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ブラック
黒の告白
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パーティーが終わって、俺とピンク、司令官とで後片付け。
ここはみんなの『秘密基地』で、ヒーローはごっこではなくて、本当に地球を守るために戦っているのだと聞かされた。
普通なら信じられないようなことだが、俺は元々シロさんのことを人間離れした人だと思っていたので、すんなり納得できた。それにまあ、いくらヒーローが好きだという繋がりがあるとしても謎な集団ではあったし、特にブルーは特撮好きにも見えなかった。
熱血レッド、クールなブルー、紅一点ピンク、カレー好きイエロー、影のあるブラックというのが、司令官が思い描くヒーローなのだという。
確かに俺は影ならあるかもしれない。司令官の言う影とはニュアンスがどこか違うと思うが、見た目的には一致するだろう。
ちなみにイエローこと黄原自身は、カレーは苦手とのこと。
ピンクも紅一点なのは外見だけで中身はきっちり男だし、ブルーはドルオタ、レッドは正義というよりは下心の塊。……らしい。
各々、司令官の望むヒーロー像とはかけ離れているから、まあ俺みたいなブラックがいてもいいだろうと。
それに戦いは苦手だが、力には自信がある。頑丈だし司令官の盾にくらいなら、なれると思う。頑張りたい。
「片付けまで手伝ってもらってすみません。でも、本当にブラックが仲間になってくれて嬉しいです!」
「気に……しないでくれ……」
「そうだよ、コイツ、司令官サン並に遠慮なく食べてたよ! これくらい手伝って当然なんだから」
さすがに胃袋ブラックホールな司令官並ということはない。
片付けが2人きりならもっと良かった。仲間は嬉しいが、監視されているようで落ち着かない。実際、見張っているんだろう。俺が司令官に悪さをしないように。そんなおそれおおいこと、できるはずがないのに。
ひとつ、ひとつ、空になったプラスティックの皿を拾い上げては半透明なゴミ袋に入れていく。ケーキもワンホールでは足りないくらいだった。コンビニと馬鹿にできないほど美味しかった。きっと、一人きりのクリスマスではなかったからだ。
「でも、楽しかったですねえ。それに美味しかった。何度でもやりたいです」
「そうだね。ボクは司令官サンさえいてくれたら、いつでも幸せだけどね」
……俺もだ。
そして俺は知っている。明日もサプライズパーティがあることを。
楽しみすぎる。明日こそはプレゼントを用意したいところだ。みんなのサンタになりたい。この衣装はもう着たくはないが。
「それでブラック、今夜からここに住めますか? 敵が襲ってきた時に備えて、みんなここで暮らしてるんです」
ここで……。ピンクもか。親は大丈夫なのか。この様子では誘拐ということもなさそうだし、まあ大丈夫なのだろう。
むしろ、大丈夫ではないのは俺のほうだ。残念ながら。
「俺は……。ここで暮らすことは、できない。鳥に餌をやらないと」
「なるほど。ペットがいるのですね。ここに連れてきちゃっても構いませんよ」
「……たくさん、飼ってるんだ。環境が急に変わるのは、あまり……よく、ないから」
俺の答えを聞いて、ピンクは飛び上がらんばかりに喜んだ。ライバルがひとつ屋根の下で暮らす危機が去ったのだ。気持ちはわかる。だが手放しで喜ばれるのは複雑だ。
「そっかー。それならしかたないよね。ウンウン。残念だなぁー」
心にもないことを。
しかし外見が愛らしいというのは、とても得だと思う。それだけでどこか憎めない感じがする。俺もこんなふうに産まれたかった。
「では、最後の移動扉はブラックに渡すことにしますね。あとで住所を教えてください」
「移動扉?」
「扉ごとに移動先を設定できる宇宙の科学アイテムだよ。ボクもそれで、ここから学校まで通ってる」
「そうなんです。宇宙船の応用で、時空を曲げるのです。座標の設定が必要ですし、すっごい……凄い、高価なんですけどね」
壊さないでくださいね、と菱形のスイッチをくれた。
正直オモチャにしか見えない。しかも、オトナのオモチャだ。変な妄想をしそうになって、慌てて煩悩を追い払う。
俺にも……そういう欲は人並みにはある。女の子は怖がって近づいてこないし、怖がらせることが嫌だから、童貞だが。そして今、その欲は当然のように恐れ多くもこの人へ向いている。俺は欲を押し殺し、そのスイッチをポケットにしまった。
「ブラックの飼ってる鳥さんたち、私も見てみたいです!」
「! く、来るか……? 俺の家に……」
思わぬところから幸せが転がり込んできた。
それにしても……。鳥さん……って言うの、かわいい。
「待って! ダメ、それはダメ! 行くならボクも行く!」
まあ、そうなるだろうなとは。
自分の部屋に2人きりだと司令官を怯えさせてしまうかもしれないし、理性を保てるかもわからないし、これで良かったのかもしれない。
……ピンクとはライバル同士ではあるが、物怖じしない姿が少し嬉しくもあった。俺は女や子どもには、特に怖がられるから。
「そ、そんな怖い顔したって無駄なんだから!」
どちらかというとニヤニヤしていたつもりだった。やはり顔には出ないらしい。
「歓迎する。2人とも」
「ありがとうございます! あ。ピンク、鳥さんをいじめちゃダメですよ」
メッ、と可愛らしく叱る司令官に、俺もピンクもメロメロだ。
「いじめたりするはずないでしょ。鳥さんは」
鳥さん『は』というのが少し気になるが……。
「そうと決まれば、さっさと後片付けを終えて、座標を設定して、ブラックの家にお邪魔しましょう!」
緊張から手が震えてゴミを取り落とした。テーブルを布巾で拭いたつもりが雑巾だった。我ながらポンコツすぎる。
心の中が暖かくて、冬なのにまるで春が来たみたいだ。好きな相手が家に遊びにくる……というのは、こんなにも幸せな気持ちになるのだと、初めて知った。
「本当に行っても大丈夫なのかな……烏丸サン、人でも殺しそうな顔で雑巾ボロボロにしてるけど」
「あれはね、照れ隠しみたいなものですよ。ふふっ」
もうこの人と添い遂げるしかない。
俺以外足を踏み入れたことがないこの部屋に、自分以外の誰かがいる。しかも2人も。明日は雪が降るかもしれない。
ずらりと並べられた鳥かご。放し飼いにしてるやつもいる。
汚れた時に替えるため、床には敷くタイプの木目タイルを貼ってある。
「うっわ、すご……。人間の座るスペースのが狭いくらいじゃない? コレ」
「鳥さん可愛いですねえ。私、動物園とか水族館とかも大好きなんです」
……宇宙人だから、地球の生態に興味があるのだろうか。
デートするなら良さそうだな、覚えておこう。
「え、カラス!? カラスいるんだけど! カラスって飼っても良かったっけ?」
「許可が……いる……」
カラスのカラ子がグァと鳴いて、俺の肩にとまった。甘い声で擦り寄ってくる。
「懐いてるんだ」
「カラスは頭がいいですからね。きっとブラックのことがとても好きなんでしょう」
「ふぅん。ペットにそんなに懐かれてるなら、見た目よりも悪いヤツじゃないのかな」
俺は本日最初から最後まで、おとなしく善意の塊だったと思うのだが。むしろピンクのほうがよほど酷いことを言っていると思うのだが。
まあ、わかってくれただけでも……ありがたい。これから仲間になるのだから。
「でもさすがに匂うし、ここでお茶とかしたりする気にはなれないね」
「あっ……。気がきかないで、すまない……。今コーヒーを」
「だから要らないって」
だとしても、茶のひとつも出そうとしなかったのはマイナスだ。
人を招いたらオモテナシをする。普通ならばきっとそう。
「私は淹れてほしいです。鳥さん見ながらゆっくり飲みたいです。鳥カフェみたいですね」
「でも普通、カフェなら飲むところは分かれてると思うよ」
そうなのか。確かに、ここでお茶を出すのは衛生的にあまりよくないな。司令官なら平気な気もするが……。胃袋ブラックホールだし……。
「それにしても、本当に鳥以外に何もない部屋だね。ずっと見られてるようで落ち着かないし。ワンルームでコレはかなりキツイよ」
「ピンク。ブラックのこともいじめちゃダメですよ」
「……そんなつもりじゃないもん」
ピンクがプゥと頬を膨らませてそっぽを向いた。ちょっと信じられないくらい可愛い。司令官も顔はいいし、こんなキラキラしたアイドルみたいな2人が俺の部屋にいることが異次元すぎて何を言われてもときめき以外感じられなくなっている……。
「でも、鳥だけが友達だとか、ボッチっぽいなーと思ってさあ。毎日孤独に過ごしてそう」
「……その通りだが」
「そ、そうなんだ……」
さすがに気まずくなったのか、何度か何かを言いかけては口をつぐみ、大きな息を吐き出した。
「扉」
「……なんだ?」
「扉出して。帰る。言っとくけど、塩を送るのはコレっきりだから!」
あおられるようにして扉を出すと、振り返らずにそのまま秘密基地へと戻っていってしまった。
「すみません、悪い子じゃないんですけど……。今日はどうしたんでしょう……」
司令官はオロオロと、消えた扉と俺とを見比べている。
ピンクのアレは単なる嫉妬だ。感情を抑えにくい年頃だろうし、俺は彼にとって憎き敵。それでも言い過ぎたお詫びにと、司令官と俺を2人きりにしてくれる。
司令官はそれがお詫びになるとはわかってなさそうだからな……。単にブチ切れて急に帰ったように見えてもしかたない。
「ピンクは……よほど、貴方のことが好きなんだな」
「ピンクが好きなのは、私の尻だけですよ」
「……尻?」
「ええ。尻フェチらしくて」
確かにいい尻をしている。
「あの。あまりジッと見ないでください」
「す、すまない」
でもそんなことを言われたら普通は見る。好きな相手の尻というだけで、値千金だ。
「私は宇宙人ですし、地球人の考えることはよくわかりません。恋愛感情とかもそうです」
「そうか……」
なら俺の気持ちが、この人に伝わることはないのだろうか。ピンクの気持ちも。
……そんなことは、ないと思う。少なくとも、ピンクが自分の尻しか見ていないと司令官が言った時、どこか拗ねているように見えたからだ。ただ俺にとっては、面白くない展開になる。
「ピンクは、司令官のことが好きで俺を敵として認識しているんだろう」
「えっ? どうして君のことを敵だなんて」
「それは俺が、貴方に惚れているからだ」
ここはすっぱり想いを伝えておこうと、素直な気持ちを口にした。
実はこれが生まれて初めての告白というやつだ。せっかく自分の部屋で2人きり。クリスマスイヴ。このタイミングで押さなくていつ押すのか。
それに……。地球の平和を守るために戦うのなら、いつどんなことになるかわからない。悔いは残さないようにしないと。
「……さすがに、唐突、すぎませんか」
「俺にとってはそうでもない。初めてうちの店に来た時から気になっていた」
「そ、そうなんですか……」
司令官は伏し目がちに、少し長めの横髪をかきあげた。
部屋は静かではない。未だかつてなかった客人の来訪に、むしろピィピィと騒がしい。
タイミングはともかく、ムードはなかったかもしれないと思いながら司令官の顔をジッと眺めた。
宇宙人だとはいうが、俺たちとなんら変わりがないように見える。彼から見た俺たちは、どんな感じなのだろう。人ではなく、鳥でも見るような感覚なのだろうか。恋愛感情がわからないと言っていたが、理解はしている。そう思ったから、告白した。いや、そうでなくとも……想いを吐き出さずにはいられなかった。人間に心を動かされるのは、初めてのことだったから。
「ピンクと俺はライバルだ。ピンクもそれをわかっているから……あんな、態度だった」
「ああ、それで……」
「ヤキモチという感情だ」
「それくらいは、知っています」
知識として知っているのか、それともこの人にもそんな感情があるのか。訊くのは躊躇われた。
司令官が誰かに対して妬いたことがあったら……それは、俺のほうが妬いてしまう。
「君たちは仲間なので、仲が悪いのは困ります。ヒロインを巡って色々あるのもパターンとしては有りですが、その対象が私だというのは困る……。見る分には楽しいのですが」
中々に最低なことを口にしている。少なくとも告白してきた相手に洩らしていいことじゃない。
多少ズレた部分は『宇宙人だから』で片付いてしまうが、まあ普通に言えば空気が読めないというか、情緒がわからないというか……。それに関しては、俺も人のことはあまり言えない。
ずっと一人だったから、コミュニケーション能力は人に比べてかなり低い自覚はある。
「俺は、ピンクとも、仲良くしたい……と、思っている」
「そうですか! 良かった!」
「だが貴方を諦めるわけではない」
「私はその気持ちには応えられません」
……フられた。私も好きですと言われて、ハッピーエンドになるほうが驚くが、やはりへこむ。ないとわかっていても、都合のいい展開を考えなかったとは言い切れない。
「そもそも、ほとんど知らない相手をどうして好きになれるのか、理解ができないんですよ。星が違うからですかね」
司令官はうーんと唸って首を傾げた。
俺だってこの恋を知るまではそう思ってた。知らない相手を好きになる人間なんて、それこそ宇宙人のように思えた。
「別に理解はできなくてもいい。たくさん、知って、俺のこと、好きになって、ほしい」
緊張して、言葉がたどたどしくなる。普段接客用語しか口にしないから、頑張った。もう一生分喋ったような気さえする。慣れないことをして疲れた。背中が汗びっしょりだ。
「好きになれるかはわかりませんが……。なら、そうですね。私のために、この地球を守ってください!」
「わかった」
即答したら、嬉しそうに笑った。
そう、この笑顔を見て好きになったんだ。
好きな相手を守るためなら、男は誰でもヒーローになれる。
殺し屋みたいだと言われるこの顔も、マスクをしてしまえば見えないしな。
と。意気揚々と決意した俺だが、早くも心が折れそうになる事件が起こった。
「す、すまない。カラ子が……」
「いえ大丈夫です! 気にしないでください!」
俺は……。鳥のフンからすら、司令官を……守れなかったのだ……。
ここはみんなの『秘密基地』で、ヒーローはごっこではなくて、本当に地球を守るために戦っているのだと聞かされた。
普通なら信じられないようなことだが、俺は元々シロさんのことを人間離れした人だと思っていたので、すんなり納得できた。それにまあ、いくらヒーローが好きだという繋がりがあるとしても謎な集団ではあったし、特にブルーは特撮好きにも見えなかった。
熱血レッド、クールなブルー、紅一点ピンク、カレー好きイエロー、影のあるブラックというのが、司令官が思い描くヒーローなのだという。
確かに俺は影ならあるかもしれない。司令官の言う影とはニュアンスがどこか違うと思うが、見た目的には一致するだろう。
ちなみにイエローこと黄原自身は、カレーは苦手とのこと。
ピンクも紅一点なのは外見だけで中身はきっちり男だし、ブルーはドルオタ、レッドは正義というよりは下心の塊。……らしい。
各々、司令官の望むヒーロー像とはかけ離れているから、まあ俺みたいなブラックがいてもいいだろうと。
それに戦いは苦手だが、力には自信がある。頑丈だし司令官の盾にくらいなら、なれると思う。頑張りたい。
「片付けまで手伝ってもらってすみません。でも、本当にブラックが仲間になってくれて嬉しいです!」
「気に……しないでくれ……」
「そうだよ、コイツ、司令官サン並に遠慮なく食べてたよ! これくらい手伝って当然なんだから」
さすがに胃袋ブラックホールな司令官並ということはない。
片付けが2人きりならもっと良かった。仲間は嬉しいが、監視されているようで落ち着かない。実際、見張っているんだろう。俺が司令官に悪さをしないように。そんなおそれおおいこと、できるはずがないのに。
ひとつ、ひとつ、空になったプラスティックの皿を拾い上げては半透明なゴミ袋に入れていく。ケーキもワンホールでは足りないくらいだった。コンビニと馬鹿にできないほど美味しかった。きっと、一人きりのクリスマスではなかったからだ。
「でも、楽しかったですねえ。それに美味しかった。何度でもやりたいです」
「そうだね。ボクは司令官サンさえいてくれたら、いつでも幸せだけどね」
……俺もだ。
そして俺は知っている。明日もサプライズパーティがあることを。
楽しみすぎる。明日こそはプレゼントを用意したいところだ。みんなのサンタになりたい。この衣装はもう着たくはないが。
「それでブラック、今夜からここに住めますか? 敵が襲ってきた時に備えて、みんなここで暮らしてるんです」
ここで……。ピンクもか。親は大丈夫なのか。この様子では誘拐ということもなさそうだし、まあ大丈夫なのだろう。
むしろ、大丈夫ではないのは俺のほうだ。残念ながら。
「俺は……。ここで暮らすことは、できない。鳥に餌をやらないと」
「なるほど。ペットがいるのですね。ここに連れてきちゃっても構いませんよ」
「……たくさん、飼ってるんだ。環境が急に変わるのは、あまり……よく、ないから」
俺の答えを聞いて、ピンクは飛び上がらんばかりに喜んだ。ライバルがひとつ屋根の下で暮らす危機が去ったのだ。気持ちはわかる。だが手放しで喜ばれるのは複雑だ。
「そっかー。それならしかたないよね。ウンウン。残念だなぁー」
心にもないことを。
しかし外見が愛らしいというのは、とても得だと思う。それだけでどこか憎めない感じがする。俺もこんなふうに産まれたかった。
「では、最後の移動扉はブラックに渡すことにしますね。あとで住所を教えてください」
「移動扉?」
「扉ごとに移動先を設定できる宇宙の科学アイテムだよ。ボクもそれで、ここから学校まで通ってる」
「そうなんです。宇宙船の応用で、時空を曲げるのです。座標の設定が必要ですし、すっごい……凄い、高価なんですけどね」
壊さないでくださいね、と菱形のスイッチをくれた。
正直オモチャにしか見えない。しかも、オトナのオモチャだ。変な妄想をしそうになって、慌てて煩悩を追い払う。
俺にも……そういう欲は人並みにはある。女の子は怖がって近づいてこないし、怖がらせることが嫌だから、童貞だが。そして今、その欲は当然のように恐れ多くもこの人へ向いている。俺は欲を押し殺し、そのスイッチをポケットにしまった。
「ブラックの飼ってる鳥さんたち、私も見てみたいです!」
「! く、来るか……? 俺の家に……」
思わぬところから幸せが転がり込んできた。
それにしても……。鳥さん……って言うの、かわいい。
「待って! ダメ、それはダメ! 行くならボクも行く!」
まあ、そうなるだろうなとは。
自分の部屋に2人きりだと司令官を怯えさせてしまうかもしれないし、理性を保てるかもわからないし、これで良かったのかもしれない。
……ピンクとはライバル同士ではあるが、物怖じしない姿が少し嬉しくもあった。俺は女や子どもには、特に怖がられるから。
「そ、そんな怖い顔したって無駄なんだから!」
どちらかというとニヤニヤしていたつもりだった。やはり顔には出ないらしい。
「歓迎する。2人とも」
「ありがとうございます! あ。ピンク、鳥さんをいじめちゃダメですよ」
メッ、と可愛らしく叱る司令官に、俺もピンクもメロメロだ。
「いじめたりするはずないでしょ。鳥さんは」
鳥さん『は』というのが少し気になるが……。
「そうと決まれば、さっさと後片付けを終えて、座標を設定して、ブラックの家にお邪魔しましょう!」
緊張から手が震えてゴミを取り落とした。テーブルを布巾で拭いたつもりが雑巾だった。我ながらポンコツすぎる。
心の中が暖かくて、冬なのにまるで春が来たみたいだ。好きな相手が家に遊びにくる……というのは、こんなにも幸せな気持ちになるのだと、初めて知った。
「本当に行っても大丈夫なのかな……烏丸サン、人でも殺しそうな顔で雑巾ボロボロにしてるけど」
「あれはね、照れ隠しみたいなものですよ。ふふっ」
もうこの人と添い遂げるしかない。
俺以外足を踏み入れたことがないこの部屋に、自分以外の誰かがいる。しかも2人も。明日は雪が降るかもしれない。
ずらりと並べられた鳥かご。放し飼いにしてるやつもいる。
汚れた時に替えるため、床には敷くタイプの木目タイルを貼ってある。
「うっわ、すご……。人間の座るスペースのが狭いくらいじゃない? コレ」
「鳥さん可愛いですねえ。私、動物園とか水族館とかも大好きなんです」
……宇宙人だから、地球の生態に興味があるのだろうか。
デートするなら良さそうだな、覚えておこう。
「え、カラス!? カラスいるんだけど! カラスって飼っても良かったっけ?」
「許可が……いる……」
カラスのカラ子がグァと鳴いて、俺の肩にとまった。甘い声で擦り寄ってくる。
「懐いてるんだ」
「カラスは頭がいいですからね。きっとブラックのことがとても好きなんでしょう」
「ふぅん。ペットにそんなに懐かれてるなら、見た目よりも悪いヤツじゃないのかな」
俺は本日最初から最後まで、おとなしく善意の塊だったと思うのだが。むしろピンクのほうがよほど酷いことを言っていると思うのだが。
まあ、わかってくれただけでも……ありがたい。これから仲間になるのだから。
「でもさすがに匂うし、ここでお茶とかしたりする気にはなれないね」
「あっ……。気がきかないで、すまない……。今コーヒーを」
「だから要らないって」
だとしても、茶のひとつも出そうとしなかったのはマイナスだ。
人を招いたらオモテナシをする。普通ならばきっとそう。
「私は淹れてほしいです。鳥さん見ながらゆっくり飲みたいです。鳥カフェみたいですね」
「でも普通、カフェなら飲むところは分かれてると思うよ」
そうなのか。確かに、ここでお茶を出すのは衛生的にあまりよくないな。司令官なら平気な気もするが……。胃袋ブラックホールだし……。
「それにしても、本当に鳥以外に何もない部屋だね。ずっと見られてるようで落ち着かないし。ワンルームでコレはかなりキツイよ」
「ピンク。ブラックのこともいじめちゃダメですよ」
「……そんなつもりじゃないもん」
ピンクがプゥと頬を膨らませてそっぽを向いた。ちょっと信じられないくらい可愛い。司令官も顔はいいし、こんなキラキラしたアイドルみたいな2人が俺の部屋にいることが異次元すぎて何を言われてもときめき以外感じられなくなっている……。
「でも、鳥だけが友達だとか、ボッチっぽいなーと思ってさあ。毎日孤独に過ごしてそう」
「……その通りだが」
「そ、そうなんだ……」
さすがに気まずくなったのか、何度か何かを言いかけては口をつぐみ、大きな息を吐き出した。
「扉」
「……なんだ?」
「扉出して。帰る。言っとくけど、塩を送るのはコレっきりだから!」
あおられるようにして扉を出すと、振り返らずにそのまま秘密基地へと戻っていってしまった。
「すみません、悪い子じゃないんですけど……。今日はどうしたんでしょう……」
司令官はオロオロと、消えた扉と俺とを見比べている。
ピンクのアレは単なる嫉妬だ。感情を抑えにくい年頃だろうし、俺は彼にとって憎き敵。それでも言い過ぎたお詫びにと、司令官と俺を2人きりにしてくれる。
司令官はそれがお詫びになるとはわかってなさそうだからな……。単にブチ切れて急に帰ったように見えてもしかたない。
「ピンクは……よほど、貴方のことが好きなんだな」
「ピンクが好きなのは、私の尻だけですよ」
「……尻?」
「ええ。尻フェチらしくて」
確かにいい尻をしている。
「あの。あまりジッと見ないでください」
「す、すまない」
でもそんなことを言われたら普通は見る。好きな相手の尻というだけで、値千金だ。
「私は宇宙人ですし、地球人の考えることはよくわかりません。恋愛感情とかもそうです」
「そうか……」
なら俺の気持ちが、この人に伝わることはないのだろうか。ピンクの気持ちも。
……そんなことは、ないと思う。少なくとも、ピンクが自分の尻しか見ていないと司令官が言った時、どこか拗ねているように見えたからだ。ただ俺にとっては、面白くない展開になる。
「ピンクは、司令官のことが好きで俺を敵として認識しているんだろう」
「えっ? どうして君のことを敵だなんて」
「それは俺が、貴方に惚れているからだ」
ここはすっぱり想いを伝えておこうと、素直な気持ちを口にした。
実はこれが生まれて初めての告白というやつだ。せっかく自分の部屋で2人きり。クリスマスイヴ。このタイミングで押さなくていつ押すのか。
それに……。地球の平和を守るために戦うのなら、いつどんなことになるかわからない。悔いは残さないようにしないと。
「……さすがに、唐突、すぎませんか」
「俺にとってはそうでもない。初めてうちの店に来た時から気になっていた」
「そ、そうなんですか……」
司令官は伏し目がちに、少し長めの横髪をかきあげた。
部屋は静かではない。未だかつてなかった客人の来訪に、むしろピィピィと騒がしい。
タイミングはともかく、ムードはなかったかもしれないと思いながら司令官の顔をジッと眺めた。
宇宙人だとはいうが、俺たちとなんら変わりがないように見える。彼から見た俺たちは、どんな感じなのだろう。人ではなく、鳥でも見るような感覚なのだろうか。恋愛感情がわからないと言っていたが、理解はしている。そう思ったから、告白した。いや、そうでなくとも……想いを吐き出さずにはいられなかった。人間に心を動かされるのは、初めてのことだったから。
「ピンクと俺はライバルだ。ピンクもそれをわかっているから……あんな、態度だった」
「ああ、それで……」
「ヤキモチという感情だ」
「それくらいは、知っています」
知識として知っているのか、それともこの人にもそんな感情があるのか。訊くのは躊躇われた。
司令官が誰かに対して妬いたことがあったら……それは、俺のほうが妬いてしまう。
「君たちは仲間なので、仲が悪いのは困ります。ヒロインを巡って色々あるのもパターンとしては有りですが、その対象が私だというのは困る……。見る分には楽しいのですが」
中々に最低なことを口にしている。少なくとも告白してきた相手に洩らしていいことじゃない。
多少ズレた部分は『宇宙人だから』で片付いてしまうが、まあ普通に言えば空気が読めないというか、情緒がわからないというか……。それに関しては、俺も人のことはあまり言えない。
ずっと一人だったから、コミュニケーション能力は人に比べてかなり低い自覚はある。
「俺は、ピンクとも、仲良くしたい……と、思っている」
「そうですか! 良かった!」
「だが貴方を諦めるわけではない」
「私はその気持ちには応えられません」
……フられた。私も好きですと言われて、ハッピーエンドになるほうが驚くが、やはりへこむ。ないとわかっていても、都合のいい展開を考えなかったとは言い切れない。
「そもそも、ほとんど知らない相手をどうして好きになれるのか、理解ができないんですよ。星が違うからですかね」
司令官はうーんと唸って首を傾げた。
俺だってこの恋を知るまではそう思ってた。知らない相手を好きになる人間なんて、それこそ宇宙人のように思えた。
「別に理解はできなくてもいい。たくさん、知って、俺のこと、好きになって、ほしい」
緊張して、言葉がたどたどしくなる。普段接客用語しか口にしないから、頑張った。もう一生分喋ったような気さえする。慣れないことをして疲れた。背中が汗びっしょりだ。
「好きになれるかはわかりませんが……。なら、そうですね。私のために、この地球を守ってください!」
「わかった」
即答したら、嬉しそうに笑った。
そう、この笑顔を見て好きになったんだ。
好きな相手を守るためなら、男は誰でもヒーローになれる。
殺し屋みたいだと言われるこの顔も、マスクをしてしまえば見えないしな。
と。意気揚々と決意した俺だが、早くも心が折れそうになる事件が起こった。
「す、すまない。カラ子が……」
「いえ大丈夫です! 気にしないでください!」
俺は……。鳥のフンからすら、司令官を……守れなかったのだ……。
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