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第ニ期 41話~80話
第七十八話 ドタバタ馬車レース②
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スタート地点に並んだ競争相手の馬車をよく見ると、ほとんどの馬車が武装されている。最初から他のチームの馬車をぶっ壊す気が満々なのである。屋根には旋回式の強力なバリスタが装備され、車体には槍のようなものがあちこちに突き出している。車輪は保護のためのスカートで覆われている。馬車の護衛たちも、鎧や槍を装備している。
黒い馬に乗った目付きの悪い護衛が、俺たちを一瞥して言った。
「へっへっへ、ここにおめでたい連中がいるぜ。まあ、軽くあしらってやるか」
一方、そんなガラの悪い連中とは別に、俺たちの隣には「イケメン貴族チーム」がいた。文字通りイケメンの若い貴族たちがカネに物を言わせて編成したチームだ。彼らの馬車は目もくらむような豪華さだ。馬車は白地に青と黄金の装飾が施され、たてがみも美しい白馬が六頭で牽引する。そして四騎の護衛の騎士も白馬にまたがり、輝く銀の鎧に身を包んでいる。ヘルメットには真紅の羽飾りが揺れる。観客席には大勢の女性ファンが押しかけ、黄色い声援を送っている。馬車の貴族たちが手を上げて笑顔で応え、歯を光らせた。
その様子を見たカザルが、ムッとして言った。
「くそ面白くねえ。あいつら、絶対に泥だらけにして、ぶっつぶしてやるぜ」
馬車に乗っていたキャサリンが、すました顔でカザルに言った。
「まああ、いやですわカザルったら。イケメン貴族に嫉妬するなんて、みっともないですわ。その点、わたくしのような高貴な美人ともなれば、毅然としていられるのですわ」
イケメン貴族が、俺たちの馬車を指さして笑った。
「見ろよ、かぼちゃの馬車に変態アルパカの馬だとよ。あははは。あそこに乗っているのは、かぼちゃのお姫様か。とんだ田舎者だぜ、こやしの匂いがプンプンする。あははは」
キャサリンが物凄い剣幕でカザルに言った。
「カザル、レースが始まったら真っ先にあいつらをぶっ潰すのよ。わかってるわね」
カザルが呆れ顔で言った。
「へいへい、わかりやしたぜ、お嬢様」
他にも優勝候補と目される強豪チームが多数出場中だ。
俺たちのチーム編成は、ラベロンが操るかぼちゃの馬車に俺とキャサリンとルミアナが乗車し、変態アルパカにまたがったレイラ、カザルが護衛として並走する。
ラベロンが言った。
「なんでもありのレースだが、馬を狙って攻撃することは禁止されている。魔法攻撃もダメだ。しかし、それ以外は何でもありだから、覚悟してくれ」
教会の鐘に似た音がカランカランと鳴り響いた。スタートの合図である。会場に集まった観客から一斉に大声援が送られる。なにしろ観客のほとんどがレースにカネを賭けているのだから目の色が普通じゃない。みな馬券を握りしめている。
まずはイケメン貴族チームが先頭に飛び出した。彼らは虚栄心の塊だから、スタート直後は目立つチャンスである。ここぞとばかり詰め掛けた女性ファンに手を振ってアピールする。だがそれを追い抜こうとするチームはなく、各車とも団子状態で走る。長距離レースなので、最初から先頭を突っ走っても意味がない。レース序盤は相手の出方を見ながら、互いに蹴落とし合いが行われるのだ。
スタート会場を抜けるとコースは町の郊外へ出た。ゆるやかな丘陵地に畑が広がっているのどかな風景だ。そんな雰囲気をよそに、早くも各チームのつぶしあいが始まった。俺たちの横を走っていた馬車が、前を走る馬車の車輪を狙って、バリスタで攻撃を開始した。攻撃を受けた馬車は、あわてて右に左に方向を変えながら攻撃を避け、バリスタで反撃する。撃ち合いだ。
あちこちで馬車同士の撃ち合いが始まった。俺たちの前を走っていた馬車の車輪が破壊されて飛び散ると、馬車が大きく傾き、たちどころに横転した。俺たちに向かって、前方から破壊された車体が転がってくる。キャサリンが叫ぶ。
「きゃああ、はやく避けて」
「うおお、わしに任せておけ」
ラベロンの巧みな手綱さばきで、転がってきた車体をかろうじてかわした。
一台の馬車が俺たちの馬車の横から接近してくると、バリスタで車輪を狙ってきた。だが、俺たちの馬車は、かぼちゃの作り物で馬車全体が覆われているので、車輪は下の部分が少し見えているだけだ。よほどの腕がない限り当てることは難しいのだ。相手の放つバリスタの矢は作り物に刺さるばかりで車輪に当たらない。おお、これは意外にいけるじゃないか、かぼちゃ馬車!
キャサリンは窓から身を乗り出すと、攻撃してきた馬車に向かって舌を出した。
「おほほほ、下手くそですこと。ちっとも当たらないですわ。べろべろべー」
「おい、キャサリン、どこでそんな下品な言葉を覚えたんだ」
「あら、アルカの下町にお兄様とときどき遊びに行ったじゃありませんか。お忘れですの?でも、今はそれどころではありませんわ」
キャサリンにバカにされた馬車の連中が激怒している。
「あのかぼちゃ野郎、生意気な」
「ひやっはー、焼きかぼちゃにしてやるぜ」
今度は火矢を放ってきた。かぼちゃ馬車の側面に三本の火矢が突き刺さる。俺が窓から身を乗り出し、火矢に<凍結(フリーズ)>を放射して消火した。その様子を見た相手チームの護衛の男が怒鳴った。
「おい、魔法は違反じゃねえのか」
ラベロンが応えた。
「いや、魔法で攻撃はしておらんから違反ではないぞ。禁じられておるのは魔法攻撃じゃ」
「なにを! 屁理屈を抜かしやがって、てめえらぶっ潰してやる」
そう言うと、相手の護衛の男が槍を構えて俺たちの馬車に向かってきた。と、そこへイケメン貴族チームの護衛騎士が、真紅の飾り羽を揺らしながら俺たちの助っ人に入った。そして相手チームの護衛を槍で撃退した。
キャサリンが窓から身を乗り出して、護衛騎士に言った。
「まあ、助けてくださるのですか。見直しましたわ」
「もちろんですとも、かぼちゃの馬車のお姫様。私はいつでもご婦人方の味方です。ブサイクな男どもに襲われる女性を見捨てることなど出来ましょうか。私がお守りいたしましょう」
イケメン貴族はキャサリンに向かって、さわやかに微笑んで歯を光らせた。が、突然、その美しい顔に、クリームのたっぷり詰まったパイがドシャっと命中した。イケメン貴族の顔に白いクリームがべっとり張り付いた。イケメン貴族がムッとしてやりを構え、前方に突進する。
「おのれ・・・」
だが、パイが次々に飛んできて、続けざまにイケメン貴族の顔面に命中したため、イケメンは大きくのけぞってそのまま落馬してしまった。
俺は驚いてラベロンに言った。
「おい、何だ今のは?」
「おお、あれは『クレイジー料理人チーム』の仕業じゃな」
なんだそりゃ。前方を走る馬車の屋根にはコック帽が乗っかっている。目付きの悪い料理人が周囲の馬車や護衛に向かってパイを投げている。パイ投げ攻撃かよ、すごい古典的な・・・いや、この時代だと斬新なのか。
イケメン貴族チームは顔にパイを投げつけられるのを恐れて、向こうへ離れてしまった。その様子を見てキャサリンが叫んだ。
「なによ、薄情者! パイを顔にぶつけられるくらいで逃げるなんて、見損なったわ」
クレイジー料理人チームの馬車が俺たちの前方に移動してくると、パイをどんどん投げつけてきた。
「おい、ラベロン、あいつらから離れないと危ないぞ・・・」
「うおお、いま、やっとるわい」
次々に飛んでくるパイの一つがラベロンの顔に命中し、張り付いてしまった。
「うげ、い、息が・・・」
ラベロンが後ろへ倒れる。俺が咄嗟に手綱を引き継ぐ。荷台に乗っていたキャサリンが前方の御者台(ぎょしゃだい)から顔を出すと、料理人チームへ向かって叫んだ。
「ちょっとあんたたち、食べ物で遊んじゃだめだってお母さんから教わらなかったの! やめなさいったら、やめな・・・」
キャサリンの顔にパイがグッチャリと命中して、ズルっと落ちた。いちごのクリームが顔にべっとり張り付いた。キャサリンは舌を出してクリームをべろっと舐めてから言った。
「なによ・・・意外に美味しいじゃないの。でも、許さないわ。よくもやってくれたわね。カザル、レイラ、やっておしまい」
「がってんでえ」
カザルが毛のないアルパカの尻にムチを入れると、筋肉ムキムキ変態アルパカが嬉しそうにいなないて加速する。元の世界でこんなことをしたら、動物愛護協会とアルパカ愛好家に袋叩きにあうこと間違いなしだ。
カザルがクレイジー料理人チームの馬車に近づくと、ハンマーを振り上げる。そのとき、カザルの顔面に真っ赤な色のパイが命中した。
「ふん、こんなパイなんか痛くも痒くもねえぜ・・・」
しかし、すぐにカザルの顔が苦痛に歪み、口を開けて舌を突き出した。
「うげ、か、辛い・・・これは激辛タバスコ・パイだ」
大口を開けて叫んだカザルに、さらなる激辛タバスコ・パイが命中した。カザルは口にパイをくわえたまま後ろにひっくり返ると、落馬してしまった。レイラの顔色が変わった。
「ま、まずい。私は辛いものが・・・」
そういうレイラの顔にも激辛タバスコ・パイが容赦なく襲いかかる。レイラの顔は命中したパイの唐辛子で真っ赤になり、涙と鼻水が、どばっと出た。レイラは馬の踵を返すと、俺の馬車に向かってきた。
レイラは馬車と並走しながら俺に向かって言った。
「へへへ、陛下、陛下、た、たすけてください。辛くて死にそうです」
「どうした、レイラ」
「私は、辛いのと熱いのが、まるきりダメなんです」
猛獣との戦いで全身血まみれになっても弱音一つ吐かないレイラが、極度の猫舌だったのか。こいつはまったく予想外だ。
「ルミアナ、辛いものを辛く感じなくするポーションはあるか」
「あります。ただし、副作用がありまして・・・」
「なんだ、その副作用は」
「強力に酔っ払います」
うわ、酔っ払うのかよ。レイラが酔っ払うと大変だからな。やたらに絡んでくるし。しかしそんなことを気にしている場合ではない。俺はルミアナからポーションを受け取ると、馬車から手を伸ばしてレイラに手渡した。レイラは一息にそれを飲み干した。
「ああ、おかげで辛くなくなりました。すっきりしました・・・」
「そうか、それは良かった。他には何か感じないか?」
「はああ、なんだかふわふわして、いい気持ちなのれす。へ、陛下・・・わたし・・・」
「あー、今はそれどころではない。俺たちの前を走る料理人チームの馬車を排除するんだ。あいつらが俺たちを邪魔してくる」
「あんですって、あいつらが、わたしとアルフレッド様の仲を邪魔してるのれすね」
「まあ、少し違うけど」
「わたしたちの仲を邪魔をするなんて、ゆるしましぇん。叩き潰すのれす。いくのだぁ~」
レイラが変態アルパカの尻をビシビシ叩くと、たちまち料理人チームの馬車に追いついた。そして背中のハルバードを両手に持って高く振り上げると、全力で馬車を殴り始めた。バキバキという破壊音と同時に木片が飛び散る。あれよあれよという間に屋根のコック帽が取れ、馬車の壁に穴が空き、しまいに車軸が真っ二つに折れて馬車は地面に崩れた。
「わたしと陛下の邪魔をしたら、殺すからね・・・」
コックたちは悲鳴を上げながら逃げていった。レイラは俺たちの馬車へ向かって戻ってきたが、様子がへんだ。
「あああ、陛下、なんだか、世界がぐるぐるまわるのれす」
レイラは変態アルパカから降りて二、三歩歩くと、地面に倒れて寝てしまった。これはそのままにしておけない、馬車に乗せないと。俺は寝ているレイラの手前に馬車を止めた。
「おい、ラベロン、キャサリン、手伝ってくれ。レイラを馬車に乗せるんだ・・・」
ラベロンとキャサリンから返事がないので、妙に思って馬車の荷台を覗いてみると、二人は、料理人からぶつけられたパイをむさぼり食っているところだった。
「おい、おまえたち、なに食ってるんだ」
二人はクリームだらけの白い顔を上げて言った。
「いや、一流の料理人の作ったパイじゃから、捨てるのはもったいないと思っての」
「お兄様、食べ物は粗末にできませんわ。決して美味しいから食べてるとか、そんなわけではありませんのよ」
なんちゅう食い意地の張った連中だ。ちゃんと城では三度の食事を食わせてるだろ、まったく。こいつらは間違いなくアホだ。へんな薬物とか入っていたらどうするんだ。
「そんなもの食ってないで、レイラを馬車に乗せるのを手伝ってくれ。そのままにしておくと、誰かにへんなことされるかも知れない」
「いや、レイラなら大丈夫じゃろう。変なことしたら、命がいくつあってもたりない」
「いいから、手伝え」
しかし、レイラの体が重すぎてまったく動かない。海岸で昼寝しているゾウアザラシのようだ。ラベロンが俺に言った。
「こりゃあダメじゃ。馬車の後部にウインチがあるから、それで巻き上げよう」
なんでウインチが積んであるのかわからんが、かぼちゃ馬車の後ろの扉を開くと、捕鯨船にクジラを引き上げる要領で、レイラをウインチで巻き上げて荷台に載せた。その間にカザルも俺たちに追いついた。レイラの乗っていたアルパカには、代わりにルミアナがまたがり、一同は出発した。
しばらく走ると、前方に折り返し地点の村が見えてきた。
黒い馬に乗った目付きの悪い護衛が、俺たちを一瞥して言った。
「へっへっへ、ここにおめでたい連中がいるぜ。まあ、軽くあしらってやるか」
一方、そんなガラの悪い連中とは別に、俺たちの隣には「イケメン貴族チーム」がいた。文字通りイケメンの若い貴族たちがカネに物を言わせて編成したチームだ。彼らの馬車は目もくらむような豪華さだ。馬車は白地に青と黄金の装飾が施され、たてがみも美しい白馬が六頭で牽引する。そして四騎の護衛の騎士も白馬にまたがり、輝く銀の鎧に身を包んでいる。ヘルメットには真紅の羽飾りが揺れる。観客席には大勢の女性ファンが押しかけ、黄色い声援を送っている。馬車の貴族たちが手を上げて笑顔で応え、歯を光らせた。
その様子を見たカザルが、ムッとして言った。
「くそ面白くねえ。あいつら、絶対に泥だらけにして、ぶっつぶしてやるぜ」
馬車に乗っていたキャサリンが、すました顔でカザルに言った。
「まああ、いやですわカザルったら。イケメン貴族に嫉妬するなんて、みっともないですわ。その点、わたくしのような高貴な美人ともなれば、毅然としていられるのですわ」
イケメン貴族が、俺たちの馬車を指さして笑った。
「見ろよ、かぼちゃの馬車に変態アルパカの馬だとよ。あははは。あそこに乗っているのは、かぼちゃのお姫様か。とんだ田舎者だぜ、こやしの匂いがプンプンする。あははは」
キャサリンが物凄い剣幕でカザルに言った。
「カザル、レースが始まったら真っ先にあいつらをぶっ潰すのよ。わかってるわね」
カザルが呆れ顔で言った。
「へいへい、わかりやしたぜ、お嬢様」
他にも優勝候補と目される強豪チームが多数出場中だ。
俺たちのチーム編成は、ラベロンが操るかぼちゃの馬車に俺とキャサリンとルミアナが乗車し、変態アルパカにまたがったレイラ、カザルが護衛として並走する。
ラベロンが言った。
「なんでもありのレースだが、馬を狙って攻撃することは禁止されている。魔法攻撃もダメだ。しかし、それ以外は何でもありだから、覚悟してくれ」
教会の鐘に似た音がカランカランと鳴り響いた。スタートの合図である。会場に集まった観客から一斉に大声援が送られる。なにしろ観客のほとんどがレースにカネを賭けているのだから目の色が普通じゃない。みな馬券を握りしめている。
まずはイケメン貴族チームが先頭に飛び出した。彼らは虚栄心の塊だから、スタート直後は目立つチャンスである。ここぞとばかり詰め掛けた女性ファンに手を振ってアピールする。だがそれを追い抜こうとするチームはなく、各車とも団子状態で走る。長距離レースなので、最初から先頭を突っ走っても意味がない。レース序盤は相手の出方を見ながら、互いに蹴落とし合いが行われるのだ。
スタート会場を抜けるとコースは町の郊外へ出た。ゆるやかな丘陵地に畑が広がっているのどかな風景だ。そんな雰囲気をよそに、早くも各チームのつぶしあいが始まった。俺たちの横を走っていた馬車が、前を走る馬車の車輪を狙って、バリスタで攻撃を開始した。攻撃を受けた馬車は、あわてて右に左に方向を変えながら攻撃を避け、バリスタで反撃する。撃ち合いだ。
あちこちで馬車同士の撃ち合いが始まった。俺たちの前を走っていた馬車の車輪が破壊されて飛び散ると、馬車が大きく傾き、たちどころに横転した。俺たちに向かって、前方から破壊された車体が転がってくる。キャサリンが叫ぶ。
「きゃああ、はやく避けて」
「うおお、わしに任せておけ」
ラベロンの巧みな手綱さばきで、転がってきた車体をかろうじてかわした。
一台の馬車が俺たちの馬車の横から接近してくると、バリスタで車輪を狙ってきた。だが、俺たちの馬車は、かぼちゃの作り物で馬車全体が覆われているので、車輪は下の部分が少し見えているだけだ。よほどの腕がない限り当てることは難しいのだ。相手の放つバリスタの矢は作り物に刺さるばかりで車輪に当たらない。おお、これは意外にいけるじゃないか、かぼちゃ馬車!
キャサリンは窓から身を乗り出すと、攻撃してきた馬車に向かって舌を出した。
「おほほほ、下手くそですこと。ちっとも当たらないですわ。べろべろべー」
「おい、キャサリン、どこでそんな下品な言葉を覚えたんだ」
「あら、アルカの下町にお兄様とときどき遊びに行ったじゃありませんか。お忘れですの?でも、今はそれどころではありませんわ」
キャサリンにバカにされた馬車の連中が激怒している。
「あのかぼちゃ野郎、生意気な」
「ひやっはー、焼きかぼちゃにしてやるぜ」
今度は火矢を放ってきた。かぼちゃ馬車の側面に三本の火矢が突き刺さる。俺が窓から身を乗り出し、火矢に<凍結(フリーズ)>を放射して消火した。その様子を見た相手チームの護衛の男が怒鳴った。
「おい、魔法は違反じゃねえのか」
ラベロンが応えた。
「いや、魔法で攻撃はしておらんから違反ではないぞ。禁じられておるのは魔法攻撃じゃ」
「なにを! 屁理屈を抜かしやがって、てめえらぶっ潰してやる」
そう言うと、相手の護衛の男が槍を構えて俺たちの馬車に向かってきた。と、そこへイケメン貴族チームの護衛騎士が、真紅の飾り羽を揺らしながら俺たちの助っ人に入った。そして相手チームの護衛を槍で撃退した。
キャサリンが窓から身を乗り出して、護衛騎士に言った。
「まあ、助けてくださるのですか。見直しましたわ」
「もちろんですとも、かぼちゃの馬車のお姫様。私はいつでもご婦人方の味方です。ブサイクな男どもに襲われる女性を見捨てることなど出来ましょうか。私がお守りいたしましょう」
イケメン貴族はキャサリンに向かって、さわやかに微笑んで歯を光らせた。が、突然、その美しい顔に、クリームのたっぷり詰まったパイがドシャっと命中した。イケメン貴族の顔に白いクリームがべっとり張り付いた。イケメン貴族がムッとしてやりを構え、前方に突進する。
「おのれ・・・」
だが、パイが次々に飛んできて、続けざまにイケメン貴族の顔面に命中したため、イケメンは大きくのけぞってそのまま落馬してしまった。
俺は驚いてラベロンに言った。
「おい、何だ今のは?」
「おお、あれは『クレイジー料理人チーム』の仕業じゃな」
なんだそりゃ。前方を走る馬車の屋根にはコック帽が乗っかっている。目付きの悪い料理人が周囲の馬車や護衛に向かってパイを投げている。パイ投げ攻撃かよ、すごい古典的な・・・いや、この時代だと斬新なのか。
イケメン貴族チームは顔にパイを投げつけられるのを恐れて、向こうへ離れてしまった。その様子を見てキャサリンが叫んだ。
「なによ、薄情者! パイを顔にぶつけられるくらいで逃げるなんて、見損なったわ」
クレイジー料理人チームの馬車が俺たちの前方に移動してくると、パイをどんどん投げつけてきた。
「おい、ラベロン、あいつらから離れないと危ないぞ・・・」
「うおお、いま、やっとるわい」
次々に飛んでくるパイの一つがラベロンの顔に命中し、張り付いてしまった。
「うげ、い、息が・・・」
ラベロンが後ろへ倒れる。俺が咄嗟に手綱を引き継ぐ。荷台に乗っていたキャサリンが前方の御者台(ぎょしゃだい)から顔を出すと、料理人チームへ向かって叫んだ。
「ちょっとあんたたち、食べ物で遊んじゃだめだってお母さんから教わらなかったの! やめなさいったら、やめな・・・」
キャサリンの顔にパイがグッチャリと命中して、ズルっと落ちた。いちごのクリームが顔にべっとり張り付いた。キャサリンは舌を出してクリームをべろっと舐めてから言った。
「なによ・・・意外に美味しいじゃないの。でも、許さないわ。よくもやってくれたわね。カザル、レイラ、やっておしまい」
「がってんでえ」
カザルが毛のないアルパカの尻にムチを入れると、筋肉ムキムキ変態アルパカが嬉しそうにいなないて加速する。元の世界でこんなことをしたら、動物愛護協会とアルパカ愛好家に袋叩きにあうこと間違いなしだ。
カザルがクレイジー料理人チームの馬車に近づくと、ハンマーを振り上げる。そのとき、カザルの顔面に真っ赤な色のパイが命中した。
「ふん、こんなパイなんか痛くも痒くもねえぜ・・・」
しかし、すぐにカザルの顔が苦痛に歪み、口を開けて舌を突き出した。
「うげ、か、辛い・・・これは激辛タバスコ・パイだ」
大口を開けて叫んだカザルに、さらなる激辛タバスコ・パイが命中した。カザルは口にパイをくわえたまま後ろにひっくり返ると、落馬してしまった。レイラの顔色が変わった。
「ま、まずい。私は辛いものが・・・」
そういうレイラの顔にも激辛タバスコ・パイが容赦なく襲いかかる。レイラの顔は命中したパイの唐辛子で真っ赤になり、涙と鼻水が、どばっと出た。レイラは馬の踵を返すと、俺の馬車に向かってきた。
レイラは馬車と並走しながら俺に向かって言った。
「へへへ、陛下、陛下、た、たすけてください。辛くて死にそうです」
「どうした、レイラ」
「私は、辛いのと熱いのが、まるきりダメなんです」
猛獣との戦いで全身血まみれになっても弱音一つ吐かないレイラが、極度の猫舌だったのか。こいつはまったく予想外だ。
「ルミアナ、辛いものを辛く感じなくするポーションはあるか」
「あります。ただし、副作用がありまして・・・」
「なんだ、その副作用は」
「強力に酔っ払います」
うわ、酔っ払うのかよ。レイラが酔っ払うと大変だからな。やたらに絡んでくるし。しかしそんなことを気にしている場合ではない。俺はルミアナからポーションを受け取ると、馬車から手を伸ばしてレイラに手渡した。レイラは一息にそれを飲み干した。
「ああ、おかげで辛くなくなりました。すっきりしました・・・」
「そうか、それは良かった。他には何か感じないか?」
「はああ、なんだかふわふわして、いい気持ちなのれす。へ、陛下・・・わたし・・・」
「あー、今はそれどころではない。俺たちの前を走る料理人チームの馬車を排除するんだ。あいつらが俺たちを邪魔してくる」
「あんですって、あいつらが、わたしとアルフレッド様の仲を邪魔してるのれすね」
「まあ、少し違うけど」
「わたしたちの仲を邪魔をするなんて、ゆるしましぇん。叩き潰すのれす。いくのだぁ~」
レイラが変態アルパカの尻をビシビシ叩くと、たちまち料理人チームの馬車に追いついた。そして背中のハルバードを両手に持って高く振り上げると、全力で馬車を殴り始めた。バキバキという破壊音と同時に木片が飛び散る。あれよあれよという間に屋根のコック帽が取れ、馬車の壁に穴が空き、しまいに車軸が真っ二つに折れて馬車は地面に崩れた。
「わたしと陛下の邪魔をしたら、殺すからね・・・」
コックたちは悲鳴を上げながら逃げていった。レイラは俺たちの馬車へ向かって戻ってきたが、様子がへんだ。
「あああ、陛下、なんだか、世界がぐるぐるまわるのれす」
レイラは変態アルパカから降りて二、三歩歩くと、地面に倒れて寝てしまった。これはそのままにしておけない、馬車に乗せないと。俺は寝ているレイラの手前に馬車を止めた。
「おい、ラベロン、キャサリン、手伝ってくれ。レイラを馬車に乗せるんだ・・・」
ラベロンとキャサリンから返事がないので、妙に思って馬車の荷台を覗いてみると、二人は、料理人からぶつけられたパイをむさぼり食っているところだった。
「おい、おまえたち、なに食ってるんだ」
二人はクリームだらけの白い顔を上げて言った。
「いや、一流の料理人の作ったパイじゃから、捨てるのはもったいないと思っての」
「お兄様、食べ物は粗末にできませんわ。決して美味しいから食べてるとか、そんなわけではありませんのよ」
なんちゅう食い意地の張った連中だ。ちゃんと城では三度の食事を食わせてるだろ、まったく。こいつらは間違いなくアホだ。へんな薬物とか入っていたらどうするんだ。
「そんなもの食ってないで、レイラを馬車に乗せるのを手伝ってくれ。そのままにしておくと、誰かにへんなことされるかも知れない」
「いや、レイラなら大丈夫じゃろう。変なことしたら、命がいくつあってもたりない」
「いいから、手伝え」
しかし、レイラの体が重すぎてまったく動かない。海岸で昼寝しているゾウアザラシのようだ。ラベロンが俺に言った。
「こりゃあダメじゃ。馬車の後部にウインチがあるから、それで巻き上げよう」
なんでウインチが積んであるのかわからんが、かぼちゃ馬車の後ろの扉を開くと、捕鯨船にクジラを引き上げる要領で、レイラをウインチで巻き上げて荷台に載せた。その間にカザルも俺たちに追いついた。レイラの乗っていたアルパカには、代わりにルミアナがまたがり、一同は出発した。
しばらく走ると、前方に折り返し地点の村が見えてきた。
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