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No.12 ”独り立ち”デビュー

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 あたしが今やるべき事は、実戦を積んで力をつける事か‥‥。そりゃ、キツネに戻った玄次郎には頼れないからね。

「話が長くなりましたが、本日は”コレ”を渡しに来ました♪」
 宇佐美は《ガラケー》を京子に渡した。

「ちょっと、あんた‥‥いつの時代から時越してきたのさ、時代は”スマホ”でしょ」

「何をおっしゃいますかー♪それは我々が苦労して改良した”虎の子図鑑”ですよ♪開いてみて下さい♪」

 ガラケーを開くと、3D画像が暗闇のディスプレイから浮かび上がった。

「虎の子図鑑は研究改良が進んでいます♪今回の新型は、小型ハードに取り込むことに成功しました♪あんなに大きな本、持ち歩くには不便でしょ♪」

「これは良いかも。ピクシーを手ぶらで探した時、苦労したんだわ‥‥‥誰かさんが、自力で追えるって言うからさ」
 京子は玄次郎のモコモコとした尻尾を叩いた。

ガラケーの3Dマップ上に赤い点が浮かび上がった。
「あれ?店の中だと、虎の子図鑑の捜索機能は使えないんじゃなかった?」

(妖術:下弦城塞は、護りの血妖術だ。城内に敵の矢は届かぬが、こちらの矢は敵に届く)

「なるほど♪店内にいながらも、外の時越者を察知できるということですね♪京子、早速赤い点をタップしてみて下さい♪詳細情報が見れるはずです♪」

京子は虎の子図鑑を読み上げた。
「幽鬼:餓鬼‥‥‥同化対象は小野ミノル。中学三年生、エリート両親、親戚の期待に苦しむ‥‥【時越者の同化対象者情報が書いてあるのか】」
 虎の子図鑑byガラケーは、詳細情報を3D画像で表示していた。

(行くぞ京子、”虎の子狩り”だ)
玄次郎は尻尾を振り回すと、仏間を出て行った。

「さぁさぁ♪いってらっしゃいませ♪」

京子は革ジャンを手に取ると、宇佐美に声を掛けた。
「‥‥あんたの事、信用していいんだよね?」
その目は、前をゆく玄次郎の尻尾を見つめている。

「‥‥はい~♪」
うさ耳男は、微笑み返した。

‥‥‥
‥‥‥‥

 私利私欲がうごめく大都会。ビル群のお膝元には、歓楽街が密着している。2人の木常は、ガラケーのマップに浮かぶ赤い点を目指し、ひた走っていた。

 あれか‥‥?
 京子の目が捉えたのは、一人の少年がチンピラ二人に絡まれているところだった。
 様子を伺っていると、少年は人気の少ない路地裏へと連れて行かれてしまった。

(虎の子図鑑はどうなっておる?)
「あの3人の内、時越者は1人のはずよ」
 京子はガラケーを片手に後を付け、入り組んだ小道を覗き込んだ。
 
 袋小路に3人はいた。少年が男に財布を渡すと、頭を叩かれていた。続けざまに少年は頬を殴られ、はたから見ると袋叩きにあっているように見える。

 ‥‥ったく、見てらんないよ!
(待て、京子)

 少年からドス黒い瘴気が立ち登ると、2人の男は変貌した少年によって打ちのめされた。

(彼奴が虎の子だ。あの男、殺されてしまうぞ)
‥‥わかってるよ!

 京子はガラケーを革ジャンのポケットにしまうと、袋小路に踏み込んだ。

 「ちょっと坊っちゃん、やり過ぎじゃない?」
 持ち前のハスキーボイスで少年をたしなめた。

 少年が声に反応すると、振り上げた腕を戻した。
首をありえない方向に捻り、マジマジと京子の顔を見つめると、隣に佇む玄次郎に視線を落とした。

「確かにそいつらはクズだけど、そいつらの御先祖様は、誰かを救ったかも知れないでしょ?」
 
『この妖気‥‥その風貌‥‥お前、木常だなーー!?』

 マサルは袋小路の狭いビル間を、配管ダクトを伝って駆け登ると、京子に襲いかかろうと距離を取った。

 さぁ、一人立ちのデビュー戦といきますか。
「アッハッハーー!!クソ餓鬼がーーッ!!」

 京子が高笑いをすると、変わり映えしなかった指から鋭利な爪が飛び出した。

 二人が交錯した瞬間、マサルの細長いツノが折れた。長い舌は切り刻まれると、身体は木の実が落ちるように、地面へと叩きつけられた。

『き、木常‥‥‥』

「期待はプレッシャーだよね。だけど、あんたの両親、悪い人じゃないと思うよ」
そう言うと、マサルの喉を切り裂いた。

『が、ぐぎぎ、ぐ~‥‥カグヤさ‥‥ま』

 中学三年生の頭から小鬼が姿を現すと、不快なノイズと共に消えていった。気を失っている少年の傷は消えている。

(これで二体目。順調だな、京子)

「幽鬼:餓鬼。確か、天の邪鬼の類。この子の邪気と同化していたようね」
京子は落ちていた親指サイズの小さな勾玉を、革ジャンの内ポケットにしまった。

(まだ先は長い、覚悟しておけ)
玄次郎はマサルの匂いを嗅いでいた。

「わかってるよ。この木常京子に任せな、玄次郎!」
京子の目が妖魔の如く、赤く変色した。

 2人が袋小路から出ようとした時、都会の喧騒をかき消す様に、野太い声が響いた。

『ふむ。勇ましいな。”あの方”が気にされるだけの事はある』
 
 「誰!?」
辺りを見回したが、人影は無い。

(京子!上だ!)

 ビル間の配管を縫うように、大蛇のような躯体が京子目掛けて接近していた。

「うわ!」「きゃっ、なに!?地震?」
 巨大な何かが落下したような衝撃が表通りまで伝わると、通行人が悲鳴を上げた。

 ‥‥‥こいつはヤバい、無理だよ‥‥‥
京子は生唾を飲み込んだ。
(うむ‥‥‥隙をついて、逃げるしかなかろう‥‥)

 砂煙が舞う袋小路に、太い胴を器用に折り畳み、トグロを巻いた青い竜が現れた。

『我は青龍。其方が今しがた手にした勾玉、我に渡してくれないか?』

(京子、おれが教えた妖術を思い出せ)
 妖術‥‥‥妖術‥‥‥
京子は片手で素早く印を結ぶと、フッと息を吹いた。

青龍は何かの気配を感じると、背後を振り返った。
 気のせいか‥‥‥
『そこのお前が玄じ‥‥‥』

 青龍の視界に、木常の姿は無かった。妖術:肩打で一瞬の隙を作り、逃走したのだ。

『‥‥ぬぅ!』
青龍は小さく唸ると、上空目掛けて飛び去った。

‥‥‥
‥‥‥‥

 なんなんだ今のは‥‥‥!宇佐美の奴め!
あんな危険な虎の子がいるだなんて、聞いてないぞ!

(今のおぬしでは、撫で切りにされるだろう!)

 京子と玄次郎は後ろを振り返る事なく、一心不乱に木常骨董店へと逃げ戻った。

「はぁはぁはぁ‥‥‥」
京子は仏間に転がり込むと、大の字に寝転んだ。

(あれは、おそらく伝説上の生物だ。カグヤはあんな者まで使役しておるのか‥‥‥)

 京子は起き上がるとガラケーで、登録情報を検索し始めた。
「あいつ、虎の子じゃないんだ‥‥」
虎の子図鑑に、トグロを巻いた龍の情報は掲載されていなかった。

 虎の子じゃないなら、また唐突に出くわす可能性があるって事か‥‥玄次郎が人型で、2対1なら何とか‥‥(それでも、敵わんだろう)

 京子は玄次郎の視線から顔を背けると、再び大の字に寝転んだ。仏間に飾られている壁時計の秒針が、虚しく時を刻んでいた。

ーーーガチャ、きーーー
木常骨董店の間口ドアが開閉する音がした。

「お疲れ様で~す♪餓鬼は無事、討伐できたようですねー♪」
 宇佐美は靴を脱ぎ、仏間に上がり込んだ。仏間は重たい空気に包まれている。

「えー‥‥勾玉、お預かりしますね♪」
宇佐美は手提げ袋から紙幣を取り出した。

 京子は革ジャンの内ポケットから、親指サイズの勾玉を取り出すと、紙幣と交換した。
「とんでもない化け物に会ったよ。悪いけどあんたの依頼、達成できそうにないわ」

京子は溜息混じりに、青龍と遭遇した事を宇佐美に報告した。

(おれの身体があるものとして、二人がかりでも彼奴は倒せぬだろう)

「それは‥‥四神の一人、青龍ですね~♪私たちも彼には手を焼いています♪」

「知ってたんかい!‥‥あんなの、いくら強くなろうが勝てっこないでしょ!」

京子は”降参”と言わんばかりに、紙幣を畳の上に叩きつけた。刷られた偉人の顔が、くしゃくしゃになっていた。
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