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思い出せない物語
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なんだったっけ?
思い出せない。タイトルの思い出せない物語の中にいることを自覚した。唐突に。
鏡の前に立つ私は、花嫁姿をしている。今日、私は結婚する。
ーー決して私を好いてはいないだろう人と。
私の結婚相手が愛してやまないのは別の人ーーこの物語のヒロインだ。そして私はお約束、悪役令嬢というわけである。
私は少し前まで、他の人と婚約関係にあった。ところが、その男がこともあろうにヒロインと恋に落ちた。
そこで今日私と結婚する男が、身分をかさに横やりを入れたのだ。私をご所望することで、ヒロインの恋を成就させてやろうと。
私の結婚相手は王子様である。王家の申し出に私の両親は飛びついた。私がヒロインをいじめるほどに、婚約者を好いていることを知っていながら。
私は鼻つまみ者だった。
ガチャりと戸の開く音がして王子が私を迎えに来た。冷ややかな目をして。とてもこれから妻になる相手に向けるようなものではない。
「準備はいいか?」
「…………」
まったくご苦労なことである。好きな女のために、好きでもない女と結婚しようとは。まあ、ヒロインの恋の相手ーー私の元婚約者だーーも、この王子の親友なわけだし?
なくはない考えではあるか。……意識の変わった今だから言えることだが。だけどーー
まったく。
見上げた献身だよ。
ふざけんな。
そんな理由で結婚相手に選ばれた方は、どんな気持ちになると思う?
お前の自己満足に他人を巻き込むな。
「…………行くぞ」
「…………」
私がどれだけ泣こうとも、物言わぬとも、ことは淡々と進んでゆく。王子は私の手を取った。
◀
あれから五年が経った。
王太子ではなかった私の夫は領地と爵位を得て、王都から離れた地にあった。そして今、夫の手に一通の手紙が握られている。
「彼はもう…長くないらしい」
「そうですか」
知っている。かつて私の婚約者だった男は、不治の病におかされてもうすぐ死ぬ。そしてーー
そして再会した夫とヒロインは、恋に落ちるのだ。
それがこの物語。タイトルは相変わらず思い出せないけれど、内容はちゃんと覚えている。間違いない。
「……会いに行くか?」
沈痛な面持ちで夫が問うてくる。
「いいえ。会いたければ貴方一人でどうぞ」
「……そうか」
「ええ」
「君が行かないというなら、私も行く必要はない。この話はここまでにしよう」
夫が手紙を暖炉にくべた。
「……いいんですの?」
隠しもせず、訝しい目を向けた。
「……『ふざけんな。そんな理由で結婚相手に選ばれた方は、どんな気持ちになると思う?お前の自己満足に他人を巻き込むな』ーーあの日の君の言葉は、今も耳に残っている」
「…………」
「傲慢だった。それでも君は、今日まで私のそばにいてくれた」
「…………」
思うにとどめたつもりだった、あの時の心の叫び。
声に出ちゃってたのよね~。
直後の夫の顔といったら…。
この五年、自己満王子は私に対し真摯だった。それでもーー
疑わないではいられなかった。物語を知っていたから。
「そうだな。久しぶりに家族揃って、旅行でもしようか。隣の国なんてどうだい?」
そう言って、夫が娘を抱き上げる。
「あら、いいですわね」
どこからどう見ても、円満な家庭である。
本来の私は冷遇されたあげく、一人寂しく修道院で最期を迎えるはずだったのだけれど。
どうやら物語の結末は、すっかり変わってしまったようだ。
思い出せない。タイトルの思い出せない物語の中にいることを自覚した。唐突に。
鏡の前に立つ私は、花嫁姿をしている。今日、私は結婚する。
ーー決して私を好いてはいないだろう人と。
私の結婚相手が愛してやまないのは別の人ーーこの物語のヒロインだ。そして私はお約束、悪役令嬢というわけである。
私は少し前まで、他の人と婚約関係にあった。ところが、その男がこともあろうにヒロインと恋に落ちた。
そこで今日私と結婚する男が、身分をかさに横やりを入れたのだ。私をご所望することで、ヒロインの恋を成就させてやろうと。
私の結婚相手は王子様である。王家の申し出に私の両親は飛びついた。私がヒロインをいじめるほどに、婚約者を好いていることを知っていながら。
私は鼻つまみ者だった。
ガチャりと戸の開く音がして王子が私を迎えに来た。冷ややかな目をして。とてもこれから妻になる相手に向けるようなものではない。
「準備はいいか?」
「…………」
まったくご苦労なことである。好きな女のために、好きでもない女と結婚しようとは。まあ、ヒロインの恋の相手ーー私の元婚約者だーーも、この王子の親友なわけだし?
なくはない考えではあるか。……意識の変わった今だから言えることだが。だけどーー
まったく。
見上げた献身だよ。
ふざけんな。
そんな理由で結婚相手に選ばれた方は、どんな気持ちになると思う?
お前の自己満足に他人を巻き込むな。
「…………行くぞ」
「…………」
私がどれだけ泣こうとも、物言わぬとも、ことは淡々と進んでゆく。王子は私の手を取った。
◀
あれから五年が経った。
王太子ではなかった私の夫は領地と爵位を得て、王都から離れた地にあった。そして今、夫の手に一通の手紙が握られている。
「彼はもう…長くないらしい」
「そうですか」
知っている。かつて私の婚約者だった男は、不治の病におかされてもうすぐ死ぬ。そしてーー
そして再会した夫とヒロインは、恋に落ちるのだ。
それがこの物語。タイトルは相変わらず思い出せないけれど、内容はちゃんと覚えている。間違いない。
「……会いに行くか?」
沈痛な面持ちで夫が問うてくる。
「いいえ。会いたければ貴方一人でどうぞ」
「……そうか」
「ええ」
「君が行かないというなら、私も行く必要はない。この話はここまでにしよう」
夫が手紙を暖炉にくべた。
「……いいんですの?」
隠しもせず、訝しい目を向けた。
「……『ふざけんな。そんな理由で結婚相手に選ばれた方は、どんな気持ちになると思う?お前の自己満足に他人を巻き込むな』ーーあの日の君の言葉は、今も耳に残っている」
「…………」
「傲慢だった。それでも君は、今日まで私のそばにいてくれた」
「…………」
思うにとどめたつもりだった、あの時の心の叫び。
声に出ちゃってたのよね~。
直後の夫の顔といったら…。
この五年、自己満王子は私に対し真摯だった。それでもーー
疑わないではいられなかった。物語を知っていたから。
「そうだな。久しぶりに家族揃って、旅行でもしようか。隣の国なんてどうだい?」
そう言って、夫が娘を抱き上げる。
「あら、いいですわね」
どこからどう見ても、円満な家庭である。
本来の私は冷遇されたあげく、一人寂しく修道院で最期を迎えるはずだったのだけれど。
どうやら物語の結末は、すっかり変わってしまったようだ。
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