お喚びでしょうか、ご主人様

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さわってみたい

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 ちっちゃなルルちゃんを抱っこしてお話ししている間に、気づけば寝てた。
 そして一夜明けて。僕はあんなに弱ってたのが嘘みたいに元気になった。
 本当に……嘘みたいに。もしかしたら僕は知らない間に、ルルちゃんの血を啜ったり、力をわけてもらってるんじゃ? そう不安になるくらい。
 いや、僕が弱っていたのはそもそも精神的な部分が大きかったから、だからだよね……。

「お加減はもうよろしいのですか?」

 ベッドから身を起こした僕の膝にルルちゃんがちょこんと座って、前から顔を覗き込みながら小さな手で頭をよしよししてくれた。癒し効果抜群。

「うん、もうすっかり平気! お粥しか食べてないし、お腹すいたあ」
「では、お昼にグラタンでも作りましょう」
「じゃがいもが入ってるやつがいいな」
「はい」

 時計を見ると、お昼を少し回っていた。
 昨日ルルちゃんが帰ってきたのが、確か夕飯時くらいだったから……。うわ、僕、相当寝てるぞ。逆に寝疲れしそうなもんだけど、頭はかなりすっきりしてる。

「ルルちゃん、僕が寝てる間にさあ、血を飲ませてくれたりした?」
「いいえ。ぐっすり寝ていらしたので……。あまりに具合が悪そうならば、それも考えましたが」
「そっか」

 ルルちゃんはベッドを降りてから、部屋を出て行こうとはせず僕をじっと見ている。

「……どうかした?」
「それ以外に、何か違和感のあるところはございますか?」
「え。いや。あんなに弱ってたのに、1日でやたら元気になってたからルルちゃんが何かしたのかなと思ったくらいで」

 あとは。不思議と言えば不思議、必然と言えば必然だけど……。ルルちゃんが前より愛しくなった。離れた時の寂しさを思い知ったせいだ。

「そうですか。もし何かありましたら、教えてください」
「うん」
「では作ってまいりますので、少しお待ちを」
「あ。作ってるの、見ていてもいいかな……。手伝いとかも、あ、あれば……」

 多分ルルちゃん的に、僕の態度こそ何かあったのかってくらい、めっちゃ違和感なんだろうな。表情失ってるし。……それは元からか。

「元の姿に戻って作りますが」
「わ、わかってるよ! 作業する時はいつもそうじゃん」
「よろしいのですか?」
「よろしいです」

 また『それでご主人様は幸せになれますか』とか訊いてくるかなと思ったけど、ルルちゃんはただ頷いただけで宣言通り元の姿に戻った。ちなみにエプロンつき。

「ご主人様が手伝ってくださるなんて意外です」
「まあ、たまには」

 大きい姿のルルでもエプロン姿にちゃんとときめく。
 会えていなかった分、一緒にいられる時間がかなり幸せで、これが魂を重くするための作戦だったら嫌だなとちょっと思った。




 茹でたじゃがいもを冷ましてから、手で剥く係りを任命された。ルルはホワイトソースを手作りしている。

「力を使ったりしないんだね」
「あまり使いすぎないようにしていますので」
「グラタンとか、普通に冷凍で売ってるのにわざわざ手作りだし」
「このほうがご主人様は幸せを感じてくださるでしょう?」
「……確かに」

 買ってきたとしたら、こうして並んで作ることもないし、エプロンをつけてキッチンに立つルルの姿も見られないんだ。
 手料理スキルを持つ悪魔っていうのも、凄く不思議な感じがするんだけど。

「今回の帰省でさ、お弟子さんに会ったりしてきた?」
「いえ、彼は今は不在です」

 弟子のほうも、ルルと同じような仕事をしているんだろうか。
 魂を取るまでこんな長期的にお付き合いするんじゃ、すれ違いが多くてなかなか会えたりしなさそうだな。いや、悪魔にとっては一瞬のことなのかも。

「じゃあ、他の、友人とかには……」
「私の世界のことが、そんなに気になりますか?」
「えと……」

 ならないと言ったら嘘になる。
 でも、僕はルルが住んでいる世界そのものじゃなく、誰とどんな付き合いがあるのか、そういった対人関係が気になっている。
 言ってしまえば僕なんて、ルルにとっては魂を刈り取れる餌でしかないのに餌の分際で嫉妬したりなんかして、ほんと馬鹿だ。

「ゲームや漫画を好きな知り合いもいるって、前に言ってたから……。最近は僕とプレイしてるし、話もあうようになったんじゃないかな? って」
「その知り合いというのが、私の弟子なのです」
「あ……。そう、なんだ」

 なるほど。確かにそれは、お堅そうなルルからしてみたら不肖の弟子ってやつだろうな。僕がしてるゲームとかに対しても、どこか呆れてる節があるし、あまり楽しそうでもない。僕が楽しそうだから付き合ってくれてる感じ。

「じゃあ会えなくて残念だったね」

 ホッとしてるくせに、そんな嘘までついてしまった。しかも今の言葉にトゲがありすぎ。恥ずかしい。

「ご主人様。拗ねてらっしゃいますか?」
「べっ、別にっ」

 我ながらバレバレすぎる。
 ルルに何か言われる前に、じゃがいもをボールに入れて差し出した。

「これ、剥き終わったから!」
「ありがとうございます」

 特に馬鹿にしてくることはないんだけど、ルルが何を考えてるんだかサッパリわからない。謎なことばっかりだし。
 ……悪魔と暮らしてるんだから、謎がないほうがおかしいけどさ。
 ルルは潰したじゃがいもとマカロニとホワイトソースを耐熱皿によそって、オーブンに入れた。で、そのあと僕の頭をなでなでしてきた。

「拗ねてないって言ってるのに」
「すみません」
「あ、で、でも。もうちょっと撫でてて。せっかくだから」
「はい」

 拗ねた30男が悪魔によしよしされる図。どう考えても可愛くない。
 しばらくすると、香ばしいチーズの匂いがダイニングに漂ってきて、オーブンが軽快な音を鳴らした。
 それまでルルはずっと僕の頭を飽きずに撫で続けていた。なでなでされすぎて剥げそう。いや、まだフサフサクログロだけどね!?

「できましたね。取り出してきます」

 そして離れた指先を寂しく感じてしまうという。末期過ぎる。
 じっと待っていると、ルルがテーブルにグラタンを運んできた。粉チーズとタバスコも手にしている。

「こんなのうちにあったっけ?」
「……あったとしても中身はガチガチでしょうね」
「だよね」

 だって僕、料理しないし、できないし。

「ルルも一緒に食べよう」
「では小さい姿に……」
「そのままでいいよ。小さくなってくれるなら、今より夜のが嬉しいから」
「ありがとうございます。何があって力を使い果たすかわかりませんから、確かにそのほうが良さそうです」
「うん」

 その何って、僕にエロイことされるのを想定してんのかな。だとしたら、なんか凄くやらしい感じ。
 少しムラムラしながら食べずに待っていると、ルルが自分の分も持ってきて向かいに座った。

「いただきます」
「はい」

 熱々だから僕はたくさん息を吹きかけてるのに、ルルは平然と食べてる……。
 軽く開けた口の隙間から鋭利な牙が覗く。ちんこを刺された時のことを思い出すと、また玉がひゅんってするんだけど……。僕はその時の痛みの酷さより、快感を強く記憶していたらしい。腰のあたりが重くなった。
 あの唇で、舌で、ルルが僕のえげつないモノを……。

「お口にあいますでしょうか?」
「あ、口……凄くいいよ」
「……? それは、良かったです」

 凄くわけがわからない返しをしてしまったし、ルルはわからないなりに美味しいという意味なんだと自己解決したらしい。
 変に訊かれなくて良かった……。

「立派ですよね」
「え、僕のが!?」
「はい」

 まさかの唐突な下ネタトークを、ルルが!!

「全然使われていなかったみたいですが」
「それは、うん……。使うあてもなかったし……」

 一人でするんじゃ、使ったうちに入らないもんな。

「最初は汚くて掃除が大変でした」
「ご、ごめんね」

 禊のつもりでたくさん洗ったと思ったけど、皮の中とかに洗い残しがあったのかも。

「せっかくあるのに使わないのはもったいないので、よろしければ使わせてください」
「え、それって……」

 ルルに使っていいってこと!?
 ……さすがにここまでくれば、なんか話が噛み合ってないことに気づいてきたぞ。

「す、好きに使ってくれていいよ?」
「では明日はクッキーを焼きましょう」

 オーブン! オーブンか!
 確かにうちのは立派。電子レンジと一緒じゃない。システムキッチンにくっついてる本格的なオーブンだ。
 エロイこと考えながらぼんやりしてたから、聞き逃したかな……。酷い勘違いをしてしまった。
 大体よく考えてみたら僕のは立派って言ってもらえるようなものじゃないし、さすがにルルも、そんな意味のないヨイショまではしないよな。
 ……でも、僕が幸せを感じるかもしれないって意味では過度に褒めてくれるパターンもありえるのか。
 や、ルルが僕のちんこを立派ですねとか言うシチュエーションというのがまずありえないわ。うん。

「ルルの作るものはなんでも美味しいから楽しみにしてる」
「ありがとうございます」

 とりあえず、恥ずかしい想いをする前に無難な会話で終えられて良かった。
 けど、煽られまくった煩悩はそう簡単には消えやしない。

「あー……。あのさ、ルル。お願いが、あるんだけど」

 僕の言ったお願いという言葉に、ルルが顔を輝かせた。ように見えた気がする。

「はい、なんでしょう」
「ルルの牙にさわってみたい」
「牙……ですか。口から出るほどの長さでもありませんし、人間の八重歯とそう変わらないと思いますが」
「少なくとも僕にはないし、他人のをさわる機会もないよ」
「確かにそうですね。わかりました。では、食事が終わりましたら」
「うん」

 断ることはないだろうと思ってたけど、躊躇いなく許可がおりた。
 他人に口の中を触らせるって、結構凄いことじゃないのかな。信頼されてるのか、侮られてるのか。まあ、もっと凄いものを突っ込んでいるから今更なのかも……。
 気づけばほどよい熱さになっていたグラタンをかっこみながら、僕は食後のお楽しみに想いをはせた。
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