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7日目
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異界生活(?)一週間目にして、ようやく外へ出た。
アケイルさんの許可が下りたのだ。なんでも私の身体は一度バラけかけたそうで、安静を要したらしい。怖い話だ。
「ん、大丈夫そうだな」
隣でそう言ったのは『へいか』。彼は昨日、部屋で暇を持て余していたところ、お見舞いに来てくれた。「食べられるようになったらしいな」なんて言いつつ、プリンを持参して。
まさかこんなところで、プリンが食べられるなんて。嬉しかったなあ。
そして、私が「外に出たい」と云うと、アケイルさんに掛け合ってくれた。尤も、城の中からは出られないのだけど。そこは贅沢を言ってはいけない。
「はい。ありがとうございます、主上」
返事をすると、『へいか』はニカッと笑った。うん。良い。「堂々たる偉丈夫」なんて表現がピタリはまる男の人が、飾り気なく笑う。ツボだね。
「では、行くか。悪いな、俺だけなんだよ。今、暇な奴は。おそらく至らん案内になるだろうが、勘弁してくれ」
「はあ、そうですか」
暇な王様って、どうよ?なんというか、ざっくりとした王様だよなあ。
『へいか』は本当に『陛下』であることが、昨日判明した。「王様なんですか?」と尋ねたら、「一応な」と答えられた。しかも「王以外の呼び名を持たないから、好きに呼んでくれ」などと言う。『王は王でありそれ以外の者にあらず』という習わしなんだかかんだかで。どうりで最初に名乗らなかったわけだ。
私は少し考えた末、彼を『陛下』ではなく『主上』と呼ぶことにした。その方がこの人には合っているように思ったから。好きに呼べといったのだから、構わないだろう。意味的にも変わらないのだし。
「いい天気だなあ。いっそ、城から出ちまいたいな」
白銀城の名に相応しい白い壁を背景に、主上は伸びをしながら、のんびりとそんなことを言う。
この王様は、実に気安い。
白い石畳を、主上について歩いていく。あっちを向き、こっちを向きと。
『レリクラクリクス城』ーー舌を噛みそうなこれが、白銀城の本当の名前だそう。長い。別称が付くわけだよ。レリクラクリクス城…やめた、白銀城がいい。とにかくこの城は、言ってみれば西洋のお城だ。某ねずみさんのいる国に、ありそうなやつだな。メルヘンだ。
さらに歩く。中を行き、外を渡り、また中へ。そして、外、中、外。
ずいぶん歩いた。まったく城というものは無駄に広い。私のような方向音痴には、危険極まりないところだ。
おまけに、右に左に指差しながら案内を進める主上の歩みは呆れるほど速く、どうひいき目に見ても女の子を連れ歩く速度ではないときた。歩幅の違いを考えて欲しい。
まあ、何故だが苦もなくついて行ってるけども。
サクサク歩くその頬に、ふわりと風が当たる。暖かい風だ。今は春なのだろうか?暑いのも寒いのも嫌いで、常春というものに憧れていたけれど、ここはどういう気候なんだろう?四季はあるのかな?できれば常春、もしくは常秋を希望する。
なんて。どうでもいいことを考えていると、突然大きな声がかかった。
「あれ?陛下いいっすね、ヒマそうで。しかも女の子連れちゃって」
現れたのは二人連れ。
一人は今声をかけてきた、やたらと大きな声の持ち主。けたたましそうで、苦手なタイプかもと思う。だけどひそひそ話が不可能そうなところは好感度大、という青年。いや、少年か?まあ、その中間ってとこ。
「よく見ろ。件の完成体だ」
そして、落ち着いたもう一人の声。この男の人はーーこの人は…
「お前ら、他に言いようがあるだろう?すまんな、どうにもガサツな奴らで」
「人のことは言えないでしょう?女性相手になんて速度で歩いているんですか」
「あ、あ?そうだったか?」
主上と後からの声の人との会話。まったくです。よく言ってくれたと言いたい。だけど。それどころではない状態に陥っていた。
ドクン。
心臓が一度、大きく跳ね上がった。そして動悸が止まらない。声をかけてきた、もう一人のその姿を見た瞬間から。
「おい、どうした?具合が悪いのか?」
主上が腰を屈め、覗き込むように私を見る。変化に敏感だ。さっきまで馬鹿みたいな速さで歩いていた人とは思えない。
「いえ、大丈夫…です」
なんとか返事した。
「顔色、悪くないか?」
これは、大きな声の方の言葉。やはり私を見ている。
「陛下が猛進して無理をさせるからですよ。今日はもう、戻った方がいいと思います」
眉根を寄せて言う、もう一人。
ドクン。
あ、また心臓が高鳴った。どうなっている?この身体。妙に…目の前の名前も知らない、このもう一人に反応しているみたいだけれど。あれ?でもこの人の声って、どこかでーー
「そうだな。戻ろう」
主上の声。
結局、城内すべてを見て回ることはできなかった。
✢
「あ、そうか。あの時の声だ」
部屋に戻りベッドに寝かしつけられ、アケイルさんに診てもらった後。ようやく思い当たり、思わず口にした。
「あの時とは、どの時だ?」
ベッド脇に腰掛ける主上が訊いてきた。どうやら私の急変に責任を感じているよう。ハイペースでのガイドは、多分関係ないだろうと思いますよ?
「ノーツって人が捕らえられた時です。地下室で響いた声、さっきの人だったと思います」
「あ、ああ。そうだ。確かにノーツの研究室に飛び込んだのは、あいつの班だった。ん?だからなのか?フィルを見て固まっちまったのは」
「フィル?」
あーー
「フィル・ガッサ。さっきの赤髪だ」
ドクン。
また心臓が…動悸が…どうにかしてよ。なんなの、これ?でも、そうか。城の見学中、声をかけてきた二人連れの内の一人、あのうるさそうな少年だが青年だがではない方…あの人は、フィルというのか。
…フィル。
あああ、もう。またドキドキいってるよ。
まったく理解不能だ。
アケイルさんの許可が下りたのだ。なんでも私の身体は一度バラけかけたそうで、安静を要したらしい。怖い話だ。
「ん、大丈夫そうだな」
隣でそう言ったのは『へいか』。彼は昨日、部屋で暇を持て余していたところ、お見舞いに来てくれた。「食べられるようになったらしいな」なんて言いつつ、プリンを持参して。
まさかこんなところで、プリンが食べられるなんて。嬉しかったなあ。
そして、私が「外に出たい」と云うと、アケイルさんに掛け合ってくれた。尤も、城の中からは出られないのだけど。そこは贅沢を言ってはいけない。
「はい。ありがとうございます、主上」
返事をすると、『へいか』はニカッと笑った。うん。良い。「堂々たる偉丈夫」なんて表現がピタリはまる男の人が、飾り気なく笑う。ツボだね。
「では、行くか。悪いな、俺だけなんだよ。今、暇な奴は。おそらく至らん案内になるだろうが、勘弁してくれ」
「はあ、そうですか」
暇な王様って、どうよ?なんというか、ざっくりとした王様だよなあ。
『へいか』は本当に『陛下』であることが、昨日判明した。「王様なんですか?」と尋ねたら、「一応な」と答えられた。しかも「王以外の呼び名を持たないから、好きに呼んでくれ」などと言う。『王は王でありそれ以外の者にあらず』という習わしなんだかかんだかで。どうりで最初に名乗らなかったわけだ。
私は少し考えた末、彼を『陛下』ではなく『主上』と呼ぶことにした。その方がこの人には合っているように思ったから。好きに呼べといったのだから、構わないだろう。意味的にも変わらないのだし。
「いい天気だなあ。いっそ、城から出ちまいたいな」
白銀城の名に相応しい白い壁を背景に、主上は伸びをしながら、のんびりとそんなことを言う。
この王様は、実に気安い。
白い石畳を、主上について歩いていく。あっちを向き、こっちを向きと。
『レリクラクリクス城』ーー舌を噛みそうなこれが、白銀城の本当の名前だそう。長い。別称が付くわけだよ。レリクラクリクス城…やめた、白銀城がいい。とにかくこの城は、言ってみれば西洋のお城だ。某ねずみさんのいる国に、ありそうなやつだな。メルヘンだ。
さらに歩く。中を行き、外を渡り、また中へ。そして、外、中、外。
ずいぶん歩いた。まったく城というものは無駄に広い。私のような方向音痴には、危険極まりないところだ。
おまけに、右に左に指差しながら案内を進める主上の歩みは呆れるほど速く、どうひいき目に見ても女の子を連れ歩く速度ではないときた。歩幅の違いを考えて欲しい。
まあ、何故だが苦もなくついて行ってるけども。
サクサク歩くその頬に、ふわりと風が当たる。暖かい風だ。今は春なのだろうか?暑いのも寒いのも嫌いで、常春というものに憧れていたけれど、ここはどういう気候なんだろう?四季はあるのかな?できれば常春、もしくは常秋を希望する。
なんて。どうでもいいことを考えていると、突然大きな声がかかった。
「あれ?陛下いいっすね、ヒマそうで。しかも女の子連れちゃって」
現れたのは二人連れ。
一人は今声をかけてきた、やたらと大きな声の持ち主。けたたましそうで、苦手なタイプかもと思う。だけどひそひそ話が不可能そうなところは好感度大、という青年。いや、少年か?まあ、その中間ってとこ。
「よく見ろ。件の完成体だ」
そして、落ち着いたもう一人の声。この男の人はーーこの人は…
「お前ら、他に言いようがあるだろう?すまんな、どうにもガサツな奴らで」
「人のことは言えないでしょう?女性相手になんて速度で歩いているんですか」
「あ、あ?そうだったか?」
主上と後からの声の人との会話。まったくです。よく言ってくれたと言いたい。だけど。それどころではない状態に陥っていた。
ドクン。
心臓が一度、大きく跳ね上がった。そして動悸が止まらない。声をかけてきた、もう一人のその姿を見た瞬間から。
「おい、どうした?具合が悪いのか?」
主上が腰を屈め、覗き込むように私を見る。変化に敏感だ。さっきまで馬鹿みたいな速さで歩いていた人とは思えない。
「いえ、大丈夫…です」
なんとか返事した。
「顔色、悪くないか?」
これは、大きな声の方の言葉。やはり私を見ている。
「陛下が猛進して無理をさせるからですよ。今日はもう、戻った方がいいと思います」
眉根を寄せて言う、もう一人。
ドクン。
あ、また心臓が高鳴った。どうなっている?この身体。妙に…目の前の名前も知らない、このもう一人に反応しているみたいだけれど。あれ?でもこの人の声って、どこかでーー
「そうだな。戻ろう」
主上の声。
結局、城内すべてを見て回ることはできなかった。
✢
「あ、そうか。あの時の声だ」
部屋に戻りベッドに寝かしつけられ、アケイルさんに診てもらった後。ようやく思い当たり、思わず口にした。
「あの時とは、どの時だ?」
ベッド脇に腰掛ける主上が訊いてきた。どうやら私の急変に責任を感じているよう。ハイペースでのガイドは、多分関係ないだろうと思いますよ?
「ノーツって人が捕らえられた時です。地下室で響いた声、さっきの人だったと思います」
「あ、ああ。そうだ。確かにノーツの研究室に飛び込んだのは、あいつの班だった。ん?だからなのか?フィルを見て固まっちまったのは」
「フィル?」
あーー
「フィル・ガッサ。さっきの赤髪だ」
ドクン。
また心臓が…動悸が…どうにかしてよ。なんなの、これ?でも、そうか。城の見学中、声をかけてきた二人連れの内の一人、あのうるさそうな少年だが青年だがではない方…あの人は、フィルというのか。
…フィル。
あああ、もう。またドキドキいってるよ。
まったく理解不能だ。
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