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第ニ期 41話~80話

第六十五話 老学者ラベロン

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 遺跡は鬱蒼(うっそう)としたジャングルの木々に覆われていた。遺跡の入り口に荷運びのラクダと見張りのために海賊たちを残すと、俺たちは遺跡の敷地に踏み込んだ。遺跡の中央を石畳の道路が貫いている。石畳のすり減り具合から、過去に大勢の人がここを往来していたことがわかる。

 道路の両側には大きな柱が立っていたらしく、崩れた円柱があちこちに転がっていた。円柱には古代エルフ文字が刻まれており、確かにエルフの古代遺跡のようだった。文字は損傷が激しく、ルミアナにも解読することはできなかった。

 道路を進むと、その両側のあちらこちらに、崩れ落ちた石造りの建物の壁や柱が残されていた。ここはいろいろな施設が立ち並ぶ場所だったようだ。建物の土台がどれも大きいことから、公共の施設だったのだろうか。いずれもツタや木々が絡みつき、半分はその中に埋もれている。ルミアナが言った。

「魔道具は大切な品物ですから、頑丈な建物の中に保管されているはずです。しかし、それらしき建物は残されていません。どこかに地下へ通じる入り口でもあるのでしょうか」

 ダーラが言った。

「頭領のグラークから聞いた話では、どこかの廃墟に、保管庫への入り口があるという話だったけど」

 カザルが叫んだ。

「この先に、なにか大きな構造物が見えるぞ」

 その建物は周囲の建物に比べてさらに一回り大きく、天井は完全に崩れ落ちていたが、壁は比較的しっかりと残されていた。入り口らしい部分から中に入ると、床には崩壊した天井と柱の瓦礫が散乱して山になっており足の踏み場もない。中央には、奇跡的に原型をとどめた白い柱が立っており、その頂上には羽を広げた大きな白鳥の石像があった。ダーラが石像に近づいた。

「ああ、ありました、ありました。確か、入り口の目印として、大きな鳥の像があるという話でした。この石像がそうなのかな」

 俺たちもダーラに続いて白鳥の石像に近づく。ここには像があるだけで、入り口らしきものはどこにも見当たらない。何か仕掛けがあるのだろうか。ダーラが石像の乗っている柱を調べている。ルミアナが石像を見上げて呟いた。

「あの白鳥の像・・・どこかで見覚えがあるような・・・」

 その時、像の周囲が白く光り始めた。俺たちは驚いた。

「うわ、何事だ」

 光はたちまち強くなり、白い光で何も見えなくなった。一瞬、意識が遠のいたような感覚があったものの、意識はすぐに戻った。気がつくと白い光も消えていた。何事もなかったかに思われたが、実は驚くようなことが生じていた。周囲の景色が、これまでとはまったく異なっていたのである。

 意識を取り戻した俺たちは、確かに廃墟の中に居たのではあるが、明らかに様子が変である。夜になっていたのだ。崩落した天井を見上げると満月が昇っている。しかも、廃墟の壁の隙間からは、赤く乾ききった砂漠や大きな岩山が見える。ここはジャングルではない。砂漠だ。

 瓦礫と化した建物の構造がジャングルの建物と酷似していることから、ここが古代エルフの遺構であることは間違いない。だが先程足を踏み入れたジャングルの中の遺跡ではない。砂漠の遺跡だ。俺たちが困惑しているとルミアナが言った。

「思い出したわ。あの白鳥の像は古代の転送魔法装置の一部だったの。瓦礫に隠れて見えなかったけど、施設の床には巨大な転送の魔法図形が彫り込まれてあったはず。装置は壊れていたはずなのに、なぜか転送魔法が発動して、わたしたちは別の場所に飛ばされたんだわ」

 そう言うとルミアナが遺跡の床面を覆う瓦礫を手で取り払い始めた。俺もルミアナの横で小石や砂ぼこりを取り払うと、やがて花崗岩の床に刻まれた魔法図形のような図形の一部が見えてきた。転送装置であることは間違いなかった。俺はルミアナに尋ねた。

「転送装置? それは何だ」

「古代エルフの時代、まだ世界に広くエルフが繁栄していた時代に、エルフ達は世界中の都市や植民地を転送魔法を使って行き来していたらしいの。ここにあるのはその遺跡よ。見ての通り壊れているから、本当は作動しないはずなのに・・・」

「何だって? それじゃあ、ここにある転送装置は壊れているのか? でもジャングルの中の魔法装置は働いたじゃないか」

「それは・・・わかりません。なぜ作動したのか」

「壊れているなら、元の場所に戻れないということか。一体どういうことなんだ・・・」

 ダーラがすっかり取り乱して叫んだ。

「あたいは何も知らない。頭領はあれが転送装置だなんて一言も言ってなかった。遺跡の入り口だって、確かにそう言ったんだ・・・」

 その時、何者かが、遺跡の壊れた壁の隙間から俺たちを覗き見ていることに気がついた。

 レイラが疾風の如くその人物に駆け寄ると、剣を突きつけた。

「貴様、何者だ」

 それは、カーキー色のボロボロのローブに全身を包んだ一人の老人だった。老人は驚いて大声を上げた。

「うわわ、ま、待ってくれ。怪しいものではないのじゃ。遺跡の転送装置が輝いたのを見て、驚いて様子を確認しに来たのじゃ。この転送装置は壊れておるはずじゃから、不思議に思ったのじゃ。別にお前さん達に危害を加えようとして来たのではない。・・・そうそう、わしはエルフの学者じゃ。このあたりの砂漠の遺跡を調査しておる者じゃ」

 俺はゆっくり老人に近づくと尋ねた。

「エルフの学者だと? エルフにしては肌の色が灰色をしているじゃないか」

「エルフと言っても、わしはダークエルフじゃからの、肌の色が灰色なんじゃ。ダークエルフは地下世界に住んでおるエルフ族じゃよ。かくいうわしも生まれは地下世界なんじゃが、今はこうして地上で、地上のエルフの遺跡を研究しておる」

「そうだったのか、それは驚かせて申し訳なかった。私はアルカナ国の国王、アルフレッドだ。あなたは」

「おお、国王様じゃったのか。これはこれは。わしはラベロンという名前の考古学者じゃ」

 考古学者なら何か知っているかも知れない。俺はラベロンに尋ねた。

「教えてほしいのだが、ここはどこなんだ? ここに火炎魔法の杖はあるか?」

「ここはサーマドーランの砂漠にあるエルフの古代遺跡じゃが、わしの知る限りここに火炎魔法の杖などないぞ。ここは古代の図書館じゃからな、書物なら見つかるかも知れん。ところで、国王様は『アルカナ国の国王』と言われたか」

「いかにも。私はアルカナ国の国王だが、それがどうかしたのか」

「これは驚きじゃ。わしの記憶が正しければ、アルカナといえば確かこの場所から地球の反対側に位置するはずじゃ。お前さんたちは、そんな遠くから転送して来たのか」

「地球の反対側だって? 俺たちはそんな遠くに飛ばされてきたのか。これは大変だぞ、転送装置は壊れているし、どうやって元の場所に戻ったらいいんだ・・・」

 俺は頭が真っ白になった。飛行機も自動車もない時代に、地球の反対側からアルカナに戻ることなど不可能だ。俺はラベロンに尋ねた。

「そう言えば、ラベロン殿はエルフの遺跡を調査している学者だと言ったな。それなら、この転送装置を修理する方法を知っているのではないか」

「残念じゃが、まったくわからんのじゃ。転送装置の設計知識は数千年も前に失われており、今手に入る書物には書かれておらん」

 落胆した俺の様子を見ていた老人が言った。

「まあ、装置を修理することは不可能じゃが、転送の魔法図形は破壊されずに残っておる。じゃから、この魔法図形の上で失われた古代の転送魔法を使えば元の場所に戻ることはできるはずじゃ」

「本当か! それで、あんたは古代の転送魔法を知っているのか」

「もちろん知っておる、学者じゃからな。じゃが話は簡単ではない。魔法は知っておるが、わしの魔力はそんなに強くない。まあ、魔力が強くないから魔法使いになるのは諦めて学者になったんじゃがな。そういうことじゃから、とてもじゃないが、わしには地球の裏側までお前たちを転送できるほど強力な魔法は使えないのじゃ」

「なら、俺に古代の転送魔法を教えてくれ。俺の魔力なら転送できるかも知れない」

 ダークエルフの老学者は俺の顔をじっと見た。

「確かにお前さんからは、人間とは思えないほど強い魔力を感じる。もしかすると地球の反対側まで転送できるかもしれんのう。・・・じゃが、タダで魔法を教えるというわけにはいかんな。この魔法を会得するために、わしは何十年も費やしたからのう。教える代わりに一つ頼みがある」

「頼みとはなんだ」

「お前さん達は見るからに強力な冒険者だ。そこで、わしの遺跡調査に同行してほしいのじゃよ。ここから見えるあの岩山の遺跡に古代の図書館がある。わしの研究に役立ちそうな書物が保管されておるはずじゃ。じゃが貴重な書物が保管されているだけに非常に危険なのじゃ。お前さん達に護衛してもらえば安心じゃ」

「承知した。エルフの古代遺跡は、これまでも探検したことがあるので大丈夫だ」

「それはありがたい。それはそうと、今日はお前さん達もいろいろあって疲れておるじゃろうから、まずは休んだらどうじゃ。遺跡の探検は明日行えばよい」

「ああ、それがいいだろう。今日はもう休もう」

 俺たちは転送魔法装置のある廃墟の隣に、天井が崩れていない小さな建物を見つけ、その中で休むことにした。老人は自分が連れてきたラクダの荷馬車を建物に横付けすると荷馬車からシャベルを取り出した。レイラとカザルがシャベルを使って建物から砂を掻き出すと、ちょっとした広さの部屋が準備できた。ラベロンが部屋の中央に魔法で焚き火を起こし、お茶をいれてくれた。

 俺たちはそれぞれ思い思いの場所に座った。ダーラを見ると、ひどく落ち込んでいる様子だった。それはそうだろう。俺はダーラのそばに座ると、声をかけた。

「大丈夫ですか、ダーラ殿」

「アルフレッド殿か。大変なことになってすまない。まさか地球の裏側に飛ばされてしまうなんて、思いもよらなかったんだ・・・それにしても、なぜ・・・」

「ダーラ殿のせいじゃない。何も心配することはない。探検ってのはアクシデントが付き物だからな。なあに、私たちがうまくやってみせるさ。ところでダーラ殿のことを少し教えてくれないか。ダーラ殿は先代の頭領のお嬢様なんだって?」

「まあ、確かにあたいは先代の頭領の娘さ。だけどお嬢様なんて柄じゃないよ。あたいらは海賊みたいなもんだからね。だからあたいのおやじだって殺されちまったんだ。どこか、よその国の軍艦と戦って、敵の船に乗り込んで殺されたらしい。あたいがこの目で見たわけじゃないけど、グラークがそう言ってた」

「そうか・・・。それはお気の毒に」

 ダーラはうつむきながら少し黙っていたが、本音をもらすように言葉を続けた。

「でも、本当はグラークがおやじを殺したって噂もある。グラークという男は物腰は柔らかいが、計算高くて残忍な性格だ。人を殺すことをなんとも思っちゃいない。だから信用できないんだ。でも、本当のことはわからない・・・」

「・・・」

 俺は黙っていた。ダーラは話を続けた。

「どっちにしろ、海賊なんてやってるから殺されちまったんだ。自業自得だよ。でも、グラークが頭領になるまでは、あたいらの国もそんなに悪(わる)じゃなかった。金持ちの商人たちからカネをいただくくらいで、襲った船の船員を見境なく殺したり、捕虜を奴隷商人に売り飛ばしたり、そんなことはしなかった。今じゃ何でもありだ」

「・・・」

「そういう国王様はどうなんだい。聞いた話じゃ、大陸は人間の国同士が戦争を始めたり、トカゲ族が侵略してきたり、大変らしいじゃないか」

「そのとおりだ。でも、私には夢があるからね。みんなが幸福に暮らせる国を実現するという夢だ。そのためには私の国を何が何でも守らなければならない。だから、何としてもダルモラ国の支援が必要なんだ。もちろんダルモラ国にとっても、アルカナ国が役に立つよう最大限の支援をするつもりだ」

「それはありがたい。あたいらの島だって、ジャビ帝国が本気で攻めてきたら、たちまち略奪されちまうんだ。小さな国は協力し合わないと」

 ダーラは笑顔を見せると、言葉を続けた。

「それに、みんなが幸福に暮らせる国って、いいよな。あたいらの島も、そういう島にしたい。できるかな」

「必ずできるさ」

「ありがとう。あたいも少しだけ元気が出てきたよ」

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