使用人の我儘

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約束の夏祭り

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 近衛家は夏でも空調設備が完璧で、寒すぎず暑すぎず、とても心地がいい。
 そう。夏だ。結局、抱かせてもらえないまま、3ヶ月以上経ってしまった。

 お前も尻が痛いだろうからと断られ、まだ僕の心の準備ができないからと断られ、ははぁ、さては俺の誕生日にあわせてプレゼントとしてくれるつもりだなと期待したけれど当然そんなこともなく。3ヶ月。
 まあ実のところ、多少は予想していた。だって秋尋様、プライドが高い割にビビリだから。それがわかっていたからこそ、考える隙を与えず童貞を奪ったわけだし。
 ヤッた直後は復讐に燃えていたものの、冷静になってみたら怖気づいたんだろう。残念なことに。

 そうだよなぁ。抱く側ならともかく、抱かれる側は勇気がいるよなあ。女の子とする練習にもならないんだし。
 しかも相手に乗ったり自分で腰を振ったりとか、あの秋尋様ができるとも思えないし。いや、やってくれたら最高だけど……。でもそんな能動的なことしてくれなくていいから、こう、ただひたすらに気持ちよくさせたいな。

 秋尋様に抱かれてからしばらくは、じっとりとした尻の痛みにうっとりしていたけど、今やその痛みは欠片もない。
 はあ……。寂しい。せっかくの夏休みなのに、俺から逃げるように家族旅行で海外に行ってしまったし。

 夏休みの宿題も、やらしい妄想ばかりで一向に進まない。
 もしかしたら秋尋様がサプライズで帰ってくるかもと思うと、平坂くんに誘われたキャンプも行く気にはなれなかった。
 真っ白なノートをそっと閉じ、今年の誕生日にプレゼントしてもらった真新しいスマートフォンの画面を見る。何度見たところで秋尋様から連絡がきたりはしないのに。
 予想変換の『あ』は秋尋様と愛してますが並んでる。その横にアナルセックス。えげつない。検索履歴を含め、絶対に誰にも見せられない。

 今までずっと仕事用の簡素な携帯電話だったから、ピカピカしている画面が眩しい。友達の名前も入っているけれど、一番上は秋尋様だ。機能がよくわからないからどうやってやったかわからないけど、僕を一番に優先しろよと秋尋様がご自身の連絡先が一番上にくるように入れてくれた。いつだって俺の一番は秋尋様なんだけど、その独占欲があまりに可愛らしくて貰ったばかりの小さな端末を握りしめすぎて割ってしまうところだった。

 旅行初日に送ってもらった写真を眺めては、毎日それで抜いている。虚しい。つい3ヶ月ほど前はドロドロになるほど抱きあえたのに。
 この画面から秋尋様が出てきたりしないかな。もういっそ夢でもいいから。

「うう、秋尋様……」

 端末を抱きしめるようにしてベッドへ転がる。
 秋尋様に挿れたい。今度は俺が抱きたい。しっとりすべすべした柔らかい身体を堪能したい。

「はぁ……」

 部屋の温度はちょうどいいのに、溜息が熱い。
 ……宿題も、進まないし。……少し、ゴシゴシしようかな。

 つるりとした画面をタップして、秋尋様の写真を呼び出す。
 見たこともないような青い海の前で笑ってる。残念ながら水着ではない。少しバランスの悪い自撮りなのが愛おしい。
 これ、画面向こうの俺に笑顔を向けてくれているんだよね。

 可愛いな。早く会いたい。
 食い入るように見つめながら、そっと下半身に手を伸ばす。
 俺がこんなふうに触ると、秋尋様は軽く息を飲んでからキュッと目を瞑る。喘ぐように俺の名前を呼んでほしくて、先端のあたりを……。

「朝香」
「は? えっ……。あっ!?」

 見上げればクリアな秋尋様の顔。思わず画面と見比べた。

「僕はそこから出てきたりしないぞ」
「あ、秋尋様!? 海外にいるはずでは」
「帰ってきた」

 連絡のひとつもなく唐突に!? 嬉しいけれども!
 本当にスマートフォンから飛び出して来たのかと思った……。凄いタイミングだし。本当にすごい。

「邪魔したようだな」
「そんな! いついかなる時でも秋尋様が邪魔になるなんてことありません! むしろそう、ちょうど良かったです。そのまま……あの、少し、首を傾げて怒ったような顔をしていただいても?」
「ば、馬鹿。躊躇いもなく続けるな。僕を見ながらするな!」

 首は傾げてくれなかったけど、怒る顔はいただけた。少し恥ずかしそうな感じも素晴らしいです。
 俺のちんちんは久しぶりのナマ秋尋様を前に、すぐに音を上げた。
 やっぱり本物は最高だ。匂いもするし、声も瑞々しい。
 何より俺が自慰をしている部屋に、秋尋様がいるというシチュエーションがたまらなく。……はぁ。

「ありがとうございました」
「礼を言うな! お前もう、本当にありえない……」

 恥ずかしさと怒りでか、顔を赤くしてブルブルと震えている。
 このままベッドへ引きずり込んでしまいたいのをグッとこらえて手を拭う。

「おかえりなさいませ、秋尋様。俺の部屋に来てくださって嬉しいです」
「普通に会話を続けようとするのか……。まあ、その、一応ノックはしたんだぞ。夢中になっていて気づかなかったようだが」
「もう秋尋様に見られて困るものもないですから、ノックなどなくとも大丈夫です!」
「少しは困ってくれ」
「秋尋様から連絡がないのには困ってました。寂しくって」

 しかもオアズケを喰らわされたままの夏休み突入だ。
 傍にいない秋尋様を想って何度抜い……泣いたことか。

「それは悪かったな。今年は早く帰る予定だったから、驚かせようと思ったんだ」

 驚いたし、喜んだし、その目論見は大成功ではあるけれど、俺としてはこまめに連絡をしてもらえたほうがありがたかった。
 ああ、でも。早めに帰ってきてくれたことは、本当に嬉しい。
 恋しく思うあまり、幻覚を見ているわけじゃないよな。

 抱きしめて、匂いをいっぱい吸い込みたい。その体温を感じて、秋尋様が帰ってきたのだと俺のすべてで確かめたい。

「びっくりしすぎて現実味がないです」
「そうか! ふふっ」

 はああぁぁ……。可愛すぎてもうダメ。なんでこう、この人はいくつになっても無邪気というか……。

「だから、その。抱きたいです!」

 本音のほうが出た。でも間違ってはいない。

「お前、今ひとりで、し、してたばかりだろう。よくそんな気になれるな……」
「秋尋様が目の前にいたら、いつでも臨戦態勢です」
「自信満々に言うことか。とにかく、今はダメだ。ほら、土産をやるから」

 物よりも秋尋様自身がいい。とはいえ、秋尋様がくださるものならなんでも嬉しい。
 手に持っていた小さな紙袋を差し出してきたので、ありがたく受け取った。
 中身は……。ボディローションだった。一瞬、ついに秋尋様が覚悟を決めてくださったのか!? と期待してしまったのは言うまでもない。

 でも、これを使ってもっと抱き心地を良くしろという意味が込められているのかも!

「ありがとうございます。俺、頑張ってすべすべ肌になってみせます!」
「あ、ああ……? 頑張れ……?」

 深い意味はなさそうだ。

「あっ。変なことには使うなよ」
「変なこととは?」
「っ……なんでもなぃ……」

 とぼけると、秋尋様は気まずそうに俯き、声もだんだんと小さくなっていった。可愛い。

 まあ。使うよね、変なことに。秋尋様が選んでくれたモノだし。ローションだし。そのつもりがなくても、塗っていたら絶対におかしな気分になってくる。

 というか、秋尋様にそんなことを言われた時点ですでに。

「今日はもう休むから、また明日な」
「待ってください。せめて、せめてギュッとさせてください。嗅がせてください」
「は!? 普通に嫌だ。僕は今帰ってきたばかりなんだぞ。こら、朝香……ッ」

 秋尋様の……匂いだ。久しぶりの。

「本当に、寂しかったんです。早く会いたかったです。愛してます、秋尋様」

 なんだかんだで優しい秋尋様は、諦めたように俺の身体を柔らかく抱き返してくれた。

「……そういえば、まだ言ってなかったな。ただいま」
「はい!」

 残念ながら今日も抱くのは叶わなかったけど、貴方が傍にいてくださるだけで幸せです、俺。




 秋尋様が早めに帰国をした理由は、俺との約束を守ってくれるためだった。
 去年の夏祭りは俺の身長が思うように伸びず、貰う予定でいた浴衣を着ることができなかった。

 その上、秋尋様は『お前の身長が伸びなかったからオアズケだな』と言ってご学友と夏祭りへ行ってしまわれたのだ。

 それはもう相当にへこんだ。秋尋様は落ち込む俺に、来年こそは一緒に行くぞと約束をしてくれた。嬉しかった。

 なのに今年は、俺を置いて海外へ。
 家族旅行では夏休みをほとんど海外で過ごされるから、今年も無理かと半ば諦めていた。
 それがまさか本当にサプライズで帰国してくださるなんて。感動もひとしおだ。

 そして、浴衣も……。
 
「今年はピッタリだな」
「もちろんです! 確かに身長はおととしの秋尋様より少し低いですけど、俺には筋肉がありますので!」
「そうか? 腕の太さなんかは、そう違わないだろう」

 確かめるようにやわやわと腕とか足とか触られて、花火を見に行く前からあわや打ち上げそうになってしまった。
 それに浴衣姿の秋尋様は美しく、性的すぎて。初めて見た時の衝撃も凄かったけど、今年は更に素晴らしい。俺の愛しい人は、いつだって最高を更新中だ。

「その……。浴衣、似合ってるな」
「え……」

 秋尋様も、俺と同じように見惚れてくれてる?
 ついでに性的な目でも見てくれたらいいのに。その気になってくれないかなぁ。念願の浴衣同士でのえっちが……。

「僕の浴衣が本当に着られることにも驚いた。朝香は永遠に背が低いような気がしていた」
「なんですか、それ。俺だって大きくなります」

 可愛いと思ってもらえるように、あざとらしく頬を膨らませてみせる。
 俺の背は、まだ160に届かない。でも春の身体測定では156だったから、今はもう少しあるかもしれない。
 目線が前より近いし、こうして背伸びをすれば簡単に唇へ届く。

「んッ……。な、なんだ、急に」
「キスのしやすい身長差になったかなあと思いまして」
「……いや。それは、僕からする場合なのでは……?」
「してくださるんですか?」

 秋尋様は少し考えたあと、俺の唇を手のひらで押さえた。

「何を言ってる。ほら、もう行くぞ。小松が待っている」

 一応考えてはくれるんだ。
 俺と夏祭りに行くためにこうして帰国してくれるし、秋尋様……やっぱりもう、結構俺のこと好きなのでは?

「ああ、そうだ。今年は……お前、だけだから」
「えっ。俺のことだけが好き、ですか?」
「都合よく変換されすぎだろう。お前の耳はどうなってるんだ。ボディーガードの話だ」
「なんだ。驚きま……え!? 俺だけですか!? 本当に?」
「だからそう言ってる。もう僕も大きくなったしな。あと、朝香も強くなった。隣にお前がいてくれればそれで充分だと判断されたんだ」

 つまり今日の夏祭りは正真正銘、秋尋様と2人っきり。
 人混みの中で2人きりも何もないけど、凄いこう、普通のデートっぽいっていうか。見張られてないということは、色々できちゃうぞ、的な。

「言っておくが。外で変なことはするなよ。僕の浴衣が魅力的すぎるのはわかるけどな」

 しかもそんな、ちょっとえっちな釘刺しまで。
 これはフリでは。手を出していいんだぞという意味では。

「はい。が、頑張ります!」
「手を出さないようにか?」
「は……、いえ! 秋尋様のボディーガード役をです!」
「それもいいが。お前もきちんと楽しめよ」
「俺は秋尋様と一緒というだけで、死ぬほど楽しいです!」
「そういうのはいいから……。まったく。なら、今も楽しいとでもいうのか?」
「はい!!」

 元気よくお返事した俺に秋尋様は呆れ顔だったけど、満更でもなかったのか頭を撫でてくれた。
 やっぱり秋尋様は俺のことを…………犬か、子どものように思っている節があるな。

 でももう俺は、貴方の浴衣姿がえっちだなあとか、その裾をまくりあげて膝裏から太腿まで舐めあげて、そのまま抱いてしまいたいとか考えてるような男なんですけどね。
 本当に、外では手を出さないように気をつけねば。

 秋尋様のほうは俺に対してそういうの、少しもないのかな。まがりなりにも一度抱いた相手なのに。高校生男子とは思えない。天使か何かなの?

「……あの。ところで。お部屋でなら手を出してもいいということですか?」
「そうだな。お前がイイコにしてたら、考えてやる」

 絶対に否定されると思ったのにそう言われて、すでにイイコではいられなくなりそうだった。行く前からそれは、さすがにまずい。

 理性との戦いが今、幕を開ける……。




 一年越しの、秋尋様との夏祭り。今年は前回よりもデート感が増した気がする。
 それにしても本当に浴衣がよく似合う。眩しくて、きっとどんな人混みにいても俺は彼を見つけ出せる。
 ……とはいえ。ここは、もっとデート感を出しておきたい。
 またおかしなナンパ男に邪魔をされるのは勘弁だ。

「はぐれるといけないから手を繋ぎましょう」
「この年齢で、さすがにそれはできない」
「貴方を護るためでもあります」
「お前が繋ぎたいだけだろう」

 もう俺の気持ちはバレているので、純粋な子どものフリにも限界がある。残念。

「それに朝香なら、はぐれてもすぐ僕を見つけられるはずだし、護れるはずだ。違うか?」
「ち……違わないです。頑張ります!」

 踊らされてる気はしなくもない。でも信頼を見せられたら頑張っちゃうよね。ボディーガード兼、使用人としては。
 それにこう、もっと手玉にとってほしいくらいの気持ち。秋尋様にいいように使われたい。

「今年は僕のかわりに、お前が全部やれ」
「え、何をですか?」
「ああいう遊びだ」

 秋尋様は射的を指してみせた。今でも秋尋様が銃を構える姿の美しさが鮮明に思い出せる。

「俺は見ているほうが楽しいので、是非秋尋様が」
「この年齢でお前に見守られながら遊ぶのは嫌だ。ほら、カッコよくキメて、僕にいいところを見せてくれ。命令だぞ」
「景品のすべてを貴方に捧げてみせます!!」

 こんなふうに煽られては、やるしかない。それはもう頑張った。
 ……とはいえ俺は努力の人。初めてやる夜店のゲームに難航し、成果はいまひとつだった。いいところを見せたかったのに。
 特に射的が酷い。しかたない。銃なんて使ったことないんだし。

「ご命令を守れず申し訳ありません! 秋尋様……!」

 唯一取れたヨーヨーを手渡すと、フフッと笑いながら受け取ってくれた。最高にかわいい。

「お前、案外不器用なんだな」

 よかった。怒ってなさそう。むしろ嬉しそう。
 秋尋様は俺がちょっとできないくらいのほうが機嫌がいいのかも。
 ここはジレンマだな。カッコイイ俺も見せたいし。

「こういうのはどうも、苦手みたいです」

 それはそれとしてションボリしておく。上手くできなかったのは事実なので、せっかくだからヨシヨシしてもらいたい。

「見ているのも案外楽しくて、お前の気持ちがわかった気がする」
「そうですか?」

 でも絶対に、秋尋様と俺の楽しいは理由が違うだろうな。
 俺の場合は……遊びに興じている際の、裾から覗く足首がたまらない……とか、完全に不純だった。

「充分に楽しませてもらったし、あとは屋台で何か食べるか。もう食べられるものも覚えたからな。おととしみたいに大半を残して押しつけるようなことはしないぞ」

 別に俺はそれでも構わないんだけどな。たくさん食べるし、秋尋様とシェアできるなんて幸せでしかない。間接キスも嬉しい。普通にキスもしてるけど、また別腹でキュンとする。

 でも秋尋様は、屋台の物を食べすぎるのは良くないと思っているらしく、ほどほどに楽しめるくらいの量を買った。

「このたこ焼きというのは、中々美味しいよな」
「自宅でも作れるらしいです。新鮮な材料を使って作れば、これより美味しいものができるかと」

 正直俺は、どれ食べても美味しい! ってなると思うけど、秋尋様なら味の違いが明確にわかるだろう。
 近衛家や学食で舌が越えても良さそうなものなのに、俺の味覚は相変わらず大雑把だ。小さい頃に草とか食べてたせいだと思う。

 ハフハフしながら大きめのたこ焼きを頬張る秋尋様。
 浴衣姿もあいまって絵になる。なんと愛らしい……。

「ん……アツッ」
「大丈夫ですか? 口の中を火傷しました? 舐めましょうか」
「馬鹿。どこを舐めるつもりなんだ。外で変なことをするなと言っただろう」
「ち、ちょっとした冗談ですよ……」

 まあ、許可が出れば、するけど。人の目よりも秋尋様とイチャイチャできるほうが重要だから。

「本当に冗談か?」

 たこ焼きが熱かったからか、少し涙目になっている。そんな状態で睨むのは卑怯じゃないですか?

「か、カワイイです……」
「返事にもなってない……」

 口の中に、たこ焼きを押し込まれた。熱い。

「ふはっ、はふ……」
「ふふふ。去年はクラスの友人と来たが……。お前と来るほうが、楽しいな」
「こ、こほへひです!!」
「飲み込んでから話せ」

 嬉しすぎて言葉が前のめりに出てしまった。たこ焼きもちょっと出た。
 ティッシュで拭っていると、秋尋様がこっちにもついてると言いながらご自身のハンカチで拭ってくれた。
 ほっ、本当の恋人同士みたいだ。こんなことをしてくれるなんて。何これ、俺今日死んでしまうのでは?

「よほど熱かったんだな。涙目になってる」

 これは感涙……。

「ん? あれは金井じゃないか。えっと……横の女性は……」

 金井くんとその彼女……平坂くんの姉がいた。何度か顔を合わせているけど、浴衣姿を見るのはこれが初めてだ。
 秋尋様以外に目に入ってなかったけど、女性の浴衣はやっぱり華やかだな。それに平坂姉とあって美貌もお墨付き。もちろん、俺の秋尋様には敵わないけど。
 向こうも俺たちに気づいて駆け寄ってきた。

「近衛先輩こんばんは。こちらは……僕の恋人です!」
「そして平坂の姉です」

 そういえば秋尋様が金井くんの彼女に会うのはこれが初めてだったっけ。歳は秋尋様よりもひとつ上。でも化粧なんかもしてるから、凄く大人の女性っぽい。金井くんのほうが背は低いし、並んでいたら姉弟にでも見えそうなところだけど……。しっかり、恋人同士の空気感がある。手も繋いでいるし。羨ましい。

「えっ。あ、ああ。仲がよくて、何よりだな……。ぼ、僕は、朝香の主じ……、友人だ」

 突然現れた浴衣美人に、秋尋様はしどろもどろになっている。

「景山くん良かったねえ。今年は夏祭り、近衛先輩と一緒に来れたんだ。去年は死ぬほどへこんでたもんね」

 思えばこの夏祭りを教えてくれたのは、他でもないこの金井くんだ。
 前に来た時は会わなかったけど、広い会場だし同じ時間に来ているとも限らないから、偶然あうほうが難しいか。

「うん! しかもさ、今年はボディーガードが俺だけなんだ。ありとあらゆる悪から秋尋様の身を護らないと」
「景山くんはいつも見えない何かと戦ってるよね」

 そして今は、君の彼女と戦ってるんだよ。

 クソッ。秋尋様の視線を奪うなんて、平坂家の遺伝子優秀すぎない? さっきまでは俺以外、見てないような感じだったのに。

「ボディーガードが可愛い友人くんだけだなんて羨ましいなあ。マキくんも私を護れるようになってくれる?」
「僕にはちょっと難しいかな……。あの、それに……強くなるには色々なものを犠牲にしないといけないしね。常識とか……」

 さり気なく悪口を言われてないか、俺。何故か秋尋様も深く頷いてるし、酷い。
 まあでも、この2人はデート中とはいっても後ろにボディーガードが控えてるんだろうし、きっと俺たちが羨ましいだけだな!

 早く秋尋様を平坂姉から遠ざけたい気持ちもあって、あとは適当に会話をして別れた。

「たこ焼き、冷めちゃいましたね」
「ああ。あとはお前にやる」
「いいんですか?」
「冷めたしな」

 冷めたものはもう食べない。さすがの秋尋様。
 ……理由が、それだけだったらいいんだけど。向こうには美人な彼女がいるのに、うちは年下の使用人か……とか、ウンザリしてたらどうしよう。

 さっきは楽しそうにしていたし、そう言ってはくれたけど。学校の友人たちより、俺とがいいって。

 でもまあ、そうかあ。彼女のがいいよなあ。それは……。

「花火……。秋尋様! そろそろ花火が始まるはずですよ! 今日は先にいい場所を取りに行きましょう!」

 どこか気もそぞろな秋尋様の気を引きたくて、ことさら元気に振る舞った。

 本当は花火なんかよりも、俺を見てほしい。
 今年は貴方にいただいた浴衣も、こんなにピッタリ着られるようになったんですよ。おっぱいのかわりにちんちんついてるけど、可愛さなら俺も負けてないと思いませんか?

 そんな俺の願いが天に通じたのか、秋尋様は小さく、いや……と呟いて。

「花火は綺麗に見えなくてもいいから、どこか静かなところへ行きたい」

 とってもドキドキするようなことを言った。

 深い意味などないのかもしれない。騒がしい場所に疲れただけかもしれない。でも、自分の好きな人にだよ。夏祭りに来ていて、静かな場所に行きたいとか言われたら、期待とか、興奮とかするでしょ。
 夏のうだるような暑さが、煮えた頭に追い打ちをかけていく。

「あっ。お、お疲れになりましたか……」

 声が裏返った。

「……少しな」

 す、少しか。手汗が凄いことになってる。もし今、手を繋ごうとか言われたら、秋尋様の手がビチャビチャになってしまう。

 俺の心配は当然のごとく杞憂に終わり、無事にひとけのない神社のほうへ辿り着いた。
 あたりが木々に囲まれてはいるけれど、ここでも花火が少しは見えるかもしれない。

 でも、誰もいないっていうのも、なんか不思議だな。確かに俺たちと逆方向へ進む人は多かったけど、そう……カップルとかは、このあたりにいるかなって思ってた。
 人の姿がない夜の神社は薄暗く、シンとして少し不気味な雰囲気がある。

 遠くで花火の咲く音がすると同時、近くの茂みでガサリと音がした。

「ヒッ!」

 短く悲鳴をあげて俺の腕にしがみつく秋尋様。

「いますね……」
「何がだ? 霊がか!? 朝香、お前、僕を怖がらせようって魂胆か!?」

 そんな子どもじみたことをすると思われているのは心外です。
 いもしない霊に怯える可愛らしい秋尋様が見られるなら、怖がらせたくもなるけれど。でもわざとじゃない。いる。

 そう。カップルたちは、いないわけではなかった。ただ見えない位置にいるだけだったのだ。
 木々の影にコッソリ隠れながら茂みの奥を指差すと、秋尋様は息を飲んで真っ赤になった。

「あ、ああ……なるほど」

 情事を垣間見たカップルが煽られて他の茂みへと姿を消す、その繰り返しなのかもしれない。あっちこっちでガサガサしてる。
 こんなすぐ見つかるようなところで、よくする気になるよな。子どもが見てたらどうするんだ。俺たちみたいな。

 ……正直、すっっごい……羨ましいけれども。俺も秋尋様と……。
 外で手を出すなとクギをさされていなければ、とりあえずチャレンジしてみるものを。

「音を立てずに戻りましょう」

 赤い顔をしたまま、秋尋様がやたらゆっくりと頷いた。
 そして少し歩きにくそうにしている。そういえば前の時は、慣れない下駄で足を痛めてしまったっけ。

「足、痛くないですか?」
「っ……、いや……」

 あれ……。もしかして、これ。秋尋様、煽られてしまってる?

「あの、秋尋様」
「言うな」
「ですがそれ、歩きにくいでしょう」

 そっと手を引いて、やしろのほうからは見えない位置へ移動する。その短い距離ですら、歩きにくそうにしていた。

「ど、どうしてお前は平気なんだ」
「俺は秋尋様にしか反応しませんから」

 秋尋様の首元はうっすら汗ばんで、たまらない色気を醸し出している。そう、俺はこの人にこそ煽られる。
 前までならば理性が働いたけれど、手を出したくらいでは関係が壊れないことを知っている今では我慢がきかない。

 身体を寄せて、痛くないよう優しく木に押さえつけた。

「少し、寄りかかっててください」
「こんなところで、何かする気か」
「応急処置です。足の治療と同じです」

 しゃがみこんで、浴衣の前を割る。今年の下着は普通のボクサータイプ。それを外でおろして局部を露出させるのは、想像以上に卑猥だった。情事を覗き見ただけではピクリともしなかった俺のちんちんも、一気に元気になった。

「誰かに見られたら……」
「下駄の鼻緒でも直すフリをしておきましょう」

 せっかくだからじっくりと味わいたいけど、今の状態が秋尋様にとって本意でないのはわかる。確かにこんなとこ、誰かに見られても困るし。秋尋様を誰かに見せるのも嫌だし。
 でも……。外で貴方にこんなふうに触れることができる日がくるなんて、想像すらしてませんでしたよ。秋尋様のためとはいえ、役得すぎる……。

 刺激的な場面を見てしまったせいか、それとも野外ということに興奮しているのか、秋尋様の『治療』はあっという間に終わってしまった。

「ごちそうさまでした」
「お前、また飲ん……」
「あまり食べてなかったんで、ちょうどよかったです」
「これなら屋台の物をもっと食べさせておくんだった」

 それでも飲んだと思いますけど。

「浴衣も汚れませんでしたし、いいじゃないですか。ほら、茂みから出ましょう。虫よけをかけているとはいえ、蚊に刺されるといけませんから」

 蚊に吸わせるくらいなら、血だって俺が飲みたい。とか言ったら、また気持ち悪いっていわれそうだな……。
 やしろのほうへ向かうと、また静けさが押し寄せてきた。
 花火が始まって少し経ったからか、さっきと違って数名の恋人たちが仲睦まじくしている。俺たちは明らかに場違いだ。

「も、もう帰ろう」

 俺と静かな場所でいい雰囲気になりたかったわけではないのか……。それもそうか。

「帰ったら……だ、抱かせてやる、から……」
「え!? お、俺、イイコにできませんでしたけど!?」

 あああ。馬鹿。素直にヤッターって喜んでおけばいいのに。
 あまりに驚きすぎたもんだから。

「さっきのは応急処置だろう。元々、そのつもりだった。夏祭りのためだけじゃない。だから早く帰ってきたんだ、朝香」

 確かにこれも、ある意味約束だった。
 心臓が凄い音を立てる。本当に? これから……秋尋様を抱ける?
 しかも、浴衣姿の。

 心も手も嘘みたいに震えた。いつこんな日が来てもいいように、心も物理的にも準備万端な気でいた。でも現実になるともう凄い。どうしていいかわからない。時が止まっているみたいだ。

「な、なんとか言え」

 止まってなかった。
 何か……。何か、言わなきゃ。

「死ぬほど、幸せです。え、あの……本当に……? ちょっと俺のこと、思いきり殴ってみてくれませんか?」
「お前、殴られたいだけじゃないのか? 考え直すぞ」
「そのツレない反応……。現実だ……」

 浴衣姿の秋尋様と、えっちなこと。まさか一年越しの願いが叶うなんて。
 えっちなことっていうか。秋尋様に俺のが、俺のちんちんが入っちゃうのか。すごい。俺、男に産まれて良かった。

「……おい。今日のボディーガードはお前だけなんだぞ。シャキッとしろ」
「ハッ! 申し訳ありません! 今、迎えの連絡を入れます。車まで、きっちりお護りいたします!」

 そうは言っても感動は凄まじく、何度も秋尋様の台詞を思い返しては、フワフワした気分で夏祭り会場を後にしたのだった。
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