白雪日記

ふたあい

文字の大きさ
上 下
103 / 140
二年目

八年前の転寝月28日(2)

しおりを挟む
 薄く茶色がかった、綺麗な乳白色。ミルクティーの色だな…。隣を歩く人物を見つめ、呑気にそんなことを思った。いつもは大半を布で覆っているから、こんなふうに目に付かなかった。爺様の方は、すでに白髪であったし。
 そこで、思った通りを口にした。まったく関係ない話題であることは、解っていたのだけれど。
「綺麗な髪の色ですね。式術師には最適の」
「まあな。そういうテメエは、見事に黒だな。術師には向かねえ。しかも、目までとは。…まさか、アイツの他にこんな色の奴がいるとは……」
 私の言葉に、隣を行く人物ーーフルルクスは答え、続けて呟いた。
 おや、それってもしかして…
「そうですねえーー」
 言葉を返しかけたところで、フルルクスが立ち止まる。
「ーーって、そうじゃねえっ!なんなんだ、テメエは?俺の質問に答えろっ」
 あ、やっぱり突っ込まれた。律儀に返事してからというのが、この人らしいが。

 私も立ち止まった。

 先ほど拾った星の雫の玉を、役所の窓に放り投げ、面倒はごめんだとばかりに逃げたその足。夜の街中を、二人で歩いていた。人通りは少ないけれど、まだあった。夜型の人なんて、どこにでもいるものだ。
「さっき答えたじゃないですか。ミリさんなんて人、私は知りません」
「ハッ、どうだか。何者だ、テメエは?何故あの場にいた?」
「それは……偶然?通りすがりの迷子ーー」
「惚けるな!ジジイの知り合いだかなんだか知らねえが、いい加減なことを言いやがる。テメエの身のこなしが、見かけ通りのボンクラじゃないってことは分かってんだよ」
「ハハ…」

 ボンクラな見かけなんだ、私って。

 八年前でも、変わらず口の悪い男である。さすがに若くはあるけれど。
 だけど、じっ様はじっ様だ。頭の布がなかろうが、若かろうが。サンダル履きは同じだし。このサンダル愛好家め。真冬でも履いているのだから、見ているこっちが寒くなるわ。

 だからつい、「じっ様」と呼びそうになってしまったのだ。さっきも。

 「じ」まで言いかけて、なんとか止まったのはいいけれど、「フルルクスさん」と言い直してしまった。そのため、「何故、名前を知っている?」と詰め寄られる羽目に。それを誤魔化して、「爺様の知り合い」となったのだけれどーー

 これ、セーフ?アウト?

 結果、じっ様の警戒は多少緩み、こうして話をする余地もできた。今は白雪の姿でもない。感覚としては、大丈夫そうなのだけれど…
「名前は?」
 改めて頭を悩ませていると、そう問うてくる声が。
「え?ああ、ハイ?」
「テメエの名だよ?」
「あーハイ、名前ですね?ええっと……」
「…おい」
「クロ。そうです、クロといいます」
「ふざけるな。今、考えただろう?クロだと?猫かよ」
「その……ですね?いろいろワケありなんです。まんざら嘘でもないので、これで勘弁してください」
 犬のような『シロ』という呼び名から一転、猫のような『クロ』になってしまった。
 だけど、下手な固有名詞ーー生前の名前ーーを口にするのは危険だと思っている。なにせ言葉は脳内自動翻訳である。名前がどのような言葉に変換されるのか私自身、予想がつかないのだ。
 その点『クロ』は、色の名称でもあるから無難。この姿が白雪と対みたいな、黒炭であることと合わせてもピッタリである。

 クローー都合良く納得もいく、良い名前だ。

「……ジジイの知り合いだと言ったな?」
 納得したのかしていないのか、じっ様が質問を変える。
「はい。貴方のお祖父様には、大変お世話になりました!」
 これは嘘ではないので、スラスラ言葉が出た。
「あんのジジイ…なにやってやがる。女引っ掛けてんじゃねえよ…」
「いえ、決して、そのような…」
 苦笑い。未来の自分のことなのに、容赦がない。
「…………」
 薮睨みしないでください。
「あの、私からも質問を。フルルクスさんこそ、何故あそこに?」
 貴重な時間でしょうにーーとまでは言わなかった。じっ様と爺様の関係を、知っていることまでは伏せていたから。
 だけど私は知っている。筆頭就任は来年の話だが、疫病の広まった三年前から特別顧問として、爺様はこの時点ですでに城勤めをしていた。したがってじっ様は昼間、時空の狭間に閉じ込められているだろうことを。
 じっ様があの丘にいた理由、一つは思い当たっている。人をーー女の人を待っているのだと。だけど、今夜のじっ様の現れ方から考えて、それが理由ではないと推察された。
 術師は普段、式熱を温存するもの。元となる星の雫は貴重な資源である。だから召喚を、ただの移動手段には絶対に使わない。
 それに、なにも聞かずに雫の玉を拾って、真っ直ぐに役所に足を運んだのもおかしい。事情を知っていたとしか思えない。
「チッ。質問しているのは、こっちの方だ。……テメエには関係ねえ」
 答えてはもらえなかった。そうだと思いましたよ。

 でも、ここで引く気はない。

 さっきのあの警戒の仕方…。じっ様はあそこで、なにが行われるかを知っていたんですね?
 どうやらこの時点で人待ちはしていないーーそう断定してよさそうである。

 さて、どうしたものか…

 昼間の会話の人物が、じっ様の口にする人だとしてーーとりあえず、カマでもかけてみますか。
「…ミリさんって、陽月下だった時のお仲間ですか?」
「ーーっ!テメエ……」
 忌々しそうに、じっ様が私を睨んだ。

 ビンゴ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

彼女のお母さんのブラジャー丸見えにムラムラ

吉良 純
恋愛
実話です

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

処理中です...