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長い、長い、列だった。
前を見ても後ろを見ても、果てがない。薄靄のかかるなにも無い空間に、ただ、ただ、人の行列が続いているだけだった。
かく言う私も、その行列に並ぶ一人だ。なんの行列なのかと問われれば、これは死者の列。この先に地獄が待ち受けるか否かは、その人次第といったところなのだろうか。ひょっとしたら、転生とか待ち受けているかもと思わないでもない。
私は死んだ…のだと思う。いまいち記憶がぼやけている。自分の名前も思い出せない。当然、死因も。でも死んだ。これは間違いないと思う。
遙か先に向けていた目線を周辺へ戻す。老若男女。様々な人が並んでいる。皆、ぼんやりとした様子だ。端から見れば、私も同じ様子だろう。ぼうっとしてる。あまり思考が働かない。まあ、良いや。ただこの先へ向けて歩いてゆく。それで良いのだと知っている。何故だか知らないけれど。
ただ、ただ、歩く。思考が霞む。このままきっと、自我が消える。それが心地良く感じるーーそう思った時だった。
クイッと、後ろから襟が引かれた。
「あ…?」
言葉が漏れると同時、今度はグイッと強く引っ張られ、気付けば私は宙を飛んでいた。
「え?え?」
ぐんぐん襟を引っ張られ、一直線に飛んでゆく私。何処へ?そんなこと知らない。知るわけない。
まさかコレ、地獄に向かってるとか!?霞んでいた思考が鮮明になる。どこまで飛ぶのーーと思ったところで、突然着地。今度は地面に転がった。
「あ、イタた、た…ーー?いや、痛く…ない?」
思い切り地面にぶつかったと思ったのだけれど、全く痛みはなかった。
「あ、れ?」
「馬鹿ねえ。もう死んでるんだから、今さら痛いとかあるわけないでしょ」
頭上から澄んだ声がして見上げると、そこには真っ白な腰まで届く長い髪にアメジストの瞳を持った、儚げな美女が立っていた。不釣り合いな釣り竿を手にして。よくよく見るとその釣り竿が垂らす糸は、私の襟元に向かっている。まさか…
「私…釣ら、れた?」
耳の下を掠める透明な糸をクイと引きながら呟く。途端に襟の後ろが持ち上がった。
「御名答」
眩い笑顔を向けてくる白い美人。髪だけでなく、柔らかな曲線を描くタイトなローブも純白で、我ながら言い得て妙だなと思う。
「ホント、君は突拍子もないねえ」
新たな声がした。驚いて目を向けると、黒髪の男が白い美人の後ろ、少し離れた位置に座っていた。こちらは短髪で、ゆったりした黒いローブ姿だ。にこにこと笑顔を崩さないため、目の色は窺えない。
「うっさいわね。私のターンなんだから口出しすんじゃないわよ」
不満げに白い美人が、鼻息を荒くする。なんだろう…この美人、口を開くとかなり残念なのでは…
黒い男は肩をすくめた。処置なし、といった様子だ。
どうにも、面倒の臭いがする。
早々に退散できないものかと視線を移し、黒い男の前にあるものに目を留めた。
宙に浮いた…大きな地球儀?のようなもの。その表面に、白と黒、チェスの駒のようなものが所狭しと並べられている。不思議なことに下にも横にも斜めにも。まるで重力でもあるかのよう、駒はその球体の表面で垂直を保っていた。
球体の前で、丸椅子に腰掛けている黒い男。球体を挟んでもう一脚、置かれた丸椅子。おそらく白い美人が座っていただろうと思われる。「私のターン」、そう白い美人は言った。このおかしな白と黒の二人組、なにやらゲームをしていると推察される。ボードゲームならぬ球体ゲーム?なんじゃそらと、自分で考えておかしく思う。
「ちよっと、そこの人間」
声質といまいち合わない言葉遣いの声がする。どうやら私を呼んで…いる?
「え…と、私、ですか?」
嫌だなあと思いつつも、返事した。ついでに襟にかけられている釣り針を手探りで外す。結構ぶっとい針だった。だからといって、これで人ひとりが釣れるものなのかは、甚だ疑問だけれど。
「他に誰がいるっての?ここに人間はお前だけでしょうが」
白い美人が私に呆れた目を向けている。人間は私だけ…
はっとして辺りを見回した。薄靄は晴れ、周囲は緑が広がっている。すぐ側を澄んだ川が流れていた。…森の川辺り?延々と連なっていた人の行列は、影も形もない。
あれ?拙い?本来進むべき道から逸れた?
「お気の毒~」
黒い男が苦笑した。ちっとも気の毒そうに聞こえないため、非常に腹立たしい。
「なによ?気の毒って。ラッキーの間違いでしょうが。私の次の駒として選ばれたのよ?喜びなさい、人間!」
びしっと人差し指を、こちらに突きつける白い美人。駒…?いや、望んでないです。
「あの…できれば遠慮したいのですが…」
とりあえず意志は伝えておこう。なーんか、人の言うこと、まったく聞きそうにない感じだけど。
「却下!」
「案の定!」
「はあ?なに?一介の人間が、神である私に口答えするつもり?」
「神っ!?」
「そうよ。でもって私はもう、うんざりしてるのよ。それというのもコイツがっ!」
びしっと、今度は黒い男を指す。人を指差しちゃいけませんと教わらなかったのかな、この神様。
「私の創った世界に横やり入れまくって、台無しにしてくれやがるのよっ!見てよ!コレ!黒い駒が半分近くも増えてんのよ!」
男に向けていた指を、球体へ向ける白い美人。
世界?…えーっと。とりあえずその球体、ゲームではなかったんですね?
「ゲームに乗ったのは君でしょ?まったく、旗色が悪くなると荒れるんだから大変だよ」
苦笑して黒い男がこちらを見る。え?やっぱりゲームなの?でも世界って…
「うるさい。見てなさいよ、次の一手でひっくり返してやる。分かったわね、人間!」
白い美人は仁王立ちで腕組みし、私に向けて顎をしゃくった。いや、分かりません。なに言ってるの?
「あの、話がまったく見えないのですが」
「だよね~」
恐る恐る正直なところを言うと、黒い男が同意してくれた。だけどーー
「はあ?察しの悪い人間ね。私の駒になれって言ってるのよ。いいこと?」
びしっと再び指を、私に突きつける。それからその指をずらして、球体を指し示し言い放った。
「私の駒としてこの世界に出向き、黒い駒を殲滅するのよ!それがお前の使命!」
前を見ても後ろを見ても、果てがない。薄靄のかかるなにも無い空間に、ただ、ただ、人の行列が続いているだけだった。
かく言う私も、その行列に並ぶ一人だ。なんの行列なのかと問われれば、これは死者の列。この先に地獄が待ち受けるか否かは、その人次第といったところなのだろうか。ひょっとしたら、転生とか待ち受けているかもと思わないでもない。
私は死んだ…のだと思う。いまいち記憶がぼやけている。自分の名前も思い出せない。当然、死因も。でも死んだ。これは間違いないと思う。
遙か先に向けていた目線を周辺へ戻す。老若男女。様々な人が並んでいる。皆、ぼんやりとした様子だ。端から見れば、私も同じ様子だろう。ぼうっとしてる。あまり思考が働かない。まあ、良いや。ただこの先へ向けて歩いてゆく。それで良いのだと知っている。何故だか知らないけれど。
ただ、ただ、歩く。思考が霞む。このままきっと、自我が消える。それが心地良く感じるーーそう思った時だった。
クイッと、後ろから襟が引かれた。
「あ…?」
言葉が漏れると同時、今度はグイッと強く引っ張られ、気付けば私は宙を飛んでいた。
「え?え?」
ぐんぐん襟を引っ張られ、一直線に飛んでゆく私。何処へ?そんなこと知らない。知るわけない。
まさかコレ、地獄に向かってるとか!?霞んでいた思考が鮮明になる。どこまで飛ぶのーーと思ったところで、突然着地。今度は地面に転がった。
「あ、イタた、た…ーー?いや、痛く…ない?」
思い切り地面にぶつかったと思ったのだけれど、全く痛みはなかった。
「あ、れ?」
「馬鹿ねえ。もう死んでるんだから、今さら痛いとかあるわけないでしょ」
頭上から澄んだ声がして見上げると、そこには真っ白な腰まで届く長い髪にアメジストの瞳を持った、儚げな美女が立っていた。不釣り合いな釣り竿を手にして。よくよく見るとその釣り竿が垂らす糸は、私の襟元に向かっている。まさか…
「私…釣ら、れた?」
耳の下を掠める透明な糸をクイと引きながら呟く。途端に襟の後ろが持ち上がった。
「御名答」
眩い笑顔を向けてくる白い美人。髪だけでなく、柔らかな曲線を描くタイトなローブも純白で、我ながら言い得て妙だなと思う。
「ホント、君は突拍子もないねえ」
新たな声がした。驚いて目を向けると、黒髪の男が白い美人の後ろ、少し離れた位置に座っていた。こちらは短髪で、ゆったりした黒いローブ姿だ。にこにこと笑顔を崩さないため、目の色は窺えない。
「うっさいわね。私のターンなんだから口出しすんじゃないわよ」
不満げに白い美人が、鼻息を荒くする。なんだろう…この美人、口を開くとかなり残念なのでは…
黒い男は肩をすくめた。処置なし、といった様子だ。
どうにも、面倒の臭いがする。
早々に退散できないものかと視線を移し、黒い男の前にあるものに目を留めた。
宙に浮いた…大きな地球儀?のようなもの。その表面に、白と黒、チェスの駒のようなものが所狭しと並べられている。不思議なことに下にも横にも斜めにも。まるで重力でもあるかのよう、駒はその球体の表面で垂直を保っていた。
球体の前で、丸椅子に腰掛けている黒い男。球体を挟んでもう一脚、置かれた丸椅子。おそらく白い美人が座っていただろうと思われる。「私のターン」、そう白い美人は言った。このおかしな白と黒の二人組、なにやらゲームをしていると推察される。ボードゲームならぬ球体ゲーム?なんじゃそらと、自分で考えておかしく思う。
「ちよっと、そこの人間」
声質といまいち合わない言葉遣いの声がする。どうやら私を呼んで…いる?
「え…と、私、ですか?」
嫌だなあと思いつつも、返事した。ついでに襟にかけられている釣り針を手探りで外す。結構ぶっとい針だった。だからといって、これで人ひとりが釣れるものなのかは、甚だ疑問だけれど。
「他に誰がいるっての?ここに人間はお前だけでしょうが」
白い美人が私に呆れた目を向けている。人間は私だけ…
はっとして辺りを見回した。薄靄は晴れ、周囲は緑が広がっている。すぐ側を澄んだ川が流れていた。…森の川辺り?延々と連なっていた人の行列は、影も形もない。
あれ?拙い?本来進むべき道から逸れた?
「お気の毒~」
黒い男が苦笑した。ちっとも気の毒そうに聞こえないため、非常に腹立たしい。
「なによ?気の毒って。ラッキーの間違いでしょうが。私の次の駒として選ばれたのよ?喜びなさい、人間!」
びしっと人差し指を、こちらに突きつける白い美人。駒…?いや、望んでないです。
「あの…できれば遠慮したいのですが…」
とりあえず意志は伝えておこう。なーんか、人の言うこと、まったく聞きそうにない感じだけど。
「却下!」
「案の定!」
「はあ?なに?一介の人間が、神である私に口答えするつもり?」
「神っ!?」
「そうよ。でもって私はもう、うんざりしてるのよ。それというのもコイツがっ!」
びしっと、今度は黒い男を指す。人を指差しちゃいけませんと教わらなかったのかな、この神様。
「私の創った世界に横やり入れまくって、台無しにしてくれやがるのよっ!見てよ!コレ!黒い駒が半分近くも増えてんのよ!」
男に向けていた指を、球体へ向ける白い美人。
世界?…えーっと。とりあえずその球体、ゲームではなかったんですね?
「ゲームに乗ったのは君でしょ?まったく、旗色が悪くなると荒れるんだから大変だよ」
苦笑して黒い男がこちらを見る。え?やっぱりゲームなの?でも世界って…
「うるさい。見てなさいよ、次の一手でひっくり返してやる。分かったわね、人間!」
白い美人は仁王立ちで腕組みし、私に向けて顎をしゃくった。いや、分かりません。なに言ってるの?
「あの、話がまったく見えないのですが」
「だよね~」
恐る恐る正直なところを言うと、黒い男が同意してくれた。だけどーー
「はあ?察しの悪い人間ね。私の駒になれって言ってるのよ。いいこと?」
びしっと再び指を、私に突きつける。それからその指をずらして、球体を指し示し言い放った。
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