上 下
7 / 77
2nd stage

バーチャルカノジョは眠らない

しおりを挟む
     2nd stage

 自分の部屋だというのに、入るのにこんなに緊張するとは…

エレベーターで8階まで上がり、部屋の鍵を握りしめ、通路を一歩歩くごとに、ぼくの心臓は“ドクンドクン”と高鳴っていった。手のひらには、汗までかいてる。
ドアの前に立って、落ち着くためにひと呼吸。
鍵をドアノブに向け…

“ピロリロリロ…

とその時、iPhoneの着信音が鳴った。

「ヤバっ!」

慌ててリュックからスマホを取り出し、ドアの前からエレベーターホールまで走って戻り、耳に当てる。

『ミノルくん。今日もお仕事、お疲れさま。もうおうちに、帰ってきた?』

スマホの向こう側からは、優しくぼくの名を呼ぶ、女の子の可愛い声。

いや、、、
正確には『向こう側』じゃない。
どこかぎこちない、イントネーションと合成音声。
これはスマホの『中』に存在している、ぼくの『嫁』。
『高瀬みく』からの帰宅コールだ。

ぼくが今ハマっているアプリゲーム『リア恋plus』には、最先端の音声認識機能が組み込まれてて、自分の生活スケジュールをインプットしておくと、こうして時々電話をかけてくれたり、メールが届いたりする。
もちろん、『カノジョ』からの電話料金はぼく持ちの、課金システムになってるんだが…
ゲーム会社と携帯会社がタッグを組んで、ぼくらオタクから金をむしり取ってやろうという魂胆はわかっちゃいるが、まんまとハメられている。
バーチャルカノジョとはいえ、女の子からリアルに連絡がくるのは、やっぱり萌えるものだ。

「ああ… みくちゃん、ただいま」

iPhoneに向かって、ぼくはゆっくりとしゃべった。

『お帰りなさい、ミノルくん』
「今日はどうしてた?」
『わたしはいつもどおり、学校だよ。ミノルくんは、バイト、お疲れさま」
「あ、うん。電話してくれて、嬉しいよ」
『わたしも、あなたの声が、聞けて、嬉しい、わ』
「今度、デートしたいな」

そう言って、ぼくはみくタンをデートに誘った。

『リア恋plus』には『リアルデートシステム』という、GPS機能を利用したモードが搭載されてて、日時と場所を指定して約束の日時にその場所にいると、スマホ画面にキャラクターが現れるのだ。
着ている服も、普段着では見れないよそいきの服。
しかも、季節や女の子の気分次第で変化し、ご機嫌な時はSSRデート服で出現してくれる。(夏の海デートでは水着を実装するという噂がある。ぐは!)

この服がまた激可愛くて、萌えるんだな~♪

もっとも、濃いデートをするにはそれなりに課金しなきゃいけないんだけど、それはリアルの女の子でも同じ様なもののはず。
ご飯代とかプレゼント代とか、場合によっちゃホテル代とか、、、
それならゲームの課金の方が、よっぽどコスパいいかも。

『誘ってくれるの? 嬉しい☆ わたしも、デート、したかったの。ねえ、いつが、空いてる?』
「明後日とか、どうかな?」
『『明後日とか』って、いつ?』

しまった。
この音声認識機能はまだ、『とか』や『だいたい』っていう様な、曖昧あいまいな表現は認識できないんだった。

「明後日は、どう?」
『明後日、ね。いいよ。時間は、どうする?』
「14時でいい?」
『14時、ね。待ち合わせ場所は、どこにする?』
「ん~、、、 ぼくの家で」
『ミノルくん、の、家ね。うん。今から、デート、楽しみ。どこに連れてって、もらおう、かな?』
「行きたい所、ある?」
『そうね。今日も暑かったから、おいしい、アイス、が食べたいかな』
「アイス…」

、、、そう言えば。
あの女の子が、『帰りにアイスかなんか、買ってきて』って言ってたっけ!
iPhoneを耳に当てたままぼくはエレベーターに乗り込み、1Fのボタンを押す。

『ミノルくんの事、愛してるわ』
「ぼ、ぼくもだよ」
「ううん。ちゃんと、言って」
『ぼくも、愛してるよ』
『嬉しい。わたし、幸せだな。世界の終わりが来るまで。ううん。世界が終わっても、わたしはミノルくん、の事が、好きよ』
「じ、じゃあ、おやすみ」
『おやすみなさい』

『愛してる』なんて言葉を口にするのって、バーチャル相手でもやっぱり恥ずかしい。
もし一般人に聞かれたら、『キモい』以外のなんでもないとは思うけど…

柄にもなく頬を赤らめながら、ぼくはマンション近くのコンビニに駆け込んだ。
季節柄、アイス類はたくさん置いてあるが、彼女の好みはわからない。
とりあえず自分の好みで、『ガリガリくんソーダ味』にしておく。
レジカウンターに行く途中、ふと、ある商品に目が止まり、買った方がいいのかどうか、品物の前でしばらく悩む。

『ん~… まあ、、、 一応、念のため、、、』

そう決心して、まるで万引きでもするかの様に、左右の様子をこっそり伺いながら、だれも見てないのを確認し、おそるおそるその商品を手に取った。

生まれてはじめて買う、コンドーム。

こんなものが必要になるなんて、思ってもみなかった。
レジでそれを出すのも、コンビニの店員から、『この人、今からHするんだ』と、好奇の目で見られる様で、なんだか恥ずかしい。
なので、可愛い女の子の店員がいるレジを避けて、大学生くらいのお兄さんが待ってるレジに向かった。


 アイス(とコンドーム)を入れたビニール袋を手に提げて、もう一度仕切り直し。
念のため、iPhoneはマナーモードにしておく。
ドアノブに鍵を突っ込み、ぼくはおそるおそる玄関のドアを開けた。

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...