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二年目
八年前の転寝月28日(2)
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薄く茶色がかった、綺麗な乳白色。ミルクティーの色だな…。隣を歩く人物を見つめ、呑気にそんなことを思った。いつもは大半を布で覆っているから、こんなふうに目に付かなかった。爺様の方は、すでに白髪であったし。
そこで、思った通りを口にした。まったく関係ない話題であることは、解っていたのだけれど。
「綺麗な髪の色ですね。式術師には最適の」
「まあな。そういうテメエは、見事に黒だな。術師には向かねえ。しかも、目までとは。…まさか、アイツの他にこんな色の奴がいるとは……」
私の言葉に、隣を行く人物ーーフルルクスは答え、続けて呟いた。
おや、それってもしかして…
「そうですねえーー」
言葉を返しかけたところで、フルルクスが立ち止まる。
「ーーって、そうじゃねえっ!なんなんだ、テメエは?俺の質問に答えろっ」
あ、やっぱり突っ込まれた。律儀に返事してからというのが、この人らしいが。
私も立ち止まった。
先ほど拾った星の雫の玉を、役所の窓に放り投げ、面倒はごめんだとばかりに逃げたその足。夜の街中を、二人で歩いていた。人通りは少ないけれど、まだあった。夜型の人なんて、どこにでもいるものだ。
「さっき答えたじゃないですか。ミリさんなんて人、私は知りません」
「ハッ、どうだか。何者だ、テメエは?何故あの場にいた?」
「それは……偶然?通りすがりの迷子ーー」
「惚けるな!ジジイの知り合いだかなんだか知らねえが、いい加減なことを言いやがる。テメエの身のこなしが、見かけ通りのボンクラじゃないってことは分かってんだよ」
「ハハ…」
ボンクラな見かけなんだ、私って。
八年前でも、変わらず口の悪い男である。さすがに若くはあるけれど。
だけど、じっ様はじっ様だ。頭の布がなかろうが、若かろうが。サンダル履きは同じだし。このサンダル愛好家め。真冬でも履いているのだから、見ているこっちが寒くなるわ。
だからつい、「じっ様」と呼びそうになってしまったのだ。さっきも。
「じ」まで言いかけて、なんとか止まったのはいいけれど、「フルルクスさん」と言い直してしまった。そのため、「何故、名前を知っている?」と詰め寄られる羽目に。それを誤魔化して、「爺様の知り合い」となったのだけれどーー
これ、セーフ?アウト?
結果、じっ様の警戒は多少緩み、こうして話をする余地もできた。今は白雪の姿でもない。感覚としては、大丈夫そうなのだけれど…
「名前は?」
改めて頭を悩ませていると、そう問うてくる声が。
「え?ああ、ハイ?」
「テメエの名だよ?」
「あーハイ、名前ですね?ええっと……」
「…おい」
「クロ。そうです、クロといいます」
「ふざけるな。今、考えただろう?クロだと?猫かよ」
「その……ですね?いろいろワケありなんです。まんざら嘘でもないので、これで勘弁してください」
犬のような『シロ』という呼び名から一転、猫のような『クロ』になってしまった。
だけど、下手な固有名詞ーー生前の名前ーーを口にするのは危険だと思っている。なにせ言葉は脳内自動翻訳である。名前がどのような言葉に変換されるのか私自身、予想がつかないのだ。
その点『クロ』は、色の名称でもあるから無難。この姿が白雪と対みたいな、黒炭であることと合わせてもピッタリである。
クローー都合良く納得もいく、良い名前だ。
「……ジジイの知り合いだと言ったな?」
納得したのかしていないのか、じっ様が質問を変える。
「はい。貴方のお祖父様には、大変お世話になりました!」
これは嘘ではないので、スラスラ言葉が出た。
「あんのジジイ…なにやってやがる。女引っ掛けてんじゃねえよ…」
「いえ、決して、そのような…」
苦笑い。未来の自分のことなのに、容赦がない。
「…………」
薮睨みしないでください。
「あの、私からも質問を。フルルクスさんこそ、何故あそこに?」
貴重な時間でしょうにーーとまでは言わなかった。じっ様と爺様の関係を、知っていることまでは伏せていたから。
だけど私は知っている。筆頭就任は来年の話だが、疫病の広まった三年前から特別顧問として、爺様はこの時点ですでに城勤めをしていた。したがってじっ様は昼間、時空の狭間に閉じ込められているだろうことを。
じっ様があの丘にいた理由、一つは思い当たっている。人をーー女の人を待っているのだと。だけど、今夜のじっ様の現れ方から考えて、それが理由ではないと推察された。
術師は普段、式熱を温存するもの。元となる星の雫は貴重な資源である。だから召喚を、ただの移動手段には絶対に使わない。
それに、なにも聞かずに雫の玉を拾って、真っ直ぐに役所に足を運んだのもおかしい。事情を知っていたとしか思えない。
「チッ。質問しているのは、こっちの方だ。……テメエには関係ねえ」
答えてはもらえなかった。そうだと思いましたよ。
でも、ここで引く気はない。
さっきのあの警戒の仕方…。じっ様はあそこで、なにが行われるかを知っていたんですね?
どうやらこの時点で人待ちはしていないーーそう断定してよさそうである。
さて、どうしたものか…
昼間の会話の人物が、じっ様の口にする人だとしてーーとりあえず、カマでもかけてみますか。
「…ミリさんって、陽月下だった時のお仲間ですか?」
「ーーっ!テメエ……」
忌々しそうに、じっ様が私を睨んだ。
ビンゴ。
そこで、思った通りを口にした。まったく関係ない話題であることは、解っていたのだけれど。
「綺麗な髪の色ですね。式術師には最適の」
「まあな。そういうテメエは、見事に黒だな。術師には向かねえ。しかも、目までとは。…まさか、アイツの他にこんな色の奴がいるとは……」
私の言葉に、隣を行く人物ーーフルルクスは答え、続けて呟いた。
おや、それってもしかして…
「そうですねえーー」
言葉を返しかけたところで、フルルクスが立ち止まる。
「ーーって、そうじゃねえっ!なんなんだ、テメエは?俺の質問に答えろっ」
あ、やっぱり突っ込まれた。律儀に返事してからというのが、この人らしいが。
私も立ち止まった。
先ほど拾った星の雫の玉を、役所の窓に放り投げ、面倒はごめんだとばかりに逃げたその足。夜の街中を、二人で歩いていた。人通りは少ないけれど、まだあった。夜型の人なんて、どこにでもいるものだ。
「さっき答えたじゃないですか。ミリさんなんて人、私は知りません」
「ハッ、どうだか。何者だ、テメエは?何故あの場にいた?」
「それは……偶然?通りすがりの迷子ーー」
「惚けるな!ジジイの知り合いだかなんだか知らねえが、いい加減なことを言いやがる。テメエの身のこなしが、見かけ通りのボンクラじゃないってことは分かってんだよ」
「ハハ…」
ボンクラな見かけなんだ、私って。
八年前でも、変わらず口の悪い男である。さすがに若くはあるけれど。
だけど、じっ様はじっ様だ。頭の布がなかろうが、若かろうが。サンダル履きは同じだし。このサンダル愛好家め。真冬でも履いているのだから、見ているこっちが寒くなるわ。
だからつい、「じっ様」と呼びそうになってしまったのだ。さっきも。
「じ」まで言いかけて、なんとか止まったのはいいけれど、「フルルクスさん」と言い直してしまった。そのため、「何故、名前を知っている?」と詰め寄られる羽目に。それを誤魔化して、「爺様の知り合い」となったのだけれどーー
これ、セーフ?アウト?
結果、じっ様の警戒は多少緩み、こうして話をする余地もできた。今は白雪の姿でもない。感覚としては、大丈夫そうなのだけれど…
「名前は?」
改めて頭を悩ませていると、そう問うてくる声が。
「え?ああ、ハイ?」
「テメエの名だよ?」
「あーハイ、名前ですね?ええっと……」
「…おい」
「クロ。そうです、クロといいます」
「ふざけるな。今、考えただろう?クロだと?猫かよ」
「その……ですね?いろいろワケありなんです。まんざら嘘でもないので、これで勘弁してください」
犬のような『シロ』という呼び名から一転、猫のような『クロ』になってしまった。
だけど、下手な固有名詞ーー生前の名前ーーを口にするのは危険だと思っている。なにせ言葉は脳内自動翻訳である。名前がどのような言葉に変換されるのか私自身、予想がつかないのだ。
その点『クロ』は、色の名称でもあるから無難。この姿が白雪と対みたいな、黒炭であることと合わせてもピッタリである。
クローー都合良く納得もいく、良い名前だ。
「……ジジイの知り合いだと言ったな?」
納得したのかしていないのか、じっ様が質問を変える。
「はい。貴方のお祖父様には、大変お世話になりました!」
これは嘘ではないので、スラスラ言葉が出た。
「あんのジジイ…なにやってやがる。女引っ掛けてんじゃねえよ…」
「いえ、決して、そのような…」
苦笑い。未来の自分のことなのに、容赦がない。
「…………」
薮睨みしないでください。
「あの、私からも質問を。フルルクスさんこそ、何故あそこに?」
貴重な時間でしょうにーーとまでは言わなかった。じっ様と爺様の関係を、知っていることまでは伏せていたから。
だけど私は知っている。筆頭就任は来年の話だが、疫病の広まった三年前から特別顧問として、爺様はこの時点ですでに城勤めをしていた。したがってじっ様は昼間、時空の狭間に閉じ込められているだろうことを。
じっ様があの丘にいた理由、一つは思い当たっている。人をーー女の人を待っているのだと。だけど、今夜のじっ様の現れ方から考えて、それが理由ではないと推察された。
術師は普段、式熱を温存するもの。元となる星の雫は貴重な資源である。だから召喚を、ただの移動手段には絶対に使わない。
それに、なにも聞かずに雫の玉を拾って、真っ直ぐに役所に足を運んだのもおかしい。事情を知っていたとしか思えない。
「チッ。質問しているのは、こっちの方だ。……テメエには関係ねえ」
答えてはもらえなかった。そうだと思いましたよ。
でも、ここで引く気はない。
さっきのあの警戒の仕方…。じっ様はあそこで、なにが行われるかを知っていたんですね?
どうやらこの時点で人待ちはしていないーーそう断定してよさそうである。
さて、どうしたものか…
昼間の会話の人物が、じっ様の口にする人だとしてーーとりあえず、カマでもかけてみますか。
「…ミリさんって、陽月下だった時のお仲間ですか?」
「ーーっ!テメエ……」
忌々しそうに、じっ様が私を睨んだ。
ビンゴ。
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