白雪日記

ふたあい

文字の大きさ
上 下
83 / 140
二年目

生命月10日(1)

しおりを挟む
 一つの疑問があった。

 ここでの言語は、脳内自動翻訳がなされていると、私は思っている。
 では、個々の言葉遣いの差は、実際のところどうなのだろうか?
 男女差など、如実に表れている。だが、こんなにハッキリ差が出るのは、解釈する私の勝手な思い込みのせいかもしれない。明確に遣い分けられる、そんな環境で生まれ育ったのだから。
 見た目と受ける印象によって、大きく左右されているのではないだろうか?ずっと、そんな疑いが否めなかった。

 だけどーー

 その答えが、笑って言った。
「こっちはミルク。こっちは紅茶だ」
 左手に白い粒の詰まった瓶、右手にべっ甲色の粒の詰まった瓶を持って、カリメラはちょっと得意げに私を見た。
「さっそく、応用したんだ」
「まあな。他にレモンとサクランボも試した。どれも評判良かったよ。ほらよ。こっちの二つもやる」
 手にした二つの瓶を押し付け、白衣の両ポケットから新たな瓶を取り出す。
「持ちきれないよ」
 笑みがこぼれた。
 すると、カリメラもいっそう笑った。
 昼休み。先日の飴の礼と感想を述べに、カリメラのところへ足を運んだ。そして、これから卵を取りに行くのだという彼女に付き合って、フンモコ飼育場へ向かうところ。並んで歩きながら、飴玉の詰まった瓶を、四つも差し出されても困るってものだ。
「グレイシアのところで、籠を借りてやるよ」
 飴瓶を元のポケットにしまい、カリメラは言う。
「ありがとう」
 いつ聞いても、何度聞いても、カリメラは男の言葉遣いだ。その姿はてっぺんからつま先まで、女の子そのものであるにも拘らず。

 しかも、エキゾチック美女。

 とにかく。カリメラの話し言葉は一つの答えだ。高性能なホムンクルスの脳は、正確に個人の言葉遣いまで翻訳している。外見のイメージに囚われることなく。
 ただ…たまに、いや、結構頻繁に暴走しているきらいがあるということは、忘れないでおこうと思う。

   ✢

「よう。二人揃ってお出ましか」
 フンモコ飼育場へ着くやいなや、声をかけられた。
「まあな。いつも通り持っていくぞ」
 カリメラが言葉を返す。声をかけてきたのは、もちろんこの飼育場の主。

 グレイシア・イムニルは熊である。

 あくまで冗談。その容姿が、まさに熊と言う言葉がピッタリの大男なのだ。
 意外にも若く、歳はまだ三十に満たないという。そして肩書なのだがーー

 白銀城、筆頭黒魔術師。

 これは冗談でもなんでもない。どんなに、見えなくとも。おおよそ、式術師としての職務を果たしているとは思えなくとも。そうなのだから仕方ない。
 彼を見かけるのは、いつも技術塔敷地内。学術塔でその姿を拝んだことは、とんとない。
 そう。いつだってこの男は、フンモコ飼育場にいるのだ。主として。どうなっているのだろう?
 カリメラと熊が挨拶を交わす様を、ぼんやり眺めていた。足元ではフンモコが、えっちらおっちら、うろつきまわっている。
 視線を下ろし、その場にしゃがみ込んだ。傍を歩くフンモコが足を止め、首を傾げてこちらを不思議そうに見る。そのつぶらな目…。はあ~、癒やされる。
 …たとえ食用だとしても。
 フンモコは肉も卵も非常に美味しい。特に卵は濃厚で、菓子向きである。だからカリメラはフンモコの卵を所望する。
 私がここへ来た当初、お見舞いでもらって食べたプリン。あれはカリメラが作ったものだと判明したのだが、確かにとても美味しかった。そしてその原材料が、目の前にいる鳥の卵…。
 こちらを見つめるフンモコへ向け、指先でグルグル円を描く。トンボ採りみたいに。右に左に、指の動きに合わせて首を振るキウイもどき。やっぱり可愛い。
 …平気で食べていたとしても。
 再び視線を上げ、飼育小屋へ向けて話しながら並んで歩くカリメラと熊を見た。

 ーーああ、やっぱり。

「なんだと?もういっぺん言ってみろ!」
 計ったかのようなタイミングで、怒鳴り声。予想通り、カリメラがなにやら熊に食って掛かり始めたところだった。
 
 またか。

「いちいち、食いつくなよ。俺はそのままを指摘しただけだ」
 熊は後頭部に手を当て、苦笑する。
「馬鹿にすんな!」
「別にそんなつもりはない。カリメラ、お前もいい加減にーー」
「またそれかよ!黙れっ!」

 今日はなにが原因だろう。

 よくよく、耳を澄ました。普通ならば内容まで細かく聞き取れないほど離れているが、特別仕様の私ならば集中すると十分聞こえる、そんな距離。どれどれ…

 ーーなるほど。

 今日は父親と比べて、まだまだという話か。
 カリメラの父親もこの城の技術士、同じパティシエだ。そして熊は、その父親と彼女を比較し、意見した。材料の無駄が多いとかナントカ。フンモコの卵は大変貴重であることを、父親を見習いもっとよく考えろとかカントカ。
 …はあ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

彼女のお母さんのブラジャー丸見えにムラムラ

吉良 純
恋愛
実話です

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

処理中です...