その身を賭けろ

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葉月とバスタイム

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 それからデリバリーされた食事を二人で食べて、また映画を見て、旭の仕事の話をほんの少しだけし、気づけば夜8時になっていた。
 
「明日、休みだよな? 泊まっていくだろ?」
「なんで俺の休みまで知ってるんだ? まさか、調べたとか」
 
 よく考えてみれば今日も葉月は朝から旭の家に来た。休みだということを疑わないような感じで。
 もっとも、旭が出勤していたらしていたで、何事もなかったかのように帰ったのかもしれないが。
 
「そう身構えるなよ。明日は日曜だ。今日休みだったんだし、明日も休みかなと思うのは普通じゃないか?」
 
 普通の会社ならば土日が休みなことのほうが多いのだから、確かにその通りだ。朝から訪ねてきたのも、休みである可能性が高いからだというのなら納得がいく。多少の引っ掛かりを覚えつつ、旭は素直に頷いた。
 
「そうだな。でも、今日は帰るよ」
「カジノへ行きたいからか?」
「いや……今日はいい。なんか、疲れたし」
「一応名目上はデートだったのに、その言い草! お前、モテないだろ」
「ほっといてくれ」
 
 実際、葉月との時間はとても楽しいものだった。けれど、先ほど彼に対して抱いてしまった気持ちへの衝撃が抜けきっておらず、泊まっていくのが憚られた。
 旭の暴言に葉月は怒る様子もなく首を傾げる。
 
「でも、風呂へは一緒に入るんだぞ?」
「やっぱりそれは、決定事項なんだ……」
「当たり前だろ! 本日のメインディッシュだ。たっぷり胸板、視姦させてもらうからな?」
「さっき、もうからかわないって言ったばかりなのに、またそんな」
「からかっているんじゃない。本気で言ってる」
「銭湯に行けばいくらでも好みな感じの身体があるだろ……」
「馬鹿言え。勘違いされて襲われたらどうする」
「俺が襲ったらどうするんだ」
「お前は襲わない。大丈夫だ」
 
 言い切られて、旭は二の句がつげなくなった。そもそも襲うつもりはないのだから、葉月の言葉はその後押しだ。
 襲うつもりはなかったが、これ以上おかしな気分にはなりたくなかった。自分の感情に自信がなかった。
 男に対してその気はなくとも、この春の始まりのような感覚には覚えがある。強く惹かれているのは確かで、憧れが恋に変わりやすいこともよくわかっている。
 しかし、葉月はノーマルだ。そして旭のことを何故かとても信用している。それを裏切りたくはない。
 
「賭けに負けているんだから、拒否権はないぞ。日付が変わったら帰ってもいい」
 
 じゃんけんなどという簡単なものにされてしまったが、元々旭が言い出した賭けだ。感情以前に、約束を反故するのはマナー違反。葉月の言う通り拒否権などない。
 
「わかったよ」
「じゃあ、入浴剤、どれがいい?」
「これかな」
「柚子のヤツだな」
 
 風呂へ入る、たかがそれだけのことなのに、葉月は嘘みたいに上機嫌だ。それを見て、旭のもやもやしていた感情も温かいものへ変わっていく。せっかくだから楽しもうと思った。葉月もそれを望んでいるに違いない。
 そして、実際案内されたバスルームは、旭にとって心の底から楽しめる広さだった。目の前で葉月が入浴剤を入れ、柚子のいい香りも漂ってくる。
 
「凄い、広い……」
「大袈裟だろ」
 
 普段は足を曲げないと浸かれない風呂へ入っている旭には、足を伸ばせるだけで充分な広さだ。しかしながら、泳げるような、というほどでもないので、普段からこの風呂へ入っている葉月には大袈裟に思えるのだろう。
 脱衣所も男二人が入って狭さを感じない程度には広い。横で躊躇いなく脱ぎ出す葉月にどぎまぎしつつも、旭はゆっくり服を脱いでいく。
 
「男同士で何を恥ずかしがってるんだ」
「葉月が見るとか言うからだろ」
「仕方ないな。じゃあ、先に入っててやるよ」
 
 もうからかうつもりはないのか、葉月はそう言って服を全部脱ぎ終え、先に洗い場へ入っていった。
 服の上から見るよりも更に細い身体は、想像よりも筋肉が綺麗についていた。そのせいか肌が白くても女性的には見えず、背中からでも男以外に見えようがない。
 葉月の裸を見ても感想以外の何も浮かばない自分に、旭はホッと胸を撫で下ろした。もし劣情を抱いたらどうしようかと、多少不安になっていたのだ。もちろん、下半身が妙な反応をしていることもなかった。自分で自分の気持ちがよくわからずとも、身体は正直だ。
 愛と友情の境目がセックスしたいかどうかだというのなら、今は間違いなく友情だといえる。

 たっぷりと身体を視姦されるというミッションからは逃げようがないが、気持ち良く風呂へ浸かってしまえばいいだろうと割り切ることにした。
 
「お、旭。足は人より少し短いカンジするけど、こっちは長いな。太いし」
「!」
 
 そして……腰に巻いたタオルをまくられ、ナニをガッツリと見られ、早くもめげそうになった。
 
「あ、あっ、ありえない!」
「……ああ、悪かったな。気にしてたのか」
「そっちじゃない! 普通、わざわざめくりあげて、他人のブツ見たりするか!?」
「同じ男として、身長とココの長さは気になるだろ、フツー」
「気になっても、無理矢理見たりしません! 小学生か、まったくもう……」
 
 照れ隠しに早口でそうまくしたてながらシャワーのコックを捻る。葉月は悪びれる様子もなく、楽しそうに笑っている。
 
「でも、やっぱりイイ身体してるな、旭。羨ましい」
「どうせ足は短いけどな」
「根に持つなよ。真ん中の足は立派だから充分だろ」
 
 あまりに堂々としたシモネタに、旭はがっくりと肩を落とした。
 一応褒めているのは確かで、羨ましいと思っているのも本音のようで、葉月は旭の身体をうっとりと眺めている。
 早いところ身体を隠したくなって、葉月が浸かっていても充分スペースのある浴槽へ足を沈めた。
 
「なんだよ。もう少しサービスしろよ」
「ゲイじゃないのに、男の裸見て何が嬉しいんだか……」
 
 いつもは白い葉月の頬は湯のせいかほの紅く、触ったら温かそうだ。
 こんなに見つめていては、人のことは言えない。旭は焦りながら、そそくさと目を逸らした。
 そんな旭の気を引くように、葉月が話しかけてくる。
 
「気持ちいいな、旭」
「……うん」
「頭、洗ってやろうか?」
「遠慮します」
 
 風呂場に漂う柚子の香りにくらくらする。顔をそむけていても感じる視線に、のぼせそうだった。
 
「お前、なんでそんなに緊張してんの?」
「き、緊張なんて」
「じゃあ、こっち向けよ」
 
 顔を両手で挟まれて、グッと前へ向けられる。強い瞳が目の前にあった。
 
「はづき……」
「ん?」
 
 心臓が嘘みたいに跳ねる。セックスしたいと思っているわけじゃない。でも、気になってしまう。知っている舌の温度を、今度は自分から確かめたくなる。
 
(葉月は俺を信用している、のに……)
 
 これでは葉月を追い回しているストーカーとなんら代わりがない。
 二人の間にどんなことがあったのかはわからないが、葉月が友情のつもりで接しているうちにその気になってしまったパターンも有り得る話だ。膝に乗ったり、腕を組んだり、こうやって風呂へ誘ったり、したのかもしれない。
 
「手、温かい、な」
「そりゃ、湯に浸かってるんだから当たり前だろう?」
 
 葉月の手をとって、湯の中に戻させる。
 
「寝る前によく温めておかないと、また冷たくなるだろうから」
 
 ミントの香りは、今は柚子の強さで消えている。
 葉月を思わせる匂いが感じられないことに、何故だか酷く安心した。
 
「そうだな。今夜はよく眠れそうだ。久しぶりに、湯舟に浸かったよ」
「シャワーで済ますから、いつも指先が冷えてるんじゃないか? ギャンブラーの手元が震えてたら、様にならないぞ」
 
 湯の中で葉月の手を更に温めるように、ギュッギュッと力を込めて握ってみる。
 
「お前が毎日抱きまくらになって、一緒にフロ入ってくれたら、夜ちゃんと眠れるかもな」
「……少なくとも、あんなに手が冷えてちゃ上手く眠れないと思う」
 
 葉月は見るからに血行が悪そうだ。きっと足も冷たいのだろうと思った。手の冷たさを知っているから、余計にそう思うのかもしれない。
 
「それに風呂なんて、一人で入るほうが落ち着くだろ?」
「そうだな。落ち着くだろう、な」
 
 少しだけ寂しげな表情を作る葉月に、鼓動が速くなる。
 
「そんなに……」
「ん?」
「そんなに、俺と一緒に入りたいのか?」
「は?」
「いや、風呂……。だってなんか、そーゆー顔してたから」
 
 ほのかに赤い、なんてものじゃない。葉月の顔は一気に茹蛸のように赤くなった。
 
「そーゆー顔って、どういう顔だよ。一人で入れないガキみたいに言うな」
 
 普段はクールな葉月が見せる子供っぽい一面に、旭は頬を緩める。
 見目好い相手にこうまで懐かれて、可愛く思わないわけはない。
 ぎゅうっと抱きしめて撫で回したい衝動を堪えながら、浴槽の縁に腕を置いて突っ伏す。
 
「お前、笑ってるな? 笑ってるだろ。旭のくせに!」
 
 可愛いなどと言えば本格的に機嫌を損ねるだろうから、のぼせただけだと嘘をついた。
 念のため下半身が熱を持っていないか確認し、安堵する。そんなことを確かめている時点で末期なことに旭が気づくのは、そう遠くなさそうだ。
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