マニアックヒーロー

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ピンク

運命の尻

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 おじいちゃんとおばあちゃんが桃農園をやっているから、毎年たくさん、家に送られてくる。だからボクのこれまでは常に桃と共にあった。
 手触りを楽しみ、口いっぱいに頬張り、溢れる果汁を飲み込む。匂いも味も、最高に好きでたまらない。うちは家族みんな、桃が好き。

 この桃、モモちゃんのお尻みたいねー! と、小さな頃、母親にお尻をハムハムされたのが、多分すべてのきっかけだった。

 確かにお尻って桃に似てる! と思った当時のボク。
 そこから尻への興味が始まって、中2にして立派な尻フェチになってしまった。

 自分で言うのもなんだけど、ボクの容姿は可愛らしく、天使みたいなんて褒められることも多かった。だから女性のお尻を見ていても嫌がられなかったし、転んだふりして触ったりしても、ゴメンナサイって語尾にハートマークがつくような感じで謝れば許してもらえた。
 中学生の頭の中なんて、ほぼエロイことでいっぱいなのにね。可愛いって得だよね。
 さすがにそんなことを人前で言ったりしないし、学校じゃカワイイボクを演じてる。そのほうが何かと便利だから。

 そう、ボクが求めるのは……最高の尻。

 いい尻だなって思うことは何度もあったけど、コレだ! っていうのには、まだ出会ってない。
 理想は頭の中にあった。それを探して道行く人の尻を毎日のように追ってしまう。
 中学生男子の会話は、おっぱいのことばかり。カワイコぶってるボクが会話に加わることはないけれど、もっと尻のことを話してくれてもいいのになと思う。あんなに素晴らしいものはない。桃をさわってモヤモヤを発散してるけど、いつか理想の尻を見つけて、ボクだけのモノにして、思う存分揉みしだきたい……。

 そんなボクに、突然運命の尻が現れた。
 それは短いテレビのニュースに、チラッとだけ映った通行人。
 見つけた。あれだ。あの尻だ……! 心が震えた。

 集団幻覚騒ぎのあったニュースで、親にはその場所へ近づくなと言われていたけどいてもたってもいられなくてお小遣いを握りしめて電車でその駅まで向かった。
 ただの通行人だ。会える保証なんてどこにもないのに。
 でも……一目見たらわかる。すぐにわかる。あれはボクの……尻!
 画面越しじゃなくて、できればズボンも脱がせて直に見たい。
 そしてそのお尻を揉みしだいたり、触ったり、はむはむしたり、ボクのおちんちんを挟んでもらったりしたい……!!
 欲望は尽きることを知らなかった。

「って……。本当にここまで来ちゃったけど、冷静に考えているはずもないよね……」

 思わず独り言が口から漏れた。自分の馬鹿さ加減に呆れすぎて、声に出さずにはいられない。行き帰りの交通費で今月のお小遣い、ほぼとんじゃうしさ。でも貯金してたお年玉をはたいてでも、毎日きちゃいそう。
 だって初めて見つけた、ボクの理想の尻だよ。もう一度見たい。見たらわかる。顔でもわかる。ボクくらいになると、尻を見ただけで容姿もわかる。
 でも……ニュースでたまたま見ただけの人が、今日も歩いてるなんて偶然、そうはない。奇跡でも起こらない限り。

 集団幻覚騒ぎがあったばかりだというのに、駅前は人でごった返していて可愛らしいメイドさんが客引きをする姿が見える。短いスカートに、思わずお尻を凝視する。中々いい感じのお尻なのに、運命を見つけてしまった今では何を見てもまがい物に見える……。

 ボクは端っこに寄って、その場にしゃがみ込んで俯いた。

「いましたか?」
「うーん。いねえな」

 近くで、人探しをしているらしい声が聞こえた。はぐれた友人を探してるのかもしれない。

「本当に、オーラなんて見えるのか? 俺から見える景色はいつもと同じだぞ。自分の手だって変わらないし」
「それはそうですよ。自分の匂いだって自分ではわからないでしょ? それとおんなじです」
「うーん……」

 ……友人を、探してるわけではなさそうだな。
 いい歳をして、おかしな会話。こんな大人にはなりたくないなあ。
 と、顔を上げた瞬間。夢にまで見たボクの尻が目に入った。

「尻ッ……!」
「しり?」

 ヤバイ、衝撃のあまり声に出た。

「知り合い……に、似てて……」
「私がですか?」

 優しげな笑顔で首を傾げる。
 す、凄いイケメンだあ。キラキラしてるっ。尻だけでなく顔も好み。いや、この美尻の持ち主は、絶対に綺麗な顔をしてるって思ってた!

「あーッ! こ、こ、コイツ……ピンク色だ」

 隣にいたへのへのもへじ顔のオッサンが、ボクの顔を見て突然叫んだ。

「えっ? 本当ですか? やったー! しかも可愛い。私のピンクにふさわしいです!」

 え。何、何この展開。もしかしてこの二人……アイドルや雑誌モデルのスカウトとか? それならオーラとか言ってたのも頷けるし。今日ボクはピンクの服を着てるから、ピンクが似合うってことかも。性別間違われてそうな気がするけど。

「これも何かの縁ですし、お茶でもしませんか?」
「オイオイ、イキナリ声かけんなよ。は、犯罪すぎるだろ、絵面が……」

 キョドってるオッサンと違って、運命の人の目は綺麗で淀みがまったくない。どこまでもついていきたくなる。その尻を追いながら。

「ぼ……ボクで、良ければ……」

 ナンパ、されてしまった。運命の尻に……。

「ではとりあえず、あのカフェで話をしましょう」
「はい!」
「……どうでもいいけどよ。なんでオマエ、横じゃなくて後ろからついてくんだ? 歩くの速いか?」
「気にしないで! 後ろを歩きたい気分なだけだから!」

 ああ……。ズボンの上からでも引き締まって、キュッと上がってるのがわかって凄い。
 比べてしまうからか、隣を歩くオッサンの尻が小汚く見えてしまって邪魔すぎる。しかも、ボクの運命と一緒にいたのもまた許せない。ライバルっぽい顔してるし。
 ボクはカフェにつくまでの短い時間、歩くたびに揺れ動くその尻を存分に堪能した。




 駅前のコーヒーショップ。夢にまで見た相手が目の前にいる。まるでデートみたい。放課後だから、放課後デート。
 ……隣に余計な男も座ってるけど。ボクの尻の隣に座るとは、許せん。床にでも這いつくばっていればいいのに。

「それじゃ、説明しますね」

 ヒーローがどうとか、敵を倒すとかボクが選ばれたとか、売れない漫画やアニメのような展開を語っていたけど、その綺麗な顔を見るのに夢中で半分ほどしか聴いていなかった。
 とりあえず、彼の名前はシロと言うらしい。隣の男もなんか名乗ってたけど記憶にない。

「えっと。ボクは美作桃壱(みまさか ももいち)っていいます」
「もも……。カワイイ名前ですね!」
「そ、そんなあ、それほどでもぉ……」

 カワイイって言ってもらえたあ。

「それで、桃くん。私たちの仲間になってもらえますか?」
「なるなる。なるよ、もちろん! えっと、シロサン」
「私のことは、どうか司令官と」
「はい、司令官サン……」
「オイオイオイ……。お前、ホントにいいのかよ。そんな……簡単に決めて」

 ボクと司令官さんの会話を、オッサンが邪魔してくる。
 物言わぬ地蔵になっててほしい。

「オッサンこそ、いい歳してヒーローごっこなんてサムくない?」
「オッ……サ……。お、俺は多分、シロより歳下だぞ!」
「えっ……? 老けて見えすぎでしょ」

 ボクから見れば、20代以上はみんなオッサンみたいなもんだけど、まあ赤城サンに対してはちょっと嫉妬も入ってる。
 実際には彼が老けているというより、司令官サンが若く見える。二十歳ソコソコくらい。服のせいもあるのかも。白いタートルネックの柔らかそうなシャツは、司令官さんの爽やかさに加え清潔感を与える。清らかというか、天使というか。うん、本当に天使……。白い布をまとっただけの姿とかしてみてほしい。めくるの簡単で尻も見やすそうだし。

「まあ、あんまり噛みつくなよ。俺とコイツの関係は、単なる仲間だからさ」

 オッサンは思ったよりも大人な態度。口ぶりからボクの想いにも気づいてそう。自分でも相当わかりやすいかなって思う。ヒーローごっこできることを無邪気に喜んでる司令官さん本人は、欠片も気づいてなさそうだけど。
 それに長年かぶり続けた猫は伊達じゃない。下手に出られたら簡単に復活して……。

「それに、心配してんだよ。お前、まだ中学生つってたろ……。ヒーローごっこ、ならまだいいんだ。マジなんだよ。マジ」
「え……。マジで引くんだけど」

 猫、復活しなかった。
 この歳で中2病なのはさすがにちょっと。ボクのが全然オトナじゃん。

「いや、本当ですよ。この前の集団幻覚騒ぎは、君も知ってるでしょう? あれだってレッドがメカゴジラを倒してくれなかったら、今この街はありませんよ」

 ああ。そんなことを真面目に話して。いつまでも子ども心を忘れない、純粋で可愛い人だなあ。きっと生尻も白くてモチモチして綺麗なんだろうなあ。

 こういう設定を作ってまでボクと遊びたいのかも。……なんて、冷静に考えてみれば、とても怪しい大人たちだ。
 人の目があるカフェに案内されたから素直についてきたけれど、ヒーローごっこしたいからおいでよって言われて素直に従うとか、お菓子に釣られて誘拐される子どもより抜けている。
 それはわかってる。わかってるんだ。でも騙されてもいい、むしろさらってほしい、命を奪うならその尻に敷かれて死にたいと思うくらい、ボクは本気だ。これより素晴らしいモノに、そう出会えるとは思えない。出会えなかったら今わの際に後悔する、ゼッタイに。

「わかります。貴方の言葉は信じられます」
「なんでだよ」
「嬉しい! では君はピンクでお願いします!」
「はい!」
「おい無視かよ」

 司令官サンの、ピンク。フフ……。恋人みたいでいい響き。

「それで、どこでやるの? スタジオとかですか?」
「お前、絶対に誤解してるだろ」
「はいはい。ごっこじゃないんだよね。わかってるってば」

 きちんと訊いておきたかったけど、しかたない。
 2人に連れられるまま、どこへでも行ってやろうじゃないか。
 危険だって、かまうものか。ボクはこの運命の尻に人生賭けてやるって、もう決めた。

「でも、俺もいつ襲ってくるかは訊いておきたいぞ。心の準備的なモノはほしい」
「だから……。私がけしかけてるわけじゃないんですってば。初めのうちは二人でも平気だとは思いますが、何かあっては困るので次の手を打たれる前に仲間を集めておきたいですね……」
「初めのうちは二人でも平気とか、流れが決まってる時点でおかしいだろうがよ……」

 口ではそう言うものの、オッサンもワクワクしてるように見える。
 俺は別にヒーローごっこがしたいわけじゃないんだぞというポーズか。なんだかんだ付き合ってる時点で、好きなんだろうに。
 ……いや、司令官サンが目当てだからしたかなくっていう可能性はある。単なる仲間とか言ってたけど、やはりライバル。
 それに仲間を集めるなんて、司令官サン狙いが増えたらどうしよう。三人じゃダメなのかな。あとのメンバーはハリボテで済ますとか……。いっそ二人きりのが嬉しいんだけど。
 そうしたら、やられたフリをして膝枕してもらったり、不可抗力に見せかけて尻に顔を埋めたり。あれやこれや。

 そんな妄想をしていたら、外から悲鳴が聞こえて同時に入り口のガラスが砕け散った。

「えっ、何!?」
「言ってる傍から……。メカゴジラの再登場かよ!」
「いえ、違うみたいです! ゾンビです!」

 確かにゾンビみたいのが、店の中に侵入してきている。ざわめく店内。でも逃げ出す人はいない。
 もしかしてこれ、映画か何かの撮影なの? 仕込み? ヒーローごっこって、そんな大規模なもの? それにしては店員さんも、かなり戸惑ってるように見えるけど。
 やたら……よく、できてるし、異臭も、ここまでするし。

「もしかして、これ、また幻覚……?」

 近くの席でそんな声がした。
 そういう設定だとか、撮影だとか、はたまた白昼夢か。
 現実離れしすぎていてみんな蛇に睨まれた蛙みたいに固まっている。動いたらこれが現実になる。そんな気がするからかもしれない。

「二人とも、早く変身してください、変身! あっ、ピンクにもこのスーツを」
「こ、こ、ここで!?」

 ここで着替えろって!?
 また悲鳴が上がって、目の前を見ると……店員がゾンビに喰われているところだった。
 血飛沫と、崩れる身体。まるでゾンビ映画……。店内は騒然とし、ようやく客が逃げ始めた。
 窓を見ると外も地獄絵図。ゾンビがあたりを這い回り、人を喰らっている。

「これだけ騒ぎになってれば、変身しても目立たずに済みそうだな。つか、ショーか何かだと思ってもらえるといいんだが」
「オッサン、これ……何、なんなの?」
「だから言ったろ、マジだって」
「早くピンクも、渡した衣装を身体にあててみてください。君には適性があるので、それで装着されるはずです」

 ボクが戸惑っていると、オッサンの身体が光って一瞬にして昔見ていた戦隊モノのレッドみたいな姿になった。
 イリュー……ジョン? リアルCG? 夢?

「現実ですよ、ピンク!」
「はい!」

 ボクの運命が、現実だと言ってる。ならこれは、現実だ!

 言われた通りにピンク色のヒーロースーツを身体にあてると、光と共に変身が完了した。

「ピンク参上って言ってください!」
「ええっ!? ぴ……ピンク参上!」

 恥ずかしいぃー! でも司令官サンが喜んでるからいいか。
 オッサンはすでに店内のゾンビを薙ぎ倒し、外に出ている。意外に素早い。特殊訓練でもつんだ方ですか?
 ボクも護身術くらいは習っているけど……。

「ッ……! 司令官サン、危ない!」

 モタモタしているうちに、司令官サンの後ろにゾンビが迫っていた。
 動きは遅いのに、ここまで接近を許すなんて湧いて出てきたとしか思えない。
 身体はスーツに導かれるように、自然に動いていた。
 蹴りで腐った頭ごと吹っ飛ばすと、もげてそのまま床へ転がった。グロすぎ。
 でもこのマスクがふせいでくれているのか、匂いはさっきよりマシだ。ボクのカワイイ顔が隠れてしまうのはもったいないけど、誰かに正体がバレるよりはマシ。

「ありがとうございます。ここに生き残ってるのは私たちだけのようです」
「そんな……」

 でも死体は店員さんのものくらいだ。みんな、いつの間にか割れたガラスから逃げていったんだろう。良かった。
 ごっこじゃないって言ったって、まさかこんなことになるなんて思わない。膝が震える。ボクみたいなか弱いただの尻フェチ中学生に、一体何ができるというの……?

「頑張ってくださいね、私のヒーロー」
「まかせて! 次から次へと敵の首をもぎ取ってやるから!」

 今なら槍でも鉄砲でも弾ける気がする。愛の力で。

「おそらく、群れゾンビの中にリーダー格がいるはずです。それを倒せばこの騒ぎはおさまるはずです」
「噛まれた人は、ゾンビになったりしないんだ?」
「そういう能力は持ってなかったと思います……。難しかったので……」
「能……力? 難し……かった……?」
「あっ! 決して私が襲わせてるわけではないんです! 本当です、信じてください」
「信じます!」

 両手をギュッと握られて、うるうるした瞳でそう言われたら明日地球が滅亡すると言われても信じてしまう。
 オッサンは一足先に店を飛び出してるけど、闇雲に戦ってるのかな。この情報を教えないと。
 確かにボクは……この尻と二人でいられるなら、他のすべてを捨ててもいいとまで思えるけど……。

 変質者かと思い、注意をしようとでもしたのだろう。残酷に首を噛みちぎられている店員の姿。

 ……こんなふうに、人が死ぬところをただ見ているわけにはいかない。このスーツと司令官サンの愛によって、戦える力があるのなら。

 とはいえ、敵の親玉をこの広い街で見つけるのは大変……。
 そもそも出現地はこの街なのか、それもわからない。

「ピンク! 見てください、アレを!」
「……うん。言われなくても、見えるよ」

 そしてきっと見えているよ、レッドにも。

 ボクらの傍にある窓の外から見えたのは、ビルをも上回るような巨大ゾンビの姿だった。
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