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第ニ期 41話~80話
第七十二話 タマールへの潜入
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俺たちは砂漠の中を流れる大きな川の岸にたどり着いた。川を渡ってさらに一週間ばかり東へ進むとタマールに着くという。この川は幅は広いが水深は浅く、馬車でもそのまま渡ることができる。川岸は草地でヤシの木もまばらに生えている。俺たちは川岸でキャンプを張ることにした。
トカゲたちは肉しか食べないのだろうと勝手に推測していたのだが、パンも果物も食べるというので、俺たちの持参した食料を分けていっしょに食べている。すでに出発してから三週間がたち、ザクやゾクの緊張もほぐれてきたようなので、俺はトカゲ族についていろいろ尋ねてみることにした。
「やあ、俺たち人間との生活はどうだい、慣れたかい?」
「おかげで随分慣れてきました。それに、このパーティーには人間だけじゃなくて、エルフやドワーフも居るんですね。そういう意味じゃあ、トカゲ族のわたしらが居ても、別に問題じゃないですよね」
「ああ、何の問題もない。うちには魔族までいるからね。あそこに居るサフィーは魔族なんだ。姿は人間にそっくりだけど、何を考えてるか、わからない時もある」
「へええ、魔族なんですか。ちょっと見たところ人間ですけどね。ただ、時々妙な目でわたしたちを見るんですよ。何なんですかね」
「ああ、君たちを食料と間違えているのかも知れないね」
「ひえええ、や、やめてくださいよ。俺たちを食わないように言ってください」
「いやいや、それは冗談だよ。ところでトカゲ族って、このまえ俺たちを襲ってきた盗賊みたいな、攻撃的な性格の人たちばかりなのかい」
「ええ、まあ、そういう連中は多いです。何ていうか、わたしらの世界は基本的に弱肉強食で自己責任の社会ですからね。強いやつが弱いやつから奪うのは当たり前ですし、むしろ奪われる方が悪いという考えです。だから、わたしらのような弱っちいトカゲは卑屈に生きていくしかないんです」
「トカゲ族の社会は、助け合いよりも生存競争が優先しているのか。まあ人間の社会も似たようなものだがな。しかし互いに奪い合ったり殺し合ったりすれば、トカゲ族の数が減ってしまうんじゃないのか」
「いえいえ、トカゲ族は多産多死なんですよ。わたしらは、殺されなきゃ、だいたい六十歳くらいまで生きるんですけど、女性は十歳から四十歳くらいまで毎年たまごを二個生むんです。だから結婚した女性は生涯で五十人くらいの子供を生むんで、猛烈に増えるんです。むしろ殺し合って数を減らし、強いやつだけが生き残る方が理にかなってるんです」
「ううむ、確かに理にはかなってるが・・・。ザクやゾクは、そういう生活で満足しているのか?」
「わたしらだって、いつも強い連中に奪われ続ける生活は嫌ですよ。決して満足はしていません。でも、強くなって相手を倒すしか方法がないんです。食うか食われるか・・・。でも他に方法があるなら、そうしたいんですがね。人間の社会では、弱いやつでも満足に生活できるんですか?」
「いや、人間の社会でも強いやつが弱いやつから奪うのが現実だ。綺麗事を並べたところで、所詮は弱肉強食の世界だ。食うや食わずの生活をする者も多い。とはいえトカゲ族の社会よりは、いくぶんマシかも知れないな」
「わたしらも、人間の社会で生活すれば今よりはマシな生活ができるんですかね」
ゾクが口を挟んだ。
「ばか、そんなの無理に決まってんだろ。トカゲ族と人間族は戦争してんだぞ」
俺は二人を制して答えた。
「そうだな、今は無理だ。いつかは人間族とトカゲ族の戦争を止めさせて、互いに共存できる社会を実現したいものだ。そうすればザクやゾクが人間の社会で生活できるようになるかも知れないぞ」
とは言ったものの、トカゲ族の生物学的な生存戦略が「弱肉強食」なのだから、弱肉強食が彼らの本質だ。弱い相手に譲歩することは決してないし、とことん利用し尽くすことしか考えないはずだ。話し合いなどまったく通用しない。つまり、こちら側がトカゲ族よりも圧倒的に強い力を持ち、軍事的な抑止力で平和を実現するか、こちらがジャビ帝国を侵略して、人間がトカゲ族の支配者になるしか平和を実現する方法はないかも知れない。
ザクが言った。
「そんな先のことより、今はアルフレッド国王様にくっついていれば食いっぱぐれる心配はないってことですな」
ゾクが口を挟んだ。
「そうそう。もらうものをもらって、危なくなったら、逃げりゃいいんだし」
「ばか。そんなこと、でかい声で言うやつがいるか。国王様、わたしらは逃げたりしないですから大丈夫です」
「ははは。私も、君たちに逃げられないよう、待遇には注意するよ」
ーーー
数日後、俺たちはタマールの町に到着した。町を囲む石壁は、砂漠の岩山で採掘したと思われる黄色い色の砂岩を積み上げて作られていた。壁の作りは荒く、ところどころ石が欠けた部分がある。高さは三メートルほどと、それほど高くない。
警戒厳重な中央門は避けて西門から町の中へ入る。奴隷に成りすました俺たちは荷馬車の中で、じっと息を潜めていた。ザクとゾクが門番の兵士と少し会話して、通行料を支払うと、すんなりと通ることができた。
タマールはジャビ帝国に属国化されてからすでに30年も経過している。そのため町なかではトカゲ族の姿を多く見かける。露天の多くもトカゲ族が経営しているらしく、店先に立つのもトカゲの男だ。客はすべてトカゲであり、人間は荷車を引いたり、品物を箱から取り出すといった労働に従事している。この町の人間は、ほぼすべてが奴隷なのだろう。俺たちは町の構造を把握するため、すぐには奴隷市場へ向かわず、荷馬車で町中を移動し続けた。
「しねええ」
突然、通りに大声が響く。驚いて荷馬車の幌を少しめくりあげて外を覗くと、道端で二人のトカゲが殴り合いをしている。トカゲ族同士のケンカが始まったようだ。たちどころに野次馬が集まり、歓声が上がる。野次馬たちは二人に挑発的な言葉を投げつけ、殴り合いをエスカレートさせる。ついにはナイフや斧が投げ入れられ、それを手にしたトカゲ同士の血まみれの殺し合いが始まった。その様子を見てレイラが言った。
「誰もケンカを止めないのだろうか」
「レイラの姉御、ここじゃあ誰もケンカを止めたりしません。むしろ殺し合いは楽しみなんです。誰かが殺されるところを見るのが、快感なんです」
さらにしばらく進むと汚らしい家が立ち並ぶ通りに出た。薄汚れた黄褐色の外壁の多くは傷んで穴や亀裂があるが、そのまま放置されている。スラム街のようだ。風に乗って嫌な匂いも漂ってくる。ストリートチルドレンなのか、小さなトカゲ族の子供が荷馬車の周りに群がってきて、しきりに手を伸ばしてくる。それを見たキャサリンが子供に手を伸ばしながら言った。
「まあまあ、大きいトカゲは憎たらしいですけど、小さいトカゲの子供は可愛らしいですわね。わたくしに向かって必死に手を伸ばして、食べ物を欲しがっているのかしら」
ザクが厳しい顔で言った。
「キャサリン様、そいつらの手を絶対に掴んだらダメです。食われますよ」
「へ?」
「あいつら、キャサリン様を食い物だと思ってますので、手を掴んだら引きずり降ろされて、どこかへ連れ去られて、たちどころに骨まで食われてしまいます」
「ひゃああ」
キャサリンは仰天して手を引っ込めた。荷馬車はスピードを上げ、トカゲの子供たちを振り切った。町を一周した後、一行は奴隷市場に到着した。他の奴隷や奴隷商人達に紛れていれば怪しまれることはないだろう。
俺たちが休んでいると、奴隷市場に数人のジャビ帝国の兵士がやってきた。他の奴隷商人達と何やら話しをしたあと、こちらにも歩いてきた。兵士の一人が言った。
「おい、帝国軍からの命令だ。町に滞在している奴隷商人は、奴隷の一人を帝国軍に差し出せ。なるべく強そうな奴がいいぞ」
予想外の事態に、ザクがうろたえながら言った。
「え? そんな話は聞いていませんが。なぜ帝国軍が奴隷を徴収するんですか」
「タマールを治めるジュザル総督の発案で、猛獣と人間奴隷が戦う見世物を格闘場で毎月催しておるのは知っておろう。ところが、明日行われる見世物に人間奴隷の数が足りないのだ。だから急遽(きゅうきょ)、奴隷商人から徴収することになったのだ。そういうわけだから、なるべく強そうな奴隷が良い」
兵士は傲慢な顔で俺たちを見渡した。そしてレイラを指さして言った。
「あれが良い。あれは女のようだが、この中では一番強そうだ」
ザクが飛び上がるほど驚いて叫んだ。
「レイラの姉御はダメです・・・じゃなかった、あの奴隷はダメです、絶対ダメ。すでに売約がはいっているからダメです。ああ、こっちの頭の禿げたドワーフは売れ残りです。引き取ってください」
カザルがむっとして言った。
「おい、どういう意味だよ」
レイラが言った。
「いや、私が行こう。この中で一番強いのは私だ」
ザクは必死になって兵士に言った。
「どど、奴隷は返してもらえるんでしょうか。返してもらわないと困るんです」
「ああん? 死体は返してやるから、戦いが終わったら勝手に持っていけ。猛獣に死体が食われてしまわなければ、だがな。まあ、ありえないことだが、もし奴隷が勝ったら生きたまま返してやるよ」
俺はレイラのそばに近寄ると耳打ちした。
「レイラ、すまない。レイラが格闘場で戦っている間に、私たちは帝国軍の倉庫を破壊してくる。そのあと格闘場に救出に行くので、それまで戦い抜いてくれ」
レイラはゆっくりと、力強くうなずいた。トカゲの兵士が怒鳴った。
「何をこそこそやっている。早くこっちへ来い」
レイラは兵士に連れられて去っていった。ザクは気が気ではないようだ。荷馬車の周囲をウロウロと、頭を抱えたまま歩き回っている。
「たいへんだ、たいへんだ。どうしよう」
俺も不安だったが、レイラの戦闘力を信じるしかない。俺はザクに言った。
「レイラなら絶対に大丈夫だ。アルカナ最強の戦士だから、たとえ猛獣相手だろうと負けるはずがない。それよりザクとゾクには頼みがある。明日、格闘場の近くに荷馬車を待機させておいてくれ。私たちは用事を済ませた後で格闘場にレイラを救出に行く。救出したレイラを荷馬車に載せて、大通りを突っ切り、タマールの町から脱出する」
「うへえ・・・こんな大胆なことするのは初めてだ。鱗が逆立つなあ」
横からゾクが言った。
「えへへ、これで俺たちも立派な前科者だな」
「うるせえ、バカ」
奴隷市場は夕闇に包まれつつあった。市場にはあちこちに篝火(かがりび)が灯され、中央のステージでは奴隷取引が行われている。競り人のトカゲ達の大きな声が響いてくる。俺たちはその様子を眺めていた。
トカゲたちは肉しか食べないのだろうと勝手に推測していたのだが、パンも果物も食べるというので、俺たちの持参した食料を分けていっしょに食べている。すでに出発してから三週間がたち、ザクやゾクの緊張もほぐれてきたようなので、俺はトカゲ族についていろいろ尋ねてみることにした。
「やあ、俺たち人間との生活はどうだい、慣れたかい?」
「おかげで随分慣れてきました。それに、このパーティーには人間だけじゃなくて、エルフやドワーフも居るんですね。そういう意味じゃあ、トカゲ族のわたしらが居ても、別に問題じゃないですよね」
「ああ、何の問題もない。うちには魔族までいるからね。あそこに居るサフィーは魔族なんだ。姿は人間にそっくりだけど、何を考えてるか、わからない時もある」
「へええ、魔族なんですか。ちょっと見たところ人間ですけどね。ただ、時々妙な目でわたしたちを見るんですよ。何なんですかね」
「ああ、君たちを食料と間違えているのかも知れないね」
「ひえええ、や、やめてくださいよ。俺たちを食わないように言ってください」
「いやいや、それは冗談だよ。ところでトカゲ族って、このまえ俺たちを襲ってきた盗賊みたいな、攻撃的な性格の人たちばかりなのかい」
「ええ、まあ、そういう連中は多いです。何ていうか、わたしらの世界は基本的に弱肉強食で自己責任の社会ですからね。強いやつが弱いやつから奪うのは当たり前ですし、むしろ奪われる方が悪いという考えです。だから、わたしらのような弱っちいトカゲは卑屈に生きていくしかないんです」
「トカゲ族の社会は、助け合いよりも生存競争が優先しているのか。まあ人間の社会も似たようなものだがな。しかし互いに奪い合ったり殺し合ったりすれば、トカゲ族の数が減ってしまうんじゃないのか」
「いえいえ、トカゲ族は多産多死なんですよ。わたしらは、殺されなきゃ、だいたい六十歳くらいまで生きるんですけど、女性は十歳から四十歳くらいまで毎年たまごを二個生むんです。だから結婚した女性は生涯で五十人くらいの子供を生むんで、猛烈に増えるんです。むしろ殺し合って数を減らし、強いやつだけが生き残る方が理にかなってるんです」
「ううむ、確かに理にはかなってるが・・・。ザクやゾクは、そういう生活で満足しているのか?」
「わたしらだって、いつも強い連中に奪われ続ける生活は嫌ですよ。決して満足はしていません。でも、強くなって相手を倒すしか方法がないんです。食うか食われるか・・・。でも他に方法があるなら、そうしたいんですがね。人間の社会では、弱いやつでも満足に生活できるんですか?」
「いや、人間の社会でも強いやつが弱いやつから奪うのが現実だ。綺麗事を並べたところで、所詮は弱肉強食の世界だ。食うや食わずの生活をする者も多い。とはいえトカゲ族の社会よりは、いくぶんマシかも知れないな」
「わたしらも、人間の社会で生活すれば今よりはマシな生活ができるんですかね」
ゾクが口を挟んだ。
「ばか、そんなの無理に決まってんだろ。トカゲ族と人間族は戦争してんだぞ」
俺は二人を制して答えた。
「そうだな、今は無理だ。いつかは人間族とトカゲ族の戦争を止めさせて、互いに共存できる社会を実現したいものだ。そうすればザクやゾクが人間の社会で生活できるようになるかも知れないぞ」
とは言ったものの、トカゲ族の生物学的な生存戦略が「弱肉強食」なのだから、弱肉強食が彼らの本質だ。弱い相手に譲歩することは決してないし、とことん利用し尽くすことしか考えないはずだ。話し合いなどまったく通用しない。つまり、こちら側がトカゲ族よりも圧倒的に強い力を持ち、軍事的な抑止力で平和を実現するか、こちらがジャビ帝国を侵略して、人間がトカゲ族の支配者になるしか平和を実現する方法はないかも知れない。
ザクが言った。
「そんな先のことより、今はアルフレッド国王様にくっついていれば食いっぱぐれる心配はないってことですな」
ゾクが口を挟んだ。
「そうそう。もらうものをもらって、危なくなったら、逃げりゃいいんだし」
「ばか。そんなこと、でかい声で言うやつがいるか。国王様、わたしらは逃げたりしないですから大丈夫です」
「ははは。私も、君たちに逃げられないよう、待遇には注意するよ」
ーーー
数日後、俺たちはタマールの町に到着した。町を囲む石壁は、砂漠の岩山で採掘したと思われる黄色い色の砂岩を積み上げて作られていた。壁の作りは荒く、ところどころ石が欠けた部分がある。高さは三メートルほどと、それほど高くない。
警戒厳重な中央門は避けて西門から町の中へ入る。奴隷に成りすました俺たちは荷馬車の中で、じっと息を潜めていた。ザクとゾクが門番の兵士と少し会話して、通行料を支払うと、すんなりと通ることができた。
タマールはジャビ帝国に属国化されてからすでに30年も経過している。そのため町なかではトカゲ族の姿を多く見かける。露天の多くもトカゲ族が経営しているらしく、店先に立つのもトカゲの男だ。客はすべてトカゲであり、人間は荷車を引いたり、品物を箱から取り出すといった労働に従事している。この町の人間は、ほぼすべてが奴隷なのだろう。俺たちは町の構造を把握するため、すぐには奴隷市場へ向かわず、荷馬車で町中を移動し続けた。
「しねええ」
突然、通りに大声が響く。驚いて荷馬車の幌を少しめくりあげて外を覗くと、道端で二人のトカゲが殴り合いをしている。トカゲ族同士のケンカが始まったようだ。たちどころに野次馬が集まり、歓声が上がる。野次馬たちは二人に挑発的な言葉を投げつけ、殴り合いをエスカレートさせる。ついにはナイフや斧が投げ入れられ、それを手にしたトカゲ同士の血まみれの殺し合いが始まった。その様子を見てレイラが言った。
「誰もケンカを止めないのだろうか」
「レイラの姉御、ここじゃあ誰もケンカを止めたりしません。むしろ殺し合いは楽しみなんです。誰かが殺されるところを見るのが、快感なんです」
さらにしばらく進むと汚らしい家が立ち並ぶ通りに出た。薄汚れた黄褐色の外壁の多くは傷んで穴や亀裂があるが、そのまま放置されている。スラム街のようだ。風に乗って嫌な匂いも漂ってくる。ストリートチルドレンなのか、小さなトカゲ族の子供が荷馬車の周りに群がってきて、しきりに手を伸ばしてくる。それを見たキャサリンが子供に手を伸ばしながら言った。
「まあまあ、大きいトカゲは憎たらしいですけど、小さいトカゲの子供は可愛らしいですわね。わたくしに向かって必死に手を伸ばして、食べ物を欲しがっているのかしら」
ザクが厳しい顔で言った。
「キャサリン様、そいつらの手を絶対に掴んだらダメです。食われますよ」
「へ?」
「あいつら、キャサリン様を食い物だと思ってますので、手を掴んだら引きずり降ろされて、どこかへ連れ去られて、たちどころに骨まで食われてしまいます」
「ひゃああ」
キャサリンは仰天して手を引っ込めた。荷馬車はスピードを上げ、トカゲの子供たちを振り切った。町を一周した後、一行は奴隷市場に到着した。他の奴隷や奴隷商人達に紛れていれば怪しまれることはないだろう。
俺たちが休んでいると、奴隷市場に数人のジャビ帝国の兵士がやってきた。他の奴隷商人達と何やら話しをしたあと、こちらにも歩いてきた。兵士の一人が言った。
「おい、帝国軍からの命令だ。町に滞在している奴隷商人は、奴隷の一人を帝国軍に差し出せ。なるべく強そうな奴がいいぞ」
予想外の事態に、ザクがうろたえながら言った。
「え? そんな話は聞いていませんが。なぜ帝国軍が奴隷を徴収するんですか」
「タマールを治めるジュザル総督の発案で、猛獣と人間奴隷が戦う見世物を格闘場で毎月催しておるのは知っておろう。ところが、明日行われる見世物に人間奴隷の数が足りないのだ。だから急遽(きゅうきょ)、奴隷商人から徴収することになったのだ。そういうわけだから、なるべく強そうな奴隷が良い」
兵士は傲慢な顔で俺たちを見渡した。そしてレイラを指さして言った。
「あれが良い。あれは女のようだが、この中では一番強そうだ」
ザクが飛び上がるほど驚いて叫んだ。
「レイラの姉御はダメです・・・じゃなかった、あの奴隷はダメです、絶対ダメ。すでに売約がはいっているからダメです。ああ、こっちの頭の禿げたドワーフは売れ残りです。引き取ってください」
カザルがむっとして言った。
「おい、どういう意味だよ」
レイラが言った。
「いや、私が行こう。この中で一番強いのは私だ」
ザクは必死になって兵士に言った。
「どど、奴隷は返してもらえるんでしょうか。返してもらわないと困るんです」
「ああん? 死体は返してやるから、戦いが終わったら勝手に持っていけ。猛獣に死体が食われてしまわなければ、だがな。まあ、ありえないことだが、もし奴隷が勝ったら生きたまま返してやるよ」
俺はレイラのそばに近寄ると耳打ちした。
「レイラ、すまない。レイラが格闘場で戦っている間に、私たちは帝国軍の倉庫を破壊してくる。そのあと格闘場に救出に行くので、それまで戦い抜いてくれ」
レイラはゆっくりと、力強くうなずいた。トカゲの兵士が怒鳴った。
「何をこそこそやっている。早くこっちへ来い」
レイラは兵士に連れられて去っていった。ザクは気が気ではないようだ。荷馬車の周囲をウロウロと、頭を抱えたまま歩き回っている。
「たいへんだ、たいへんだ。どうしよう」
俺も不安だったが、レイラの戦闘力を信じるしかない。俺はザクに言った。
「レイラなら絶対に大丈夫だ。アルカナ最強の戦士だから、たとえ猛獣相手だろうと負けるはずがない。それよりザクとゾクには頼みがある。明日、格闘場の近くに荷馬車を待機させておいてくれ。私たちは用事を済ませた後で格闘場にレイラを救出に行く。救出したレイラを荷馬車に載せて、大通りを突っ切り、タマールの町から脱出する」
「うへえ・・・こんな大胆なことするのは初めてだ。鱗が逆立つなあ」
横からゾクが言った。
「えへへ、これで俺たちも立派な前科者だな」
「うるせえ、バカ」
奴隷市場は夕闇に包まれつつあった。市場にはあちこちに篝火(かがりび)が灯され、中央のステージでは奴隷取引が行われている。競り人のトカゲ達の大きな声が響いてくる。俺たちはその様子を眺めていた。
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