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本編
一緒に寝ましょう
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12月も半ば。金城さんと出会ってから早10日ほど経った日のこと。
夕飯を終えて金城さんを帰してから2時間後。今日は平日だからバイトもないし、風呂に入ってそろそろ寝ようかって頃、ノックの音が聞こえた。
ちょうどお湯を出したところだ。気を付けてないと溢れてしまうし、寒いから冷めやすい。どうしようか迷った挙句、僕は蛇口をひねったままにして踵を返した。
「こんな時間に誰だよ……」
誰に伝えるでもなくひとりごちて、扉を開ける。金城さんが何か忘れ物したのかなと8割くらいは思っていたから、意外な人物の登場に驚いた。
「貴方は……」
「お世話になっております」
ぺこりと頭を下げる黒服の男。
あれからわかったことだけど、金城さんのボディーガードらしき人間はおそらく3人の交代制で、痩せと中くらいとデブがいる。その痩せが、高そうな菓子折りを持って家に押しかけてきたのだ。
「何か用ですか?」
「あの、ここでは少し……」
男はソワソワしている。
そうか。金城さんが出てきたらまずいんだな。
「どうぞ」
入室を促すと、あからさまにホッとした顔で上がり込んできた。
面倒ごとには関わりたくない……けど、高そうな菓子折りは貴重な食糧源だ。甘いものはそんなに好きではないけど、きっと僕が知っている甘いモノとは一線を画する味なんだろう。上品な甘さというか。
招き入れたからには礼儀としてもてなさなければならず、既に敷いていた布団を端に寄せ、ちゃぶ台を出して紅茶をいれてやる。
「金城さんのことですよね?」
「やはり、私が彼の関係者だということはバレバレですか」
「ええ」
「通報しないでくださってありがとうございます」
僕がしてないだけで、もう何度か通報されてはいそうだな。
「そのお礼と、私共のことを話しにきました。こんな黒服に見守られていたのでは不安でしょうから」
「はあ……」
どうやら自己紹介に来たらしい? 凄い今更だな。
「といっても、名前は明かせないので私をA、中肉中背の彼をB、恰幅のいい彼をCとします。私たちは東吾様付きの使用人でございます」
予想通り3人か。ふむ。使用人っていうのも、大体の予想通りだ。本職のボディーガードや危険な筋の方々にしては尾行も監視もお粗末すぎるもんな。
隠密行動なら確かに、隣人である僕に名乗りをあげておいたほうが都合がいいだろう。しかし金城さん以外すべての住人が気づいてそうなソレを隠密と言えるのかどうか。
「簡単に言ってしまうと、甘やかされて育った東吾様を独り立ちさせるというのが今回の目的です。会社へ入らせたものの、上手く周囲に馴染めず……。リハビリのようなものが必要だと感じました」
「……わかります、なんとなく」
で、会社辞めさせて、監視つけて独り暮らしさせる、ねえ。まだ充分甘いというか、過保護だなあ。
「まあ東吾様はこの荒んだ世に現れた天使ですので、地べたを這いつくばる私たちと馴染めないのは仕方がないことだとも思うのですが。幼い頃なんてそれはもう……」
「……あの」
「ご、ごほん。すみません」
でも甘やかされて育った割には、金城さんって純真で素直なんだよな。我儘を言うでもなく、されたことに対して喜びを表し、ありがとうと笑顔で返す。子供の頃からそうだとしたら、冗談抜きに天使みたいだったに違いない。度を越して可愛がってしまうのも無理はない気がする。僕だって……ちょっと、なあ。
「伊尾様。これからも、どうか東吾様と仲良くしてやってください。歳の近い貴方と過ごすことは、きっと東吾様のプラスになりますから……」
Aさんは礼をし、菓子をこちらに寄越して立ち上がる。これで帰るとか……。本当に挨拶だけしにきたらしい。重大な話はなんもなし。平和だ。
「あ、あの、最後にひとつだけ聞かせてください!」
「……なんでしょう」
「前にコンビニで買った大量の菓子を持っていったのは……」
「あれはCが1日で美味しくいただきました」
「1日で……」
僕の質問も、それは平和なものだった。
Aの背を見送る。きっと、もっと、なんか……他に、訊くべきことがあったとは思う。けれど、それを金城さん以外から訊いてはいけない気がして。
でも金城さんは、家族が自分を要らなくなったから追い出したと言っていた。この時点で既に両者の話には食い違いがあるし、変に誤解してそうな気はする。あちらさんが意図的に誤解させているのかもしれないけど、金城さん天然だからな……。勝手に思い込んでいる可能性も、あ。
「あああ、風呂ッ!」
駆けつけるも、時既に遅し。完全に溢れてる。うう、水道代が。ガス代も。
全自動なんて贅沢言わないから、お湯が溜まったらアラームで知らせてくれる機能がついたらいいのに。くそっ。
ドラム缶並みの狭さの風呂に縮こまって入る。金城さんじゃあみっちりになってしまいそうだななんてぼんやり考えながら上がって、冬の寒さに震えながら厚手のパジャマと着る毛布を身につける。
脱衣場に置いたストーブは持ち歩けるからある意味全部屋対応だ。……まあ部屋数自体は、この脱衣所と風呂場とメインの部屋くらいなんだけど。
しかし今日は特に冷え込むな……。暖房器具のない金城さんは大丈夫だろうか。僕の部屋と違って隙間風もなさそうだったし、平気かな。
ゆたんぽを布団に突っ込んでその中でぬくぬくしながらアイスティーを飲もうとした時だった。
相変わらず掠れた音のするインターフォンと共に、今度こそ金城さんが訪ねてきた。
まさかさっきの、見られてたんじゃ……。もしバレたら隠し立てするつもりはない。それでもなんだか双方に対して後ろめたい気がして、変に緊張してしまう。
様子を窺うと、金城さんは玄関に立つ僕を見て何故か目を丸くしている。
「あの、何か?」
「伊尾さん、この寒いのによく冷たい飲み物を飲めるね」
「ああ……」
そこか。確かにコップを持ったまま来てしまった。
「お風呂上がりなんですよ。ほら、髪まだ湿ってるでしょ? 身体の中に熱がこもってるからかな。寒い日でも冷えたものが飲みたくなりますよね」
「そ、そうか……」
金城さんは初めて会った時も着ていた高そうな毛皮のコートを羽織っている。
「こんな時間に、どこかへお出かけですか?」
「いや、その。さむ……寒くて……」
僕はそこで初めて金城さんが小さく震えているのに気づいた。
隙間風がなくても、今日の寒さはダメだったらしい……。
これは、無理にでも時間を作ってこたつを買いに行ってあげるべきだったか。
「わ、悪いんだけど、少し伊尾さんの部屋で……だ、暖を取らせて、もらえないかな」
上手く歯の根があってないのか、何度も言葉を噛んでいる。そんなに寒かったのか、可哀想に。悪いことしたな。
寒そうな様子とは裏腹に、金城さんの頬は薄く染まっている。寒さに耐えきれずに夜中訪ねたことが恥ずかしいのかもしれない。
可哀想だとは思うけど、困り果てた姿が可愛くて、なんだか意地悪してやりたくなる。
「夜に、寒いから暖めてって部屋に来るなんて、なんだか色っぽいお誘いみたいですね」
「す、すまない! 帰る!」
真っ赤になって背を向ける金城さん。
言われた意味がわからず首を傾げるパターンになるかなって思ったから、この反応はちょっと意外。下ネタ……いや、セクハラか。そんな方面は通じるらしい。でも意味が通じるだけで、耐性はなさそうだ。
「冗談ですから、どうぞ暖まってってください」
コートの襟をぐっと掴んで引き留める。金城さんは少しだけ抗うように歩みを進めたけど、僕が離さないとわかると顔をゆっくりこちらへ向けた。
「……迷惑じゃないのかい?」
「いいえ。嬉しいですよ」
震えてるのは寒いからだってわかってるけど、小動物を連想させて口元が弛みそうになる。実際には小動物どころか、僕より大きいのに。遠慮して窺うような視線が、余計にそう思わせるんだよなあ。
いや、まあ、僕が意地悪したせいでこんな様子なんだろうけど。ごめんなさい、金城さん……。
「私は、その、決してそんなやましい気持ちはないから」
「わかってます」
「なら何故、今みたいな冗談を」
「うーん。あ、ほら、身体、恥ずかしさで少し暖かくなったんじゃないですか?」
金城さんは驚いたように目を見開いて、瞬かせて、最後にキラキラと輝かせた。
「ほんとだ!」
なんだこの可愛い王子様は。男に対して思わずキュンとかしてしまった。不覚。
「でも、今日は冷え込みますし、よかったら暖まるだけじゃなく、泊まっていっても構いませんよ」
「それはさすがに、申し訳ない……」
毛皮のコートに顔を埋め、身体を庇うように部屋へ上がってくる金城さん。申し訳なさそうな表情が中の暖かい空気を感じた途端、ほわりととけた。
「暖かい」
「でしょう? ほら、布団にも入ってみてください。足だけでいいですから」
あ、コート着たまま布団へ……。なんかシュール。
「わっ、凄い。何これ」
金城さんって普段はキザな言動なんだけど、驚いた時ととても嬉しい時は喋り方が少し子供っぽくなるんだよな。目を丸くして掛け布団を持ち上げてる姿なんて、まんまそれ。
「それね、湯たんぽっていうんですよ」
「ゆたんぽか。凄いな。これ、どこで買える?」
「薬局とかかな。近々案内しますよ。こたつも買いに行かないといけませんし」
「ありがとう。なるべく早いと、助かるかな……」
「もうかなり寒いですもんね」
金城さんのコートを剥いで、えもんかけにかける。
僕の着ている着る毛布に興味を示したから説明してあげたり、湯たんぽを物珍しそうに撫でる姿を見守ったり、ひとしきり楽しい時間を過ごしたあと、僕はストーブを止めた。
「えっ? 消したら寒いじゃないか」
「石油代がかかるから、寝るときは消すんですよ」
「お金くらい、私が……」
「身体にもよくないですから」
換気は、まあ。隙間風、吹いてるから問題ないんだけど。
「湯たんぽと、この着る毛布と、暖かい布団があればなんてことないです。今日は人肌もありますしね」
「人肌……」
金城さんはポツリと呟いて、ボンッて音が立つくらい真っ赤になった。
どこをどう見ても僕の部屋には布団がひとつしかないんだけど、どうやって寝るつもりだったんだろう。押し入れにでもしまってあると思ってたのかな。
ちなみに、客用布団なんてものはうちには存在しない。
「男同士で気持ち悪いかもしれませんが、暖をとるためなら普通のことですから」
ということにしておく。
「そ、そうなのか」
金城さんもアッサリと納得していることだし。
「しかし、貴方が気持ち悪いと思うなら無理をさせるわけにはいかない」
訂正。理解はしたが、納得はしてないようだ。
そんな気にすることでもないと思うんだけどな。
「僕は別に気持ち悪くないですよ。だって金城さんて……」
整った顔。金色の髪。申し訳なさそうにこちらの感情を探ろうとする視線。
「犬みたいですから」
「犬っ!?」
「そう。ゴールデンレトリバーみたいな。むしろギュッとして寝たいかも。毛はないけど」
「あ、なら、毛皮のコートを着て眠れば犬みたいに」
「それは落ち着かないからやめてください。金城さんのほうこそ僕とで平気ですか? 寒いほうがまだマシとか?」
「私は、その、全然……そんなことは」
しどろもどろになりながら、金城さんがまた赤くなる。
そういえば、僕はまったく女性的ではないのに金城さんは僕を女性のようにエスコートしたり、綺麗だと褒めたり、口説くような台詞を吐く。社交辞令や単なる癖のようなものだと思っていたけど……。まさか、僕のことを恋愛的な意味で好きだから、とかいう理由だったりはしないよな?
もしそうなら、一緒の布団で寝ようという僕の申し出はとんでもない発言になってしまう。
疑わしい相手を布団へ引きずり込んでもいいものか。
……とりあえず、特に嫌悪感とかはないな。うん。
「じゃあ、寝ましょうか。ほら、湯たんぽのおかげでまだ布団の中ぽかぽかですよ」
「ぽかぽか……」
金城さんが布団の中に手を突っ込みながら、僕の言葉を子供みたいに繰り返す。なんか可愛い。心がぽかぽかしてくる。
二人で横になってみると一人用の布団はやっぱり狭くて、でもその分とても暖かかった。びっくりするくらい。
人肌ってこんなに暖かいんだな。金城さんが体温高いのかも。発熱でもしてんじゃないか。僕が照れさせるようなことばっか言ったからか。
それにしても腕の辺りがなんか、くすぐった……って。
「何してるんですか、金城さん」
「もこもこしてて、気持ちがいい」
「あー。毛布の塊みたいなものですもんね、今の僕。でも、そんなふうに撫でられたらくすぐったいですよ」
「す、すまない」
そうしょんぼりされるといくらでも撫でていいですよ! って言いたくなってしまう。
「けど、人と寝るのって暖かいんだな。これなら確かに、ストーブはいらない」
「でしょう?」
狭い布団の中、お互い寄り添うようにして暖を取る。まあ狭すぎて、くっつかないのは物理的に無理なんだけど。
「……ギュッとしてもいいから」
「えっ?」
「さっき、犬みたいだって……ギュッとして寝たいって」
「あ、ああー! そ、それじゃあ……」
お言葉に甘えて、金城さんをギュッとしてみた。暖かい。とても幸せな気分だ。
なんだかんだ理由をつけて、こたつと湯たんぽ買いに行くの、数日引き延ばそうかな……僕は心地好い暖かさにうとうと微睡みながら、そんなことを考えた。
夕飯を終えて金城さんを帰してから2時間後。今日は平日だからバイトもないし、風呂に入ってそろそろ寝ようかって頃、ノックの音が聞こえた。
ちょうどお湯を出したところだ。気を付けてないと溢れてしまうし、寒いから冷めやすい。どうしようか迷った挙句、僕は蛇口をひねったままにして踵を返した。
「こんな時間に誰だよ……」
誰に伝えるでもなくひとりごちて、扉を開ける。金城さんが何か忘れ物したのかなと8割くらいは思っていたから、意外な人物の登場に驚いた。
「貴方は……」
「お世話になっております」
ぺこりと頭を下げる黒服の男。
あれからわかったことだけど、金城さんのボディーガードらしき人間はおそらく3人の交代制で、痩せと中くらいとデブがいる。その痩せが、高そうな菓子折りを持って家に押しかけてきたのだ。
「何か用ですか?」
「あの、ここでは少し……」
男はソワソワしている。
そうか。金城さんが出てきたらまずいんだな。
「どうぞ」
入室を促すと、あからさまにホッとした顔で上がり込んできた。
面倒ごとには関わりたくない……けど、高そうな菓子折りは貴重な食糧源だ。甘いものはそんなに好きではないけど、きっと僕が知っている甘いモノとは一線を画する味なんだろう。上品な甘さというか。
招き入れたからには礼儀としてもてなさなければならず、既に敷いていた布団を端に寄せ、ちゃぶ台を出して紅茶をいれてやる。
「金城さんのことですよね?」
「やはり、私が彼の関係者だということはバレバレですか」
「ええ」
「通報しないでくださってありがとうございます」
僕がしてないだけで、もう何度か通報されてはいそうだな。
「そのお礼と、私共のことを話しにきました。こんな黒服に見守られていたのでは不安でしょうから」
「はあ……」
どうやら自己紹介に来たらしい? 凄い今更だな。
「といっても、名前は明かせないので私をA、中肉中背の彼をB、恰幅のいい彼をCとします。私たちは東吾様付きの使用人でございます」
予想通り3人か。ふむ。使用人っていうのも、大体の予想通りだ。本職のボディーガードや危険な筋の方々にしては尾行も監視もお粗末すぎるもんな。
隠密行動なら確かに、隣人である僕に名乗りをあげておいたほうが都合がいいだろう。しかし金城さん以外すべての住人が気づいてそうなソレを隠密と言えるのかどうか。
「簡単に言ってしまうと、甘やかされて育った東吾様を独り立ちさせるというのが今回の目的です。会社へ入らせたものの、上手く周囲に馴染めず……。リハビリのようなものが必要だと感じました」
「……わかります、なんとなく」
で、会社辞めさせて、監視つけて独り暮らしさせる、ねえ。まだ充分甘いというか、過保護だなあ。
「まあ東吾様はこの荒んだ世に現れた天使ですので、地べたを這いつくばる私たちと馴染めないのは仕方がないことだとも思うのですが。幼い頃なんてそれはもう……」
「……あの」
「ご、ごほん。すみません」
でも甘やかされて育った割には、金城さんって純真で素直なんだよな。我儘を言うでもなく、されたことに対して喜びを表し、ありがとうと笑顔で返す。子供の頃からそうだとしたら、冗談抜きに天使みたいだったに違いない。度を越して可愛がってしまうのも無理はない気がする。僕だって……ちょっと、なあ。
「伊尾様。これからも、どうか東吾様と仲良くしてやってください。歳の近い貴方と過ごすことは、きっと東吾様のプラスになりますから……」
Aさんは礼をし、菓子をこちらに寄越して立ち上がる。これで帰るとか……。本当に挨拶だけしにきたらしい。重大な話はなんもなし。平和だ。
「あ、あの、最後にひとつだけ聞かせてください!」
「……なんでしょう」
「前にコンビニで買った大量の菓子を持っていったのは……」
「あれはCが1日で美味しくいただきました」
「1日で……」
僕の質問も、それは平和なものだった。
Aの背を見送る。きっと、もっと、なんか……他に、訊くべきことがあったとは思う。けれど、それを金城さん以外から訊いてはいけない気がして。
でも金城さんは、家族が自分を要らなくなったから追い出したと言っていた。この時点で既に両者の話には食い違いがあるし、変に誤解してそうな気はする。あちらさんが意図的に誤解させているのかもしれないけど、金城さん天然だからな……。勝手に思い込んでいる可能性も、あ。
「あああ、風呂ッ!」
駆けつけるも、時既に遅し。完全に溢れてる。うう、水道代が。ガス代も。
全自動なんて贅沢言わないから、お湯が溜まったらアラームで知らせてくれる機能がついたらいいのに。くそっ。
ドラム缶並みの狭さの風呂に縮こまって入る。金城さんじゃあみっちりになってしまいそうだななんてぼんやり考えながら上がって、冬の寒さに震えながら厚手のパジャマと着る毛布を身につける。
脱衣場に置いたストーブは持ち歩けるからある意味全部屋対応だ。……まあ部屋数自体は、この脱衣所と風呂場とメインの部屋くらいなんだけど。
しかし今日は特に冷え込むな……。暖房器具のない金城さんは大丈夫だろうか。僕の部屋と違って隙間風もなさそうだったし、平気かな。
ゆたんぽを布団に突っ込んでその中でぬくぬくしながらアイスティーを飲もうとした時だった。
相変わらず掠れた音のするインターフォンと共に、今度こそ金城さんが訪ねてきた。
まさかさっきの、見られてたんじゃ……。もしバレたら隠し立てするつもりはない。それでもなんだか双方に対して後ろめたい気がして、変に緊張してしまう。
様子を窺うと、金城さんは玄関に立つ僕を見て何故か目を丸くしている。
「あの、何か?」
「伊尾さん、この寒いのによく冷たい飲み物を飲めるね」
「ああ……」
そこか。確かにコップを持ったまま来てしまった。
「お風呂上がりなんですよ。ほら、髪まだ湿ってるでしょ? 身体の中に熱がこもってるからかな。寒い日でも冷えたものが飲みたくなりますよね」
「そ、そうか……」
金城さんは初めて会った時も着ていた高そうな毛皮のコートを羽織っている。
「こんな時間に、どこかへお出かけですか?」
「いや、その。さむ……寒くて……」
僕はそこで初めて金城さんが小さく震えているのに気づいた。
隙間風がなくても、今日の寒さはダメだったらしい……。
これは、無理にでも時間を作ってこたつを買いに行ってあげるべきだったか。
「わ、悪いんだけど、少し伊尾さんの部屋で……だ、暖を取らせて、もらえないかな」
上手く歯の根があってないのか、何度も言葉を噛んでいる。そんなに寒かったのか、可哀想に。悪いことしたな。
寒そうな様子とは裏腹に、金城さんの頬は薄く染まっている。寒さに耐えきれずに夜中訪ねたことが恥ずかしいのかもしれない。
可哀想だとは思うけど、困り果てた姿が可愛くて、なんだか意地悪してやりたくなる。
「夜に、寒いから暖めてって部屋に来るなんて、なんだか色っぽいお誘いみたいですね」
「す、すまない! 帰る!」
真っ赤になって背を向ける金城さん。
言われた意味がわからず首を傾げるパターンになるかなって思ったから、この反応はちょっと意外。下ネタ……いや、セクハラか。そんな方面は通じるらしい。でも意味が通じるだけで、耐性はなさそうだ。
「冗談ですから、どうぞ暖まってってください」
コートの襟をぐっと掴んで引き留める。金城さんは少しだけ抗うように歩みを進めたけど、僕が離さないとわかると顔をゆっくりこちらへ向けた。
「……迷惑じゃないのかい?」
「いいえ。嬉しいですよ」
震えてるのは寒いからだってわかってるけど、小動物を連想させて口元が弛みそうになる。実際には小動物どころか、僕より大きいのに。遠慮して窺うような視線が、余計にそう思わせるんだよなあ。
いや、まあ、僕が意地悪したせいでこんな様子なんだろうけど。ごめんなさい、金城さん……。
「私は、その、決してそんなやましい気持ちはないから」
「わかってます」
「なら何故、今みたいな冗談を」
「うーん。あ、ほら、身体、恥ずかしさで少し暖かくなったんじゃないですか?」
金城さんは驚いたように目を見開いて、瞬かせて、最後にキラキラと輝かせた。
「ほんとだ!」
なんだこの可愛い王子様は。男に対して思わずキュンとかしてしまった。不覚。
「でも、今日は冷え込みますし、よかったら暖まるだけじゃなく、泊まっていっても構いませんよ」
「それはさすがに、申し訳ない……」
毛皮のコートに顔を埋め、身体を庇うように部屋へ上がってくる金城さん。申し訳なさそうな表情が中の暖かい空気を感じた途端、ほわりととけた。
「暖かい」
「でしょう? ほら、布団にも入ってみてください。足だけでいいですから」
あ、コート着たまま布団へ……。なんかシュール。
「わっ、凄い。何これ」
金城さんって普段はキザな言動なんだけど、驚いた時ととても嬉しい時は喋り方が少し子供っぽくなるんだよな。目を丸くして掛け布団を持ち上げてる姿なんて、まんまそれ。
「それね、湯たんぽっていうんですよ」
「ゆたんぽか。凄いな。これ、どこで買える?」
「薬局とかかな。近々案内しますよ。こたつも買いに行かないといけませんし」
「ありがとう。なるべく早いと、助かるかな……」
「もうかなり寒いですもんね」
金城さんのコートを剥いで、えもんかけにかける。
僕の着ている着る毛布に興味を示したから説明してあげたり、湯たんぽを物珍しそうに撫でる姿を見守ったり、ひとしきり楽しい時間を過ごしたあと、僕はストーブを止めた。
「えっ? 消したら寒いじゃないか」
「石油代がかかるから、寝るときは消すんですよ」
「お金くらい、私が……」
「身体にもよくないですから」
換気は、まあ。隙間風、吹いてるから問題ないんだけど。
「湯たんぽと、この着る毛布と、暖かい布団があればなんてことないです。今日は人肌もありますしね」
「人肌……」
金城さんはポツリと呟いて、ボンッて音が立つくらい真っ赤になった。
どこをどう見ても僕の部屋には布団がひとつしかないんだけど、どうやって寝るつもりだったんだろう。押し入れにでもしまってあると思ってたのかな。
ちなみに、客用布団なんてものはうちには存在しない。
「男同士で気持ち悪いかもしれませんが、暖をとるためなら普通のことですから」
ということにしておく。
「そ、そうなのか」
金城さんもアッサリと納得していることだし。
「しかし、貴方が気持ち悪いと思うなら無理をさせるわけにはいかない」
訂正。理解はしたが、納得はしてないようだ。
そんな気にすることでもないと思うんだけどな。
「僕は別に気持ち悪くないですよ。だって金城さんて……」
整った顔。金色の髪。申し訳なさそうにこちらの感情を探ろうとする視線。
「犬みたいですから」
「犬っ!?」
「そう。ゴールデンレトリバーみたいな。むしろギュッとして寝たいかも。毛はないけど」
「あ、なら、毛皮のコートを着て眠れば犬みたいに」
「それは落ち着かないからやめてください。金城さんのほうこそ僕とで平気ですか? 寒いほうがまだマシとか?」
「私は、その、全然……そんなことは」
しどろもどろになりながら、金城さんがまた赤くなる。
そういえば、僕はまったく女性的ではないのに金城さんは僕を女性のようにエスコートしたり、綺麗だと褒めたり、口説くような台詞を吐く。社交辞令や単なる癖のようなものだと思っていたけど……。まさか、僕のことを恋愛的な意味で好きだから、とかいう理由だったりはしないよな?
もしそうなら、一緒の布団で寝ようという僕の申し出はとんでもない発言になってしまう。
疑わしい相手を布団へ引きずり込んでもいいものか。
……とりあえず、特に嫌悪感とかはないな。うん。
「じゃあ、寝ましょうか。ほら、湯たんぽのおかげでまだ布団の中ぽかぽかですよ」
「ぽかぽか……」
金城さんが布団の中に手を突っ込みながら、僕の言葉を子供みたいに繰り返す。なんか可愛い。心がぽかぽかしてくる。
二人で横になってみると一人用の布団はやっぱり狭くて、でもその分とても暖かかった。びっくりするくらい。
人肌ってこんなに暖かいんだな。金城さんが体温高いのかも。発熱でもしてんじゃないか。僕が照れさせるようなことばっか言ったからか。
それにしても腕の辺りがなんか、くすぐった……って。
「何してるんですか、金城さん」
「もこもこしてて、気持ちがいい」
「あー。毛布の塊みたいなものですもんね、今の僕。でも、そんなふうに撫でられたらくすぐったいですよ」
「す、すまない」
そうしょんぼりされるといくらでも撫でていいですよ! って言いたくなってしまう。
「けど、人と寝るのって暖かいんだな。これなら確かに、ストーブはいらない」
「でしょう?」
狭い布団の中、お互い寄り添うようにして暖を取る。まあ狭すぎて、くっつかないのは物理的に無理なんだけど。
「……ギュッとしてもいいから」
「えっ?」
「さっき、犬みたいだって……ギュッとして寝たいって」
「あ、ああー! そ、それじゃあ……」
お言葉に甘えて、金城さんをギュッとしてみた。暖かい。とても幸せな気分だ。
なんだかんだ理由をつけて、こたつと湯たんぽ買いに行くの、数日引き延ばそうかな……僕は心地好い暖かさにうとうと微睡みながら、そんなことを考えた。
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