上 下
1 / 16

No.1 合戦の一幕

しおりを挟む

 時は西暦1600年 美濃国不破郡関ヶ原

 豊臣秀吉没後の権力をめぐって石田三成が率いる西軍と、徳川家康が率いる東軍が相対している。

 両軍の兵力は西軍85000人、東軍は88000人と大きな差は無かった。

‥‥‥
‥‥‥‥

「槍持て、槍ぃーい!」

   《応っ!》

 甲冑に身を包んだ侍が、大声を張り上げると、槍衾やりぶすまが立ち上がった。侍は陣形に不備が無いか確かめるように、歩き回っている。
遠くから銃声や大砲の音が聴こえてはいるが、敵兵の姿はまだ見えない。

「おい!おぬし、槍はどうした!?」
侍が隊列の中で、コソコソと身を屈めている男を発見すると、声を掛けた。

男は一歩前に出ると、申し訳無さそうに腰を曲げた。
  「それが‥‥忘れもうした‥‥‥」

     《ドゴぉッ!!》
 鈍い音が響く同時に、男は倒れ込んだ。

 「この痴れ者が!何しに来よったか!!」
 侍のこめかみには血管が浮き上がっている。

 兜の下、鬼のような形相に睨みつけられると、男は左頬をさすりながら立ち上がった。

それがしには、”此れ”がありますゆえ‥‥‥」
指を口に当てると、小さく息を吐いた。

   《サ~‥‥ササ~‥‥‥ 》

 そよ風がなびいたかと思うと、侍は目を丸くした。
    「むぅ、よぉ、よぉーーし!」
再び何事も無かったかのように大声を張り上げると、他の兵に檄を飛ばしながら、その場を去って行った。

 おれは木常 玄次郎(キツネ ゲンジロウ)
 備前村びぜんむらの村民。
 齢は二十と二つ。しがない雑兵だ。
 この関ヶ原の合戦で、西軍陣営側に馳せ参じた。

   「玄次郎、大事だか?」

 この《握り飯》の様な顔の男は助六。
 おれと同じ、備前村出身の幼馴染だ。
 鈍臭いが情に厚く、とにかく優しい男。
 おれは、此奴こやつの優しさに幾度も
 救われてきた。

「なーに、こんなもの笑えば治る、ガッハッハー!」
 玄次郎は左頬を青く腫らしたまま高笑いした。

「しかし、おめぇ槍兵なのに槍を忘れるなんて、殴られても仕方ねーべ‥‥‥」

 何を隠そう、おれは大妖:玉藻前たまものまえの子孫だ。

 【玉藻前】とは何とな‥‥‥?
 端的に申すと、キツネの妖怪だ。

 500年以上前、平安時代末期。玉藻前は都で上皇に取り入り、寵愛を受けていた。やがて、上皇が病に伏すと、その病の元凶として疑われ、陰陽師に正体を暴かれる。

 玉藻前は逃げように都を去った。

 その後、追手により玉藻前は討伐されたが、しぶとくもその身を石へと変え、毒を撒き、人々を苦しめたそうだ。
 後に、徳を積んだ高僧によって石は砕かれ、日の本各地に散らばったと”されている”が、実際は違う。

 追手から命さながら逃げ延びた玉藻前は、備前村近く、川のほとりで力尽きそうな所を村人に発見された。彼女を助けたのは”吾郎丸”という。助六の御先祖様だ。

 玉藻前は生き延びていた。
 備前村の村民に介抱され、回復していたのだ。その後、村で屋敷を構え、余生を過ごした。
 《木常》の姓を名乗るのは、まだ先の事‥‥‥

 おれの家族について話そう。
備前村には父上と母上、キヨ(女房)がいる。村の外にも親戚はいるが、不思議な力を使えるのはおれと父上だけだ。
 幼少期、父上にその才を見出されると、厳しい修練を積んできた。玉藻前の”遺言”で、木常家は代々、影ながら備前村と村人を守る役目があったからだ。

 普段は土いじりをして、稲を育て、酒造りをしている。勿論、領主には酒と米を納めておるぞ?

 時代は戦乱の世‥‥‥
領主から、此度の戦で兵を募るお達しが出た。
村人の中から唯一手を上げたのは、助六であった。

 領主の募兵に応じれば、相応の銭は手に入るし、手柄を挙げれば褒美も弾む。それだけ村は凶作が続き、苦難の時を迎えておった。

 助六だけを戦場に送るわけにはいかぬ‥‥‥
おれも募兵に応じるべく、手を上げた。助六を守り、手柄を挙げ、村の窮地を救う。

 村から受けてきた恩に、報いる時であった。

‥‥‥‥

  「敵兵だーー!前線にて陣形をとれーー!」
伝令兵が叫びながら陣内を駆け回ると、陣太鼓が鳴らされた。

「い、いぐべっ!」
助六は意を決して走り出すと、玄次郎はその後に続いた。

 開けた平野が見えてきた。湿った空気が、緊張を煽ってくる。
 前線に到着すると、平野の向こう側から敵の歩兵部隊が横一列になり、突撃してくる様子が見えた。

 その距離 およそ300歩‥‥

「助六、無茶するでないぞ?おぬしに死なれては、御先祖様に顔向けできなぬからな」

「またその話か‥‥‥って、さっき打たれた所、もう治っでねーが?恐ろしい回復力だなー!!」
助六は玄次郎の綺麗な左頬をまじまじと見つめた。

 おれが大妖怪の子孫であることは、助六は知らぬ。
 知ってるのは今や、村長ぐらいであろうなぁ。

「御先祖様の御加護だ。さぁ、来るぞ!!」
玄次郎は自分の頬を叩いた。

 200歩まで距離を詰めてきた敵歩兵の前列がしゃがみ込むと、後列に控えていた鉄砲隊が姿を現した。
 一斉に銃声が響くと、悲痛な叫び声が上がり、味方の陣形が崩れた。

「怯むなぁーー!」
甲冑に身を包んだ侍が騎馬隊を引き連れ、敵軍に向かって突撃を敢行した。

      「続けーー!」
槍兵は騎馬の後に続き、平野中央へ向かって駆け出した時、五月雨の如く無数の矢が敵軍から放たれた。

「助六!出過ぎるなーー!」
玄次郎は両手で印を切ると、手の平を空へ向けた。

   《妖術:塞隻衝:サイセキショウ》

 木々が強風で煽られると、矢は推進力を奪われ、か弱く助六の前に落ちた。
助六はそんな事は露知らず、槍を一所懸命に振り回している。

「ガッハ、ハハ‥‥‥ガーハッハッハーーー!!」
 玄次郎は大きな笑い声を轟かせると、髪の毛を逆立たせた。その瞳は蒼く、爪は伸び、口からは鋭い犬歯が見え隠れしていた。

 敵が放った矢が落ちている。
玄次郎はおもむろに5.6本、矢を拾った。

   《妖術:愚呑戯遊:グドンギユウ》

 片手で印を結ぶと、矢先に息を吹きかけ、前線に投げ入れた。その腕は逞しく、鞭のようにしなやかだ。
 
 風を切る矢が刺さった敵兵は、我を忘れたかの様に、敵味方見境なく刃を交え始めた。

 玄次郎は背後から斬りかかってきた敵兵の刃を、地を縫うようにくぐり抜けた。すかさず、鋭利な爪で敵兵の喉を一刺しすると、容易く草地の上に転がした。

 もう一方、敵槍兵によって繰り出された突きは、鋭い爪撃によって槍の柄もろとも砕かれた。
「何だその突きは?遅い!軽い!弱いぞーー!」
ギラついた蒼い目を見開き、尖った牙を見せ付けた。

「ばっば、化物ぉ!!‥‥‥うぶぶぅ‥‥‥」
敵槍兵は尻もちを付くと、恐怖で気を失った。

 敵の先鋒隊は劣勢と判断したのか、退却を始めたようだ。

「追えーーー!一人でも多く刈り取れーーい!」
侍は兜に刺さった矢を引き抜くと味方を鼓舞した。
敵軍を平野の奥まで追いやると、助六と玄次郎は初戦を制した。

  「エイ、エイ、オーーーー!」
  自軍の勝ち鬨が平野に響きわった。

「こいが、戦か‥‥‥」
 助六は平野に転がる亡骸を見て呟いた。

「あぁ。こんなもの、すぐ終わるといいな」

「んだな。?おめぇ、あの乱戦で傷一つねんだな」

「遠くで見ておったからな、ガッハッハー!」

「そんなごと、大声で言うなぁ?味方に聞かれたらどうすんだぁ?」
 助六は声を鎮めながら玄次郎を注意すると、自軍の輪に加わるべく歩みを進めた。

   パチパチ‥‥パチパチ‥‥‥
     「お見事です♪」
 調子のいい声色と、渇いた拍手が背後から聴こえた。玄次郎は振り向くと同時に身構えた。

 視界に入ったのは、うさ耳を頭に付けた若い男だ。
窮屈そうな黒いスーツに、首からはカラフルな太い紐を垂らしている。

  此奴、敵兵‥‥‥か?
 玄次郎は眉をひそめ、カブいた服装の男を睨んだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

最後の封じ師と人間嫌いの少女

飛鳥
ファンタジー
 封じ師の「常葉(ときわ)」は、大妖怪を体内に封じる役目を先代から引き継ぎ、後継者を探す旅をしていた。その途中で妖怪の婿を探している少女「保見(ほみ)」の存在を知りに会いに行く。強大な霊力を持った保見は隔離され孤独だった。保見は自分を化物扱いした人間達に復讐しようと考えていたが、常葉はそれを止めようとする。  常葉は保見を自分の後継者にしようと思うが、保見の本当の願いは「普通の人間として暮らしたい」ということを知り、後継者とすることを諦めて、普通の人間らしく暮らせるように送り出そうとする。しかし常葉の体内に封じられているはずの大妖怪が力を増して、常葉の意識のない時に常葉の身体を乗っ取るようになる。  危機を感じて、常葉は兄弟子の柳に保見を託し、一人体内の大妖怪と格闘する。  柳は保見を一流の妖怪退治屋に育て、近いうちに復活するであろう大妖怪を滅ぼせと保見に言う。  大妖怪は常葉の身体を借り保見に迫り「共に人間をくるしめよう」と保見に言う。  保見は、人間として人間らしく暮らすべきか、妖怪退治屋として妖怪と戦うべきか、大妖怪と共に人間に復習すべきか、迷い、決断を迫られる。  保見が出した答えは・・・・・・。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

勇者召喚に巻き込まれたおっさんはウォッシュの魔法(必須:ウィッシュのポーズ)しか使えません。~大川大地と女子高校生と行く気ままな放浪生活~

北きつね
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれた”おっさん”は、すぐにステータスを偽装した。  ろくでもない目的で、勇者召喚をしたのだと考えたからだ。  一緒に召喚された、女子高校生と城を抜け出して、王都を脱出する方法を考える。  ダメだ大人と、理不尽ないじめを受けていた女子高校生は、巻き込まれた勇者召喚で知り合った。二人と名字と名前を持つ猫(聖獣)とのスローライフは、いろいろな人を巻き込んでにぎやかになっていく。  おっさんは、日本に居た時と同じ仕事を行い始める。  女子高校生は、隠したスキルを使って、おっさんの仕事を手伝う(手伝っているつもり)。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめて行います。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...