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ブルー
モモくんとお出かけ
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あれから一週間が過ぎた。敵も現れず、こんなにのんびりしていていいのか? という日々が続いている。
ラブホテルの一室も居心地がいいし、食事はルームサービスで好きなのを食べられる。お金はすべて司令官さんが払っているとのことで、一銭もかからない。そして愛しのモモくんと一緒に暮らせることは、何よりの幸せだった。
仲間探しについても、基本赤城にしかオーラというものが見えないため、オレやモモくんにできることはそうないのだ。
敵が襲ってくるまではひたすら待機。何をしていてもいい。ダメになりそうだ。
「いや、すでにダメだから。無職でしょ、青山サンは」
「もっ、モモくん! どうしてオレの部屋に! えっ、何故オレの考えてることが……」
「普通に声に出てたよ。無意識なのやばくない?」
モモくんは寮に戻った時は必ず司令官さん室へ行っていて、こうしてオレの部屋にくることは稀だ。
……悲しい嘘をついた。これが初めてだ。
はあ。オレの部屋に推しがいる。拝みたい。
「あの。拝まないでくれるかな」
実践してしまっていた。推しが部屋にいることに動揺しすぎてつい。しかも踏まれた。何かに目覚めてしまいそうだ。
「それで……オレに何か用か?」
足を離してくれたので、少し残念に思いながら何事もなかったように立ち上がって尋ねると、モモくんは少し後退った。
さすがのオレも、オレに会いに来てくれたんだ! という痛い勘違いはしていない。
「うん。実はね、司令官サンがいないんだ」
「出かけることくらいあるんじゃないか?」
「赤城サンと司令官サンにライン送ってみたら、仲良く既読スルーなんだ。絶対に一緒にいるに違いないよ」
「そうかもな。仲良さそうだし」
「良さそうだよね」
「趣味があうみたいだ。よく一緒にテレビを見ている」
ヒーローについて詳しくあるべきだ! と言いながら、よく戦隊モノの映像を並んでみている。夜になるとオレも捕まって鑑賞させられたりしている。
「2人だけでデートとか狡いでしょ! ボクがいるのに!」
「それは……モモくんが学校だったからでは」
「帰るのを待ってから、一緒に行くことだってできるのに?」
モモくんがプウと頬を膨らませた。可愛い。
赤城もよくわからない男だ。オレは男なのに、一緒にいると必ず口説くような台詞を吐いてくる。司令官さんに対してもそうなのだとしたら、モモくんが心配するのも当然だ。
まあでも……仲がいいものの、赤城が司令官さんに対してスキンシップをしているのはほとんど見ない。特にモモくんがいる前では。そのあたりは配慮しているのかなと思う。何しろモモくんの好意は酷くわかりやすく、その想いに気づいてないのは司令官さん本人くらいのものだろうから。
「探しに行くから一緒に来て」
「えっ、でも……」
「この時間からボク一人だと補導されちゃうかもしれないでしょ」
年齢を考えると確かにその通り。でも、モモくんをこの時間に連れ回すとなると、オレが逮捕される可能性のほうが高いような気が……。
「それとも……イヤ?」
「お供させていただきます!」
首を傾げた時の効果をわかってやってる。タチが悪いけど、そのあざとさがまたいい。アイドルとしては必要な資質。
「でも、どうやって探すんだ? アテはあるのか?」
「このアプリでヒーロー同士は居場所がわかるようになってるんだよ。もちろん司令官サンのもね」
モモくんがアプリの画面を見せてくれる。いつの間にかオレのスマホにも勝手にダウンロードされている。起動してみたが、何故かモモくんの位置は分からなかった……。
「秋葉原にいるみたいだな。普通に買い物してるんじゃないか?」
「なら、2人で行く必要なくない? 赤城サン青山サンのコト気に入ってるみたいだし……」
確かに多少、違和感はある。オレは誘われてないし、2人が出かけたことすら知らない。できればハブられているとは思いたくないところだ。
「モモくんの誕生日プレゼントをサプライズで買いに行ってるとか……」
「ボクの誕生日、3月だから!」
ふふふ……。何気なくプロフィールをゲットできてしまった。
「オレの歓迎会とか」
「ボクもされてないのに、あるわけない」
真顔で言われた。悲しすぎる。
「だとしたら、オレとモモくん2人の歓迎会をって可能性は?」
「……なるほど。それなら2人だけで出かけてる理由にはなるか。ボクは歓迎会なんかより、司令官サンの隣にいられるだけで嬉しいのにな」
「モモくん……」
いじらしい。応援してあげたい。少し妬けるが、モモくんと自分がどうにかなるなんてカケラも考えてないし、彼の幸せがオレの幸せだと思っている。
それに……モモくんと2人でお出かけできるなんて、逮捕と秤にかけても充分に傾く重さがある。
「探しに行くか、秋葉原」
「もちろん! もし赤城サンが司令官サンにモーションかけてたら、ただじゃ済まないから。青山サンも協力してよね」
「協力……とは……」
「赤城サンを色仕掛けでどうにかしてほしい」
あまりにも無茶ぶりすぎる。
え? 色仕掛けって……。ど、どう……?
「お前の尻を揉ませてくれとか、そんな感じで」
「……別に揉みたくはない。硬そうだし」
「それは否定はできないけど。って言うか、たとえだからたとえ!」
謎なたとえを出してくるモモくんに押しきられつつ、オレたちはラブホテルを出て秋葉原へ向かった。
もう秋も終わろうとしている。12月を目前とし、外はかなり冷え込み18時を少しまわったあたりでも薄暗い。とはいえ、街中ならば顔の判別が可能なくらいには明るい。モモくんが子どもだということは遠目に見てもわかるだろう。幸いにしてラブホテル前には人が来ないような科学の力が働いているとかで、誰に見咎められることもなかった。それに……オレを気遣ってくれているのか、モモくんは少し後ろを離れて歩いている。単に隣を歩きたくないだけかもしれない。それだったら悲しい。思わず歩みも遅くなる。
「ひっ!?」
のったりと歩いていたら突然、尻を鷲掴みにされた。モモくんがこんなことをするはずないから痴漢か痴女かと思ったら、普通にモモくんだった。しかもそれが当然であるかのような顔をしている。
歩くのが遅かったから、怒ったとか……?
「モ、モモくん?」
「青山サン、少し肉ついたよね」
揉まれている。普通に揉まれている。肉付きを確認するように揉まれている。ある意味ご褒美のような気もするが、これはいけない。
「最近、きちんと飯を食べているから、体重が増えたのかもな」
「前が痩せ過ぎだったし、もっと増やしたほうがいいよ」
尻なんて、体重が増えたとしたってそうすぐわかる部位でもなさそうなものなのに。しかも一週間やそこらだ。それだけ、見てくれているということか? モモくんが。オレのアイドルが。
「あの、も……モモく……ん?」
「んー……」
オマケとばかりに散々揉みしだいたあと、ようやく離してくれた。モモくんは悪びれなくオレの隣に並んだ。顔をちろりと見られて、上目遣いの視線に鼓動が高鳴る。
「顔もさ、そう悪くないし背も低くないし、普通にモテそうなのになんでストーカーなんかしてたの?」
「……別に、モテない」
こともない、けれど、すぐにフられる。ドルオタだってことがバレると。
「それに……別にストーカーなんてしてたわけじゃない。見てるだけで良かった。どうこうしたいとかないし、ただ、こう……君が生きているのを見ていられたらと」
「立派なストーカーだから、それ」
「ち、違うんだ。本当に。アイドルを見てる感覚に近くて!」
「アイドルならいいけどさ、一般人だもん、ボク」
「……そうだよな。すまない。怖がらせて、しまって……」
「ヘンタイ」
変態と言われて少し興奮してしまう! オレは立派な変態だ!!
罵った割に、モモくんは嬉しそうな顔をしている。
「まあ人に言えない趣味のひとつやふたつ、誰にでもあるよねぇ」
「モモくん……」
たったったっと前を歩いていったモモくんが、振り返って笑う。まるでドラマのようなワンシーン。
ただ。モモくんの表情は、彼がするとは思えないほど黒かった。小悪魔なんて可愛く呼べない。悪魔だ。
「これからは仲間だけどさ、罪は罪だから。ボクの命令はゼッタイね。青山サン?」
「あ、ああ……」
君なんてもうオレのアイドルじゃない。幻滅した。ここでそう、言えれば良かったのに。
その笑顔はオレを酷く惹きつけてやまなかったし、今まで見たどんなライブよりも全身が高揚した。きっと今、オレは君がいるステージに乗り上げた。蹴落とされるかもしれない。でも……せいぜい上手く踊らせてほしい。
それにしても……道行く人の視線をやたらと感じる。誘拐か。誘拐だと思われているのか。冷や汗がヤバイ。
「もっとしゃんとしてなよ。ルックスは悪くないんだから、堂々としてたら兄弟に思われるくらいだって」
「そうか……?」
「そうそう。オドオドしてると、悪いコトしてますって言ってるようなものだよ」
キモイだとか、いい歳をしてアイドルに熱を上げてだとか、ロリコンとか……散々罵られてきたからオレの中には不安ばかり渦巻いている。放っておいてくれたらいいのに、奴らは何故か自分から近づいてきては裏切られたと勝手に喚く。そんな経験があるので、どうしても挙動不審になる。
「あの……」
声を……かけられた。低い男の声だ。顔を上げて見れば、正義感のありそうな凛々しい中年が目の前に。し、私服警官か?
「ずいぶん具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですぅー」
オレではなく、モモくんが答えて腕を組んでくる。オレは声も出せず、必死に頷いた。そのまますたすたと歩いた。また尻を揉まれて思わず背筋が伸びた。
「背筋、ぴんとして!」
口で言ってくれたらいいのに。クセになったらどうするんだ。
「さっきのさぁ、ナンパだよ」
「モモくんを?」
「なんでボク。青山サンをだよ。ボクが少し後ろにいて見えてなかったから声かけたんでしょ」
「男なのに……」
モモくんは大仰に溜息をついた。
「これは赤城サンも苦労するよね」
「どうしてここで赤城の名前が出てくるんだ?」
オレだって何も知らないわけではない。でも赤城のは違うと思う。からかわれてるような気はする。モモくんはそれを真に受けているのだ。たまに大人びたことを言うけど、こういうところはまだ子どもなんだな。
「そういうところだよ」
何もかもわかったような顔で言うのが微笑ましくて、思わず笑ってしまった。
心の中が温かくて、寒さも気にならない。モモくんへの気持ちは恋ではないけれど、赤城からオレへの気持ちに比べればよほどそれに近い。
ほこほこしながら歩いていると、モモくんが急に足を止めた。
「モモくん?」
「赤城サンがいた。玩具屋に」
「な、何……!?」
まさか大人の……! そんな姿モモくんには見せられないぞ!
と思ったが、商店街の片隅にでもありそうな、小さく狭い普通の玩具屋さんだった。プラモデルやミニカー、人形やその服などが並んでいる。
司令官さんも奥から出てきて、2人は何やら真面目に議論している。手にしているのは、変身ベルトや剣など、昔の戦隊モノで見た、光ったり鳴ったりするやつだ。
「司令官サン!」
モモくんは名前を呼びながら司令官さんの傍へ駆け寄った。司令官さんはいつも通りだが、赤城は浮気が見つかった男のような表情をしている。
「狡いよ、ボクを置いて2人でデートするなんて」
「デートじゃねえよ。俺たちなんも武器がないからな……。シロが作れそうならなんか作ってもらおうと思って、その資料を探しに来たんだ。お前は学校あんだししかたないだろ」
「そ、それなら、司令官サンを連れていったのはわかるけど、青山サンを置いてくのも酷くない?」
理由がわかったら、オレも気になるのはますますそこだ。モモくんに変な誤解をされたくないのなら、オレを連れていくべきだ。オレと……仲良くしたいと言ってくれていたのは嘘だったのか。
「……それはまあ、こう。あまり、見られたくない姿というか……。なっ? わかるだろ?」
両手に玩具をしかと握り、仁王立ちになっている赤城を上から下まで見る。
……確かに、あまり知り合いに見られたくはない姿だろう。だが、その理由もわかっているのだし、別に変な目で見たりはしないのに。
「赤城サンは気にしすぎなんだよ。オタクって本当に人の目を気にするよね」
「俺はオタクじゃない!!」
玩具を持ったまま言っても説得力なさすぎだぞ、赤城。
「でもとても参考になりましたよー。レッドの知識の深さには驚かされます。初代からの武器の能力をすべて暗記していて、いかにピンクとブルーにはどれが似合うかの説明を熱く語り」
「シロあんたちょっと黙れ」
すでにこの前、オレとモモくんの前でも力説していたが……。
「理由はわかったけど、こんな時間まで帰ってこないのはナシでしょ!」
「はっ……? うおっ、もうこんな時間かよ!」
「オタク夢中になるとすぐ時間忘れる……」
「だからオタクじゃねえって! 俺は! 世界のことを考えてだな!」
「ウサンクサ……」
赤城と司令官さんは仲がいい。でもオレから見れば、赤城とモモくんこそとても仲がよく見えて複雑だ、色々と。素直に言えば羨ましい。
赤城は自分が玩具をしっかり握りしめていたことに気づいたのか、ハッとして慌てて棚に戻し、それから拗ねたような顔でオレを見た。
「げ……幻滅したかよ」
「いや、むしろ……」
ちょっと可愛いとか、思ってしまった。オレの好みにはかすりもしていないのに。
「あ、こら。笑うな。ちくしょう、だから見られたくなかったのに」
「ふふ。悪い。でも何かに夢中になれるのはいいことだ。恥ずかしがることじゃない」
オレのアイドルへの情熱が、赤城はこういうものに傾いてるということなんだろう。
「青山サンはもうちょっと恥ずかしがったほうがいいと思うけどね……」
モモくんに手厳しいツッコミをくらった。
「まあまあ。みなさんが乗り気になってくれて嬉しいです。ここは親睦を深めるため、焼き肉にでも行きましょう。焼き肉! もちろん、私の奢りですよー!」
胡散臭いと言えば赤城よりもよほどこの人なのだが、人の金で焼き肉が食えるという事実に、どうでもよくなってしまうのだった。
ラブホテルの一室も居心地がいいし、食事はルームサービスで好きなのを食べられる。お金はすべて司令官さんが払っているとのことで、一銭もかからない。そして愛しのモモくんと一緒に暮らせることは、何よりの幸せだった。
仲間探しについても、基本赤城にしかオーラというものが見えないため、オレやモモくんにできることはそうないのだ。
敵が襲ってくるまではひたすら待機。何をしていてもいい。ダメになりそうだ。
「いや、すでにダメだから。無職でしょ、青山サンは」
「もっ、モモくん! どうしてオレの部屋に! えっ、何故オレの考えてることが……」
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モモくんは寮に戻った時は必ず司令官さん室へ行っていて、こうしてオレの部屋にくることは稀だ。
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さすがのオレも、オレに会いに来てくれたんだ! という痛い勘違いはしていない。
「うん。実はね、司令官サンがいないんだ」
「出かけることくらいあるんじゃないか?」
「赤城サンと司令官サンにライン送ってみたら、仲良く既読スルーなんだ。絶対に一緒にいるに違いないよ」
「そうかもな。仲良さそうだし」
「良さそうだよね」
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ヒーローについて詳しくあるべきだ! と言いながら、よく戦隊モノの映像を並んでみている。夜になるとオレも捕まって鑑賞させられたりしている。
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「それは……モモくんが学校だったからでは」
「帰るのを待ってから、一緒に行くことだってできるのに?」
モモくんがプウと頬を膨らませた。可愛い。
赤城もよくわからない男だ。オレは男なのに、一緒にいると必ず口説くような台詞を吐いてくる。司令官さんに対してもそうなのだとしたら、モモくんが心配するのも当然だ。
まあでも……仲がいいものの、赤城が司令官さんに対してスキンシップをしているのはほとんど見ない。特にモモくんがいる前では。そのあたりは配慮しているのかなと思う。何しろモモくんの好意は酷くわかりやすく、その想いに気づいてないのは司令官さん本人くらいのものだろうから。
「探しに行くから一緒に来て」
「えっ、でも……」
「この時間からボク一人だと補導されちゃうかもしれないでしょ」
年齢を考えると確かにその通り。でも、モモくんをこの時間に連れ回すとなると、オレが逮捕される可能性のほうが高いような気が……。
「それとも……イヤ?」
「お供させていただきます!」
首を傾げた時の効果をわかってやってる。タチが悪いけど、そのあざとさがまたいい。アイドルとしては必要な資質。
「でも、どうやって探すんだ? アテはあるのか?」
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モモくんがアプリの画面を見せてくれる。いつの間にかオレのスマホにも勝手にダウンロードされている。起動してみたが、何故かモモくんの位置は分からなかった……。
「秋葉原にいるみたいだな。普通に買い物してるんじゃないか?」
「なら、2人で行く必要なくない? 赤城サン青山サンのコト気に入ってるみたいだし……」
確かに多少、違和感はある。オレは誘われてないし、2人が出かけたことすら知らない。できればハブられているとは思いたくないところだ。
「モモくんの誕生日プレゼントをサプライズで買いに行ってるとか……」
「ボクの誕生日、3月だから!」
ふふふ……。何気なくプロフィールをゲットできてしまった。
「オレの歓迎会とか」
「ボクもされてないのに、あるわけない」
真顔で言われた。悲しすぎる。
「だとしたら、オレとモモくん2人の歓迎会をって可能性は?」
「……なるほど。それなら2人だけで出かけてる理由にはなるか。ボクは歓迎会なんかより、司令官サンの隣にいられるだけで嬉しいのにな」
「モモくん……」
いじらしい。応援してあげたい。少し妬けるが、モモくんと自分がどうにかなるなんてカケラも考えてないし、彼の幸せがオレの幸せだと思っている。
それに……モモくんと2人でお出かけできるなんて、逮捕と秤にかけても充分に傾く重さがある。
「探しに行くか、秋葉原」
「もちろん! もし赤城サンが司令官サンにモーションかけてたら、ただじゃ済まないから。青山サンも協力してよね」
「協力……とは……」
「赤城サンを色仕掛けでどうにかしてほしい」
あまりにも無茶ぶりすぎる。
え? 色仕掛けって……。ど、どう……?
「お前の尻を揉ませてくれとか、そんな感じで」
「……別に揉みたくはない。硬そうだし」
「それは否定はできないけど。って言うか、たとえだからたとえ!」
謎なたとえを出してくるモモくんに押しきられつつ、オレたちはラブホテルを出て秋葉原へ向かった。
もう秋も終わろうとしている。12月を目前とし、外はかなり冷え込み18時を少しまわったあたりでも薄暗い。とはいえ、街中ならば顔の判別が可能なくらいには明るい。モモくんが子どもだということは遠目に見てもわかるだろう。幸いにしてラブホテル前には人が来ないような科学の力が働いているとかで、誰に見咎められることもなかった。それに……オレを気遣ってくれているのか、モモくんは少し後ろを離れて歩いている。単に隣を歩きたくないだけかもしれない。それだったら悲しい。思わず歩みも遅くなる。
「ひっ!?」
のったりと歩いていたら突然、尻を鷲掴みにされた。モモくんがこんなことをするはずないから痴漢か痴女かと思ったら、普通にモモくんだった。しかもそれが当然であるかのような顔をしている。
歩くのが遅かったから、怒ったとか……?
「モ、モモくん?」
「青山サン、少し肉ついたよね」
揉まれている。普通に揉まれている。肉付きを確認するように揉まれている。ある意味ご褒美のような気もするが、これはいけない。
「最近、きちんと飯を食べているから、体重が増えたのかもな」
「前が痩せ過ぎだったし、もっと増やしたほうがいいよ」
尻なんて、体重が増えたとしたってそうすぐわかる部位でもなさそうなものなのに。しかも一週間やそこらだ。それだけ、見てくれているということか? モモくんが。オレのアイドルが。
「あの、も……モモく……ん?」
「んー……」
オマケとばかりに散々揉みしだいたあと、ようやく離してくれた。モモくんは悪びれなくオレの隣に並んだ。顔をちろりと見られて、上目遣いの視線に鼓動が高鳴る。
「顔もさ、そう悪くないし背も低くないし、普通にモテそうなのになんでストーカーなんかしてたの?」
「……別に、モテない」
こともない、けれど、すぐにフられる。ドルオタだってことがバレると。
「それに……別にストーカーなんてしてたわけじゃない。見てるだけで良かった。どうこうしたいとかないし、ただ、こう……君が生きているのを見ていられたらと」
「立派なストーカーだから、それ」
「ち、違うんだ。本当に。アイドルを見てる感覚に近くて!」
「アイドルならいいけどさ、一般人だもん、ボク」
「……そうだよな。すまない。怖がらせて、しまって……」
「ヘンタイ」
変態と言われて少し興奮してしまう! オレは立派な変態だ!!
罵った割に、モモくんは嬉しそうな顔をしている。
「まあ人に言えない趣味のひとつやふたつ、誰にでもあるよねぇ」
「モモくん……」
たったったっと前を歩いていったモモくんが、振り返って笑う。まるでドラマのようなワンシーン。
ただ。モモくんの表情は、彼がするとは思えないほど黒かった。小悪魔なんて可愛く呼べない。悪魔だ。
「これからは仲間だけどさ、罪は罪だから。ボクの命令はゼッタイね。青山サン?」
「あ、ああ……」
君なんてもうオレのアイドルじゃない。幻滅した。ここでそう、言えれば良かったのに。
その笑顔はオレを酷く惹きつけてやまなかったし、今まで見たどんなライブよりも全身が高揚した。きっと今、オレは君がいるステージに乗り上げた。蹴落とされるかもしれない。でも……せいぜい上手く踊らせてほしい。
それにしても……道行く人の視線をやたらと感じる。誘拐か。誘拐だと思われているのか。冷や汗がヤバイ。
「もっとしゃんとしてなよ。ルックスは悪くないんだから、堂々としてたら兄弟に思われるくらいだって」
「そうか……?」
「そうそう。オドオドしてると、悪いコトしてますって言ってるようなものだよ」
キモイだとか、いい歳をしてアイドルに熱を上げてだとか、ロリコンとか……散々罵られてきたからオレの中には不安ばかり渦巻いている。放っておいてくれたらいいのに、奴らは何故か自分から近づいてきては裏切られたと勝手に喚く。そんな経験があるので、どうしても挙動不審になる。
「あの……」
声を……かけられた。低い男の声だ。顔を上げて見れば、正義感のありそうな凛々しい中年が目の前に。し、私服警官か?
「ずいぶん具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですぅー」
オレではなく、モモくんが答えて腕を組んでくる。オレは声も出せず、必死に頷いた。そのまますたすたと歩いた。また尻を揉まれて思わず背筋が伸びた。
「背筋、ぴんとして!」
口で言ってくれたらいいのに。クセになったらどうするんだ。
「さっきのさぁ、ナンパだよ」
「モモくんを?」
「なんでボク。青山サンをだよ。ボクが少し後ろにいて見えてなかったから声かけたんでしょ」
「男なのに……」
モモくんは大仰に溜息をついた。
「これは赤城サンも苦労するよね」
「どうしてここで赤城の名前が出てくるんだ?」
オレだって何も知らないわけではない。でも赤城のは違うと思う。からかわれてるような気はする。モモくんはそれを真に受けているのだ。たまに大人びたことを言うけど、こういうところはまだ子どもなんだな。
「そういうところだよ」
何もかもわかったような顔で言うのが微笑ましくて、思わず笑ってしまった。
心の中が温かくて、寒さも気にならない。モモくんへの気持ちは恋ではないけれど、赤城からオレへの気持ちに比べればよほどそれに近い。
ほこほこしながら歩いていると、モモくんが急に足を止めた。
「モモくん?」
「赤城サンがいた。玩具屋に」
「な、何……!?」
まさか大人の……! そんな姿モモくんには見せられないぞ!
と思ったが、商店街の片隅にでもありそうな、小さく狭い普通の玩具屋さんだった。プラモデルやミニカー、人形やその服などが並んでいる。
司令官さんも奥から出てきて、2人は何やら真面目に議論している。手にしているのは、変身ベルトや剣など、昔の戦隊モノで見た、光ったり鳴ったりするやつだ。
「司令官サン!」
モモくんは名前を呼びながら司令官さんの傍へ駆け寄った。司令官さんはいつも通りだが、赤城は浮気が見つかった男のような表情をしている。
「狡いよ、ボクを置いて2人でデートするなんて」
「デートじゃねえよ。俺たちなんも武器がないからな……。シロが作れそうならなんか作ってもらおうと思って、その資料を探しに来たんだ。お前は学校あんだししかたないだろ」
「そ、それなら、司令官サンを連れていったのはわかるけど、青山サンを置いてくのも酷くない?」
理由がわかったら、オレも気になるのはますますそこだ。モモくんに変な誤解をされたくないのなら、オレを連れていくべきだ。オレと……仲良くしたいと言ってくれていたのは嘘だったのか。
「……それはまあ、こう。あまり、見られたくない姿というか……。なっ? わかるだろ?」
両手に玩具をしかと握り、仁王立ちになっている赤城を上から下まで見る。
……確かに、あまり知り合いに見られたくはない姿だろう。だが、その理由もわかっているのだし、別に変な目で見たりはしないのに。
「赤城サンは気にしすぎなんだよ。オタクって本当に人の目を気にするよね」
「俺はオタクじゃない!!」
玩具を持ったまま言っても説得力なさすぎだぞ、赤城。
「でもとても参考になりましたよー。レッドの知識の深さには驚かされます。初代からの武器の能力をすべて暗記していて、いかにピンクとブルーにはどれが似合うかの説明を熱く語り」
「シロあんたちょっと黙れ」
すでにこの前、オレとモモくんの前でも力説していたが……。
「理由はわかったけど、こんな時間まで帰ってこないのはナシでしょ!」
「はっ……? うおっ、もうこんな時間かよ!」
「オタク夢中になるとすぐ時間忘れる……」
「だからオタクじゃねえって! 俺は! 世界のことを考えてだな!」
「ウサンクサ……」
赤城と司令官さんは仲がいい。でもオレから見れば、赤城とモモくんこそとても仲がよく見えて複雑だ、色々と。素直に言えば羨ましい。
赤城は自分が玩具をしっかり握りしめていたことに気づいたのか、ハッとして慌てて棚に戻し、それから拗ねたような顔でオレを見た。
「げ……幻滅したかよ」
「いや、むしろ……」
ちょっと可愛いとか、思ってしまった。オレの好みにはかすりもしていないのに。
「あ、こら。笑うな。ちくしょう、だから見られたくなかったのに」
「ふふ。悪い。でも何かに夢中になれるのはいいことだ。恥ずかしがることじゃない」
オレのアイドルへの情熱が、赤城はこういうものに傾いてるということなんだろう。
「青山サンはもうちょっと恥ずかしがったほうがいいと思うけどね……」
モモくんに手厳しいツッコミをくらった。
「まあまあ。みなさんが乗り気になってくれて嬉しいです。ここは親睦を深めるため、焼き肉にでも行きましょう。焼き肉! もちろん、私の奢りですよー!」
胡散臭いと言えば赤城よりもよほどこの人なのだが、人の金で焼き肉が食えるという事実に、どうでもよくなってしまうのだった。
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