使用人の我儘

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いつまでも可愛い

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 秋尋様はとてもお美しい。道を歩けば人が振り返る。
 ただそれは容姿のせいというよりは、身にまとうその雰囲気が場に対して異質だからだろう。本人に気品があるのはもちろん、服に腕時計、靴に至るまで一部の隙もなく高級品。主張しない程度に装飾が施された白いシャツにグレーのジャケット。シンプルだからこそ素材の良さが際立つ。色素の薄そうな白い肌とは対象的に、深淵へ誘い込まれそうなほど黒い髪も目立つ要因だ。運動神経がさほどない割に体幹がきちんとしているのか、姿勢もとてもよい。俺はその隣でなるべく気配を消している。屈強な見た目なら逆に利用してやるけど、明らかにナメられる外見だから。
 気持ち的には3尺下がって師の影を踏まずみたいな感じなんだけど、恋人なので隣を歩く。幸せだ。
 まあ店内がそんなに広いとは言えないので、場所によっては少し後ろを歩いたりもしているけれど。

「洗濯機は何階だろう」
「ここに案内板がありますよ!」
「でかしたぞ、朝香」

 どうやら3階のようだ。案内板の近くにはちょうどエスカレーターがあった。
 エレベーターはともかく、エスカレーターに乗ることもあまりない。コンベアに足を乗せながら、少しワクワクしてそうな秋尋様を見る。多分俺も、同じような顔をしてる。
 これ……。なんか、遊園地とかの、アトラクションみたいだ。当然遊園地にも、行ったことなどない。いつか秋尋様と2人で出かけたい。買物よりずっとデートっぽい。

「あの並んでる機械は全部本物なんだろうか」
「ニセモノかもしれませんね。選ぶと後ろから箱を出してくれたり……」
「確かにその可能性はあるな」

 話しているうちに、3階へついた。あっという間だった。秋尋様と一緒に、もっと乗っていたかった。

「たくさんあるな」
「どれがいいんでしょう」
「一番高いのでいいだろう」

 ここまで来た意味とは。

「せっかくですから、もう少し見ましょう」
「気づいたんだが……。この、説明書きの意味が、あまりわからない」
「……俺もです」

 でも、俺も気づいてしまったんだけど。
 一緒に家電を選ぶとか、物凄く……新婚さんっぽくない? とても興奮してきた。

「店員に訊くか。呼んできてくれ」
「はい」

 はあ……。店員さんにも俺たちが新婚……いや、同棲始めたてのカップルであることを見せつけてしまうのか。ふふ。

 そして俺たちは。設置スペースや搬入経路の確認など、当然のようにしているはずなどもなく。結果的に購入することができなかった。

「事前に調べないといけないことが、あんなにたくさんあるとはな……」
「申し訳ありません。秋尋様に無駄足を踏ませてしまうなど、使用人として失格です」

 少し考えればわかることだったのに。でもそれを口に出すと、秋尋様に『僕もわからなかったんだが?』と拗ねられるような気もして言えなかった。

「無駄ではないだろう。デザインは見ることができたし、どのみち持って帰れるわけでもない。カタログもたくさん貰えた」
「秋尋様……。そうですね。家に帰ったら確認して、ネットで注文しましょう」
「ああ」

 秋尋様は興味深そうに、あたりを見回した。

「それに、来るのが初めての場所はなんであれ楽しい」
「俺も楽しかったです」
「せっかくだから、もう少し何か見ていくか?」
「はい!」

 このあとは昼食も一緒に食べるし、確かに欠片も無駄なことなどない。秋尋様が俺と同じように思ってくれてることが何より嬉しい。

 俺たちは新しいスマートフォンだとか、オーブントースターを見ながらいつかマンションに置く家電の話をし、存分に堪能してから店を出た。

「アミューズメントパークみたいでしたね」
「え……」

 何故か哀れなものを見るような目で見られた。同意してくれると思ったのに。
 まあ、秋尋様は俺の境遇を知っているから、しかたないかも。

「僕はお前に嫌われていると思っていたから、家族旅行へ連れて行ってやらなかったものな」
「いえ! いえいえ、そんな! 俺が家族旅行へついていくなど」
「なんだ。行きたくなかったのか?」
「そ、そりゃあ。秋尋様の傍にいたいですから、空を飛んでいけたらなあと思うこともありました。でもその、家族でどこかへというよりは、俺は……秋尋様と……。今日みたいに出かけられたら、それが一番嬉しいのです」

 むしろ欲を言えば。どこにも行かないでほしかった。
 今までも、これからもだ。箱庭の中、永遠に2人だけでいたい。

「お前は本当に相変わらずだな」

 髪をクシャッとされた。周りの目を気にしてか、撫でることなくすぐに離れたけど。

「さて。それじゃあどこかの店へ……」

 秋尋様が視線を彷徨わせた途端、後ろからあの、と声をかけられた。
 客引きかなと思ったら、可愛らしい女の子2人連れ。

「よかったら、一緒に喫茶店へ行きませんか? カップル割引を利用したくて」

 あっ。ナンパだこれ。
 動画を見てからファンですと女の子から声をかけられることは今までにもあったけど、普通にナンパされたのはこれが初めてだ。
 明らかに俺のほうに声をかけている。それに、俺を見て頬を染めている。これはマズイ。ただ妬いてくれるだけなら嬉しいけれど、秋尋様の薄くなってきたコンプレックスが刺激されてまた不機嫌にさせてしまう。さっさと断ろう。

「悪いけど、今、食べてきたばかりだから」

 それにカップル割引だと言うなら、俺と秋尋様がだから。
 女の子たちは特に食い下がることなく、謝ってすぐに去っていった。

「秋尋様に声をかける勇気がなくて、俺のほうから落とそうとしてきたんですかね。無駄なのに」
「今のは違うだろう。明らかに朝香狙いだった」

 思ったよりも平然としている。悔しいような、ホッとするような。

「男以外からも声をかけられるようになったんだな。女の子のように可愛かった、あの朝香が……女の子に……」

 気にするとこそこですか。

「いつまでも可愛い朝香じゃないんですよ。それとも、カッコよくなった俺は嫌ですか?」

 あえて可愛らしく、ブリっ子ポーズをとりながら訊いてみる。

「別に」

 どこかツレナイ返事だけど、否定はされてない。
 今はこれで充分。

「これから先カッコよくなったとしても、僕はきっとお前のことを、ずっと可愛いと思うだろうし」

 いや。はあ……。
 今日も最高のデレ、いただきました。ごちそうさまです。

 食べる前からお腹いっぱいな気分になりながら、やっぱり少し不機嫌に先を歩こうとする秋尋様のあとを追いかけた。
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