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気が付くと、ノロノロと前へ進む行列の最後尾にいた。またしても…行列とは。
…またしても?あ、れ…?
あー!そうだ。そうだった。おかしな白と黒の神に、難題を押し付けられてーー
それで…?
前を歩く人たちを見た。女性と子供と年寄りが多い人の列。皆、ボロボロだった。そのくたびれ加減が半端ではない。中には血痕を付けた人までいる。服の破れ、泥まみれは当たり前。そのせいか、誰ひとり生気のある顔をしていない。生きて足を動かし前に進んでいるのに、皆、死んだよう。え?ゾンビの行列?そんな有様だった。
ふと気付いて、自分の手元を見る。
周囲同様、ボロボロだった。着ている服の袖は泥まみれで、破けている。当然、手にも泥が付き、さらにはあちこち傷があり血が滲んでいた。
ーー痛い。
気付いてしまうと、途端に痛みを感じた。
それだけではない。酷く疲弊している。今の私は精も根も尽き果てた、そんな状態だ。おそらくだが、周囲の人も皆同じなのだろう。
ああ。私、生き返ったのか。他人事のようにそう思った。
視線を前に移す。行列の先には、大きな壁が見えた。高く強固…中と外を遮るあれはーー
「…町?」
掠れた声が出た。喉がガラガラで酷い状態だ。大声で叫びでもしたのだろうかというような…
一体これは、どんな状況なのだろう?そして、その中にいる私は…私はーー
誰だ?
神と対峙していた時からそうだった。まるで記憶がない。思考はクリアだ。でもなにも覚えていない。
再び己が手を見た。多分、女の手。違和感はない。肩に掛かる髪を軽く引っ張る。黒い。これも違和感なし。…黒髪で性別は女。記憶はなくとも、それは間違いなさそうだ。他に確かめられる所はーー
自分の姿を見直そうとした、その時だった。
「身分証を、お持ちでない方はこちらへ並んで下さーい」
そう張り上げる声が聞こえた。
途端に周囲の音が耳をつく。町に近付いたためだろう。列を成す人たちは終始無言。生ける屍の如しだったから。
そんな人々を、町の入口付近で待ち構えた人たちが迎えている。これはーー
難民の受け入れ?そんな言葉が過ぎった。
ハッとして今度こそ自分の姿をあらためた。分かってはいたけれど酷い状態だ。元は白だっただろうブラウスは、泥色、血の色が入り混じりなんとも言えない色となしている。おそらく濃紺だったスカートも同様。あちこち破れているのも手伝って、見るも無惨な有様だ。そしてーーなにひとつ持ち物を手にしていなかった。
「…身分証…ない」
掠れた声で呟く。身分証どころか記憶もないわけだが、今ここでは、それは些末なことに思えた。
フラフラと、さっき聞こえた声の方へ足を向ける。身分証を持たない者はあっちーー
先程並んでいた列から少し離れた場所に、十五人ほどの人が集まっていた。身なりのきちんとした若い女性が一人いて、集まった人たちの話を順に聞いて回っている。程なくして数人が、やって来た兵らしき男に連れられて行った。おそらく話を終え、町に入る手配が整ったのだろう。
「もう大丈夫ですよ。話すことはできますか?」
ぼうっとしていると、突然話しかけられ驚いた。自分で考えていたより、消耗していたようだ。意識が飛びかけていた。
「あ…はい」
「どうぞ。お水です」
私の返事を聞いて、その人は水筒を渡してくれた。さっき見た女性だ。いつの間にか私の番が回ってきていたらしい。
「ありがとうございます」
「いいえ。いくつか質問があるのですが、大丈夫ですか?」
「はい」
「身分証をなくした?」
「…持ってないです」
「ホド、カロ、どちらの村の方ですか?」
「……」
「あの、どうしました?」
「……です」
「え?」
「覚えて…ないんです」
「え?あ、あの、失礼ですがお名前は?」
「それも…覚えてないんです」
「え…ええっ!?」
目の前の女性が慌て始めた。まあ、そうだろう。記憶喪失となると、医者の領域となる。私のコレは、ちょっと、いや、大分違うと思わないでもないが。
おそらくすぐに治療が必要な者は、別の所へ連れて行かれているはずだ。列に並んでいた人たちはくたびれてはいたが、皆、自分の足で歩いていたから。だけどーー
「あ、あの、申し訳ありません。すぐに医療班の元へ連れて行ってあげたいのですが…なにぶん今は怪我人が多くて…」
しばし私の様子を窺った後、女性は済まなそうにそう言った。
それはそうだろう。疲弊はしていても、私に大きな外傷はない。寧ろ、他より足取りは確かなくらいだ。現状から察するに、かなりの重症者が出ていると見た。私は後回しでいい。そもそも、医者にかかったところで、この記憶喪失はどうなるものでもないはず。
「かまいません。だけど、なにがあったのか教えていただけますか?」
「え…あ。本当に覚えていないのですね」
ものすごく気の毒そうな顔をされてしまった。もう苦笑するしかない。
「そうみたいです」
「魔物の大量発生があったんです」
「…はい?」
「ホルルカ島で、貴女が住んでいたであろう土地で起こった災害です。貴女は命からがら、逃げ延びて来たんですよ」
ーーなにそれ?
魔物?大量発生??耳にした単語の馴染みのなさに、驚愕している自分がいた。
え?そんなものがいるの?
…またしても?あ、れ…?
あー!そうだ。そうだった。おかしな白と黒の神に、難題を押し付けられてーー
それで…?
前を歩く人たちを見た。女性と子供と年寄りが多い人の列。皆、ボロボロだった。そのくたびれ加減が半端ではない。中には血痕を付けた人までいる。服の破れ、泥まみれは当たり前。そのせいか、誰ひとり生気のある顔をしていない。生きて足を動かし前に進んでいるのに、皆、死んだよう。え?ゾンビの行列?そんな有様だった。
ふと気付いて、自分の手元を見る。
周囲同様、ボロボロだった。着ている服の袖は泥まみれで、破けている。当然、手にも泥が付き、さらにはあちこち傷があり血が滲んでいた。
ーー痛い。
気付いてしまうと、途端に痛みを感じた。
それだけではない。酷く疲弊している。今の私は精も根も尽き果てた、そんな状態だ。おそらくだが、周囲の人も皆同じなのだろう。
ああ。私、生き返ったのか。他人事のようにそう思った。
視線を前に移す。行列の先には、大きな壁が見えた。高く強固…中と外を遮るあれはーー
「…町?」
掠れた声が出た。喉がガラガラで酷い状態だ。大声で叫びでもしたのだろうかというような…
一体これは、どんな状況なのだろう?そして、その中にいる私は…私はーー
誰だ?
神と対峙していた時からそうだった。まるで記憶がない。思考はクリアだ。でもなにも覚えていない。
再び己が手を見た。多分、女の手。違和感はない。肩に掛かる髪を軽く引っ張る。黒い。これも違和感なし。…黒髪で性別は女。記憶はなくとも、それは間違いなさそうだ。他に確かめられる所はーー
自分の姿を見直そうとした、その時だった。
「身分証を、お持ちでない方はこちらへ並んで下さーい」
そう張り上げる声が聞こえた。
途端に周囲の音が耳をつく。町に近付いたためだろう。列を成す人たちは終始無言。生ける屍の如しだったから。
そんな人々を、町の入口付近で待ち構えた人たちが迎えている。これはーー
難民の受け入れ?そんな言葉が過ぎった。
ハッとして今度こそ自分の姿をあらためた。分かってはいたけれど酷い状態だ。元は白だっただろうブラウスは、泥色、血の色が入り混じりなんとも言えない色となしている。おそらく濃紺だったスカートも同様。あちこち破れているのも手伝って、見るも無惨な有様だ。そしてーーなにひとつ持ち物を手にしていなかった。
「…身分証…ない」
掠れた声で呟く。身分証どころか記憶もないわけだが、今ここでは、それは些末なことに思えた。
フラフラと、さっき聞こえた声の方へ足を向ける。身分証を持たない者はあっちーー
先程並んでいた列から少し離れた場所に、十五人ほどの人が集まっていた。身なりのきちんとした若い女性が一人いて、集まった人たちの話を順に聞いて回っている。程なくして数人が、やって来た兵らしき男に連れられて行った。おそらく話を終え、町に入る手配が整ったのだろう。
「もう大丈夫ですよ。話すことはできますか?」
ぼうっとしていると、突然話しかけられ驚いた。自分で考えていたより、消耗していたようだ。意識が飛びかけていた。
「あ…はい」
「どうぞ。お水です」
私の返事を聞いて、その人は水筒を渡してくれた。さっき見た女性だ。いつの間にか私の番が回ってきていたらしい。
「ありがとうございます」
「いいえ。いくつか質問があるのですが、大丈夫ですか?」
「はい」
「身分証をなくした?」
「…持ってないです」
「ホド、カロ、どちらの村の方ですか?」
「……」
「あの、どうしました?」
「……です」
「え?」
「覚えて…ないんです」
「え?あ、あの、失礼ですがお名前は?」
「それも…覚えてないんです」
「え…ええっ!?」
目の前の女性が慌て始めた。まあ、そうだろう。記憶喪失となると、医者の領域となる。私のコレは、ちょっと、いや、大分違うと思わないでもないが。
おそらくすぐに治療が必要な者は、別の所へ連れて行かれているはずだ。列に並んでいた人たちはくたびれてはいたが、皆、自分の足で歩いていたから。だけどーー
「あ、あの、申し訳ありません。すぐに医療班の元へ連れて行ってあげたいのですが…なにぶん今は怪我人が多くて…」
しばし私の様子を窺った後、女性は済まなそうにそう言った。
それはそうだろう。疲弊はしていても、私に大きな外傷はない。寧ろ、他より足取りは確かなくらいだ。現状から察するに、かなりの重症者が出ていると見た。私は後回しでいい。そもそも、医者にかかったところで、この記憶喪失はどうなるものでもないはず。
「かまいません。だけど、なにがあったのか教えていただけますか?」
「え…あ。本当に覚えていないのですね」
ものすごく気の毒そうな顔をされてしまった。もう苦笑するしかない。
「そうみたいです」
「魔物の大量発生があったんです」
「…はい?」
「ホルルカ島で、貴女が住んでいたであろう土地で起こった災害です。貴女は命からがら、逃げ延びて来たんですよ」
ーーなにそれ?
魔物?大量発生??耳にした単語の馴染みのなさに、驚愕している自分がいた。
え?そんなものがいるの?
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