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本編
王子様のバイト参観
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ご飯を作る時は指輪を外す。当然のことだ。でも、外すのを見るたび、王子様がちょっぴり寂しそうな顔をする。それがたまらなくカワイイ。
年の瀬まであと少し。恋人になりたてっていうのもあるし、僕はとにかく彼が愛しくて毎日でもイチャイチャしたいんだけど、残念ながらそうもいかない。
大学が休みに入ったからバイトのシフトをたくさん入れてあって、確実に普段より疲れている。そうなると、ただでさえそういう雰囲気を作りにくい東吾さんに仕掛けるなんて、恋愛経験値の高くない僕には到底無理なのだ。
向こうから仕掛けてきてくれれば一番いいんだけど……むしろ東吾さんの言動でまったり微笑ましい雰囲気になって、エッチなことに持ち込む空気が根こそぎ消滅するんだよな……。
「毎日大変だね」
「そのかわり、年末年始は休みをもぎ取りましたからね! それまで頑張ります」
「せーたは明日も昼間からバイトか……」
僕がいなくて寂しいのかな。可愛いな。とも思うけど、僕は普段は大学に行っていたわけだし、東吾さんにとってはいつもとそう変わりない気がする。
「寂しいですか?」
「うん。君のいない時間はいつも寂しいよ」
お。なんか、ちょっとしっとりしんみりしてて、いい雰囲気かも。
ここで、僕もですって言ってキスを……。
「だから、明日は君のバイト先へ行ってもいいだろうか」
「えっ。えええ!?」
そんなわけで。寂しいというよりは単に好奇心的な様子で、東吾さんによるバイト参観が決定したのだった……。
深まる僕の心労。
そわそわ。そわそわ。
東吾さんは、抜き打ちで行くよー。と楽しそうに言って、来訪時間を教えてくれなかったので、僕はバイト先についてからずっと浮き足立っている。
だって、あの東吾さんがファミレスに一人でご来店だぞ!?
心配になるだろ。フィンガーボウルとか要求し出したらどうしよう。色んな意味で恥ずかしさがあるし、感情がぐちゃぐちゃだ。
なのに周りからは上機嫌に見えたらしく、バイト仲間に今日は楽しそうだねと声をかけられた。
彼女は僕と同じ時期にアルバイトを始めた、女子大生の竹下さんだ。
シフトはほとんど被ってないけど、きやすい会話をできる程度の仲ではある。その彼女が言うのだから、僕はそれなりに楽しそうな表情をしていたんだろう。
「そうかな」
「うん。伊尾くんって仕事は完璧だけど、いつもクールだし。飲み会にも参加しないし」
飲み会に参加しないのは単に懐的な問題で。
タダより高いものはないと思うタイプだから奢りもちょっと。
……そういうところがクールだと思われてるのか?
「もしかして彼女でも来るの?」
うおっ。女の子って鋭い!
彼女ではないけど、恋人ではある……けど、そんなこと言えるはずがない。
「王子様が……来るかな」
「えっ? 伊尾くんの、白馬の王子様? ふふっ。意外だったな。伊尾くんでもそんな冗談言うんだ」
クスクスと楽しそうに笑っている。
しかし彼女は今日、僕の言葉が事実であることを目の当たりにするだろう。
まあ、白馬には乗ってはないだろうけれど。
…………まさか乗って来ないよな?
不安と期待と緊張を交えつつ、時間だけが過ぎていく。
王子様のことだから3時のおやつを過ぎたあたりでやってくるんじゃないか。と思ったけど、未だ来店はなく、上がりの時間が近づいてきてしまった。
でも、よく考えたらそんなに長居もしづらいだろうし、何かを食べながら僕がバイト終わるのを待って一緒に帰るつもりなのかもしれない。
というか、普通に考えて……そうだよな。そんなことにすら気づかず、まだかなまだかなって子供みたいにしてた自分が恥ずかしい。
迷子になってる可能性もおおいに有り得るから、心配は心配なんだけど。
デザートのオーダーが入り、中で作成していると竹下さんが凄い勢いで中に駆け込んできた。
「伊尾くん、大変! 本当に、白馬に乗った王子様が来ちゃったんだけど!」
「ええっ!? 白馬に!?」
大変ってレベルじゃないだろ。
と、東吾さん、こんな町中で馬を……!? 普段はどこに繋いであったんだ。
急いでフロアへ出て思わず入り口を見渡す。
……馬は、いないみたいだけど。
「ちょっとちょっと、伊尾さん。さすがに馬は……大袈裟に言っただけだよ……?」
「あっ、そ、そうだよね」
うわああ。恥ずかしい。あの王子様なら乗ってきてもおかしくないとか思っちゃってるからあぁぁ。
竹下さん、物凄く呆れた顔してる。クールだと思われていた僕のイメージは今日で確実に崩れ去ったな。
「で、王子様はどの席にご案内したの?」
「42番。あれ、本当に伊尾さんの知り合いなの?」
「や。見てみないと本人かどうかはわからないよ……」
タイミング的にも、まあ東吾さんだろうけど。
初めて入る店で不安になってるだろうし、早く顔を見せてあげたい。
「ファウンテンできたから、これ30番に運んでもらっていい? 王子様には僕がお冷やをお持ちしたいんだけど」
「ええー。42番は私の担当側なのに……。んー……わかった。でも、友達だったら、あとで紹介してね!」
竹下さんはお冷やを乗せたトレイを置いて、かわりに僕の作ったエンジェルチョコレートサンデーを持って出ていった。
……さて。……んん。なんか、緊張するな、ヤッパリ。
制服がちゃんとしてるかチェック。背筋も伸ばして、表情を引き締めて、僕は王子様の待つフロアへと歩みを進めた。
見慣れた金色の髪。後ろ頭だけでも、それが僕の恋人であることはすぐにわかった。
あえて少し後ろからお冷やをテーブルへ置くと、可哀想なくらいビクリと跳ね上がったので噴き出さないようにするのに苦労した。
「いらっしゃいませ」
「あ……」
東吾さんが僕の顔を見て目を見開く。少し怯えたような表情は、すぐに柔らかい笑みへと変化した。
迷子になった子供が母親を見つけた時のような、信頼しきった笑顔を見せられて胸がきゅうっとしめつけられる。
好きになってからもう何回も思ったことだけど、この王子様はどこまで僕を惚れさせるつもりなのか。
こんな顔を見せられて愛しく思わないわけがない。
「せーた、制服姿かっこいい」
「惚れ直しちゃいますか?」
「うん!」
本気でそう思ってそうだからなあ。くすぐったいような、嬉しいような。王子様の中で僕は絶対に、かなりの勢いで美化されていると思う。
「もっと早くに来るかと思いました」
「それが……うっかり、バスの中で眠ってしまってね。初めて乗るから、緊張したみたいで……」
「普通、緊張してたら目が冴えませんか?」
「そうなんけど、乗る前に緊張しすぎたせいで、乗った瞬間に気が抜けて……あの震動も、よくない」
結局、終点まで行ってしまったんだろうか。イレギュラーなことがあったなら、そのあと自力で立て直すのはかなり難しいに違いない。慣れているならまだしも、バスに乗るのが初体験とあっては。
まあ、東吾さんも大人なんだから、他人に訊いたりしたんだろうけど……。
エライエライって子供にするみたいに褒めたくなるのは王子様マジックか。
「きちんと辿り着けたんだから、充分ですよ」
「実は自分の力だけではないんだ。途中で馬場と行き合ってね……。ほら、この前に話しただろう? 使用人の……」
「ああ……」
マジ過保護すぎるだろ。バレたらどうするんだ。きちんと隠れていてくれ。出てくるなら、せめて僕が東吾さんと満足いくまでイチャコラしてからに。
「せーたに紹介しようと思って誘ったんだけれど、仕事中ですからと断られてしまったよ」
「ソレハザンネンデスネ」
東吾さんを監視するお仕事に余念がない。
今もどこからか見ているのだろう……。
でも、確かにBとは話したことがないな。住人と話してるのもあまり見ない。Cはよく餌付けされてるけど……。
「あっ、すまない。仕事中に引き留めてしまったね。今すぐ注文するから」
僕の台詞が棒読みだったのをどう捉えたのか、東吾さんが気を遣ってメニューを開く。
今はアイドルタイムも後半、一番入りが少ない時間帯。ドアの開く音も聞こえてこない。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。まあ、さすがにあまり長話してるわけにはいきませんから、一度戻りますけど……」
「えっ、ち、注文は?」
「メニューが決まったら、そこのボタンを押してくれたら、オーダー取りに来ますから」
東吾さんが僕と呼び鈴とメニューを見比べる。
「なるほど。そういうシステムなんだね。合理的だな」
感心したように、うんうん頷いている。
そうか。普段ボタンで呼ぶタイプのレストランなんかに行ったりしないから。決まるまで僕が近くで待っていると思ったのか。
まあ、僕もできることならそうしてあげたいんだけど。
「あっ。決まったら、せーたがオーダー請けに来てくれるんだよね?」
「もちろんです」
「良かった。初めてのお店で少し不安だったから」
「なんだ。僕の顔が見たいからって理由じゃないんですね。残念だな」
「っ……それも、あるけど……」
あるんだ。自分から言っておきながら、少し気恥ずかしい。
「では、お決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」
テーブルの上に置かれた手に手を重ね、軽く握りながら耳元でできるだけカッコイイ声を意識して囁いてみた。
赤く染まる頬にチュッとするくらいはしたかったけど、さすがに人の目がある場所ではこれが限界。
しかし、少し奥まった四人テーブルの角席とは。中々いい場所に案内してくれたものだ。
この時間帯なら、お一人様でもなるべく広い席へ通すようにはしているけれど。
僕はひらりと踵を返すと、中へ戻っていった。そこには好奇心に目を輝かせる竹下さんの姿が。
「本当にお友達なんだね! 凄い!」
さっき、本当に友達なら紹介してとか言ってたっけ。
ああ、面倒だなあ。我ながら心が狭いと思うけど、絶対に紹介したくなんてないし。
「凄いって、何が」
「だって年上そうな外人のイケメンとか、どこで知り合うの?」
「……アパートの、隣人で」
「えっ。アパート!?」
驚くのも無理はない。東吾さんは誰がどう見てもアパートずまいでなく高級マンションで独り暮らしか、お屋敷住まいにしか見えないし。
「あんなに気品に溢れて見えるのに」
「人は見かけによらないってことだよ」
「でも、本当に素敵……。金色の髪に青い瞳。整って、キリリとした表情。王子様みたい……」
さっき僕を見た瞬間の王子様の表情を見せてやりたい。あの人は僕にデレデレなんだぞって。いや、見せたら余計に惚れちゃうかも。ダメだ。
「あの人、婚約者いるから。紹介はできないな」
「えーっ。確かにフィアンセとかいそうな外見だけど……。バイト仲間としてもダメなの?」
「相手の人、相当、嫉妬深いから」
「そっかあ。なら仕方ないね」
もっとごねるかと思ったけど、案外素直に引き下がった。
「でも私が婚約者だったら、まずは伊尾くんに妬くと思うな。距離が近すぎるもの」
「ハハハ……」
しっかり見られてた。
あの人は僕のものだって公言して歩きたいほどだから、バレても別に構わないんだけど。
……でも、あえて吹聴するものではないとも、思ってはいる。好奇心から色々訊かれたら面倒くさそうだし。
ふと時計を見ると、僕が上がる時刻まですでにあと1時間を切っている。
美味しいってニコニコしながら食べる東吾さんを見たいから、オーダー飲み物だけにしてもらって一緒に食べようかな……。
「いらっしゃいませー!」
元気なグリーディングと共に竹下さんが出て行って、神妙な顔で僕を振り返る。
入口のほうを見ると、昼ピークのようにぞろぞろとご来店。これはやばい……。
団体さんが二組ほど入ってきて静かだった店内はどっと喧騒に包まれた。
この時間は混まないことを想定しているので人員も少ない。
手が回らなくなってキッチンの人が出てきて運び始めるくらい、慌ただしくなる。混む時っていうのは何故か続くもので、それからもチラホラ客足が途切れず。
でも幸い僕があがる時刻にはすっかり穏やかな空気になっていた。
気を遣ってくれたのか、人が引くまで東吾さんのテーブルからのお呼ばれはなかった。
「大変だったねー。お疲れ様。そういえば王子様からオーダーなかったけど、大丈夫?」
「今お詫びのコーヒー出して、僕も上がって一緒に夕食にする」
人柄的に怒りはしないだろうけれど待たせてしまったことを申し訳なく思いながらコーヒーを持っていくと。
「あっ。ごめん。まだ決まってなくて……」
「…………」
単に悩みすぎてて、注文が決まっていないだけだった。
年の瀬まであと少し。恋人になりたてっていうのもあるし、僕はとにかく彼が愛しくて毎日でもイチャイチャしたいんだけど、残念ながらそうもいかない。
大学が休みに入ったからバイトのシフトをたくさん入れてあって、確実に普段より疲れている。そうなると、ただでさえそういう雰囲気を作りにくい東吾さんに仕掛けるなんて、恋愛経験値の高くない僕には到底無理なのだ。
向こうから仕掛けてきてくれれば一番いいんだけど……むしろ東吾さんの言動でまったり微笑ましい雰囲気になって、エッチなことに持ち込む空気が根こそぎ消滅するんだよな……。
「毎日大変だね」
「そのかわり、年末年始は休みをもぎ取りましたからね! それまで頑張ります」
「せーたは明日も昼間からバイトか……」
僕がいなくて寂しいのかな。可愛いな。とも思うけど、僕は普段は大学に行っていたわけだし、東吾さんにとってはいつもとそう変わりない気がする。
「寂しいですか?」
「うん。君のいない時間はいつも寂しいよ」
お。なんか、ちょっとしっとりしんみりしてて、いい雰囲気かも。
ここで、僕もですって言ってキスを……。
「だから、明日は君のバイト先へ行ってもいいだろうか」
「えっ。えええ!?」
そんなわけで。寂しいというよりは単に好奇心的な様子で、東吾さんによるバイト参観が決定したのだった……。
深まる僕の心労。
そわそわ。そわそわ。
東吾さんは、抜き打ちで行くよー。と楽しそうに言って、来訪時間を教えてくれなかったので、僕はバイト先についてからずっと浮き足立っている。
だって、あの東吾さんがファミレスに一人でご来店だぞ!?
心配になるだろ。フィンガーボウルとか要求し出したらどうしよう。色んな意味で恥ずかしさがあるし、感情がぐちゃぐちゃだ。
なのに周りからは上機嫌に見えたらしく、バイト仲間に今日は楽しそうだねと声をかけられた。
彼女は僕と同じ時期にアルバイトを始めた、女子大生の竹下さんだ。
シフトはほとんど被ってないけど、きやすい会話をできる程度の仲ではある。その彼女が言うのだから、僕はそれなりに楽しそうな表情をしていたんだろう。
「そうかな」
「うん。伊尾くんって仕事は完璧だけど、いつもクールだし。飲み会にも参加しないし」
飲み会に参加しないのは単に懐的な問題で。
タダより高いものはないと思うタイプだから奢りもちょっと。
……そういうところがクールだと思われてるのか?
「もしかして彼女でも来るの?」
うおっ。女の子って鋭い!
彼女ではないけど、恋人ではある……けど、そんなこと言えるはずがない。
「王子様が……来るかな」
「えっ? 伊尾くんの、白馬の王子様? ふふっ。意外だったな。伊尾くんでもそんな冗談言うんだ」
クスクスと楽しそうに笑っている。
しかし彼女は今日、僕の言葉が事実であることを目の当たりにするだろう。
まあ、白馬には乗ってはないだろうけれど。
…………まさか乗って来ないよな?
不安と期待と緊張を交えつつ、時間だけが過ぎていく。
王子様のことだから3時のおやつを過ぎたあたりでやってくるんじゃないか。と思ったけど、未だ来店はなく、上がりの時間が近づいてきてしまった。
でも、よく考えたらそんなに長居もしづらいだろうし、何かを食べながら僕がバイト終わるのを待って一緒に帰るつもりなのかもしれない。
というか、普通に考えて……そうだよな。そんなことにすら気づかず、まだかなまだかなって子供みたいにしてた自分が恥ずかしい。
迷子になってる可能性もおおいに有り得るから、心配は心配なんだけど。
デザートのオーダーが入り、中で作成していると竹下さんが凄い勢いで中に駆け込んできた。
「伊尾くん、大変! 本当に、白馬に乗った王子様が来ちゃったんだけど!」
「ええっ!? 白馬に!?」
大変ってレベルじゃないだろ。
と、東吾さん、こんな町中で馬を……!? 普段はどこに繋いであったんだ。
急いでフロアへ出て思わず入り口を見渡す。
……馬は、いないみたいだけど。
「ちょっとちょっと、伊尾さん。さすがに馬は……大袈裟に言っただけだよ……?」
「あっ、そ、そうだよね」
うわああ。恥ずかしい。あの王子様なら乗ってきてもおかしくないとか思っちゃってるからあぁぁ。
竹下さん、物凄く呆れた顔してる。クールだと思われていた僕のイメージは今日で確実に崩れ去ったな。
「で、王子様はどの席にご案内したの?」
「42番。あれ、本当に伊尾さんの知り合いなの?」
「や。見てみないと本人かどうかはわからないよ……」
タイミング的にも、まあ東吾さんだろうけど。
初めて入る店で不安になってるだろうし、早く顔を見せてあげたい。
「ファウンテンできたから、これ30番に運んでもらっていい? 王子様には僕がお冷やをお持ちしたいんだけど」
「ええー。42番は私の担当側なのに……。んー……わかった。でも、友達だったら、あとで紹介してね!」
竹下さんはお冷やを乗せたトレイを置いて、かわりに僕の作ったエンジェルチョコレートサンデーを持って出ていった。
……さて。……んん。なんか、緊張するな、ヤッパリ。
制服がちゃんとしてるかチェック。背筋も伸ばして、表情を引き締めて、僕は王子様の待つフロアへと歩みを進めた。
見慣れた金色の髪。後ろ頭だけでも、それが僕の恋人であることはすぐにわかった。
あえて少し後ろからお冷やをテーブルへ置くと、可哀想なくらいビクリと跳ね上がったので噴き出さないようにするのに苦労した。
「いらっしゃいませ」
「あ……」
東吾さんが僕の顔を見て目を見開く。少し怯えたような表情は、すぐに柔らかい笑みへと変化した。
迷子になった子供が母親を見つけた時のような、信頼しきった笑顔を見せられて胸がきゅうっとしめつけられる。
好きになってからもう何回も思ったことだけど、この王子様はどこまで僕を惚れさせるつもりなのか。
こんな顔を見せられて愛しく思わないわけがない。
「せーた、制服姿かっこいい」
「惚れ直しちゃいますか?」
「うん!」
本気でそう思ってそうだからなあ。くすぐったいような、嬉しいような。王子様の中で僕は絶対に、かなりの勢いで美化されていると思う。
「もっと早くに来るかと思いました」
「それが……うっかり、バスの中で眠ってしまってね。初めて乗るから、緊張したみたいで……」
「普通、緊張してたら目が冴えませんか?」
「そうなんけど、乗る前に緊張しすぎたせいで、乗った瞬間に気が抜けて……あの震動も、よくない」
結局、終点まで行ってしまったんだろうか。イレギュラーなことがあったなら、そのあと自力で立て直すのはかなり難しいに違いない。慣れているならまだしも、バスに乗るのが初体験とあっては。
まあ、東吾さんも大人なんだから、他人に訊いたりしたんだろうけど……。
エライエライって子供にするみたいに褒めたくなるのは王子様マジックか。
「きちんと辿り着けたんだから、充分ですよ」
「実は自分の力だけではないんだ。途中で馬場と行き合ってね……。ほら、この前に話しただろう? 使用人の……」
「ああ……」
マジ過保護すぎるだろ。バレたらどうするんだ。きちんと隠れていてくれ。出てくるなら、せめて僕が東吾さんと満足いくまでイチャコラしてからに。
「せーたに紹介しようと思って誘ったんだけれど、仕事中ですからと断られてしまったよ」
「ソレハザンネンデスネ」
東吾さんを監視するお仕事に余念がない。
今もどこからか見ているのだろう……。
でも、確かにBとは話したことがないな。住人と話してるのもあまり見ない。Cはよく餌付けされてるけど……。
「あっ、すまない。仕事中に引き留めてしまったね。今すぐ注文するから」
僕の台詞が棒読みだったのをどう捉えたのか、東吾さんが気を遣ってメニューを開く。
今はアイドルタイムも後半、一番入りが少ない時間帯。ドアの開く音も聞こえてこない。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。まあ、さすがにあまり長話してるわけにはいきませんから、一度戻りますけど……」
「えっ、ち、注文は?」
「メニューが決まったら、そこのボタンを押してくれたら、オーダー取りに来ますから」
東吾さんが僕と呼び鈴とメニューを見比べる。
「なるほど。そういうシステムなんだね。合理的だな」
感心したように、うんうん頷いている。
そうか。普段ボタンで呼ぶタイプのレストランなんかに行ったりしないから。決まるまで僕が近くで待っていると思ったのか。
まあ、僕もできることならそうしてあげたいんだけど。
「あっ。決まったら、せーたがオーダー請けに来てくれるんだよね?」
「もちろんです」
「良かった。初めてのお店で少し不安だったから」
「なんだ。僕の顔が見たいからって理由じゃないんですね。残念だな」
「っ……それも、あるけど……」
あるんだ。自分から言っておきながら、少し気恥ずかしい。
「では、お決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」
テーブルの上に置かれた手に手を重ね、軽く握りながら耳元でできるだけカッコイイ声を意識して囁いてみた。
赤く染まる頬にチュッとするくらいはしたかったけど、さすがに人の目がある場所ではこれが限界。
しかし、少し奥まった四人テーブルの角席とは。中々いい場所に案内してくれたものだ。
この時間帯なら、お一人様でもなるべく広い席へ通すようにはしているけれど。
僕はひらりと踵を返すと、中へ戻っていった。そこには好奇心に目を輝かせる竹下さんの姿が。
「本当にお友達なんだね! 凄い!」
さっき、本当に友達なら紹介してとか言ってたっけ。
ああ、面倒だなあ。我ながら心が狭いと思うけど、絶対に紹介したくなんてないし。
「凄いって、何が」
「だって年上そうな外人のイケメンとか、どこで知り合うの?」
「……アパートの、隣人で」
「えっ。アパート!?」
驚くのも無理はない。東吾さんは誰がどう見てもアパートずまいでなく高級マンションで独り暮らしか、お屋敷住まいにしか見えないし。
「あんなに気品に溢れて見えるのに」
「人は見かけによらないってことだよ」
「でも、本当に素敵……。金色の髪に青い瞳。整って、キリリとした表情。王子様みたい……」
さっき僕を見た瞬間の王子様の表情を見せてやりたい。あの人は僕にデレデレなんだぞって。いや、見せたら余計に惚れちゃうかも。ダメだ。
「あの人、婚約者いるから。紹介はできないな」
「えーっ。確かにフィアンセとかいそうな外見だけど……。バイト仲間としてもダメなの?」
「相手の人、相当、嫉妬深いから」
「そっかあ。なら仕方ないね」
もっとごねるかと思ったけど、案外素直に引き下がった。
「でも私が婚約者だったら、まずは伊尾くんに妬くと思うな。距離が近すぎるもの」
「ハハハ……」
しっかり見られてた。
あの人は僕のものだって公言して歩きたいほどだから、バレても別に構わないんだけど。
……でも、あえて吹聴するものではないとも、思ってはいる。好奇心から色々訊かれたら面倒くさそうだし。
ふと時計を見ると、僕が上がる時刻まですでにあと1時間を切っている。
美味しいってニコニコしながら食べる東吾さんを見たいから、オーダー飲み物だけにしてもらって一緒に食べようかな……。
「いらっしゃいませー!」
元気なグリーディングと共に竹下さんが出て行って、神妙な顔で僕を振り返る。
入口のほうを見ると、昼ピークのようにぞろぞろとご来店。これはやばい……。
団体さんが二組ほど入ってきて静かだった店内はどっと喧騒に包まれた。
この時間は混まないことを想定しているので人員も少ない。
手が回らなくなってキッチンの人が出てきて運び始めるくらい、慌ただしくなる。混む時っていうのは何故か続くもので、それからもチラホラ客足が途切れず。
でも幸い僕があがる時刻にはすっかり穏やかな空気になっていた。
気を遣ってくれたのか、人が引くまで東吾さんのテーブルからのお呼ばれはなかった。
「大変だったねー。お疲れ様。そういえば王子様からオーダーなかったけど、大丈夫?」
「今お詫びのコーヒー出して、僕も上がって一緒に夕食にする」
人柄的に怒りはしないだろうけれど待たせてしまったことを申し訳なく思いながらコーヒーを持っていくと。
「あっ。ごめん。まだ決まってなくて……」
「…………」
単に悩みすぎてて、注文が決まっていないだけだった。
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