銀色の噛み痕

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結婚しようよ

3話目

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 毛玉と少年の登場に嫉妬と不安を感じてあんな行動に出てしまったというのがリゼルの言い分。それはわかる。オトーサンと呼んだのも、そのあたりの感情からだろう。
 リゼルは終わったあと、本当にたくさんゴメンナサイしてくれた。ゴメンナサイのしかたがちょっとあざとい気もしたけど、わかっててもほだされてしまう。結局、惚れた弱味。

「それで……。リリっていうのはどうだ?」
「あ……。名前?」
「うん。そう。オレとシアンの名前、両方リがついてるし、そこから」

 今では僕の本当の名前を呼ぶのは、リゼルだけだ。自分しか呼ばない名前をつけることに、独占欲めいたものを感じる。
 いや、そんなことないか……。自意識過剰すぎだな。リゼルはもっと単純だ。むしろ適当につけた可能性のが高い。
 でも可愛いし、呼びやすいし、悪くはない名前。
 ……もし。もし、本当に……いつか毛玉じゃなくなって、人か、狼か。そんな姿を形作ったとしても、そのまま呼べる気がするし。

「どうだ?」
「うん。いい名前だね」
「だろー?」

 牙を見せて笑ういつものドヤ顔、ほんと可愛い。
 褒める時は頭を撫でるまでがセットだ。僕より背が高くなったので、撫でやすいように屈めてくれるのも愛らしい。
 僕もついニコニコしてしまうし、リゼルも満面の笑みなので空気が一気にふんわりする。
 その柔らかい空気を壊す、獣の唸り声のような低い轟音が部屋に響き渡った。

「何か食べに行こうか、リゼル」
「ウン……」

 ここのところ、携帯食ばかりだったしな。その上、宿について早々始めてしまったから無理もない。
 久しぶりのきちんとした食事にありつくべく、僕らは階段を降りて食堂へ向かった。




「あっ! シアンさん、リゼルさん! やっとおりてきた! モフモフもいっしょいる?」

 待ち構えていたらしいミシェルくんが駆け寄ってくる。
 やっぱりリゼルを思い出すなあ。こうやって尻尾でも振るように近づいくる、この感じ。……それは今でもか。

「名前、決まったんだよ。リリっていうんだ」
「かわいい」

 ニコーって笑う君のほうが可愛い。そして隣にいるリゼルの顔は怖い。おとなげなく睨まないでくれ。ミシェルくんが泣き出したらどうするんだ。

「ご飯を食べに来たんだけど、何か出してもらえる?」
「わかった。そこに座ってて」

 4卓しかないこじんまりとした食堂。部屋も4つしかなかったところを見ると、客の入りはいいとは言えなさそうだ。
 でも掃除は行き届いていて清潔感もあるし、自分の家に帰ってきたような懐かしさがある。

 席について食事を待つ間、リゼルは度々、お腹で返事をしていた。どうやら限界が近いらしい。鳴ると少し恥ずかしそうにして、他に客がいなくて良かったって呟いてるのが可愛かった。

「ミシェルくん、もっとリリで遊びたがると思ったけど、戻ってこないね」
「食事作んの、手伝ってんじゃないか?」
「そうか。偉いな」
「オ、オレも料理、してるけどなぁー?」

 リゼルは野宿中のご飯を作ったりしてくれてる。
 手伝うより凄いことしてるし! とでも言いたげだ。

「うん。いつも助かってるよ」
「でも昔、家にいた頃は……。あんまり、手伝ってなかったな……。もっとやっとけば良かった」
「リゼルは充分、やってくれてたよ。僕の自慢の息子だった」
「今は?」
「これくらいで拗ねる可愛い恋人かなー」
「へへー」

 幸い他に客もいない。僕はリゼルを甘やかすことに関してはプロなので、思う存分、頭を撫でてあげた。部屋なら耳のひとつでもモフッと出して、尻尾を振ってるところだ。

「お待たせー。ご飯できたよー」
「お待たせしました」

 小さめのトレーで軽そうな料理をフラフラ運びながら、ミシェルくんが僕らのテーブルへ近づいてきた。その後ろから、母親も料理を運んでくる。
 パンにグラタン、サラダとスープだ。ミシェルくんはサラダとか、切ったのかな。

「なあ。肉はないの?」

 僕はこれで充分だけど、確かにリゼルには物足りなさそう。
 食事付きの宿はメニューが決まってしまってることが多いけど、ここは頼めばリクエストに答えてくれそうな雰囲気がある。

「今からですと、ただ塩こしょうで焼くだけ……になりますが、それでよろしければ」
「ウン。それでいい。別料金払うからよろしく。あっ、もちろん、これも全部食べるから。大食いなんだ。ごめんな」

 母親はペコリと頭を下げて、奥の部屋へと戻っていった。

「オレは生肉でも問題ないくらいだからなー。でも肉がないのはツライ」
「あって良かったね。最近、まともな食事ができてなかったし」

 僕は、まずはサラダから。ミシェルくんがジッと食べるところを見てる。

「これは、ミシェルくんが手伝ったの?」
「うん! ど、どうしてわかったの?」

 そんな期待を込めた目で見られたら、誰でもわかる。

「美味しいよ」

 そう言ってあげると、飛び上がるようにして喜んだ。尻尾があったらリゼルみたいに振ってそう。

「ボクと結婚したら、毎日食べれるよ!」
「切るくらいー。オレにもできるしー」
「リ、リゼル……」

 可愛らしい取り合いをされて、にやけるのをこらえるのが大変だ。でもリゼルはちょっとおとなげない。

「ミシェルくん。ご飯を食べる間、リリと遊んでてくれる?」
「うん!」

 おいで、とミシェルくんが言うと、リリはふよふよ浮いたまま、そちらのほうへ移動していった。

「僕ら以外にもああやってついてくんだ……」
「やっぱ言葉、わかってるみたいだよな」

 さあ食事を再開するかと前を見ると、リゼルはすでにほぼ食べ終わっていた。僕はサラダもまだなのに。
 物足りなさそうにしてたけど、ミシェルの母親……宿屋の女将さんがすぐに肉を運んできてくれたので、ちょうどいいバランスで食事を進めることができた。

「あの灰色のフワフワしたものは、魔道具か何かですか?」

 ミシェルくんが遊んでいたのが気になったのか、女将さんがそう尋ねてくる。

「いえ。多分生物だと思うんですが……。森の中でついてきて、それからずっと一緒にいるんです」

 さすがに僕が産んだとは言えないので、他人に訊かれたらそう答えると決めてあった。でも訊かれたのはこれが初めてだ。

「ケサランパサランみたいですね」
「ケサランパサラン?」
「こちらの地方では結構有名な伝承なんですけど。持ち主に幸せを運ぶと言われてる、妖精のようなものです。白くてフワフワしてて、綿毛のような姿をしているそうですよ」

 リリは灰色だけど、フワフワ綿毛の生物なんて、そうはいない。まさにそれっぽい。その伝承を調べてみたら、リリの謎がとけるかな。

「へえー。じゃあ、これから幸せになれるかもしれないね、リゼル」
「オレは今でも、充分幸せだぞ」

 肉を頬張りながら言うので、思わず笑ってしまった。

「ふふ。リゼルは肉を食べていられれば幸せだもんね」
「何言ってんだ。シアンと一緒にいられるからだろー?」

 まさかそうくるとは。てっきり肉かと。
 女将さんは、アラアラウフフって顔で僕らを見てるし、恥ずかしい。 

「それは僕もだけど……。今以上にってことだよ」
「……今、以上にかー……」

 リゼルが僕から視線を逸らす。
 肉を口に含んでる時はいつもずっと僕を見つめているのに、何を想像しているのやら。
 ……ま、また……、いやらしい、こととかかな……。

 久々のご馳走に舌鼓を打ちながら、こんなことを考えてる僕も僕だ。反省しよう。

 さしあたって、お腹いっぱい食べられることは幸せだな、と思った。
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