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存在理由は運命
No.3 向き合う時
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「また君か、ボクが君に何かした?」
テリーは首を傾げ、率直に聞いてみた。
「‥‥‥お母さんに近寄るな」
マサトはテリーを睨んだ。
「凛子さんの事だよね?君のお母さんには昨日会ったばかりだけど‥‥‥」
「ウソだ!お前の写真がウチにあるんだ!お前のせいでお母さんはどこか行っちゃうんだ!」
マサトはポケットから石ころを取り出した。
「待て待て!落ち着いて!ほら、これでも食べな」
テリーは小さなタッパーを差し出した。
中には青、ピンク、白のマカロンが入っていた。
夏菜子に渡しそびれたお茶菓子の余りだ。
「何それ‥‥‥?」
マサトは石ころを捨てると目を丸くし、テリーに近寄ってきた。
「『マカロン』って言うんだ。甘くておいしいよ?食べてごらん!」
テリーはマサトの腕を優しく掴むと、小さな手のひらにマカロンを一つ乗せた。
マサトはマカロンを口に放り込んだ。
「‥‥うん‥‥うん‥‥甘くてうまい!」
小さな下アゴが一生懸命上下した。
「まだあるから食べていいよ!」
テリーはタッパーごとマサトに渡した。
「ありがとう!これ美味しいよ!」
おやつの時分だったのが功を奏したようだ。
「さっき、ボクのせいで『お母さんがいなくなっちゃう』って言ってだけど、どういう事?」
テリーはマサトの背丈に合わせるようにしゃがんだ。
「母さん、ソフィーに会いに行くって言って、何日も帰って来なくなるんだ。遠くに行っちゃうんだ!」
マサトはマカロンを頬張りながら小さい口を目一杯大きく開けて話した。
(『ソフィー』って‥‥‥もしかして、ボクの母さんの事じゃないか?)
テリーは目を伏せた。
「マサト君って言ったっけ、いいかい?ボクは『ソフィー』じゃないよ。『長久手理恵』っていうんだ」
テリーはマサトの肩に優しく手を置いた。
「ながくて?ソフィーだろ?」
「‥‥‥ソフィーじゃなくて、『テリー』だよ」
少年の目にテリーの茶色い瞳が映った。
「‥‥‥お姉ちゃん、テリーっていうのか、おれ間違えちゃった、ごめんなさい」
マサトは顔を伏せると、ダウンジャケットの裾を力強く掴んだ。
「そうテリーだよ。これからご近所さんになるから、もう石投げないでよね」
テリーはマサトの頭を優しく撫でた。
マサトは納得したのか、大きく頷くと自宅のマンションに向かって走り出した。
「またマカロちょうだいね!テリー!」
そう叫ぶとマサトは手を振った。
「マカロンねー!わかったよー!」
テリーが手を振り返すと、マサトはマンションの自動ドアを開けて、中に入っていった。
(リンコさんは母さんの居場所を知っているのか?)
テリーは立ち上がると自宅玄関に向かった。
「やぁ理恵ちゃん、丁度良かった」
玄関ドアの前に暗知が立っていた。
「暗知さん、今日は荷物の整理をするんじゃなかったんですか?」
テリーはドアの鍵を開けた。
「事務所にある不要な什器は処分しちゃおうと思ってね、詳しく寸法を測りに来たんだ」
暗知は家に上がるとブリーフケースをリビングの丸テーブルに置いた。
「鍵持っていないんですか?」
テリーはキッチンで手を洗うと、インスタントコーヒーのラベルを暗知に見せた。アヤが持って来たコーヒーだ。
「今朝、アヤちゃんに渡したからね。合鍵はこの後、凛子さんから受け取る事になっているんだ」
暗知は目を細めてコーヒーのラベルを見ると、小さく頷いた。
「これから家に来るんですか?ボクも凛子さんに聞きたい事があります」
テリーはコーヒーを入れると丸テーブルに置いた。
暗知はコーヒーを一口飲むと、ブリーフケースから広間の平面図とメジャーを取り出した。
「そろそろ来るはずだよ」
そう言うと広々としたフローリングの広間を採寸し始めた。
ピンポーン♪インターホンが鳴ると、テリーは玄関へ向かった。
ドアが開けると、サングラスをシャツの襟にぶら下げた凛子が入って来た。
「こんにちは理恵さん、暗知君は?」
「暗知さーん!凛子さん来ましたよ」
テリーは席を立つと、広間にいる暗知に声を掛けた。
「お邪魔します」
凛子の背後から背広を着た初老の男が姿を現した。
足が悪いのか、杖をついている。
グレーヘアを後頭部で束ね、眼鏡の奥には鋭い眼光が光っていた。
「凛子さん、そちらの‥‥‥」
テリーが凛子に声を掛けようとすると、暗知が駆け寄ってきた。
「これはこれは、伊地知(いじち)さんじゃないですか!さぁ、上がって下さい」
暗知は初老の男に手を差し伸ばした。
「いやいや、今日は挨拶だけで失礼するよ」
伊地知は口の端を釣り上げた。
「伊地知さんは、この家の持ち主よ」
リンコはテリーの質問を聞き逃していなかった。
「あなたが長久手さんか、よろしく」
テリーは伊地知の手を取った。温かい手だった。
伊地知はテリーの右手を両手で包み込むように握ると杖が玄関のタタキに落ち、高い音が響いた。
「疑問を持つと、新しい行動が生まれるよ」
伊地知の狼のように鋭い目つきと、温かい手のギャップにテリーは戸惑った。
「伊地知さん‥‥‥」
凛子は落ちた杖を拾い上げ、伊地知に手渡した。
「‥‥‥はい、自分の謎に迫りたいと思います」
テリーは伊地知の目を見据えた。
「はっはっは、竜司とよく似てるな」
伊地知は大きく高笑いをすると、きびすを返した。
「もう行ってしまうんですか?」
背を向けた伊地知を暗知が呼び止めた。
「こちとら現役なんでね。こう見えて忙しいんだよ」
伊地知は薄っすらと笑みを浮かべると、玄関から出て行った。
「送って行きますよ。あっ、暗知君これ!」
凛子は暗知に新居の鍵を渡すと、伊地知の後に続いて出て行った。
しばらくの沈黙の後、暗知は再びメジャーを手に取った。
「伊地知さんって何者ですか?」
テリーは背中を向けている暗知に声をかけた。
「‥‥‥元上司だよ」
一呼吸だけ間を置くと、暗知は背中越しに答えた。
「元上司‥‥‥以前、何の仕事をしてたんですか?」
テリーは暗知に近づいた。
「それは言えないな‥‥‥」
暗知はジャケットの内ポケットから黒ペンを取り出すと新居の平面図に採寸した寸法を書き始めた。
テリーは『暗知、東堂、三輪』は父:竜司の友人だとは知っていたが、詳しい事は知らなかった。
そして、ここ数日の間で母:ソフィアの友人である『マコと凛子』が現れた。
凛子は三輪とも親しげに話していた。
テリーは頭を抱えながら丸テーブルの前に腰掛けると、暗知がピースサインをしているのに気がついた。
「なんの真似ですか‥‥?」
「知っての通り、私は理恵ちゃんに隠し事がある。それを探るヒントとして、二つだけ質問に答えよう」
暗知はメジャーをポケットにしまうと、丸テーブルを前に腰掛けた。
「では、昔何の仕事をしていたのですか?」
テリーは頬杖をついた。
「本当にそんな質問でいいのかい?二つまでは答えるけど、それ以上は答えられないよ」
暗知は広間の平面図を眺めていた。
「やっぱり少し考える時間をもらいたいと思います」
そう言うとテリーは席を立ち玄関へ向かった。
「買い物に行くなら一個だけお願いしていいかな」
暗知は財布から紙幣を出すと、テリーに渡した。
「いつものインスタントコーヒーを頼むよ」
アヤの持ってきたインスタントコーヒーは暗知の好みと合わなかったようだ。
‥‥‥‥
‥‥
のどかな休日、住宅街は人通りも少なく静かだった。
テリーは黒田屋より程近いスーパーマーケットへ向かって歩いていた。
「『質問は二つだけ』って‥‥‥前から色々聞いておけばよかった」
道中、テリーは伊地知の言葉を思い出していた。
『疑問を持つと、新しい行動が生まれる』
(ボクは何者かに狙われている‥‥‥暗知さん達に守られてるとして、何故ボクに秘密にするんだ?質問は二つだけ、必殺の質問は‥‥‥)
テリーは入り組んだ道から大通りに出ると、辺りを見回した。
暗知の旧事務所には今誰もいないはずだ。テリーは合鍵を握りしめた。
大通りに出ると、早速タクシーを拾い、オフィス街へ車を走らせた。
『隣町まで買い物に行きます』
時間稼ぎの為、嘘のメールを暗知に送信した。
冬至の寒い夕暮れ時、陽の光は傾きかけていた。
テリーは首を傾げ、率直に聞いてみた。
「‥‥‥お母さんに近寄るな」
マサトはテリーを睨んだ。
「凛子さんの事だよね?君のお母さんには昨日会ったばかりだけど‥‥‥」
「ウソだ!お前の写真がウチにあるんだ!お前のせいでお母さんはどこか行っちゃうんだ!」
マサトはポケットから石ころを取り出した。
「待て待て!落ち着いて!ほら、これでも食べな」
テリーは小さなタッパーを差し出した。
中には青、ピンク、白のマカロンが入っていた。
夏菜子に渡しそびれたお茶菓子の余りだ。
「何それ‥‥‥?」
マサトは石ころを捨てると目を丸くし、テリーに近寄ってきた。
「『マカロン』って言うんだ。甘くておいしいよ?食べてごらん!」
テリーはマサトの腕を優しく掴むと、小さな手のひらにマカロンを一つ乗せた。
マサトはマカロンを口に放り込んだ。
「‥‥うん‥‥うん‥‥甘くてうまい!」
小さな下アゴが一生懸命上下した。
「まだあるから食べていいよ!」
テリーはタッパーごとマサトに渡した。
「ありがとう!これ美味しいよ!」
おやつの時分だったのが功を奏したようだ。
「さっき、ボクのせいで『お母さんがいなくなっちゃう』って言ってだけど、どういう事?」
テリーはマサトの背丈に合わせるようにしゃがんだ。
「母さん、ソフィーに会いに行くって言って、何日も帰って来なくなるんだ。遠くに行っちゃうんだ!」
マサトはマカロンを頬張りながら小さい口を目一杯大きく開けて話した。
(『ソフィー』って‥‥‥もしかして、ボクの母さんの事じゃないか?)
テリーは目を伏せた。
「マサト君って言ったっけ、いいかい?ボクは『ソフィー』じゃないよ。『長久手理恵』っていうんだ」
テリーはマサトの肩に優しく手を置いた。
「ながくて?ソフィーだろ?」
「‥‥‥ソフィーじゃなくて、『テリー』だよ」
少年の目にテリーの茶色い瞳が映った。
「‥‥‥お姉ちゃん、テリーっていうのか、おれ間違えちゃった、ごめんなさい」
マサトは顔を伏せると、ダウンジャケットの裾を力強く掴んだ。
「そうテリーだよ。これからご近所さんになるから、もう石投げないでよね」
テリーはマサトの頭を優しく撫でた。
マサトは納得したのか、大きく頷くと自宅のマンションに向かって走り出した。
「またマカロちょうだいね!テリー!」
そう叫ぶとマサトは手を振った。
「マカロンねー!わかったよー!」
テリーが手を振り返すと、マサトはマンションの自動ドアを開けて、中に入っていった。
(リンコさんは母さんの居場所を知っているのか?)
テリーは立ち上がると自宅玄関に向かった。
「やぁ理恵ちゃん、丁度良かった」
玄関ドアの前に暗知が立っていた。
「暗知さん、今日は荷物の整理をするんじゃなかったんですか?」
テリーはドアの鍵を開けた。
「事務所にある不要な什器は処分しちゃおうと思ってね、詳しく寸法を測りに来たんだ」
暗知は家に上がるとブリーフケースをリビングの丸テーブルに置いた。
「鍵持っていないんですか?」
テリーはキッチンで手を洗うと、インスタントコーヒーのラベルを暗知に見せた。アヤが持って来たコーヒーだ。
「今朝、アヤちゃんに渡したからね。合鍵はこの後、凛子さんから受け取る事になっているんだ」
暗知は目を細めてコーヒーのラベルを見ると、小さく頷いた。
「これから家に来るんですか?ボクも凛子さんに聞きたい事があります」
テリーはコーヒーを入れると丸テーブルに置いた。
暗知はコーヒーを一口飲むと、ブリーフケースから広間の平面図とメジャーを取り出した。
「そろそろ来るはずだよ」
そう言うと広々としたフローリングの広間を採寸し始めた。
ピンポーン♪インターホンが鳴ると、テリーは玄関へ向かった。
ドアが開けると、サングラスをシャツの襟にぶら下げた凛子が入って来た。
「こんにちは理恵さん、暗知君は?」
「暗知さーん!凛子さん来ましたよ」
テリーは席を立つと、広間にいる暗知に声を掛けた。
「お邪魔します」
凛子の背後から背広を着た初老の男が姿を現した。
足が悪いのか、杖をついている。
グレーヘアを後頭部で束ね、眼鏡の奥には鋭い眼光が光っていた。
「凛子さん、そちらの‥‥‥」
テリーが凛子に声を掛けようとすると、暗知が駆け寄ってきた。
「これはこれは、伊地知(いじち)さんじゃないですか!さぁ、上がって下さい」
暗知は初老の男に手を差し伸ばした。
「いやいや、今日は挨拶だけで失礼するよ」
伊地知は口の端を釣り上げた。
「伊地知さんは、この家の持ち主よ」
リンコはテリーの質問を聞き逃していなかった。
「あなたが長久手さんか、よろしく」
テリーは伊地知の手を取った。温かい手だった。
伊地知はテリーの右手を両手で包み込むように握ると杖が玄関のタタキに落ち、高い音が響いた。
「疑問を持つと、新しい行動が生まれるよ」
伊地知の狼のように鋭い目つきと、温かい手のギャップにテリーは戸惑った。
「伊地知さん‥‥‥」
凛子は落ちた杖を拾い上げ、伊地知に手渡した。
「‥‥‥はい、自分の謎に迫りたいと思います」
テリーは伊地知の目を見据えた。
「はっはっは、竜司とよく似てるな」
伊地知は大きく高笑いをすると、きびすを返した。
「もう行ってしまうんですか?」
背を向けた伊地知を暗知が呼び止めた。
「こちとら現役なんでね。こう見えて忙しいんだよ」
伊地知は薄っすらと笑みを浮かべると、玄関から出て行った。
「送って行きますよ。あっ、暗知君これ!」
凛子は暗知に新居の鍵を渡すと、伊地知の後に続いて出て行った。
しばらくの沈黙の後、暗知は再びメジャーを手に取った。
「伊地知さんって何者ですか?」
テリーは背中を向けている暗知に声をかけた。
「‥‥‥元上司だよ」
一呼吸だけ間を置くと、暗知は背中越しに答えた。
「元上司‥‥‥以前、何の仕事をしてたんですか?」
テリーは暗知に近づいた。
「それは言えないな‥‥‥」
暗知はジャケットの内ポケットから黒ペンを取り出すと新居の平面図に採寸した寸法を書き始めた。
テリーは『暗知、東堂、三輪』は父:竜司の友人だとは知っていたが、詳しい事は知らなかった。
そして、ここ数日の間で母:ソフィアの友人である『マコと凛子』が現れた。
凛子は三輪とも親しげに話していた。
テリーは頭を抱えながら丸テーブルの前に腰掛けると、暗知がピースサインをしているのに気がついた。
「なんの真似ですか‥‥?」
「知っての通り、私は理恵ちゃんに隠し事がある。それを探るヒントとして、二つだけ質問に答えよう」
暗知はメジャーをポケットにしまうと、丸テーブルを前に腰掛けた。
「では、昔何の仕事をしていたのですか?」
テリーは頬杖をついた。
「本当にそんな質問でいいのかい?二つまでは答えるけど、それ以上は答えられないよ」
暗知は広間の平面図を眺めていた。
「やっぱり少し考える時間をもらいたいと思います」
そう言うとテリーは席を立ち玄関へ向かった。
「買い物に行くなら一個だけお願いしていいかな」
暗知は財布から紙幣を出すと、テリーに渡した。
「いつものインスタントコーヒーを頼むよ」
アヤの持ってきたインスタントコーヒーは暗知の好みと合わなかったようだ。
‥‥‥‥
‥‥
のどかな休日、住宅街は人通りも少なく静かだった。
テリーは黒田屋より程近いスーパーマーケットへ向かって歩いていた。
「『質問は二つだけ』って‥‥‥前から色々聞いておけばよかった」
道中、テリーは伊地知の言葉を思い出していた。
『疑問を持つと、新しい行動が生まれる』
(ボクは何者かに狙われている‥‥‥暗知さん達に守られてるとして、何故ボクに秘密にするんだ?質問は二つだけ、必殺の質問は‥‥‥)
テリーは入り組んだ道から大通りに出ると、辺りを見回した。
暗知の旧事務所には今誰もいないはずだ。テリーは合鍵を握りしめた。
大通りに出ると、早速タクシーを拾い、オフィス街へ車を走らせた。
『隣町まで買い物に行きます』
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冬至の寒い夕暮れ時、陽の光は傾きかけていた。
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