お喚びでしょうか、ご主人様

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登校準備

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 朝、起きた時はいつも小さいルルちゃんが傍にいる。優しく起こしてくれる、幸せな目覚めだ。
 でも……今日は、大きい。青年の姿に戻っている。いつもなら間違いなくがっかりするけど、今の僕はテンションが高い。
 だってルルが小さくなっていないのは、僕の姿を小学生に変えるため、だから。
 屋根を突き破る勢いで飛び回りたい気持ちをこらえながら、ルルが用意した姿見の前に立つ。

「では、ご主人様の姿を子供に変えます」
「ウ、ウン」

 これから僕はショタになる。凄いときめきと、なんか言い表せない感情が胸を占めている。
 誰でも大なり小なり、変身願望を持ってるものじゃないかな。イケメンになりたいーとか、異性になってみたいーとか。ヒーローになりたい、とか?
 それが今から現実になるんだ。しかも右を向いても左を向いてもロりショタっていう、宝石箱に足を踏み入れることができるようになる。テンション上がらないってほうが嘘でしょう。
 空を飛んだ時も感動したけど、それより更に……。
 空……飛んだ時、は。楽しいだけでは終わらなかったんだよな。

「またこの前みたいな、地獄の苦しみが待ってないよね?」

 骨格から変わるなら、身体への負担は羽が生えた時の比じゃなさそうだし。
 凄くテンション上がってたのに、あの苦しみを思い出して一気に怖くなってしまった。

「本当に変えてしまうわけではなく、暗示に近いので大丈夫だと思います」
「し、信じるからね!」
「はい」

 こういう時、ルルの大真面目な顔は安心感がある。すべてを任せても大丈夫。そう思える感じ。ちなみに、いつも同じ表情だから信憑性のほうはあまりない。
 ルルはそんな変わらぬ表情のまま、僕の頭に手をかざした。

「小学生の頃の自分をイメージしてください」
「難しいな……。あまり覚えてないよ。遥か昔だし、写真も残ってないから」

 子供の頃どころか、鏡を見ても今の顔がわかんないくらいなのに。まあ自分の顔がぼやけてたところで別に支障はないけど。

「イメージできましたか?」
「なんとか」
「では次は目をつぶってください」
「ん」
「はい。終わりました」
「え、もう?」

 相変わらず一瞬だ。まばたき状態。
 おそるおそる目を開けると、そこにはシャツに短パン姿だけど美少女みたいな可愛い僕がいた。眼鏡もかけてないし、顔もきちんとある。……っていうか。

「これ、本当に僕? 可愛すぎなんだけど! 自分に惚れちゃいそうなくらい!!」
「少しご主人様自身の理想が入っているかもしれません」
「あー……、なるほど」

 これなら、いっそ女装していくのもアリかも。幼女たちが無警戒で近寄ってきてくれそうだし、ヒラヒラの服を着たら絶対にもっと可愛い。それくらい自分とかけはなれていたほうがきちんと小学生を演じきれそうだし、ボクっ子も悪くない。
 だいたいさあ、なんだよこのダサい恰好は。僕のイメージ貧困すぎかよ。顔はせっかく可愛いのに。

「あのさ、フリルのついた服とか着たいんだけど、できる?」
「ご、ご主人様……?」

 ルルが今までで一番引いている。もっと凄いことも言ったりしているのに、これくらいで何を今更。悪魔なだけに人とは判断基準が違うのかもしれない。
 ……けど、僕に女装癖があると思われるのは、心外だ。

「女の子の格好をしてるほうが安全かなって」
「むしろ、ご主人様が危険にさらされないでしょうか。可愛いから心配です」

 誘拐とかイタズラされたりとかか。
 考えてなかったけど、確かにそうかも。僕だって自分でなければ、この可愛さならさらっちゃいたいくらい。
 変態なオッサンにいいようにされるとか、ちらりと想像するだけで目眩がする。そんなことになれば、幸せどころか不幸のドン底だ。
 僕は可愛いコを見守るタイプのオッサンだけど、みんながみんなそうじゃないことはわかってる。

「もし危険になったら、ルルが守ってくれるんでしょ?」

 縋るように甘えるように、ルルの長ったらしい袖の裾を掴んで見上げる。こんなあざといポーズも、きっと今ならサマになってる。
 まあ、いくら僕が可愛いからって、このルルが何か特別な反応をしたりなんてことは……。って、なんかソワソワしてる。嘘だろ? あの、ルルが?
 ハッ……まさか僕があまりに可愛いから!? 僕すごい!

「どうしたの、ルル」
「……いえ。少し、昔を思い出しまして」

 なんだ僕が可愛すぎたからじゃなかった。わくわくしながら訊いた自分が恥ずかしい。
 でも……ルルにも過去があるんだな。そりゃそうなんだろうけど、不思議な感じ。
 僕を見て昔を思い出したってことは、誰かに想いを馳せてるってことだよね。見た目からはわからないけど、ルルは僕よりずっと年上なんだろうし……まさかお子さんが。いや、確か家族はいないって言ってた。

「もしかして、お弟子さんの小さい頃とか?」
「そう、ですね」
「僕、似てる?」
「ええ」
「僕、可愛い?」
「えっ? ……ええ」

 つい脈絡がないことを尋ねてしまった。律儀に答えてくれるルル優しい。

「この話はもう終わりにしましょう。私の世界のことに、あまり興味をもたれないほうがよろしいかと」

 ルルは僕との話を断ち切るように、ついっと顔を背けてしまった。
 またこれ。悪魔の世界のことになるといつもそう。今日は懐かしさが勝ったのか、まだ話してくれたほうだ。
 深く知ったら僕が契約を破棄するとでも思ってるんだろうか。だとしたらルルは僕の恋心を侮っている。
 確かに好みのショタがいたらつい目がいくし、ほんとはショタよりロリのほうが好きだし、そんなゲームもやるしエロ本も読むけど、僕が愛しているのはルルちゃんだけなんだ。魂と引き換えにしてでも、一緒に暮らしてもらってるくらいなんだぞ。後はたまに大きくならなければ完璧……。
 お互いのすべてを話すような間柄じゃないのはわかってるけど、こういう時はちょっと寂しくなる。
 お願いしたら答えてくれるかもしれないけれど、嫌そうにしているのを無理矢理訊きだすのはどう考えてもよろしくないよなあ。過去に関わることなんて特に。
 たまにぽつぽつと思い出すみたいに口にはするから、ずっと一緒に暮らしていたら話してくれるようになるのかな。

「それよりも、フリルのついた服でしたね。フリルはともかく、確かに今のお姿は少し……その」
「ダサいってはっきり言ってもいいよ」
「すみません」

 否定しないのかよ。どうせダサいよ。

「じゃあ、お願い」
「私も服装を考えるのは苦手ですので、イメージをお願いしたいのですが」
「え」

 まいったな。ぼんやりとしか浮かんでこないぞ。自分で考えるのは無理があるし……。
 ん? そうか。何も自分で考えなくてもいいんだ。幸い僕の部屋には参考になるものがたくさんあるし、パソコンで調べたっていい。
 見回して目に入ったのは、男の娘ゲームのパッケージ。ピンク色のちょっとメイド服入った感じのフリフリ衣装。パンツが見えないくらいのミニスカート。ちょっとコスプレみたいになるけど、これ良さそう。
 
「いいよ。イメージばっちり」
「わかりました。では目をつぶってください」

 相変わらず、一瞬だった。できましたという声に目を開けると……。

「うわああ、可愛いぃい。凄いな。ちんこついてるし、リアル男の娘じゃん!」
「男の子というには、ご主人様は年齢が……」
「やめて、現実に戻さないで! しかもそれ絶対に字が違うから!」

 どうせ中身は三十路のオッサンだよ。
 でもあえて言ってみたい。こんなに可愛い子が女の子のはずがないと。
 口に出したら間違いなくルルに白い目で見られるから我慢するけど。
 ……姿見にかぶりついてる時点で、白い目で見られてるのはおいといて。

「これで準備はばっちりかな」

 くるりと一回転してみる。翻るスカート、ちらりと見えるブリーフ。

「ルル、パンツが変わってない」
「イメージが足りていなかったようですね」

 パッケージに表示されてるキャラ、パンツが見えてなかったから……。
 ゲームやってた時、どんなパンツ穿いてたかなんて覚えてないし。だいたい脱いでたし。

「あまり見せないようにしていれば問題はないでしょう」
「えー……」
「見せるおつもりなのですか」
「せっかくだし、ここは積極的に見せていきたい。いや、さすがに自分からまくりあげるとかじゃなくて、こう偶然を装ってね」

 しばしパンツ談義をした後、スカートの中身はスパッツという無難な形で落ち着いた。
 ちらりと見えるパンツも捨てがたいけど、スパッツは良いものだ……。

 早く行きましょうと促すルルに従い、ピンク色のフワフワフリルワンピを小さな身体にまとって自宅を後にした。

 鏡の中の僕はそれはそれは本当に可愛かったけど、この服をルルちゃんが着たらもっと似合うだろうな、なんて考えていた。
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