あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「こんなにも素敵な世界があったのですね」

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 あの日からわたしは、浮ついた気分を引きずっている。
まるでモデルかアイドルみたいに、たくさんのカメラを向けられ、写真を撮られたことは、刺激的で新鮮な経験だった。
だけどそれ以上に、ヨシキさんのことがずっと心に引っかかって、そわそわして勉強にも身が入らない。

会ったばかりの人を、好きになってしまったというのだろうか?
そんな莫迦な。
別にわたしはメンクイでもないし、よく知らない初対面の男の人に恋するほど、尻軽でも軽薄でもないはず…

「そういえば、頂いた名刺に、サイトアドレスが記してあったな」

ふと思い出してパソコンを立ち上げてネットを開き、ヨシキさんのサイトを覗いたわたしは、思わず息を呑んだ。
なんて素敵な写真の数々。
そこには、めくるめく耽美な世界が広がっていたのだ!

廃墟の工場やビルを背景にして、コスプレの女の子が佇む退廃的な画像。
ゴシック調の豪華な部屋で妖しいポーズをとった女の子の、煌めくように美しい画像。
それとは真反対に、真っ青な海でのふんわりと空気感のある、ナチュラルなポートレート。
黄昏時の森のなかに妖精のように浮かび上がる、神秘的なドレス姿の女の子。
コスプレ写真だけでなく、ふつうの服の女の子の写真や、CGで合成した画像もあった。

どの画像にも惹きつけられる。
水着やセミヌードの画像もあったけど、そんなにいやらしさを感じないどころか、艶やかにくねった三次元曲線に、同じ女性なのに、思わずため息が漏れるくらい。

なんて多彩で、美しいの?
こんなに素敵な世界があったんだ。
先日撮ってもらったわたしの写真も綺麗だったけど、こうやって手間ひまかけて創り上げられた画像からすれば、挨拶替わりのスナップ程度でしかない。

時間も忘れて、わたしはヨシキさんのホームページの画像に魅入っていた。


「はぁ…」

 ひとしきりサイトを巡ったあと、わたしは切なくなって、ため息をついた。
『美しさに当てられた』とでも言うか…

ヨシキさんの写真は、確かに素晴らしかった。
だけど、モデルの女性がまた美人ぞろいで、スタイルもよく、素敵な人たちばかり。
みんな、ヘアアレンジやメイクも上手いし、コスプレ衣装もディテールまでこだわっていて、完成度が高い。
わたしだって容姿にはいくらか自信あるし、コスプレくらいこなせるとたかを括っていたが、ショップで買ってきただけの服を着て、ヘアメイクも適当でしかない自分なんて、ヨシキさんのモデルをしている人たちの足許にも及ばない。

ヨシキさんはコスプレやイベントのことにも詳しいみたいだし、こんなに才能があって、素敵な写真を撮れて、カッコよくて話しやすく、しかも、たくさんの素敵な女性に囲まれているとなれば、彼に想いを寄せる人は多いだろう。
恋人だって、当然いるだろうし。
彼にとってわたしなんて、別にたいした存在ではない…

「もうっ。そんなのどうでもいいじゃない。別にあの人に惚れたわけじゃないんだし!」

もやもやした気分を振り払うように、わたしは椅子から立ち上がった。
パソコンを閉じると自分の部屋を出て、居間の鴨居に掛けている薙刀を手に取る。
おばあさまが嫁入り道具のひとつとして持参したという、丸に十字の家紋の入った薙刀だ。
漆塗りの鞘を取ると、真剣が冴え冴えと輝いている。
それを抱えて、わたしは庭に出た。
脚を腰幅くらいに開き、半身の姿勢をとって水平に構え、気持ちを落ち着けるように大きく息を吸って、目を閉じる。

「えーいっ! えーいっ!」

かけ声をかけながら、中段の構えから、上下斜め、横、斜めと、八方振りを行う。
切っ先が空気を鋭く切り裂き、風塵を巻き起こしながら“ビュッビュッ”と音が響き、手元が震える。
『なぎなた』は特別好きなわけでもないけど、悩みごとがある度に、こうしておばあさまの薙刀を構えるのが、幼い頃からのわたしの習慣になっている。
ストレス発散にはちょうどいいし、なにより気持ちを集中できる。
ヨシキさんの存在を心から追い払うかのように、わたしはひたすら薙刀を振った。

つづく
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