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刹那、頭が真っ白になった。
水音が聞こえたような気がする。次の瞬間、水の中にいた。
ーー息が…
そう思考が動いた途端ーー
バシャンッと水が落ち、水浸しになっていた。
「え?」
我に返る。変わらぬアマリアの仕事部屋。腕の中のイーディス。
「ばーじーばーびばじだあーっ(まーにーあーいましたーっ)」
突如、ここにいないはずの声が響いて驚く。
声の聞こえた方、部屋の入口を見るとユルが顔をグシャグシャにして立っていた。
「ユル?」
「ばるじざばっ!(あるじさまっ)」
不思議だ。酷い鼻声でまともに聞き取れていないのに、なにを言っているのか分かる。そのユルの後ろから、もう一人。
「…とんでもないモノを見た」
眉根を寄せ、呟きながら現れた七三眼鏡。魔女キルギスさんだった。
「え?とんでも…?」
「ばるじざばっ!ばじばいばじだがざっ!(あるじさまっ!まにあいましたからっ!)」
え?なにが?それにしても酷い声だ。まあ、号泣しながら喋っているからーー
ん?なにが間に合ったって?
僅かに首を傾げたところで、変な感触に気付いた。
なにかが私のお尻を、さわさわと触っている。
…いや、今壁にもたれ掛かっているし。そんなことができるのなんてーー
視線を感触のする下へ向ける。褐色の手が不埒な動きをしているのが、目に映った。
手を辿り視線を上げていく。まあ当たり前だが、私の肩に乗った銀髪の頭に行き着いた。
……。
「イーディスうっ!?」
語尾が上がった。そしてーー
「いってっ!」
聖剣サマが声を上げた。
「なにやってんですかっ!」
イーディスの耳を思いっきり引っ張り上げてやる。
「なにって、折角の機会だろ。ケチケチすんな、減るもんじゃなし」
身を起こし、抗議の声を上げるイーディス。いや、なに言ってんの?このエロ聖剣が。
「今この時に、それをする!?なに人のお尻、触ってんですかっ!」
「機会は逃すな。俺はそれを学習した」
いや、いい顔で言ってるけど。やってること、ただの痴漢行為だよ。耳を摘んでいた指に力が入る。
「っ!ってーな。お前なあ、俺は死にかけたんだぞ?もう少し優しくしろっての」
「はっ!そ、そうだ!イーディス、傷、傷はっ!?」
「あー?多分、完全に塞がってる?まわってた毒も抜けたか?」
「毒っ!?」
「完全に元通りだろう。なにせユルが使ったのは、欠損すら復元するという妙薬ーーエリクサーだ」
キルギスさんが頭を抱えて言った。
「なるほど。伝説級の調合薬か」
イーディスが顎に手を添え納得している。耳は引っ張られたままで。
「それをあんな…」
はあ、とため息をつく魔女。なんだ?どうした?そのどこぞのゲーム仕様な薬に、なにか問題でも?
「キルギスさん?」
「いてっ」
首を傾げると同時、つい手まで動かしてイーディスの耳を引っ張ってしまった。そろそろ離そう。
「グス。だって、どちらがどこに支障を来しているのか、分からなかったんです。だからもう、全部浸けちゃえってーー」
鼻をすすりながらユルが、ようやっとまともに喋った。
全部浸けちゃえってーー
「ああ!それで一瞬、水中に?」
「だから水浸しだったのか」
私とイーディスが、同時に声を発する。はあ、とキルギスさんが、再びため息をついた。
「とんでもない光景だった。大きな球体の水薬が形成されて、二人を包んでいたんだからな。…あんな無駄な使い方をよくも。貴重な妙薬だというのに…」
「そうですね。できた分、全部使い切ってしまいました。でも…」
ユルが、眉尻を下げる。あー、やっぱり癒やされる。
「ユル、ありがとう」
「助かった。ウッカリ死ぬところだった」
またまた同時で、声が重なる私とイーディス。それを聞いたユルは破顔して、こちらに駆け寄ってきた。再び号泣しながら。
「ゔわああーんっ」
私たちに飛びつくユル。随分心配させてしまったようだ。ごめんね。くるくる髪の頭を撫でてやる。すると、いっそう泣き出した。
「ゔゔゔあ…」
私とイーディス、両方の袖を握りしめ離さないで泣くユルに苦笑した。
「意外だが、ユルはイーディスにも随分と懐いているんだな」
様子を窺いながら近付いてきたキルギスさんが、そんなことを言う。
「そうなんですよ~。もうね、イーディスは甘いから」
「なっ!?」
それに答える私の言に、イーディスが焦っている。
フッフッフ、知らないと思ったか?二人だけで出かけた時に、イーディスがユルにお菓子を買い与えていたこと。ちゃんとユルは、報告してくれていたのだよ?
「実は子供好きって、自覚ないみたいなんですけどね~」
「フッ、そうか」
キルギスさんが笑う。
「勘弁してくれ」
イーディスが項垂れた。
それからユルとキルギスさんが、どうやってここまで来たかを聞いた。
なんのことはない、ベルクラの町で私が連れ去られるのを見ていた人がいたのだ。そこからアマリアが調合薬を使ったこともあって、魔力を辿るのは簡単だったそうだ。
そして、町の片隅に隠されていた転移陣を見つけてここに来てみれば、イーディスが今にも死にそうになってーー曰く、一瞬死んでたらしいがーーいたわけだ。
一通りの話を聞いて、町に戻ることにする。そこで気付いた。
アマリアとラズロがいない。
「あれ?」
「どうした?」
「いえ、アマリアとラズロの姿がーー」
二人は完全に意識がなかった。まさか逃げたとは思えない。そんな気配もなかった。
「ああ。それな…」
私の疑問に答えるイーディスが、なんとも言えない顔をする。
「……」
その隣にいたキルギスさんが、無言で眼鏡のズレを直した。ん?なんだ?
「ーー?」
「倒れていたお二人なら、ここですよ」
ユルがニコニコと、なにやら瓶詰めを差し出してきた。
「え?なに、その瓶ーー」
瓶詰めの中を覗きながら問いかける。そしてーー目を疑った。
瓶の中で蛞蝓が二匹、這っていた。
「おい、フラー。そのガキの手綱、ちゃんと握っておけよ」
イーディスが言った。
13 なににも代えられないもの
水音が聞こえたような気がする。次の瞬間、水の中にいた。
ーー息が…
そう思考が動いた途端ーー
バシャンッと水が落ち、水浸しになっていた。
「え?」
我に返る。変わらぬアマリアの仕事部屋。腕の中のイーディス。
「ばーじーばーびばじだあーっ(まーにーあーいましたーっ)」
突如、ここにいないはずの声が響いて驚く。
声の聞こえた方、部屋の入口を見るとユルが顔をグシャグシャにして立っていた。
「ユル?」
「ばるじざばっ!(あるじさまっ)」
不思議だ。酷い鼻声でまともに聞き取れていないのに、なにを言っているのか分かる。そのユルの後ろから、もう一人。
「…とんでもないモノを見た」
眉根を寄せ、呟きながら現れた七三眼鏡。魔女キルギスさんだった。
「え?とんでも…?」
「ばるじざばっ!ばじばいばじだがざっ!(あるじさまっ!まにあいましたからっ!)」
え?なにが?それにしても酷い声だ。まあ、号泣しながら喋っているからーー
ん?なにが間に合ったって?
僅かに首を傾げたところで、変な感触に気付いた。
なにかが私のお尻を、さわさわと触っている。
…いや、今壁にもたれ掛かっているし。そんなことができるのなんてーー
視線を感触のする下へ向ける。褐色の手が不埒な動きをしているのが、目に映った。
手を辿り視線を上げていく。まあ当たり前だが、私の肩に乗った銀髪の頭に行き着いた。
……。
「イーディスうっ!?」
語尾が上がった。そしてーー
「いってっ!」
聖剣サマが声を上げた。
「なにやってんですかっ!」
イーディスの耳を思いっきり引っ張り上げてやる。
「なにって、折角の機会だろ。ケチケチすんな、減るもんじゃなし」
身を起こし、抗議の声を上げるイーディス。いや、なに言ってんの?このエロ聖剣が。
「今この時に、それをする!?なに人のお尻、触ってんですかっ!」
「機会は逃すな。俺はそれを学習した」
いや、いい顔で言ってるけど。やってること、ただの痴漢行為だよ。耳を摘んでいた指に力が入る。
「っ!ってーな。お前なあ、俺は死にかけたんだぞ?もう少し優しくしろっての」
「はっ!そ、そうだ!イーディス、傷、傷はっ!?」
「あー?多分、完全に塞がってる?まわってた毒も抜けたか?」
「毒っ!?」
「完全に元通りだろう。なにせユルが使ったのは、欠損すら復元するという妙薬ーーエリクサーだ」
キルギスさんが頭を抱えて言った。
「なるほど。伝説級の調合薬か」
イーディスが顎に手を添え納得している。耳は引っ張られたままで。
「それをあんな…」
はあ、とため息をつく魔女。なんだ?どうした?そのどこぞのゲーム仕様な薬に、なにか問題でも?
「キルギスさん?」
「いてっ」
首を傾げると同時、つい手まで動かしてイーディスの耳を引っ張ってしまった。そろそろ離そう。
「グス。だって、どちらがどこに支障を来しているのか、分からなかったんです。だからもう、全部浸けちゃえってーー」
鼻をすすりながらユルが、ようやっとまともに喋った。
全部浸けちゃえってーー
「ああ!それで一瞬、水中に?」
「だから水浸しだったのか」
私とイーディスが、同時に声を発する。はあ、とキルギスさんが、再びため息をついた。
「とんでもない光景だった。大きな球体の水薬が形成されて、二人を包んでいたんだからな。…あんな無駄な使い方をよくも。貴重な妙薬だというのに…」
「そうですね。できた分、全部使い切ってしまいました。でも…」
ユルが、眉尻を下げる。あー、やっぱり癒やされる。
「ユル、ありがとう」
「助かった。ウッカリ死ぬところだった」
またまた同時で、声が重なる私とイーディス。それを聞いたユルは破顔して、こちらに駆け寄ってきた。再び号泣しながら。
「ゔわああーんっ」
私たちに飛びつくユル。随分心配させてしまったようだ。ごめんね。くるくる髪の頭を撫でてやる。すると、いっそう泣き出した。
「ゔゔゔあ…」
私とイーディス、両方の袖を握りしめ離さないで泣くユルに苦笑した。
「意外だが、ユルはイーディスにも随分と懐いているんだな」
様子を窺いながら近付いてきたキルギスさんが、そんなことを言う。
「そうなんですよ~。もうね、イーディスは甘いから」
「なっ!?」
それに答える私の言に、イーディスが焦っている。
フッフッフ、知らないと思ったか?二人だけで出かけた時に、イーディスがユルにお菓子を買い与えていたこと。ちゃんとユルは、報告してくれていたのだよ?
「実は子供好きって、自覚ないみたいなんですけどね~」
「フッ、そうか」
キルギスさんが笑う。
「勘弁してくれ」
イーディスが項垂れた。
それからユルとキルギスさんが、どうやってここまで来たかを聞いた。
なんのことはない、ベルクラの町で私が連れ去られるのを見ていた人がいたのだ。そこからアマリアが調合薬を使ったこともあって、魔力を辿るのは簡単だったそうだ。
そして、町の片隅に隠されていた転移陣を見つけてここに来てみれば、イーディスが今にも死にそうになってーー曰く、一瞬死んでたらしいがーーいたわけだ。
一通りの話を聞いて、町に戻ることにする。そこで気付いた。
アマリアとラズロがいない。
「あれ?」
「どうした?」
「いえ、アマリアとラズロの姿がーー」
二人は完全に意識がなかった。まさか逃げたとは思えない。そんな気配もなかった。
「ああ。それな…」
私の疑問に答えるイーディスが、なんとも言えない顔をする。
「……」
その隣にいたキルギスさんが、無言で眼鏡のズレを直した。ん?なんだ?
「ーー?」
「倒れていたお二人なら、ここですよ」
ユルがニコニコと、なにやら瓶詰めを差し出してきた。
「え?なに、その瓶ーー」
瓶詰めの中を覗きながら問いかける。そしてーー目を疑った。
瓶の中で蛞蝓が二匹、這っていた。
「おい、フラー。そのガキの手綱、ちゃんと握っておけよ」
イーディスが言った。
13 なににも代えられないもの
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