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第ニ期 41話~80話
第七十九話 ドタバタ馬車レース③
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俺たちは折り返し地点の村に駆け込んだ。ここでゴールの会場まで運ぶ荷物をくじ引きで決めて、それを村で入手しなければならないのだ。
遅れてきた俺たちの前には、他のチームがくじ引きのために並んでいた。俺はひらめいた。キャサリンの「貧乏神の力」を発揮するチャンスではないか。
「キャサリン、相手チームに貧乏神の力を使うんだ。そうすれば連中の運勢が最低に落ち込んで、みんな貧乏くじを引き当てるに違いないぞ」
「えー、なにそれ。お兄様ったらわたくしを貧乏神扱いするなんて、ひどいですわ。でも、レースに勝つためには仕方がないですわね。わたくしに任せるのですわ」
キャサリンは俺たちの前に居並ぶチームの後ろから、妙な手付きをしながら呟いた。
「貧乏になあれ、貧乏になあれ・・・」
列の前方に居たチームが次々にくじを引き、紙を広げて内容を確認した。
「ええと・・・金の卵を産む鶏だと?」
「なんじゃそりゃ、そんなもん居るわけねえだろ」
「どうすんだ、それ」
「ええと・・・ハゲじじいの毛髪100本」
「ハゲじじいに髪の毛なんかあるわけねえだろ、どうすんだよ」
「こうなったら、どこの毛でもわかりゃしねえ、適当にむしって持っていこう」
「ええと・・・シンデレラ姫」
「ええい面倒だ。おまえ、シンデレラになれ」
「ばか、俺は男だ」
「ええと・・・ねこ100匹」
「うおおお、全員でねこを捕まえろー」
「いたぞ、ねこだー」
会場は大騒ぎになった。
「おーほほほほ、効果てきめんですわ。この大混乱で、わたくしたちのチームが優勝間違いなしですの。では、わたくしがくじを引きますわ・・・」
「わ、やめろキャサリン、お前がくじを引いたら・・・」
「・・・牛、三頭・・・」
「ひゃぁあ、牛が三頭ですわ。どうしましょうお兄様」
カザルがあきらめ顔で言った。
「旦那、あのかぼちゃ馬車に牛を三頭も乗せるのは無理ですぜ」
「ううむ、これは完全に詰んだか」
この騒ぎを呆れて眺めていたルミアナが冷静に言った。
「ここには『成牛』と書かれていないわ。子牛でもいいんじゃないかしら」
「おお、それだ。子牛を探しに行くぞ」
俺たちはくじ引き会場を飛び出した。
ーーー
田舎道を一台の牛車がゴトゴトと進んでいる。荷台には子牛が三頭乗せられている。どうやら市場へ子牛を売りに行くようである。前歯が抜けた、太ったひげ面の農夫が腑抜けた顔で歌っている。
「はあ、ドナドナドーナぁ・・・」
正面からものすごい勢いでかぼちゃの馬車が走ってきた。農夫は仰天して目を見開いた。
「で、でっけーかぼちゃがこっちに向かってくるべ。すげー怖ぇー、逃げべ!」
とはいえ、農夫がいくら牛に鞭を入れても牛はちっとも動かない。たちまち、俺たちのかぼちゃ馬車が農夫に追いついた。俺はかぼちゃ馬車から飛び降りると農夫に駆け寄った。
「まて、待ってくれ。怪しいものではない」
「なに言ってるだ、でっけーかぼちゃに、けったいな馬さ乗って、いかにもあやしいべ。ははあ、さては、かぼちゃの妖精だべな。かぼちゃの妖精が、おらに悪さしに来たんだべ」
「いやいや、かぼちゃの妖精ではない。アルカナ国の国王だ」
「はあ、かぼちゃの王様だべか。ますますあやしいべな。かぼちゃの王様が、おらに何の用だべ」
「だから、かぼちゃの王様じゃなくて、アルカナ国の・・・ええい、そんなことはどうでもいい。あんたの荷台に積んでいる子牛を三頭、売ってほしいんだ」
農夫は恨めしそうな表情で言った。
「おらの子牛を買ってどうすんだべ。食うのか」
「食わないよ、馬車レースで、となりの町まで運ぶ荷物として必要なんだ」
「ああ、あんだ馬車レースか。すげーな、面白そうだな、おらも興味があるんだ。そうだ、おらも子牛と一緒に町まで乗っけてけろ」
キャサリンが言った。
「まあ、だめに決まってますわ。あんたみたいなデブチンを乗せたら、馬車がますます重くなってスピードが遅くなってしまいますわ」
「なんだ、けったくせえな。んじゃ、仔牛は売らねぇ」
俺は慌てて言った。
「わかったわかった、乗せてやるから。こうなったらアルパカさんに頑張ってもらうしかない。ラベロン、アルパカの筋力をもっと強化できないか」
「ああ、できるとも。じゃが、やりすぎると副作用が出るんじゃ」
「副作用? 副作用で死んだりするのか」
「いや、死ぬことはない。じゃが、一時的に女体化してしまうことがある」
「なんだと、アルパカが四つん這いの女になるのか」
「アルフレッド殿、へんな想像をされては困りますな。人間の女にはなりませんぞ。オスのアルパカが、メスのアルパカになるだけじゃわい」
「ああそうか、よく考えてみればそうだよな。まあ、アルパカが一時的にメスになっても、問題ないだろ」
話を聞いていたカザルが割り込んできた。
「女体化だと? そいつはいいぜ。俺も一度、女体化ってのを体験してみたかったんだ」
女体化したカザルにアルカの町をぶらぶら歩き回られたら、たまったものではない。公序良俗に反するどころの騒ぎではない。王国の品位に関わるぞ。
「女体化は絶対にやめろ。お前が女体化して町を歩き回ったら、即刻、国外追放だからな」
ーーー
俺たちは馬車に三頭の子牛と農夫、それに眠ったままのレイラを乗せて、ゴールの町へ向けて走り出した。他のチームの多くがキャサリンのおかげで貧乏くじを引いたため、荷物の仕入れに手間取っている。その間に俺たちは大きく順位を上げた。
いよいよバトルの第二ラウンドが始まろうとしていた。複数の馬車がゴールへ向けてひた走る。その先頭を走る馬車を見て、ラベロンが言った。
「あの馬車、なんだか怪しいのう。イカサマチームかも知れん」
俺は聞き返した。
「イカサマチームだと?」
「ああ。このレースには噂がある。胴元が密かに雇ったチームがいつも優勝しているらしい、という噂じゃ。イカサマじゃな。もちろん、嘘か本当かわからん。じゃが、あやしい。人間には感じないが、あの馬車からは魔力の匂いがプンプンするのじゃよ」
イカサマチームか。これは気をつけなければならないな。
さて、俺たちの前を走るのは「オーマイゴット狂信者チーム」だ。どうやら神のご加護によってキャサリンの貧乏神の力を跳ね返したらしく、貧乏くじは引かなかったようだ。馬車の屋根からは御神体の姿を模した巨大な像が突き出ている。馬の生首である。生首の生えた馬車の中では、数名の僧侶が奇妙な経典を唱え続けている。
そこへ黒い馬車が近づくと、狂信者チームの馬車にピッタリと横付けした。イカサマチームの馬車である。そして馬車から身を乗り出した男たちが巨大な斧を振り上げると、狂信者チームの馬車を叩き壊し始めた。狂信者チームの僧侶が叫んだ。
「何をするか、この不届き者め。馬神さまの神罰をうけるぞ」
「わはは、神罰なんかちっとも怖くねえぜ。やれるもんなら、やってみな」
屈強な男たちが振るう大斧で叩き続けられた馬車からは木片が飛び散り、壁に穴が空き、屋根が崩れる。僧侶がいっそう大きな声で経典を唱え続けるが、効果はなく、やがて馬車は崩れ落ちた。僧侶たちが一斉に叫んだ。
「オーマイゴット」
破壊された馬車の屋根から、巨大な馬の首が転がり落ちると、弾みながら俺たちの馬車に向かって飛んできた。
「きゃああ、神罰がこっちに飛んできたわ」
「おのれ、回避じゃ」
巨大な馬の首は大きく弾むとかぼちゃ馬車の屋根に乗り、かぼちゃのヘタの軸に刺さり込んでしまった。俺は御者台に立って屋根に突き刺さった馬の首を押してみたが、びくともしない。こうなったら仕方がない。そのまま突っ走れ。
巨大かぼちゃの屋根に馬の首が生えて、ますますいかれた格好の馬車になった。それを見たキャサリンが叫んだ。
「まああ、なによこれ~、恥ずかしいですわ」
狂信者の馬車を破壊したイカサマチームの馬車が、今度は俺たちの馬車に近づいてきた。ははあ、こうして上位の他のチームを一台ずつ潰して、仲間の馬車を優勝させる気だな。
馬車の男たちが大斧を振り上げて迫ってくる。キャサリンが農夫に言った。
「あんた、ボーっとしてないで、何とかしなさいよ」
「んだば、おらの秘密兵器さ、みせてやるべ」
「なによ、それ」
「ノミ爆弾だぁ。おらの家で集めたノミやら、ダニやら、シラミやらを、いっぱい詰め込んであんだべ。あいつらに、おみまいしてやるべ」
そう言うと、農夫は窓からガラス瓶を投げつけた。ガラス瓶は男に当たると割れ、黒い粉を散らしたように虫が男の全身に降りかかり、男の馬車の中にも大量に飛び込んだ。
「うわ、この百姓、何しやがった」
「か、か、痒い・・・」
男が痒みに耐えられず、馬車から転げ落ちた。
「どんなもんだ。おらの家のノミやダニはすげえからな、こんだに刺されて平気なやつはいないべ」
「ちょっと、わたくしも何だか体が痒くなってきましたわ」
「ああ、風に乗ってこっちにも少し飛んできたんだべな。おらは毎日ノミやダニに刺されてっから平気だべ」
「なによ、あんたと違って、わたくしは平気じゃないのよ。・・・いや、いや、死ぬほど痒いわ、どうしてくれんのよ」
「んだら、服さ脱いだらどうだ」
「バカ、あんたの前で服を脱げるわけ無いでしょ、このスケベでぶ」
それまでずっと寝ていたレイラは、虫刺されが痒くて目が覚めた。上半身だけ起き上がってあくびをすると、眠い目をこすった。すぐ目の前に子牛が三頭いる。レイラは仰天した。
「うわわ、なんだ、なんで牛がいるんだ」
起き上がったレイラを見て、農夫が言った。
「あんら、ゾウアザラシが寝てるのかとおもったら、でっけえ女だったべ」
農夫は前歯の抜けた髭面でニンマリと笑った。
「ん、よく見だら、おめえ、おらの好みの顔だ。一目惚れしたべ。おらの嫁っこさ、ならねが」
「うわわ、だ、誰だお前は。私はおまえの嫁なんかにならないぞ」
「まあ、いいでねぇか。おらは村の農民だ。おっきい家も、広い畑を持ってる。牛も鶏もいっぱい飼ってる。お前のこと幸せにしてやるべ」
「うわ、こっちに近寄るな。おまえなんか知らん、やめろ」
子牛のお尻の近くに居たキャサリンが絶叫した。
「ぎゃああ、牛がウンチした、お兄様、牛がいっぱいウンチしましたわ」
荷台は大騒ぎである。俺は言った。
「うるせええ、静かにしてくれ、ラベロンが運転に集中できないじゃないか。ルミアナ、虫よけのポーションを撒いてくれないか。なんだか私も体が痒くて大変だ」
「わかりました、ついでにかゆみ止めも撒いておきます」
馬車に並走しながらルミアナがポーションをふりかけた。
騒ぎが落ち着くと、農夫が荷台から御者台に出てきた。しつこくレイラに迫ったらしく、顔には真っ赤な平手打ちの跡がある。
「都会のおなごは、強烈だぁ。一発引っ叩かれたべ。おめえも大変だな」
俺は苦笑いした。そのとき、農夫が前方の道路を見て真剣な表情で言った。
「なんか変だべ。道にほじぐった跡がいっぺえある。おらは町で野菜を売る時、いつもここを通るから、わかるんだ」
「掘り返した跡? 落とし穴か? ルミアナ、落とし穴がわかるか?」
「はい、陛下。私の目は人間より鋭いので、わずかに見えます。私が穴に落ちないように、馬車を先導します」
ラベロンが言った。
「魔法の発動を感じるぞ。イカサマチームは、落とし穴の場所にあらかじめ魔法でマーキングして、それを感知して避けて走っておるのじゃ」
ルミアナの先導で馬車は右に、左にコースを変える。俺たちの隣を走っていた馬車は落とし穴に車輪がハマり、車輪が外れて車体が横転した。あちこちで馬車が落とし穴に落ちて脱落している。俺たちの馬車は落とし穴を次々に回避し、先頭を走るイカサマチームに並んだ。二台の馬車の一騎打ちだ。すでに周囲に他の馬車は見当たらない。
ラベロンが変態アルパカにムチを入れた。アルパカがいななくと、かぼちゃ馬車の速度が上がり、徐々に俺たちが前に出始めた。
キャサリンが興奮して叫んだ。
「このままぶっちぎりですわ、いけぇええ」
「すげえな、おらたちが優勝するんだべか」
ラベロンが言った。
「気をつけるのじゃ・・・魔力の気配が強くなっておるぞ」
そのとき、斜め後ろを走るイカサマチームの馬車の御者台に、暗緑色のローブを纏った男が現れた。そして右手を上げると、俺たちに向かって<火炎弾(ファイア・ボール)>を放ってきた。俺はラベロンの言葉を聞いて警戒していたので、魔法を念じて火炎弾を即座に跳ね返した。
魔法を使った攻撃はルール違反のはずだ。周りを見渡してみると、道路を走っている馬車は俺たちとイカサマチームだけだった。目撃者はいないので、俺たちを亡き者にしてしまえば、バレないという魂胆か。そっちがその気なら、倍にして返してやろう。俺は右手を掲げた。しかし、ラベロンが俺を制して言った。
「待つのじゃ、アルフレッド殿。こちらが魔法攻撃をすれば、こちらも失格になるおそれがある。どこかで監視しているとも限らんからな。ここは耐えるのじゃ」
イカサマチームの魔法使いは、火炎弾を弾き返されたことに驚いたらしく、しばし呆然としていたが、すぐに<火炎弾(ファイア・ボール)>を乱発してきた。俺は、かぼちゃの馬車めがけて飛んでくる火炎弾を冷静に弾き返す。
馬車の護衛についていたカザルとルミアナがイカサマチームの馬車を潰すべく接近するが、イカサマチームの護衛の騎馬が行く手を阻む。
馬車の窓から顔を出していたキャサリンが叫んだ。
「ちょっと、レイラ。何とかしなさいよ。あの生意気な馬車を黙らせるのよ」
「は、はい、お嬢様・・・何とかします」
とは言ったものの、どうしたものか。レイラが御者台から顔を出してみると、かぼちゃ馬車の屋根に巨大な馬の首が刺さっているのが目に付いた。これだ。レイラは御者台に立ち上がると、ふん、と馬の首を引っこ抜き、イカサマチームの馬車めがけてぶん投げた。
魔法を念じることに夢中なっていたイカサマ魔法使いは、レイラに気付くのが遅れ、まともに馬の首の直撃を受けた。魔法使いは反動で馬車から振り落とされ、地面に倒れ込んで後ろへ流れていった。馬の首はイカサマ馬車の御者台に刺さったままだ。それでもまだ、馬車が追いかけてくる。
キャサリンが手を振り回しながら大声で叫んだ。
「いやああ、もう、しつこいですわね。あたまに来ましたわ。あんな馬車は、車輪が取れてしまえばいいんですわ」
すると、突然、イカサマ馬車の左の前輪が外れて、横に転がっていった。御者が焦って馬車の姿勢を維持しようと試みるが、奮闘むなしく、前のめりに傾くと、そのまま馬車が横転して土埃が舞い上がった。
ラベロンが叫んだ。
「なんじゃなんじゃ、いま、恐ろしく強烈な呪いの魔力を感じたぞ」
キャサリンが不思議そうな顔で言った。
「変ねえ、イカサマ馬車の車輪が本当にとれちゃいましたわ。まあ、いいですわ」
いいですわ、じゃないぞ。どうやらキャサリンは感情が高まると呪いが発動するらしい。キャサリンを興奮させてはいけない。だが、キャサリンは放置していても勝手に興奮して騒ぎ出すので、誰にも止められない。
とにもかくにも、俺たちのかぼちゃ馬車は先頭でゴールの会場に飛び込んだ。会場は大騒ぎになった。誰もかぼちゃと変態アルパカのチームが優勝するとは予想していなかったからだ。俺たちは、そんな騒ぎを尻目に、レースの主催者のもとへ向かった。賞金を申請するためだ。
主催者のボスは露骨に嫌な顔をしていた。そして、俺たちの引いたクジに書かれている内容と、運んできた荷物を見比べながら言った。
「おい、これは子牛じゃないか。子牛じゃだめだ。失格だ」
ルミアナが食い下がった。
「いえ、それはそちらの記載上の不備ですわ。クジには成牛とは書いていないですし、子牛も牛に違いありません」
「クソ、そんなの屁理屈だ」
「いいえ、そちらの方こそ、不当な難癖を付けてくるとは、恥知らずもいいところですわ」
俺は言った。
「まあまあ、それではこうしよう。俺たちは優勝賞金が欲しいんじゃなくて、風魔法の魔道具が欲しいのだ。それさえ手に入れば文句はない」
「はあ? 風魔法の魔道具だと?」
「ああそうだ。去年のレースで、アナウマという男から賭けの代価として風魔法の杖を受け取っているはずだ。あれを返してくれたら、俺たちは失格でもかまわない」
アナウマが驚いて飛び上がった。
「ちょ、ちょっとまってくれ。せめてあと1万アイーンを上乗せしてくれ。俺たちが失格になれば、胴元にかなりのカネが入るだろ。それくらい安いもんだ」
俺は言った。
「そうだな、じゃあこうしよう。風魔法の杖とアイーン金貨1万枚でどうだ。それで俺たちは失格になろう」
ボスは嫌な顔をしていたが、横から部下と思しき男が耳打ちした。俺が強力な魔法使いであることを話したようだ。俺たちと揉めても利益のないことを悟ったボスは、急に笑顔を見せて言った。
「なんだ、そういうことか。ははは。よし、それで手を打とう」
イカサマを正すことはしなかったが、地元に大きな力を持つ連中を敵に回すのは得策ではない。正義感の強いレイラは少し不満な表情を見せたが、俺の決定に異を唱える仲間はいなかった。
風魔法の杖が手に入った。風をイメージしたものなのか、杖の頭部には流れる雲のような装飾が施されている。アナウマによると、この杖はそれほど強力なものではなく、風を吹かせる程度なのだという。
向こうから、風邪で寝込んでいたサフィーがふらふらと歩いてきた。
「へ、陛下・・・申し訳なかったのじゃ。ところで、レースはどうなったのじゃ」
カザルがニヤニヤして言った。
「サフィーのせいで、負けちまったぜ」
「えええええ、そんなぁ・・・ワレは、どうしたらいいんじゃ・・・」
俺はサフィーに言った。
「それはカザルの嘘だ。安心しろ、ほら、風魔法の杖は手に入れた。レースも負けたわけじゃない。また今度、頑張ってくれればいい」
サフィーが目をうるうるさせた。
「ああ、アルフレッド殿は優しいのう。大好きじゃー」
サフィーが抱きついてきた。
「ちょっと、いちいちお兄様に抱きつくんじゃないの。離れなさいっての」
「おい、やめろ、このバカ女。陛下に風邪がうつったら、どうするつもりだ。離れろ」
俺たちは風魔法の杖をたずさえて、王都へと戻った。
遅れてきた俺たちの前には、他のチームがくじ引きのために並んでいた。俺はひらめいた。キャサリンの「貧乏神の力」を発揮するチャンスではないか。
「キャサリン、相手チームに貧乏神の力を使うんだ。そうすれば連中の運勢が最低に落ち込んで、みんな貧乏くじを引き当てるに違いないぞ」
「えー、なにそれ。お兄様ったらわたくしを貧乏神扱いするなんて、ひどいですわ。でも、レースに勝つためには仕方がないですわね。わたくしに任せるのですわ」
キャサリンは俺たちの前に居並ぶチームの後ろから、妙な手付きをしながら呟いた。
「貧乏になあれ、貧乏になあれ・・・」
列の前方に居たチームが次々にくじを引き、紙を広げて内容を確認した。
「ええと・・・金の卵を産む鶏だと?」
「なんじゃそりゃ、そんなもん居るわけねえだろ」
「どうすんだ、それ」
「ええと・・・ハゲじじいの毛髪100本」
「ハゲじじいに髪の毛なんかあるわけねえだろ、どうすんだよ」
「こうなったら、どこの毛でもわかりゃしねえ、適当にむしって持っていこう」
「ええと・・・シンデレラ姫」
「ええい面倒だ。おまえ、シンデレラになれ」
「ばか、俺は男だ」
「ええと・・・ねこ100匹」
「うおおお、全員でねこを捕まえろー」
「いたぞ、ねこだー」
会場は大騒ぎになった。
「おーほほほほ、効果てきめんですわ。この大混乱で、わたくしたちのチームが優勝間違いなしですの。では、わたくしがくじを引きますわ・・・」
「わ、やめろキャサリン、お前がくじを引いたら・・・」
「・・・牛、三頭・・・」
「ひゃぁあ、牛が三頭ですわ。どうしましょうお兄様」
カザルがあきらめ顔で言った。
「旦那、あのかぼちゃ馬車に牛を三頭も乗せるのは無理ですぜ」
「ううむ、これは完全に詰んだか」
この騒ぎを呆れて眺めていたルミアナが冷静に言った。
「ここには『成牛』と書かれていないわ。子牛でもいいんじゃないかしら」
「おお、それだ。子牛を探しに行くぞ」
俺たちはくじ引き会場を飛び出した。
ーーー
田舎道を一台の牛車がゴトゴトと進んでいる。荷台には子牛が三頭乗せられている。どうやら市場へ子牛を売りに行くようである。前歯が抜けた、太ったひげ面の農夫が腑抜けた顔で歌っている。
「はあ、ドナドナドーナぁ・・・」
正面からものすごい勢いでかぼちゃの馬車が走ってきた。農夫は仰天して目を見開いた。
「で、でっけーかぼちゃがこっちに向かってくるべ。すげー怖ぇー、逃げべ!」
とはいえ、農夫がいくら牛に鞭を入れても牛はちっとも動かない。たちまち、俺たちのかぼちゃ馬車が農夫に追いついた。俺はかぼちゃ馬車から飛び降りると農夫に駆け寄った。
「まて、待ってくれ。怪しいものではない」
「なに言ってるだ、でっけーかぼちゃに、けったいな馬さ乗って、いかにもあやしいべ。ははあ、さては、かぼちゃの妖精だべな。かぼちゃの妖精が、おらに悪さしに来たんだべ」
「いやいや、かぼちゃの妖精ではない。アルカナ国の国王だ」
「はあ、かぼちゃの王様だべか。ますますあやしいべな。かぼちゃの王様が、おらに何の用だべ」
「だから、かぼちゃの王様じゃなくて、アルカナ国の・・・ええい、そんなことはどうでもいい。あんたの荷台に積んでいる子牛を三頭、売ってほしいんだ」
農夫は恨めしそうな表情で言った。
「おらの子牛を買ってどうすんだべ。食うのか」
「食わないよ、馬車レースで、となりの町まで運ぶ荷物として必要なんだ」
「ああ、あんだ馬車レースか。すげーな、面白そうだな、おらも興味があるんだ。そうだ、おらも子牛と一緒に町まで乗っけてけろ」
キャサリンが言った。
「まあ、だめに決まってますわ。あんたみたいなデブチンを乗せたら、馬車がますます重くなってスピードが遅くなってしまいますわ」
「なんだ、けったくせえな。んじゃ、仔牛は売らねぇ」
俺は慌てて言った。
「わかったわかった、乗せてやるから。こうなったらアルパカさんに頑張ってもらうしかない。ラベロン、アルパカの筋力をもっと強化できないか」
「ああ、できるとも。じゃが、やりすぎると副作用が出るんじゃ」
「副作用? 副作用で死んだりするのか」
「いや、死ぬことはない。じゃが、一時的に女体化してしまうことがある」
「なんだと、アルパカが四つん這いの女になるのか」
「アルフレッド殿、へんな想像をされては困りますな。人間の女にはなりませんぞ。オスのアルパカが、メスのアルパカになるだけじゃわい」
「ああそうか、よく考えてみればそうだよな。まあ、アルパカが一時的にメスになっても、問題ないだろ」
話を聞いていたカザルが割り込んできた。
「女体化だと? そいつはいいぜ。俺も一度、女体化ってのを体験してみたかったんだ」
女体化したカザルにアルカの町をぶらぶら歩き回られたら、たまったものではない。公序良俗に反するどころの騒ぎではない。王国の品位に関わるぞ。
「女体化は絶対にやめろ。お前が女体化して町を歩き回ったら、即刻、国外追放だからな」
ーーー
俺たちは馬車に三頭の子牛と農夫、それに眠ったままのレイラを乗せて、ゴールの町へ向けて走り出した。他のチームの多くがキャサリンのおかげで貧乏くじを引いたため、荷物の仕入れに手間取っている。その間に俺たちは大きく順位を上げた。
いよいよバトルの第二ラウンドが始まろうとしていた。複数の馬車がゴールへ向けてひた走る。その先頭を走る馬車を見て、ラベロンが言った。
「あの馬車、なんだか怪しいのう。イカサマチームかも知れん」
俺は聞き返した。
「イカサマチームだと?」
「ああ。このレースには噂がある。胴元が密かに雇ったチームがいつも優勝しているらしい、という噂じゃ。イカサマじゃな。もちろん、嘘か本当かわからん。じゃが、あやしい。人間には感じないが、あの馬車からは魔力の匂いがプンプンするのじゃよ」
イカサマチームか。これは気をつけなければならないな。
さて、俺たちの前を走るのは「オーマイゴット狂信者チーム」だ。どうやら神のご加護によってキャサリンの貧乏神の力を跳ね返したらしく、貧乏くじは引かなかったようだ。馬車の屋根からは御神体の姿を模した巨大な像が突き出ている。馬の生首である。生首の生えた馬車の中では、数名の僧侶が奇妙な経典を唱え続けている。
そこへ黒い馬車が近づくと、狂信者チームの馬車にピッタリと横付けした。イカサマチームの馬車である。そして馬車から身を乗り出した男たちが巨大な斧を振り上げると、狂信者チームの馬車を叩き壊し始めた。狂信者チームの僧侶が叫んだ。
「何をするか、この不届き者め。馬神さまの神罰をうけるぞ」
「わはは、神罰なんかちっとも怖くねえぜ。やれるもんなら、やってみな」
屈強な男たちが振るう大斧で叩き続けられた馬車からは木片が飛び散り、壁に穴が空き、屋根が崩れる。僧侶がいっそう大きな声で経典を唱え続けるが、効果はなく、やがて馬車は崩れ落ちた。僧侶たちが一斉に叫んだ。
「オーマイゴット」
破壊された馬車の屋根から、巨大な馬の首が転がり落ちると、弾みながら俺たちの馬車に向かって飛んできた。
「きゃああ、神罰がこっちに飛んできたわ」
「おのれ、回避じゃ」
巨大な馬の首は大きく弾むとかぼちゃ馬車の屋根に乗り、かぼちゃのヘタの軸に刺さり込んでしまった。俺は御者台に立って屋根に突き刺さった馬の首を押してみたが、びくともしない。こうなったら仕方がない。そのまま突っ走れ。
巨大かぼちゃの屋根に馬の首が生えて、ますますいかれた格好の馬車になった。それを見たキャサリンが叫んだ。
「まああ、なによこれ~、恥ずかしいですわ」
狂信者の馬車を破壊したイカサマチームの馬車が、今度は俺たちの馬車に近づいてきた。ははあ、こうして上位の他のチームを一台ずつ潰して、仲間の馬車を優勝させる気だな。
馬車の男たちが大斧を振り上げて迫ってくる。キャサリンが農夫に言った。
「あんた、ボーっとしてないで、何とかしなさいよ」
「んだば、おらの秘密兵器さ、みせてやるべ」
「なによ、それ」
「ノミ爆弾だぁ。おらの家で集めたノミやら、ダニやら、シラミやらを、いっぱい詰め込んであんだべ。あいつらに、おみまいしてやるべ」
そう言うと、農夫は窓からガラス瓶を投げつけた。ガラス瓶は男に当たると割れ、黒い粉を散らしたように虫が男の全身に降りかかり、男の馬車の中にも大量に飛び込んだ。
「うわ、この百姓、何しやがった」
「か、か、痒い・・・」
男が痒みに耐えられず、馬車から転げ落ちた。
「どんなもんだ。おらの家のノミやダニはすげえからな、こんだに刺されて平気なやつはいないべ」
「ちょっと、わたくしも何だか体が痒くなってきましたわ」
「ああ、風に乗ってこっちにも少し飛んできたんだべな。おらは毎日ノミやダニに刺されてっから平気だべ」
「なによ、あんたと違って、わたくしは平気じゃないのよ。・・・いや、いや、死ぬほど痒いわ、どうしてくれんのよ」
「んだら、服さ脱いだらどうだ」
「バカ、あんたの前で服を脱げるわけ無いでしょ、このスケベでぶ」
それまでずっと寝ていたレイラは、虫刺されが痒くて目が覚めた。上半身だけ起き上がってあくびをすると、眠い目をこすった。すぐ目の前に子牛が三頭いる。レイラは仰天した。
「うわわ、なんだ、なんで牛がいるんだ」
起き上がったレイラを見て、農夫が言った。
「あんら、ゾウアザラシが寝てるのかとおもったら、でっけえ女だったべ」
農夫は前歯の抜けた髭面でニンマリと笑った。
「ん、よく見だら、おめえ、おらの好みの顔だ。一目惚れしたべ。おらの嫁っこさ、ならねが」
「うわわ、だ、誰だお前は。私はおまえの嫁なんかにならないぞ」
「まあ、いいでねぇか。おらは村の農民だ。おっきい家も、広い畑を持ってる。牛も鶏もいっぱい飼ってる。お前のこと幸せにしてやるべ」
「うわ、こっちに近寄るな。おまえなんか知らん、やめろ」
子牛のお尻の近くに居たキャサリンが絶叫した。
「ぎゃああ、牛がウンチした、お兄様、牛がいっぱいウンチしましたわ」
荷台は大騒ぎである。俺は言った。
「うるせええ、静かにしてくれ、ラベロンが運転に集中できないじゃないか。ルミアナ、虫よけのポーションを撒いてくれないか。なんだか私も体が痒くて大変だ」
「わかりました、ついでにかゆみ止めも撒いておきます」
馬車に並走しながらルミアナがポーションをふりかけた。
騒ぎが落ち着くと、農夫が荷台から御者台に出てきた。しつこくレイラに迫ったらしく、顔には真っ赤な平手打ちの跡がある。
「都会のおなごは、強烈だぁ。一発引っ叩かれたべ。おめえも大変だな」
俺は苦笑いした。そのとき、農夫が前方の道路を見て真剣な表情で言った。
「なんか変だべ。道にほじぐった跡がいっぺえある。おらは町で野菜を売る時、いつもここを通るから、わかるんだ」
「掘り返した跡? 落とし穴か? ルミアナ、落とし穴がわかるか?」
「はい、陛下。私の目は人間より鋭いので、わずかに見えます。私が穴に落ちないように、馬車を先導します」
ラベロンが言った。
「魔法の発動を感じるぞ。イカサマチームは、落とし穴の場所にあらかじめ魔法でマーキングして、それを感知して避けて走っておるのじゃ」
ルミアナの先導で馬車は右に、左にコースを変える。俺たちの隣を走っていた馬車は落とし穴に車輪がハマり、車輪が外れて車体が横転した。あちこちで馬車が落とし穴に落ちて脱落している。俺たちの馬車は落とし穴を次々に回避し、先頭を走るイカサマチームに並んだ。二台の馬車の一騎打ちだ。すでに周囲に他の馬車は見当たらない。
ラベロンが変態アルパカにムチを入れた。アルパカがいななくと、かぼちゃ馬車の速度が上がり、徐々に俺たちが前に出始めた。
キャサリンが興奮して叫んだ。
「このままぶっちぎりですわ、いけぇええ」
「すげえな、おらたちが優勝するんだべか」
ラベロンが言った。
「気をつけるのじゃ・・・魔力の気配が強くなっておるぞ」
そのとき、斜め後ろを走るイカサマチームの馬車の御者台に、暗緑色のローブを纏った男が現れた。そして右手を上げると、俺たちに向かって<火炎弾(ファイア・ボール)>を放ってきた。俺はラベロンの言葉を聞いて警戒していたので、魔法を念じて火炎弾を即座に跳ね返した。
魔法を使った攻撃はルール違反のはずだ。周りを見渡してみると、道路を走っている馬車は俺たちとイカサマチームだけだった。目撃者はいないので、俺たちを亡き者にしてしまえば、バレないという魂胆か。そっちがその気なら、倍にして返してやろう。俺は右手を掲げた。しかし、ラベロンが俺を制して言った。
「待つのじゃ、アルフレッド殿。こちらが魔法攻撃をすれば、こちらも失格になるおそれがある。どこかで監視しているとも限らんからな。ここは耐えるのじゃ」
イカサマチームの魔法使いは、火炎弾を弾き返されたことに驚いたらしく、しばし呆然としていたが、すぐに<火炎弾(ファイア・ボール)>を乱発してきた。俺は、かぼちゃの馬車めがけて飛んでくる火炎弾を冷静に弾き返す。
馬車の護衛についていたカザルとルミアナがイカサマチームの馬車を潰すべく接近するが、イカサマチームの護衛の騎馬が行く手を阻む。
馬車の窓から顔を出していたキャサリンが叫んだ。
「ちょっと、レイラ。何とかしなさいよ。あの生意気な馬車を黙らせるのよ」
「は、はい、お嬢様・・・何とかします」
とは言ったものの、どうしたものか。レイラが御者台から顔を出してみると、かぼちゃ馬車の屋根に巨大な馬の首が刺さっているのが目に付いた。これだ。レイラは御者台に立ち上がると、ふん、と馬の首を引っこ抜き、イカサマチームの馬車めがけてぶん投げた。
魔法を念じることに夢中なっていたイカサマ魔法使いは、レイラに気付くのが遅れ、まともに馬の首の直撃を受けた。魔法使いは反動で馬車から振り落とされ、地面に倒れ込んで後ろへ流れていった。馬の首はイカサマ馬車の御者台に刺さったままだ。それでもまだ、馬車が追いかけてくる。
キャサリンが手を振り回しながら大声で叫んだ。
「いやああ、もう、しつこいですわね。あたまに来ましたわ。あんな馬車は、車輪が取れてしまえばいいんですわ」
すると、突然、イカサマ馬車の左の前輪が外れて、横に転がっていった。御者が焦って馬車の姿勢を維持しようと試みるが、奮闘むなしく、前のめりに傾くと、そのまま馬車が横転して土埃が舞い上がった。
ラベロンが叫んだ。
「なんじゃなんじゃ、いま、恐ろしく強烈な呪いの魔力を感じたぞ」
キャサリンが不思議そうな顔で言った。
「変ねえ、イカサマ馬車の車輪が本当にとれちゃいましたわ。まあ、いいですわ」
いいですわ、じゃないぞ。どうやらキャサリンは感情が高まると呪いが発動するらしい。キャサリンを興奮させてはいけない。だが、キャサリンは放置していても勝手に興奮して騒ぎ出すので、誰にも止められない。
とにもかくにも、俺たちのかぼちゃ馬車は先頭でゴールの会場に飛び込んだ。会場は大騒ぎになった。誰もかぼちゃと変態アルパカのチームが優勝するとは予想していなかったからだ。俺たちは、そんな騒ぎを尻目に、レースの主催者のもとへ向かった。賞金を申請するためだ。
主催者のボスは露骨に嫌な顔をしていた。そして、俺たちの引いたクジに書かれている内容と、運んできた荷物を見比べながら言った。
「おい、これは子牛じゃないか。子牛じゃだめだ。失格だ」
ルミアナが食い下がった。
「いえ、それはそちらの記載上の不備ですわ。クジには成牛とは書いていないですし、子牛も牛に違いありません」
「クソ、そんなの屁理屈だ」
「いいえ、そちらの方こそ、不当な難癖を付けてくるとは、恥知らずもいいところですわ」
俺は言った。
「まあまあ、それではこうしよう。俺たちは優勝賞金が欲しいんじゃなくて、風魔法の魔道具が欲しいのだ。それさえ手に入れば文句はない」
「はあ? 風魔法の魔道具だと?」
「ああそうだ。去年のレースで、アナウマという男から賭けの代価として風魔法の杖を受け取っているはずだ。あれを返してくれたら、俺たちは失格でもかまわない」
アナウマが驚いて飛び上がった。
「ちょ、ちょっとまってくれ。せめてあと1万アイーンを上乗せしてくれ。俺たちが失格になれば、胴元にかなりのカネが入るだろ。それくらい安いもんだ」
俺は言った。
「そうだな、じゃあこうしよう。風魔法の杖とアイーン金貨1万枚でどうだ。それで俺たちは失格になろう」
ボスは嫌な顔をしていたが、横から部下と思しき男が耳打ちした。俺が強力な魔法使いであることを話したようだ。俺たちと揉めても利益のないことを悟ったボスは、急に笑顔を見せて言った。
「なんだ、そういうことか。ははは。よし、それで手を打とう」
イカサマを正すことはしなかったが、地元に大きな力を持つ連中を敵に回すのは得策ではない。正義感の強いレイラは少し不満な表情を見せたが、俺の決定に異を唱える仲間はいなかった。
風魔法の杖が手に入った。風をイメージしたものなのか、杖の頭部には流れる雲のような装飾が施されている。アナウマによると、この杖はそれほど強力なものではなく、風を吹かせる程度なのだという。
向こうから、風邪で寝込んでいたサフィーがふらふらと歩いてきた。
「へ、陛下・・・申し訳なかったのじゃ。ところで、レースはどうなったのじゃ」
カザルがニヤニヤして言った。
「サフィーのせいで、負けちまったぜ」
「えええええ、そんなぁ・・・ワレは、どうしたらいいんじゃ・・・」
俺はサフィーに言った。
「それはカザルの嘘だ。安心しろ、ほら、風魔法の杖は手に入れた。レースも負けたわけじゃない。また今度、頑張ってくれればいい」
サフィーが目をうるうるさせた。
「ああ、アルフレッド殿は優しいのう。大好きじゃー」
サフィーが抱きついてきた。
「ちょっと、いちいちお兄様に抱きつくんじゃないの。離れなさいっての」
「おい、やめろ、このバカ女。陛下に風邪がうつったら、どうするつもりだ。離れろ」
俺たちは風魔法の杖をたずさえて、王都へと戻った。
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