使用人の我儘

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勉強

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 日に日に、秋尋様に触りたいという欲求が強くなる。
 何しろ友達になってからの秋尋様といえば、素直じゃないのにやたらと隙だらけで、理性を抑えるのが大変だ。
 ここ最近はもう、覚えたてのサルみたいに自慰を繰り返してしまっている。
 オカズが増えるのは嬉しいけど、馬鹿になりそうで困る。
 俺は元々のデキはそんなに良くないんだ。並々ならぬ努力の賜物でなんとかなってるとはいえ、それは秋尋様のためを思えばのことで、当の本人に誘惑されては続かない。

「どうしたものかな……」

 真っ白なまま予習の進まないノートの上に、溜息をひとつついて短くなった鉛筆を転がした。
 ここはいっそのこと、一度抜いてから。いやいや、昨日もそんな感じだったし……。

 そういえば秋尋様……。ラブレター貰ったことがないって、言ってたな。
 数字の羅列の代わりにあの人への愛ならば、いくらでも書き込めるのに。
 好……の文字を書きかけると同時、ノックが響いて俺は慌ててそれを消した。
 何を書いてるんだか。渡せるはずもないのに。しかも予習ノートに。

「はいはい。今出ます」

 気の抜けた格好で扉を開けると、なんとそこには秋尋様が立っていた。

「ど、どうされましたか。こんな時間に。明日に差し支えます」
「お前はこの時間まで勉強しているくせにか?」
「これは……」

 指先に持った鉛筆をくるりと回転させてから、背中に隠した。

「まあ、俺、馬鹿なんで。たくさん勉強しなくてはならないんですよ」
「そうなのか。何もしなくてもできるタイプかと思っていた。あれだけ運動もしてて、仕事もしてて、いつ自分の時間があるんだ?」

 そんなものはない。俺には本当に、秋尋様しかいない。
 貴方のためになることを、日々こなすことが幸せなのだから。

 はあ……。秋尋様。今日は白いシルクのパジャマか。肌の色まで透けて見えそうだ。こんな格好の彼を部屋に入れていいものか。こんなえっちな秋尋様が……。大丈夫なのか、本当に。俺の理性は。毎朝起こす時でも、えっちだなぁって思って見てるのに。

「それなりに充実した毎日を送っております。秋尋様のご用事は……長くなりますか?」
「そんなでもないが……。部屋には入れてくれないのか? 友達なのに」

 そんな自らライオンの檻に飛び込むようなことを。ウサギちゃんですか貴方は。……まあ外見なら俺もウサギみたいな感じだけど。

「あまり片付けておりませんので……」
「いい」

 そう言われては、もう断れない。ここで『勉強の邪魔になるかな?』と思わないあたりが秋尋様。俺の勉強は彼のためなので、全然問題はないとはいえ。
 それに、どうせ集中できてはいなかったしな……。

「ではどうぞ」
「狭いな」
「俺には広すぎるくらいです」

 昔、来てくれた時は狭いなんて言わなかった。俺はあまり大きくなってないけど、確かに中学生男子が2人納まると、少しみっちりしてる感じはある。

「物が何もない」
「机とベッドがあります」
「硬い……」

 ああー。俺のベッドに、秋尋様が……座……すわっ。
 ますます勉強が進まなくなるし、俺に発情期が来てしまう。

「今度、ゴールインウィークがあるだろう」
「そうですね」

 俺にとっては金色どころかヘドロみたいなもんだけど。
 だって秋尋様は友人に会いに行くというご両親に連れられて、フランスに行かれてしまうから。
 お傍どころか国内に秋尋様がいないなんて耐え難い。

「今年はもう中3だし、屋敷へ残ろうかと思って」
「えっ!? 本当ですか!?」
「……嬉しいのか?」
「う、嬉しいです」
「僕がいるからか?」

 俺は何を白状させられているんだ。
 でもこれは素直に言ってもいいと思う。使用人として、友人としてであれば、離れたくないのは当然のこと!

「そうです。秋尋様のお傍にいたいからです」
「そうなのか。虐めてくる相手がいなくなって、さぞせいせいしてるだろうと思っていたんだがな。もしかして寂しかったりしたのか?」
「正直に言いますが、寂しくて寂しくて地獄のようでしたよ」
「そ、そこまでか?」

 少し驚いて、それから満更でもないような顔をした。
 早く俺の言葉を信じてくれていれば自尊心も満たされて、ここまでひねくれなかったろうに。
 まあ俺はちょっと素直じゃない感じの秋尋様も、可愛くて好きなんだけど。秋尋様に虐げられることには喜びを感じるというか。マゾではないんだけど、本当に。

「お前はちょっと、大袈裟だな」

 脚色なしの、嘘偽りない事実ですとも。

「なら今年は、僕が一緒にいてやる」
「嬉しいです。どこかへお出かけしますか?」
「たとえばどこへだ?」
「……こ、公園とか」

 何を言ってるんだ、俺は。貧乏だった俺が唯一知ってるアミューズメントパークだからって! 公園はないだろ!!
 無難に図書館とか言っておけば良かった……。

「あの! 調べておきますので!」
「ああ。そうだな」

 秋尋様がくぁ、と可愛らしいあくびをした。普段なら寝てる時間だし、実際に眠そうに目を擦っている。

「言うの……明日でも良かったんだが、これを伝えたらお前がどんな顔をするかと思ったら……眠れなくなって……」

 俺のご主人様、可愛すぎでは?
 ハッ。ここで寝ていくとか言い出したらどうしよう。
 絶対にもう我慢できないんだけど……。

「あと。勉強……してきた」
「えっ!? 偉いですね。今日はなんの勉強をなさったんですか?」

 自分がそうだったから、俺はてっきり秋尋様も授業の予習をしていたのかと思ったんだ。

 まさか顔を真っ赤にされて。

「お前が教えろって、言ったくせに……」

 涙目でそんなことを言われるなんて思わないじゃないか。
 つまりその勉強っていうのは、性……。

 部屋を逃げ出そうとする秋尋様の腕を思わず掴む。柔らかいシルクの手触りに、心までとけるような気分になる。心臓が凄い音を立てていた。

「教えてほしいです」
「きょ、今日はもうダメだ。休みまで待て。それまでこの話題を出したら承知しないからな!」

 秋尋様は結局それだけ言い残して、出て行ってしまった。

 そ、そんな、生殺しな……。ああ、でも。俺にも産まれて初めて金色の日々が訪れるのか。

 俺は握りしめたままだった鉛筆を、再び真っ白なノートの上に転がした。
 予習? そんなもの、この状態でもうできるはずなんてないだろう。
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