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二年目
生命月1日(4)
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夜になって、養父母とともに神殿を訪れた。
なんと言ったものか。質素?とにかく、荘厳とは遠くかけ離れている。それが神殿の第一印象だった。
これが王都に建つ神殿?
いや、そもそも神殿と呼べるものなのか?大きな観音開きの扉が出入り口である以外は、まるっきり他の建物と変わらない。言われなければ、神殿であると分からないだろう。
「遅くなってしまいましたね。すみません」
養父であるアケイルさんが、すまなそうな顔を向けて言った。ぽかんと口を開け神殿を見ていた私は、我に返る。
「ごめんね、シロ。何度も声をかけたのだけど、先生ったらお仕事に没頭していたみたいで…」
アケイルさんの隣で、養母であるリセルさんが苦笑した。
アケイル・ディトレットとその妻リセル。
彼らが私の養父母だ。白銀城筆頭錬金術師とその助手という肩書の持ち主で、呆れるほどに優しい人たち。トチ狂った錬金術師の生み出した狂気の産物である私を、是非にと言って養女に迎えてくれた。いくら感謝してもしきれない。
ちなみに、彼らも私より若い。
今の私は推定十七歳だが、それより十数歳上なだけだ。…厚かましいのは、重々承知しているつもりである。
「本当に駄目ですね、私は。夢中になると、他が見えなくなる…」
中指で眼鏡のズレを直しながら、アケイルさんが肩を落とす。それから神殿の、入口前の段差に足をかけた。
予定より、ずいぶん遅い時刻の訪問となってしまっていた。アケイルさんの仕事熱心が原因だが、私としては一向に構わないと思っている。そんなに気にしないでほしいのだが、これがこの人の性分だ。
笑って首を振って見せた。
今日は私の一歳ーー表向きは十七歳の誕生日。
神殿にはお祓いをしてもらうために来た。誕生日でお祓いとは、なにゆえ?お祝いの間違いでは?と、初め聞いた時は思ったのだけれど、ここではそういうものなのだ。
また一つ、死へと近づいたーーそう考えられる。つまり死を祓おうということ。どうにも後ろ向きな思考に思える。
そうは言っても、そんなに深刻に考えられているわけではない。わざわさ神殿にまで出向いてお祓いをしようなんて人は、あまりいないらしく、なにもしないで過ごす人も多いようだ。
ただ、めでたいと考えられていないのは確かである。
それは、ある意味正しい。生物は生まれ落ちたその瞬間から、死へと向かって生きるのだから。けれど、無事成長できたと喜ぶ方が、考え方として健全ではないだろうか?と、やっぱり思える。まあ、異を唱えたところで、どうしようもないと割り切った。
お祓いそのものは、死を司る神が嫌ったという月桂樹の灰を額に擦り付け、神官様からありがたいお言葉を頂くだけという話だから簡単だ。時間もそんなにかからないだろう。その神官が、くどくど語らない限りは。
「神殿で祓ってもらわなくても、家でもできたのに。先生も意外に融通が利かないんですから」
リセルさんが、クスクス笑っている。
「駄目ですよ!生まれて最初の誕生日です。『ドウ』をちゃんと遠ざけなくては。私は安心できません!」
対するアケイルさんは、グッと拳を握りしめた。
「……そうですね。私も一歳の誕生日は神殿へ連れて行ってもらったと、両親に聞いています。大切なことですね」
「そうですとも、リセル君。私たちはシロの両親。彼女を守る義務があります。さあ!シロ、行きましょう」
親バカ…。
養父母のやりとりに、不覚にも涙がでそうになった。どこまで人が良いのやら。ちなみに『ドウ』というのは、死神の名前だそう。
改めて神殿を見上げる。なんの変哲もない建物。神官はその土地の者が務めると決まっている。国から給金が出るだけで、お布施など一切もらわない。なんの権力も持たない。
ただ、そこに在るだけ。
神が生まれ、神話が語られ、神殿が建ち、神官がいるーーそこに。太陽が輝くように、星が瞬くように、月が照らすように。ただそこに在る。
それでいいーーそう思った。神殿が自己主張する必要など、なにもないのだと。
気を取り直し、私も一歩、入り口の段差へ足をかける。その時ーー
あれは…
視界の端に、見知った人物の姿を認めた。
この街の夜は明るい。なんといっても、街灯が自ら頭上を徘徊している。人魂のようにフワフワと。
だから抜群の視力を有する今の私が、通りの遥か彼方にポツリと見えるその人物を、判別するのはわけなかった。あのサンダル履き…間違いない。やれやれ、相変わらず夜行性なんだな、あの男は。
あ、細い路地に入ってく。その先は確かーー
花街だ。
なんと言ったものか。質素?とにかく、荘厳とは遠くかけ離れている。それが神殿の第一印象だった。
これが王都に建つ神殿?
いや、そもそも神殿と呼べるものなのか?大きな観音開きの扉が出入り口である以外は、まるっきり他の建物と変わらない。言われなければ、神殿であると分からないだろう。
「遅くなってしまいましたね。すみません」
養父であるアケイルさんが、すまなそうな顔を向けて言った。ぽかんと口を開け神殿を見ていた私は、我に返る。
「ごめんね、シロ。何度も声をかけたのだけど、先生ったらお仕事に没頭していたみたいで…」
アケイルさんの隣で、養母であるリセルさんが苦笑した。
アケイル・ディトレットとその妻リセル。
彼らが私の養父母だ。白銀城筆頭錬金術師とその助手という肩書の持ち主で、呆れるほどに優しい人たち。トチ狂った錬金術師の生み出した狂気の産物である私を、是非にと言って養女に迎えてくれた。いくら感謝してもしきれない。
ちなみに、彼らも私より若い。
今の私は推定十七歳だが、それより十数歳上なだけだ。…厚かましいのは、重々承知しているつもりである。
「本当に駄目ですね、私は。夢中になると、他が見えなくなる…」
中指で眼鏡のズレを直しながら、アケイルさんが肩を落とす。それから神殿の、入口前の段差に足をかけた。
予定より、ずいぶん遅い時刻の訪問となってしまっていた。アケイルさんの仕事熱心が原因だが、私としては一向に構わないと思っている。そんなに気にしないでほしいのだが、これがこの人の性分だ。
笑って首を振って見せた。
今日は私の一歳ーー表向きは十七歳の誕生日。
神殿にはお祓いをしてもらうために来た。誕生日でお祓いとは、なにゆえ?お祝いの間違いでは?と、初め聞いた時は思ったのだけれど、ここではそういうものなのだ。
また一つ、死へと近づいたーーそう考えられる。つまり死を祓おうということ。どうにも後ろ向きな思考に思える。
そうは言っても、そんなに深刻に考えられているわけではない。わざわさ神殿にまで出向いてお祓いをしようなんて人は、あまりいないらしく、なにもしないで過ごす人も多いようだ。
ただ、めでたいと考えられていないのは確かである。
それは、ある意味正しい。生物は生まれ落ちたその瞬間から、死へと向かって生きるのだから。けれど、無事成長できたと喜ぶ方が、考え方として健全ではないだろうか?と、やっぱり思える。まあ、異を唱えたところで、どうしようもないと割り切った。
お祓いそのものは、死を司る神が嫌ったという月桂樹の灰を額に擦り付け、神官様からありがたいお言葉を頂くだけという話だから簡単だ。時間もそんなにかからないだろう。その神官が、くどくど語らない限りは。
「神殿で祓ってもらわなくても、家でもできたのに。先生も意外に融通が利かないんですから」
リセルさんが、クスクス笑っている。
「駄目ですよ!生まれて最初の誕生日です。『ドウ』をちゃんと遠ざけなくては。私は安心できません!」
対するアケイルさんは、グッと拳を握りしめた。
「……そうですね。私も一歳の誕生日は神殿へ連れて行ってもらったと、両親に聞いています。大切なことですね」
「そうですとも、リセル君。私たちはシロの両親。彼女を守る義務があります。さあ!シロ、行きましょう」
親バカ…。
養父母のやりとりに、不覚にも涙がでそうになった。どこまで人が良いのやら。ちなみに『ドウ』というのは、死神の名前だそう。
改めて神殿を見上げる。なんの変哲もない建物。神官はその土地の者が務めると決まっている。国から給金が出るだけで、お布施など一切もらわない。なんの権力も持たない。
ただ、そこに在るだけ。
神が生まれ、神話が語られ、神殿が建ち、神官がいるーーそこに。太陽が輝くように、星が瞬くように、月が照らすように。ただそこに在る。
それでいいーーそう思った。神殿が自己主張する必要など、なにもないのだと。
気を取り直し、私も一歩、入り口の段差へ足をかける。その時ーー
あれは…
視界の端に、見知った人物の姿を認めた。
この街の夜は明るい。なんといっても、街灯が自ら頭上を徘徊している。人魂のようにフワフワと。
だから抜群の視力を有する今の私が、通りの遥か彼方にポツリと見えるその人物を、判別するのはわけなかった。あのサンダル履き…間違いない。やれやれ、相変わらず夜行性なんだな、あの男は。
あ、細い路地に入ってく。その先は確かーー
花街だ。
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