白雪日記

ふたあい

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13日目(2)

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「あ、シロだ!」

 ひときわ大きな声で叫ばれた。私に向けて。
 シロって…まるで犬だな。まあ、気にしないが。だけど、隣の主上が渋面を作った。
「カクカ。お前なあ、妙な渾名を付けるなよ。彼女にだって名前が…ん?名前?そういえば名前は?確かアケイルに付けてもらうと、聞いていたが?」

 ようやく気付いたか。

 この数日間、まるで疑問を抱いてなかったようだけど。意外に名前というものは、無いなら無いでなんとかなるものか。
「まだありません。アケイルさん、ほとほと困っているようだったので、思い付いたらでいいですと、言っておきました」
 そう。アケイルさんは名前を付けて欲しいという私の頼みに、気の毒なくらい困り果ててしまったのだ。「考えれば考えるほど、良い名が思い付かなくなった」と言って、平謝りされてしまった。こっちは軽い気持ちだったのに。ごめんなさい。

「しかし、無くては困るだろう?」
「困りました?」
「うっ!いや、そういえば別に…」
「『お前』で事足りてしまうんですよね」
「……すまん」

 主上の声が小さくなった。

 いまさらながら、失礼に気付いたようで。尤も、私はそれを失礼だなんて感じていなかったんだけど。でも、常識的には失礼になるのかな?やっぱり。

「だから、シロでいいじゃん。白いんだし」

 ここで割って入る、あっけらかんとデカい声。この大きな声の持ち主は、カクカ。

 カクカ・リンドレイ。私が初めて学術塔の外に出て、出会った人物の一人。
 丁度、少年と青年の中間にある、まさに青少年。見た目だけというなら、白雪と同年代か。

「なんでもいいよ。ちゃんとした名前は、アケイルさんに貰うから。好きに呼んで」
 すでにタメ口。彼も話しやすい相手だ。
「おう」
 カクカは笑顔で答えて、グッと拳を握って見せた。

 元気な子供だ。

 カクカと再会したのは五日前。初めて会ったその次の日。再び主上に連れられて、私は城内を歩き回った。今度は適正速度で。
 そして案内された『親衛塔』で、出くわしたのだ。またしても大きな声とともに。
 親衛塔は、言ってみれば近衛師団の巣窟だ。そこで顔を合わせたカクカは、もちろん近衛兵である。なるほど、主上と親しいわけだ。近衛は城内専属らしいから。
 カクカは前日と同じ台詞で声をかけてきた。「陛下、ヒマそうでいいですね」と。それで知ったのだけれど、今、近衛を含むこの国の軍部はとても忙しいらしい。
 はた迷惑にも、私が巻き込まれてしまった謀反計画。確か「占者ファンスランスの暗殺」とか言っていたな。あれはノーツ一人の計画ではなかった。
 お陰で近衛は王様そっちのけで、占者と呼ばれる人の護衛に人手を多く割く羽目になった。おまけにノーツの捜索まで請け負って、見つけた今は研究記録捜しへと移行していた。
 これは占者なる者が、国の要人であるためらしい。
 そして、他の右軍だか左軍だかは、ノーツ以外の謀反人の捕り物に追われつつ、国境を警戒しつつ、もちろんそれ以外に日々起こる市井の揉め事も治めつつと、兎にも角にも大忙しとの話。
 どうやらここの左右軍は、司法番も負っているみたい。ご苦労様だ。

「本当にいいのか?」

 新たな声がして、私の心臓が跳ね上がった。この症状は間違いないーー

「フィル…さん」
「カクカのセンスは、褒められたものではないぞ?」

 カクカと同時にフィル・ガッサ、この人とも再会していた。フィルはカクカの直接の上官だからか、セットでいることが多いのだ。

 図書室を出た私と主上は、真っ直ぐに親衛塔へ来ていた。

 どうやら主上は、この親衛塔がお気に入りの場所であるらしい。私を連れてくるのに、ここならば他の許可も必要ないとあってか、学術塔を出るとついついこの場へ足を運んでしまう。
 フィルとカクカは、ここでの数少ない知人の仲間入りをしていた。再会した時も、名無しの私に対し「だったらシロ」なんて言うカクカを、フィルが窘めていたっけ。

「問題なしです。シロって呼び名、嫌いではありませんから」
「…変わってるな」
 フィルが私を見て言う。

 落ち着かない。なんでフィルがいると、こんなにもソワソワした気分になるのだろう?

 鮮やかな赤い髪。歳は二十代後半ってところか。アケイルさんより、少し若そう。鍛えられ引き締まった身体。背も高く、顔の造作も非常に良いと言える。
 フィルは確かに、格好良い。

 でも。それだけだ。それ以上の感想は出てこない。

 では、このドキドキの原因はなに?うーん?解らん。

「ところでどうだ?記録の方は」
 唐突に主上が話題を変えた。記録?
「申し訳ありません。まだ見つかっておりません」
 答えるフィルの顔つきが、仕事のものに変わった。ドキリ。素敵度三割増し。いや、それは置いておいて。ん?見つかっていない?
「屋敷も親族宅も、隈なく捜したんすけどね。メモ書き一つ出てこないって、どういうことなんだか…」
 カクカが顔をしかめて補足する。

 んん?それってーー

「ノーツの研究記録?」
 思わず言葉を挟んでしまった。
「そうだ。お前の今後にも関わる、大事なものだ」
 仕事の話を遮った私を、邪険にしないで主上が答えてくれた。
「俺たちずっとそれを捜してるんだけど、サッパリなんだよ。シロ、なんか心当たりないか?」
 カクカが逆に問うてくる。
「彼女は生まれたばかりだったんだ。心当たりもなにもないだろう。しかも、ノーツの計画を拒否した」
 フィルが遮った。
「だから。それが本当かどうかなんてーー」
「カクカ!」
「え?うっ、ああっ!?」

 あらららら。思わぬ話の成り行きに。

 そうか。そういうことか。主上め、毎日顔を出すと思ったら、私は疑われ監視されていたってことか。

 けれどそれ、王様のすること?

「…主上。王様っぽくないとは思っていたんですが…王様というのは、嘘?」
 思わず見上げて、隣の主上に訊いてしまった。

 次の瞬間、フィルとカクカが大爆笑。主上はガックリ項垂れた。
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