あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「人に見られるのが好きなのかもしれません」

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 相変わらずの乾いた真夏日。
土曜の9時55分、わたしは新宿駅に着いた。
待ち合わせの小田急デパートの前に、ヨシキさんはもう来ていた。
真っ白な半袖のカットソーに、細身のラインのパンツ姿が爽やか。だけど今日は、大きなカメラバッグを肩から下げていて、いかにも『撮影』という感じだ。

「す、すみません。お待たせしてしまって」

ヨシキさんの姿が見えて焦り、思わず走ってきたせいで、ハァハァと息が上がっている。

「いや。待ち合わせ時間までまだ5分あるし、別に走って来なくてもいいのに」
「でも…」
「見違えたよ。今日はまた可愛いカッコだね。そういうフワッとしたガーリーなミニワンピ。オレは好きだな。その髪飾りも、すごく似合ってて可愛いし」
「あ、ありがとうございます」

ヨシキさんの言葉に、走ったこと以上に熱くなって、頬が上気してくる。
やっぱり優花さんにいろいろ見立ててもらって、正解だった。

「とりあえず都庁バックに撮ったりして、そのあと中央公園で森っぽい写真とか撮ってみようか?」

そう言ってヨシキさんは歩き出し、わたしもそれに従った。

 数分歩くともう都庁。
ヨシキさんはそこで一眼レフカメラを取り出し、セッティングをはじめた。
あれ?
このカメラ…
今まで見ていたものと違う気がする。

「ああ。最近買ったばかりで、本格的に撮るのははじめてなんだ。美月ちゃんと同じで今日がデビューだな」
「そうなんですね。それにしても、大きなカメラですね」

『EOS1Dx』と銘の入った、真っ黒で大きなカメラを見ながら、わたしは言った。

「まあね。オレもバイトで行ってるスタジオにちゃんと就職決まったし、その記念に奮発してフラッグシップカメラ買っちゃったよ。しかも初撮影が美月ちゃんだなんて、幸先いいよな」
「おめでとうございます。すみません」
「なんであやまるんだ? さ、はじめようか。とりあえず、そこの手摺のところに立ってみようか」

そう指示をして、ヨシキさんはカメラを構えた。
ヨシキさんの言うとおり、わたしは都庁の高いビルを背にして、歩道橋の手摺に手をかける。
相変わらず的確なポーズ指示で、初心者のわたしをヨシキさんは自在に動かし、心地いいリズムでシャッターを切っていく。以前のカメラと違って、シャッターの音も心なしか歯切れがよく、まるでプロのモデルにでもなったような気分。テンションも高まっていく。
今日は土曜日で、平日に較べると都庁の周りも人が少ないのだろうけど、それでもわたしたちの撮影風景を珍しそうに、たくさんの人たちが好奇の目で眺めながら通り過ぎていた。
最初のうちは、そんな他人の視線が恥ずかしかったけど、撮影が進むうちに、そういうのはどうでもよくなってきた。

ううん。

むしろ、『もっとわたしを見て』と、感じている。
わたしって案外、人に見られるのが好きなのかもしれない。
今まで気がつかなかったけど、こうしてヨシキさんにファインダー越しに見つめられて、視線をたくさん浴びていると、わたしのなかで眠っていた『見られたい願望』が、ムクムクと湧き上がってくるのを感じる。
『見られたい』というのは、『認めてほしい』ということかもしれない。

承認欲求が満たされる、というのだろうか。

『自分のことは嫌い』だと言いつつ、本当はわたしは、もっと自分のことを認めてほしいのかもしれない。
自分のことは嫌いだけど、自分を見られることは、好きなのだ。
こうして写真を撮られている瞬間、わたしはヨシキさんから認められているんだと、心から感じる。
それは心が解き放たれるような、快感。
もっと感じていたい。

つづく
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