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第ニ期 41話~80話
第七十四話 ベアリザード
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空腹と興奮のために、ベアリザードは口から泡混じりの唾液を垂らしながらレイラめがけて一直線に突っ込んでくる。レイラは獣を十分に引き付けてから素早く左へ踏み込むと、突進してきた巨体をかわし、体を回転させて後ろへ回り込むと、すかさずベアリザードの臀部に剣を突き刺した。鱗に覆われた皮はかなり固くあまり深くは刺さらなかったが、ベアリザードは驚いて叫びながら振り返ると、一瞬だじろいだ。
格闘場が静まり返った。まさか人間の奴隷が猛獣に一撃を加えるとは予想もしていなかったからだ。しかもレイラの動きは、それまで観客たちが目にしてきた奴隷たちの動きとはまったく違う、驚くべき鮮やかなものだった。それまで特等席でふんぞりかえってニヤニヤ笑いながら観戦していた総督のジュザルの表情も変わった。
「ん? あの女、素人ではないな。かなりの手練(てだれ)のようだ・・・」
一方、ベアリザードに一撃を加えたレイラの姿を見て、ザクが大喜びしてゾクに言った。
「み、見ろよ。すげーぜ。さすがワニ殺しの姉御だ」
「でもよ、いくら尻を刺したって、穴が増えるだけでベアリザードは倒せねえよ」
「うるせえ、黙って見てろ」
沈黙の後、すぐに格闘場はいっそう大きな歓声に包まれた。これまでに見たこともない強い奴隷の出現で、ますます楽しみが大きくなったからである。もちろん観客たちはレイラを応援しているのではない。強い人間をなぶり殺す獣の姿を見たいのだ。
一瞬だけ、だじろいだ様子を見せたベアリザードだったが、再び唸り声と共にレイラに向かって突進してきた。この動きなら単純だ。そう感じたレイラは再び左に大きく踏み込んでかわすと、今度は背中を切りつけた。巨体からわずかに血が飛び散ったが、背中の鱗はかなり厚く、今度も深手を負わせることはかなわなかった。
その後もベアリザードは何度もレイラに突進してきたが、そのたびに引き付けてはかわし、カウンター攻撃を続けた。さすがにベアリザードも疲労してきたようだ。足を止めると、激しく呼吸しながらレイラの様子を伺っている。しかし、猛獣に致命的なダメージを与えない限りレイラに勝機はない。ベアリザードから攻撃を仕掛けてこないなら、今度はレイラから仕掛けなければならない。どこから攻めたものか。
レイラはベアリザードの様子を伺いなから、じりじりと慎重に間合いを詰める。レイラに与えられた剣は長さが短く、かなり接近しなければ当たらない。レイラが近づくと獣は鋭い爪のある腕を振り回して攻撃してきた。レイラは素早く飛び退くと攻撃を避けたが、ベアリザードの爪先が肩から胸にかけて服を引き裂いた。裂けた服の隙間からは、爪の傷跡が見え、わずかに血が流れる。あの爪をまともに喰らえば、皮膚は裂かれ、肉が剥がれてしまうだろう。
その様子を見たザクが、思わず手すりから身を乗り出した。
「やべえ、姉御の服が・・・」
「なんだ、おめえもスケベだな、女の服が破けて興奮してるんだろ、ひひひ」
「ばば、ばかやろう。なんで俺たちトカゲが人間の女なんか見て興奮するんだよ。違うだろ、やばいんだよ、ピンチなんだよ。手詰まり状態なんだよ」
しばらくにらみ合ったあと、ベアリザードが何かに気を取られた一瞬を狙ってレイラは左に飛び込み、首筋をめがけて素早く剣を突き出した。だが思いの外、猛獣の反応は早く、右腕の爪を繰り出してきた。レイラは驚いて盾で爪を受け止めたが、粗末な木製の盾はベアリザードの一撃で割れ、地面に飛び散った。かろうじて攻撃をかわしたレイラは後ろへ飛び退いた。
このままでは埒(らち)があかない。レイラは割れた盾の金属の取っ手をベアリザードの顔面に投げつけた。それは見事に獣の鼻先に命中し、ベアリザードが激昂した。そして、興奮した獣は二本足で直立したのである。上から襲いかかるつもりなのだろう。今だ。これをレイラはチャンスと見た。下腹部が丸見えだからである。
レイラは一瞬も躊躇(ちゅちょ)することなく、立ち上がった巨体の横へ強く踏み込むと、渾身の力を込めて横っ腹に剣を突き立てた。そしてベアリザードが腕を振り下ろすよりも早く背後に駆け抜けたのだ。手応えがあった。巨体をひねりながら前足を地面についた獣の腹部から大量の血液が地面に溢れ出す。
ベアリザードが狂乱状態になってレイラに突進してきた。だが、腹部の傷のために動きが鈍っている。よし。レイラは獣の突撃を冷静にかわすと、横から首筋めがけて剣を深々と突き立てた。剣は獣の頸動脈を見事に切断し、血が四方へ吹き出した。ベアリザードはそのまま前に崩れ落ちると動かなくなった。
それを見ていたザクとゾクの口は、驚きで全開になった。
「す・・・すげえ・・・」
「ば、ばけものだ・・・」
格闘場内には驚きと怒りの声が渦巻いた。誰もがベアリザードを殺したレイラに憎しみの罵声を浴びせた。
「殺せ! 奴隷の女を殺せ!」
レイラは特等席に向かって大声で叫んだ。
「勝ったぞ。開放してくれるのではないのか?」
特等席で戦いを観戦していたジュザル総督は激怒して言った。
「たわけ者め、これは人間を殺して楽しむ見世物なのだ。ショーなのだ。人間が生きて格闘場を出ることなどありえない。お前も猛獣に食い殺されて死ね。それと・・・お前は素人ではないようだな。次は、素手で戦ってもらう。この女から剣を取り上げろ」
「くっ・・・」
レイラは悔しそうに顔をしかめた。数名のトカゲ兵たちがレイラを取り囲むと槍を向けた。レイラは手にした剣を地面に投げ捨てた。格闘場のやぐらの上から司会の男が大声で叫んだ。
「聞け! 会場の諸君。次なる捕食者はギシュルスネークだ。ギシュルスネークの登場だ」
会場には、さらに大きな歓声が響き渡った。
「うおおお、殺せ、殺せ、人間を殺せ」
ーーー
その頃、俺たちは最後の焼夷爆弾を仕掛け終わり、倉庫から外へ出たところだった。倉庫の数は思いのほか多く、すべてに爆弾を仕掛けることはできなかった。さすが十万の兵士が遠征するための食料や物資を保管しているだけのことはある。
「お兄様、まだずいぶんと倉庫がありますわね」
「ああ、数が多すぎる。しかし風上の倉庫を中心に設置したので、うまくいけば火の粉が飛んで周囲の建物に燃え広がるはずだ」
「さすがお兄様ですわ」
俺たちが格闘場へ向かおうとしていると、正面の曲がり角からルミアナとカザルが姿を現した。こちらへ向かってくる。俺はルミアナに言った。
「おお、よく私たちの場所がわかったな」
「<魔力感知(マジック・センシング)>の魔法を使って、アルフレッド様の発する魔力をたどれば居所はすぐに分かります。私の得意分野ですからね。私たちはすでに爆弾の設置を完了しています。アルフレッド様たちはどうですか」
「ああ、たった今、終わったところだ」
カザルが言った。
「あれ? サフィーのやつが居ませんぜ」
「サフィーは『食料を燃やすのはもったいないのう、われが食う』とか言って、今頃はジャビ帝国の倉庫で食料を食っているはずだ」
カザルが呆れたように言った。
「あの野郎、相変わらず食い物に対する執着心がすごいぜ。ところで、サフィーをどうやって呼び戻すんで。魔族はテレパシーでも使えるんですか」
「いや、『われは地獄耳だから、作業が終わったら名前を呼んでくれ』とか言ってたな」
「は? 地獄耳かよ、まるで野生動物だな。サフィーの近くじゃ下手に内緒話もできないな。まあとにかく、はやくサフィーを呼び戻してくだせえ」
俺はあたりを見回してから、少し遠慮がちにサフィー、サフィーと呼んでみた。
ーーー
その頃、一人のトカゲ兵が衛兵詰め所に駆け込むと、小隊長にあわてて報告していた。
「たた、隊長。変なやつが我が軍の倉庫に入り込んで、食料をむさぼり食っています。どうしましょう」
「ばかやろう、どうするも、こうするもあるか、すぐに止めさせろ」
「いや、それが普通じゃないんです。ちょっと見に来てください」
兵士に先導されてトカゲの小隊長が倉庫へ入ると、倉庫の真ん中にトカゲ兵の人だかりができている。そこには、奴隷服を着た人間らしき女がしゃがんでいる。その女は干し肉の入った木箱から両手で干し肉を次から次へと口に運ぶと、丸呑みにしている・・・というか、吸い込んでいるという表現が適切だった。次から次へと木箱が空になってゆく。周囲には空になった木箱が山になっている。小隊長が驚いて言った。
「おい、誰かそいつを止めさせんか、食料を食い尽くされるぞ。槍で攻撃しろ」
「は、はいっ」
周囲のトカゲ兵が一斉にサフィーめがけて槍を突き出すが、サフィーは周囲に<魔法障壁(マジック・バリア)>を張っているため、鋭い金属音と同時に槍の切っ先は跳ね返されてしまう。サフィーが面倒くさそうに言った。
「うるさいのう。われが気分良く食事をしておるのに、なんじゃ。邪魔すればタダではすまさんぞ。われを誰だと思っておるのじゃ。われは魔族の姫様じゃぞ」
そう言うと、突然サフィーの背中からコウモリに似た二枚の翼が突き出した。サフィーを取り囲んでいたトカゲ兵たちは仰天して後ずさった。サフィーは自分でも驚いたようだった。
「おお・・・翼が生えたではないか・・・もう千年以上も失われておった翼が。そうか、この倉庫の食料をあらかた食い尽くしたおかげで、相当なマナを補充できたということじゃな。おおお、われの中にマナが溢れておるのを感じるぞ」
トカゲ兵たちは顔を見合わせた。
「な、なんだこいつは・・・魔族だと?」
「なんで魔族がこんなところにいるんだよ。ウソだろ」
トカゲたちが驚いて様子を見ていると、突然サフィーは手にしていた木箱を投げ捨てた。その目は宙を見据えている。すっくと立ち上がり、両手を上へ差し上げた。天井の明かり取りの窓からサフィーに向けて光が差し込む。サフィーがうわ言のように言った。
「誰かが、われを呼んでおる・・・聞こえる、聞こえるのじゃ・・・」
トカゲたちは、おののいて後ずさった。
「こ、こいつ、やべえ」
サフィーは翼を大きく広げると空中に飛び上がり、天井をぶち破って出ていった。トカゲたちはサフィーがぶち開けた天井の穴を見上げて呆然と立ち尽くしていた。
格闘場が静まり返った。まさか人間の奴隷が猛獣に一撃を加えるとは予想もしていなかったからだ。しかもレイラの動きは、それまで観客たちが目にしてきた奴隷たちの動きとはまったく違う、驚くべき鮮やかなものだった。それまで特等席でふんぞりかえってニヤニヤ笑いながら観戦していた総督のジュザルの表情も変わった。
「ん? あの女、素人ではないな。かなりの手練(てだれ)のようだ・・・」
一方、ベアリザードに一撃を加えたレイラの姿を見て、ザクが大喜びしてゾクに言った。
「み、見ろよ。すげーぜ。さすがワニ殺しの姉御だ」
「でもよ、いくら尻を刺したって、穴が増えるだけでベアリザードは倒せねえよ」
「うるせえ、黙って見てろ」
沈黙の後、すぐに格闘場はいっそう大きな歓声に包まれた。これまでに見たこともない強い奴隷の出現で、ますます楽しみが大きくなったからである。もちろん観客たちはレイラを応援しているのではない。強い人間をなぶり殺す獣の姿を見たいのだ。
一瞬だけ、だじろいだ様子を見せたベアリザードだったが、再び唸り声と共にレイラに向かって突進してきた。この動きなら単純だ。そう感じたレイラは再び左に大きく踏み込んでかわすと、今度は背中を切りつけた。巨体からわずかに血が飛び散ったが、背中の鱗はかなり厚く、今度も深手を負わせることはかなわなかった。
その後もベアリザードは何度もレイラに突進してきたが、そのたびに引き付けてはかわし、カウンター攻撃を続けた。さすがにベアリザードも疲労してきたようだ。足を止めると、激しく呼吸しながらレイラの様子を伺っている。しかし、猛獣に致命的なダメージを与えない限りレイラに勝機はない。ベアリザードから攻撃を仕掛けてこないなら、今度はレイラから仕掛けなければならない。どこから攻めたものか。
レイラはベアリザードの様子を伺いなから、じりじりと慎重に間合いを詰める。レイラに与えられた剣は長さが短く、かなり接近しなければ当たらない。レイラが近づくと獣は鋭い爪のある腕を振り回して攻撃してきた。レイラは素早く飛び退くと攻撃を避けたが、ベアリザードの爪先が肩から胸にかけて服を引き裂いた。裂けた服の隙間からは、爪の傷跡が見え、わずかに血が流れる。あの爪をまともに喰らえば、皮膚は裂かれ、肉が剥がれてしまうだろう。
その様子を見たザクが、思わず手すりから身を乗り出した。
「やべえ、姉御の服が・・・」
「なんだ、おめえもスケベだな、女の服が破けて興奮してるんだろ、ひひひ」
「ばば、ばかやろう。なんで俺たちトカゲが人間の女なんか見て興奮するんだよ。違うだろ、やばいんだよ、ピンチなんだよ。手詰まり状態なんだよ」
しばらくにらみ合ったあと、ベアリザードが何かに気を取られた一瞬を狙ってレイラは左に飛び込み、首筋をめがけて素早く剣を突き出した。だが思いの外、猛獣の反応は早く、右腕の爪を繰り出してきた。レイラは驚いて盾で爪を受け止めたが、粗末な木製の盾はベアリザードの一撃で割れ、地面に飛び散った。かろうじて攻撃をかわしたレイラは後ろへ飛び退いた。
このままでは埒(らち)があかない。レイラは割れた盾の金属の取っ手をベアリザードの顔面に投げつけた。それは見事に獣の鼻先に命中し、ベアリザードが激昂した。そして、興奮した獣は二本足で直立したのである。上から襲いかかるつもりなのだろう。今だ。これをレイラはチャンスと見た。下腹部が丸見えだからである。
レイラは一瞬も躊躇(ちゅちょ)することなく、立ち上がった巨体の横へ強く踏み込むと、渾身の力を込めて横っ腹に剣を突き立てた。そしてベアリザードが腕を振り下ろすよりも早く背後に駆け抜けたのだ。手応えがあった。巨体をひねりながら前足を地面についた獣の腹部から大量の血液が地面に溢れ出す。
ベアリザードが狂乱状態になってレイラに突進してきた。だが、腹部の傷のために動きが鈍っている。よし。レイラは獣の突撃を冷静にかわすと、横から首筋めがけて剣を深々と突き立てた。剣は獣の頸動脈を見事に切断し、血が四方へ吹き出した。ベアリザードはそのまま前に崩れ落ちると動かなくなった。
それを見ていたザクとゾクの口は、驚きで全開になった。
「す・・・すげえ・・・」
「ば、ばけものだ・・・」
格闘場内には驚きと怒りの声が渦巻いた。誰もがベアリザードを殺したレイラに憎しみの罵声を浴びせた。
「殺せ! 奴隷の女を殺せ!」
レイラは特等席に向かって大声で叫んだ。
「勝ったぞ。開放してくれるのではないのか?」
特等席で戦いを観戦していたジュザル総督は激怒して言った。
「たわけ者め、これは人間を殺して楽しむ見世物なのだ。ショーなのだ。人間が生きて格闘場を出ることなどありえない。お前も猛獣に食い殺されて死ね。それと・・・お前は素人ではないようだな。次は、素手で戦ってもらう。この女から剣を取り上げろ」
「くっ・・・」
レイラは悔しそうに顔をしかめた。数名のトカゲ兵たちがレイラを取り囲むと槍を向けた。レイラは手にした剣を地面に投げ捨てた。格闘場のやぐらの上から司会の男が大声で叫んだ。
「聞け! 会場の諸君。次なる捕食者はギシュルスネークだ。ギシュルスネークの登場だ」
会場には、さらに大きな歓声が響き渡った。
「うおおお、殺せ、殺せ、人間を殺せ」
ーーー
その頃、俺たちは最後の焼夷爆弾を仕掛け終わり、倉庫から外へ出たところだった。倉庫の数は思いのほか多く、すべてに爆弾を仕掛けることはできなかった。さすが十万の兵士が遠征するための食料や物資を保管しているだけのことはある。
「お兄様、まだずいぶんと倉庫がありますわね」
「ああ、数が多すぎる。しかし風上の倉庫を中心に設置したので、うまくいけば火の粉が飛んで周囲の建物に燃え広がるはずだ」
「さすがお兄様ですわ」
俺たちが格闘場へ向かおうとしていると、正面の曲がり角からルミアナとカザルが姿を現した。こちらへ向かってくる。俺はルミアナに言った。
「おお、よく私たちの場所がわかったな」
「<魔力感知(マジック・センシング)>の魔法を使って、アルフレッド様の発する魔力をたどれば居所はすぐに分かります。私の得意分野ですからね。私たちはすでに爆弾の設置を完了しています。アルフレッド様たちはどうですか」
「ああ、たった今、終わったところだ」
カザルが言った。
「あれ? サフィーのやつが居ませんぜ」
「サフィーは『食料を燃やすのはもったいないのう、われが食う』とか言って、今頃はジャビ帝国の倉庫で食料を食っているはずだ」
カザルが呆れたように言った。
「あの野郎、相変わらず食い物に対する執着心がすごいぜ。ところで、サフィーをどうやって呼び戻すんで。魔族はテレパシーでも使えるんですか」
「いや、『われは地獄耳だから、作業が終わったら名前を呼んでくれ』とか言ってたな」
「は? 地獄耳かよ、まるで野生動物だな。サフィーの近くじゃ下手に内緒話もできないな。まあとにかく、はやくサフィーを呼び戻してくだせえ」
俺はあたりを見回してから、少し遠慮がちにサフィー、サフィーと呼んでみた。
ーーー
その頃、一人のトカゲ兵が衛兵詰め所に駆け込むと、小隊長にあわてて報告していた。
「たた、隊長。変なやつが我が軍の倉庫に入り込んで、食料をむさぼり食っています。どうしましょう」
「ばかやろう、どうするも、こうするもあるか、すぐに止めさせろ」
「いや、それが普通じゃないんです。ちょっと見に来てください」
兵士に先導されてトカゲの小隊長が倉庫へ入ると、倉庫の真ん中にトカゲ兵の人だかりができている。そこには、奴隷服を着た人間らしき女がしゃがんでいる。その女は干し肉の入った木箱から両手で干し肉を次から次へと口に運ぶと、丸呑みにしている・・・というか、吸い込んでいるという表現が適切だった。次から次へと木箱が空になってゆく。周囲には空になった木箱が山になっている。小隊長が驚いて言った。
「おい、誰かそいつを止めさせんか、食料を食い尽くされるぞ。槍で攻撃しろ」
「は、はいっ」
周囲のトカゲ兵が一斉にサフィーめがけて槍を突き出すが、サフィーは周囲に<魔法障壁(マジック・バリア)>を張っているため、鋭い金属音と同時に槍の切っ先は跳ね返されてしまう。サフィーが面倒くさそうに言った。
「うるさいのう。われが気分良く食事をしておるのに、なんじゃ。邪魔すればタダではすまさんぞ。われを誰だと思っておるのじゃ。われは魔族の姫様じゃぞ」
そう言うと、突然サフィーの背中からコウモリに似た二枚の翼が突き出した。サフィーを取り囲んでいたトカゲ兵たちは仰天して後ずさった。サフィーは自分でも驚いたようだった。
「おお・・・翼が生えたではないか・・・もう千年以上も失われておった翼が。そうか、この倉庫の食料をあらかた食い尽くしたおかげで、相当なマナを補充できたということじゃな。おおお、われの中にマナが溢れておるのを感じるぞ」
トカゲ兵たちは顔を見合わせた。
「な、なんだこいつは・・・魔族だと?」
「なんで魔族がこんなところにいるんだよ。ウソだろ」
トカゲたちが驚いて様子を見ていると、突然サフィーは手にしていた木箱を投げ捨てた。その目は宙を見据えている。すっくと立ち上がり、両手を上へ差し上げた。天井の明かり取りの窓からサフィーに向けて光が差し込む。サフィーがうわ言のように言った。
「誰かが、われを呼んでおる・・・聞こえる、聞こえるのじゃ・・・」
トカゲたちは、おののいて後ずさった。
「こ、こいつ、やべえ」
サフィーは翼を大きく広げると空中に飛び上がり、天井をぶち破って出ていった。トカゲたちはサフィーがぶち開けた天井の穴を見上げて呆然と立ち尽くしていた。
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