お喚びでしょうか、ご主人様

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さわやか

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 ら、らっぴんぐおねがいしますって、このレシート見せて言うだけなんだし簡単簡単。

 ああ……ある意味買い物するより、ハードルが高い気がする。でも愛のために飛び越えなくっちゃ。
 愛があっても上手く声が出ず。プレゼントとレシートだけ渡した僕に、お姉さんは笑顔でどちらにいたしますかーとリボンと包装紙の色を選ばせてくれて、僕は指で示すだけで要望を伝えることができた。プロすぎる。

 幸いラッピングをお願いしているのは僕以外にいなかったみたいで、目の前ですぐに包んでくれた。
 水色の包装紙に青色のリボン。大満足。早くルルに渡したい。
 逃げ帰るようにフードコートに戻ると、ルルは優雅にティーカップを傾けていた。
 ……綺麗だ。本当に。フードコートでお茶するような身分の方には見えない。
 一応他の人にも見えてるんだよな? その割にはあまり注目を浴びてないような。こんなのいたら絶対三度見くらいしそうなのに。でもルルが見えてなかったらカップだけ浮いてて別の意味でザワザワしてそうだし、惚れた欲目なのかなあ。

 僕が来たのに気づいたのか、ルルが顔を上げる。そんな些細な所作だけでキュンキュンしてしまう。笑顔のひとつすら見せてくれない相手なのに。

「ご主人様。トイレは結構混んでおりましたか?」
「あっ、う、うんこしてたから!」

 僕の言い訳はうんこしか出てこないのか。しかもルル食事中じゃん。フードコートでこれはない。
 そんなに経ってたとは思わなかったから焦ってしまった。
 きっと緊張のあまり、時が過ぎるのを早く感じていたんだろう。

「そうですか。冷めるような料理でなくて良かったです」

 天使かよ……。いや、悪魔だけど。
 食事中アレな単語を出されたというのに、嫌な顔ひとつ見せないどころか、執事みたいに椅子を引いてくれる。甲斐甲斐しい。

「ありがとう」

 目の前に置かれたドーナツをひとくちかじると、チョコの甘い味がふんわり広がった。
 ドーナツ……久し振り。美味しい。たくさん食べたいけど、帰ったらルルのご飯が待ってる。
 ココアはさすがに氷がとけてそうだと思ってたけど、コップも汗すらかいていない。

「氷とけてないね。ルルの力?」
「ええ。小さな姿にならなくてよいと言われましたので、今は多少余裕もあります」
「小さくなるより、こういうほうが楽なんだ?」
「はい」
「ふうん」

 よくわからないけど、あんまり訊かれたくなさそう。
 そういえば前からそうだよな。前から……ルルは、僕が悪魔の世界と関わらないようにしている。実際、あまり知るべきではありませんって何回か言われているし。

「あま……」
「チョコとココアですから」
「でも美味しい。甘いの好き」

 両手でグラスを持ってコクコク飲んでいると、ふわりと頭を撫でられた。

「ぷはっ。な、何?」
「あ。す、すみません」
「ううん。嬉しいけど! でも、僕もう30だからなあ。今の、子供にしたみたいだった」
「私にとってはまだまだ幼いです」
「ルル……いったい何歳なの?」
「人間で言えば……200を越えたあたりからは数えておりません」

 超年上。わかってたけど。
 撫でてくれたのは嬉しい。子供扱いは複雑ってところ。
 僕を幸せにしたいとかじゃなく、自然に出た感じだったし。
 お願いじゃなくても、幸せに繋がることじゃなくても、ルルから僕に何かをしたいと思ってくれたことが嬉しい。そういうのが他にもたくさんあればいいのに。

「美味しかった、ごちそうさま」
「食休みされますか?」
「ううん、行こ。思ったより時間かかっちゃったし、枝豆ごはん炊けちゃう」
「そうですね。では行きましょう」

 お皿を返却口と書かれたところに返して、僕らはフードコートを出た。
 出てすぐエスカレーターなので、そのまま乗る。
 上がってきた時は気づかなかったけど、壁が鏡になっている。
 僕の顔は相変わらずのっぺらぼう。隣にいるルルは……僕から見たままのルルだ。
 ルルと出会ってから初めて外に出たあの日、僕はとても久々に自分の顔を鏡で見た。どんな顔をしているのか、認識できなかった。
 ルルの説明を受けた今なら、それがどうしてだったかわかる。きっと、自分の顔を見たくないと強く思ったからだ。
 自分が歳をとったことを、理解したくなかった。どれだけ無駄な時間を過ごしてきたか、現実を突きつけられる気がして。
 でも……今は違うはず。僕は前向きになっている。ルルを口説くなら決め顔の練習くらいはしておきたいし、あと眉毛抜いて整えたり……? 鼻毛が出てても困る。
 ともかく、自分の顔は見えたほうが便利かなあと思うわけ。
 今日こうして鏡を見るまで忘れてたくらいだから説得力ないんだけど。いやもうだって何年自分の姿が目に入らないように過ごしてきたか。鏡を見る習慣がないどころか、避けてた勢いだからな。

「ルルぅ、あのさ。僕、自分の顔がどんなだかわからないんだけど、どうしてだと思う?」
「年齢より若く見えますし、整っていらっしゃいますよ」

 言い方が悪かったみたいで、無難な答えが返ってきた。でもお世辞だとしても嬉しい言葉。それに、ルルにはちゃんと見えているんだな、僕の顔……。

「ありがとう。でもね、そうじゃなくて……自分の顔が、顔として認識できないんだ。ルルのはわかる。他の人のも。やっぱり僕が、自分の顔を見たくないって思ってるせい?」
「え……! いつからですか?」

 今度はちゃんと伝わった。

「んー。わかんない。でも、気づいたのはルルと初めて出掛けた日だよ」
「今も、見たくないと思っていますか?」
「ううん。そんなことない。だから不思議で」

 でも深いところでは見たくない見るのが怖いって思ってるんだろうか。
 まあそりゃあ、10代から30代まで飛んじゃうんだもんなあ。昔の自分の顔ですらよく覚えてないから、歳をとったなと思うより誰コレ状態かもしんないけど。

「やはり……無意識に、自分の顔をハッキリ見たくないと思っているのではないでしょうか」
「やっぱそうなのかな」

 目がふたつ、鼻と口がひとつ、傷なんかもなさそう。というのは、顔をさわってみたらわかる。
 大怪我や大火傷をしていて、それがトラウマで記憶をなくし……みたいなドラマチック展開は考えにくい。ルルも特に何も言わないし。

「僕ってどんな顔?」
「お答えしにくいですね……」

 ルルが口ごもる。本当に答えにくいらしい。

「まさかやっぱ、キモい?」
「い、いいえ。どちらかといえば、爽やかで凛々しいと思います。表情は常に自信なさげですが」
「爽やかで凛々しい」

 僕の性格と噛み合ってない表現が出てきたぞ。

「大学生くらいにしか見えませんし」

 これはルルの年齢が年齢だから、10歳くらいはひとくくりにされてそう。
 是非とも自分の顔が見たくなったけど……。やっぱりのっぺらぼうかあ。
 そこで鏡が途切れて、1階についてしまった。
 手前に惣菜コーナーがあって、その奥にスーパー部分がある。
 美味しそうな匂いに目移りしそうになる僕と違ってルルの視線は迷いない。

「今日は僕が払うから」
「はい。何が召し上がりたいですか?」
「えっとねえ。オムライスと……肉じゃが」
「では夕飯は肉じゃが、明日の昼はオムライスにしましょう」
「やった」

 手料理というだけで嬉しいのに、リクエストしたら好きな物を作ってくれるという喜び。
 僕には何からできてるかよくわかんないけど、材料がカゴに入っていくのは見ていて楽しい。
 一番値段の高い肉、野菜、デザートにするのか梨も入ってる。

「お菓子も食べたい。ルルは何が好き?」
「チョコレートでしょうか」
「僕とおんなじ」

 次はお菓子コーナーで、二人で持てる限界まで大量に買い込んだ。飲み物も美味しそうなの片っ端から。
 レジへ行ったら驚かれるかもーと思ったけど、こういった大量買いはスーパーでは日常茶飯事なのか普通の反応だった。

「あれだけ買ったのに、2万円いかないんだね」

 買いすぎて袋詰めも骨が折れる。ルルと一緒だからそれすら楽しいけど。
 飲み物は飲み物でってわけたら、やたら重い袋が出来上がってしまった。

「私が重いほうを持ちます」
「いや、ここは僕が」

 って、本当に重い。むしろ持ち上げたら袋が破れそう。
 僕が狼狽えている間に、ルルが綿でも持つみたいに軽々と持ってしまった。
 ……そういえば、僕の身体も簡単に持ち上げてたくらいだもんな。このあたりは悪魔と張り合っても仕方ない。便利で助かるって思っておこう。

「それ凄いね。ルル、力持ち?」
「いえ。重さを限りなく0に近くしています」

 やっぱりチートだし……。
 両手一杯に荷物を抱えて、僕らはスーパーを後にした。
 行き交う人とすれちがっても、もうちっとも怖くなかった。
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