、わたしはうっとりと瞳を閉じた。

“ギシッ”

シートのスプリングが軋む音が聞こえたかと思うと、ヨシキさんが身を乗り出し、覆いかぶさるようにして、キスをしてきた。

3回目のキス。

唇を重ねたまま、ヨシキさんの手が、髪や頬を撫でる。
舌が、わたしの口のなかに入ってきて、生き物のようにうごめく。
お台場でちょっと触れただけのはじめてのキスとは、まったく違う。
ぞくぞくするような甘い稲妻が背筋を走り、たまらず声が漏れてくる。

「ん… んんっ」

その声に反応したかのように、ヨシキさんはわたしをギュッと抱き寄せ、さらに濃厚なキスをする。
無意識のうちに、わたしもヨシキさんの首に腕を回していた。

からだの芯が熱い。
どうにかなってしまいそう。
頬から首筋、そして背中と、彼の指先がわたしのからだをゆっくり這っていく。
ヨシキさんがなぞった場所は、電気が流れたみたいに、痺れて震える。
こうやって触られていると、頭がぼんやりしてきて、なにも考えられなくなる。
無我夢中で、わたしはヨシキさんにしがみついていた。

「はうっ」

不意に鋭い快感が胸の先あたりから疼いてきて、わたしは思わず声を上げた。

なに?
なんなの?

考える余裕もなく、蜜のような快感は波を打って広がっていき、胸から背中、そしてからだの芯までたどり着いて、下半身へと したたり落ちていった。
まるで泉が溢れるように、下腹部のいちばん奥の部分を潤していく。
自分のからだじゃないみたい。
今までの自分とは違う、別のなにかがムラムラと頭をもたげ、からだのいちばん深い秘めやかな場所で、生まれてこようとしているみたいだった。

つづく
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