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第ニ期 41話~80話

第六十三話 ダルモラへの船旅

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 ダルモラ国から外交訪問の了承を取り付けた俺たちは、アルカナの南に広がる海を南下し、ダルモラ国へ向けて航行していた。大将軍ウォーレンに頼んで最も程度の良い船を準備してもらったのだが、それでもボロボロの船である。船全体に灰色の塗装が施されているが、甲板はすり減って木材の色があらわになっている。船べりの手すりもガタがきていて、心もとない感じだ。俺はボロ船の船長に話を聞いてみた。

「船長、かなり年季の入った船のようだが、大丈夫なのか?」

「うへへ、ぜんぜん大丈夫ですよ、陛下。この船は建造してから、かれこれ20年にもなりますがね、今まで一度も沈んだことはありませんよ、うへへ」

 なにをすっとぼけているのかと思ったが、昼間っから酒臭い。やっぱり昔の船乗りといえば、酔っぱらいと相場が決まっているのか。そういえば船倉に大きな酒樽がゴロゴロしていたな。

 手すりにもたれて海を眺めていると、向こうからカザルが上機嫌で歩いてきた。

「いやあ旦那。実にいいお天気ですな。海はベタ凪ですぜ、うへへへ」

 こいつは船乗りでもないのに昼間っから酒臭い。おまけにパンツ一枚で甲板をうろうろしている。南の島へ出かけるというので、半分は観光旅行の気分なんだろう。それにしても暑いな。まだダルモラまでの中間地点だというのに、空気はすでに熱帯と言った感じだ。俺もシャツ一枚に半ズボンというラフなスタイルだ。

 サフィーは年中ビキニアーマーなので、夏は涼しいものだろう。というか、よくあれで冬の寒さに耐えられるものだ。暑いとか寒いとか、魔族だからあまり感じないのだろうか。

 キャサリンは、南国へ行くというので、ミックに無理を言って衣装を新調したようだ。サフィーの影響を受けて最近は露出度がエスカレートしてきた。肩と腰の部分に大きなひらひらリボンがあしらわれた、ピンクのセパレートの水着である。しかし、戦時下だというのに王族が浮かれた格好で歩き回っては兵士の士気に関わる。ここはビシッと言ってやらねば。

「キャサリン!」

「なあに、お兄様。ねえ、この新しい衣装はどうかしら。似合うと思う?」

「すごく似合っているじゃないか。歩く度に肩のリボンがひらめいて、まるで蝶が舞っているみたいにかわいいよ。ちょっと刺激的で、南国にピッタリだ」

 うおお、何を口走っているんだ俺は、全然だめじゃないか。いつもキャサリンのご機嫌をとっているうち、最近はキャサリンの顔を見ると、反射的にお世辞が口から出るようになってしまったのだ。しかし、おかげでキャサリンは上機嫌になった。

「まあ、うれしいですわ、お兄様がわたくしを褒めてくださるなんて。とてもいい気分ですわ。そうだ、今晩は私が魚料理をつくって差し上げます」

 これは危険である。

「あーいやいや、残念だなあ。食材として魚は用意してこなかった」

「そんなの大丈夫ですわ、いま、わたくしは釣りをしておりますの。見て、この釣り竿で魚を釣っているのですわ。わたくしが釣った魚を料理するから大丈夫」

 よく見ると、船べりに釣り竿が挿してあり、糸が海面に垂れていた。そこへ酔っ払いのカザルがふらふら近寄ってきて言った。

「うへへ、キャサリン様は、さっきからクラゲばっかり釣ってるんですぜ。ほら、このあたりに散らばってる可哀想なのが、そうでさ。でも、クラゲは食えるらしいですぜ」

「うるさいわねカザル。あんたもお酒ばっかり飲んでないで、手伝いなさいよ」

「いやいや、あっしは魚を釣りたいとは思わないんでさ。そうさねえ、どうせ釣るなら『人魚』を釣りたいですぜ。人魚ってのは、すっげえ美人で、しかも上半身が裸で、むちむちらしいぜ。そんな人魚があっしに惚れたら嬉しいねえ、うへへ」

「相変わらず酒の毒が頭に回ってるわね、人魚なんか釣れるわけ無いじゃないの。あれは空想上の生き物なんですからね。ほら、そこに釣り竿があるから、さっさと釣りをするのよ」

「へいへい、わかりやした」

 カザルはしぶしぶ釣り竿を手に取ると、ソーセージの切れ端を針に刺して海に投げ込んだ。あんな餌で魚が釣れるんだろうか。というか、こんな大海原の真ん中で、魚なんか釣れるとは思えないのだが。ところが、しばらくすると竿を握るカザルの表情が変わった。

「お、お、お、なんか引っ張ってるぜ。これは大物に違いないですぜ」

「でかしたわ、カザル。絶対に逃がすんじゃないわよ」

「がってんでえ。うお、この、くくく・・・」

 カザルが渾身の力で竿を振り上げると、大きな魚が船に飛び込んできた。見たこともない魚だった。それは人間の顔をした『人面魚』だった。カザルが仰天して叫んだ。

「うわああ、キャサリンお嬢様、変な魚を釣っちまいました。人面魚です」

「きゃあああ、何を釣ってんのよ、この変態ドワーフ」

 その人面魚はオッサンのような顔をしていた。釣り上げられたにもかかわらず、その人面魚は暴れることもなく、妙に落ち着き払っている。

 人面魚はカザルに向かってこう言った。

「おい、人面魚とは失礼なやつだな、俺は人面魚なんかじゃない」

「へ? 何をいってやがるんで、顔が人間だから人面魚にきまってるだろ」

「わたしは人魚だ」

「ウソつけ。人魚がそんなブサイクなオッサンの顔をしているわけがないぜ。人魚ってのは美女と相場が決まっているんだ。おまけに顔だけじゃなくて上半身も女の姿で、裸で、むちむちなんだ」

「いや、それはお前のスケベな妄想に過ぎん。本物の人魚は俺のように顔だけが人間の姿をしていて、女もいれば男もいる」

「男の人魚なんて興味がねえな」

「ほう、そんなに女がいいなら、仲間の女を紹介してやろうか?」

 カザルは一瞬、人面魚の女の姿を想像してみたが、すぐに激しく首を振った。

「いらんいらん、いくら美人でも、顔だけ女の人面魚なんか面白くもなんともない。あっしはむしろ、顔は魚でもいいから、からだがムチムチの裸の女がいいんだぜ」

「ちょっと、この変態ドワーフ、何をいやらしい会話してるのよ。その人面魚をさっさと海に返しなさい」

「でも、キャサリンお嬢様が料理をされるんじゃないですか」

「するわけないでしょ、そんなもの食べたら、夢に出てくるわ」

「キャサリンお嬢様がそう言っているから、お前は逃がしてやることにするぜ」

「おおそうか、それはありがたい。いちおう仲間の女には、お前の話を伝えておく」

「いらんわ、さっさと帰れ」

 人面魚は海の底へと沈んでいった。しばらくすると、今度はキャサリンの竿が大きくしなった。大物がかかったのだろうか。

「きゃああ、来たわ、来たわ、おおきいわよ」

「また、おおきいクラゲじゃないんですか」

「なによ、こんどはクラゲとは引きが違うのよ。お兄様、手伝って」

 俺は急いでキャサリンの背後に回ると、彼女の竿を一緒に握り、引っ張った。かなりの重さである。だが引き具合が魚とはちょっと違う気がした。それでも全身の力を込めて引っ張ると、赤黒い塊のようなものが船に飛び込んできた。勢い余ってキャサリンと俺が尻もちをついたものだから、その赤黒い塊は俺たちの上に落ちてきてキャサリンの胸に張り付いた。

「きゃあああ、なにこれ、タコじゃないの」

 外洋でタコなど釣れるはずは無いのだが、ここは異世界なので何でもアリである。タコはキャサリンの胸に張り付いてしまい、ちょっと引っ張ったくらいでは、まったく取れない。念のためタコの足の付け根をくすぐってみたが、そんなんで取れるはずもない。

「はああ、どうしましょう。お兄様、なんとかして」

「何とかしてと言われても困ったな。攻撃魔法じゃあキャサリンにも当たってしまうし」

「こうなりゃ、あっしがタコの頭を掴んで、力ずくで引きはがしやしょう。せーので、いきやすぜ。せーの・・・」

 俺がキャサリンのからだを押さえて、カザルがタコの頭を掴んで引っ張る。

「痛い痛い、吸盤が・・・」

 ポン、とタコが取れると同時に、キャサリンの胸を覆っていた水着の衣装が、タコの足に絡まって取れてしまった。反動で後ろに転がったカザルのハゲ頭にタコが落ちて張り付き、絡まっていた水着の衣装がカザルの顔を覆った。

「うえへへへ、これは参りましたぜ。あっしじゃなくて、タコのせいでやす」

「いやああ、このスケベ、変態、返しなさいよ」

 キャサリンは真っ赤になってカザルから衣装をふんだくると、プンプン怒って船室へ行ってしまった。一方のタコは、カザルの頭に張り付いて離れない。ハゲたあたまに毛がない分だけ吸盤の吸い付きが良いらしく、いくら引っ張っても取れない。カザルの頭に張り付いた八本のタコの腕が、さながら長髪の束のごとく顔の左右に別れて顎のあたりまで垂れ下がっている。そこへサフィーがやってきた。

「おや、カザルじゃないか・・・。うわははは、どうしたんだ、そのタコ、すごく似合っておるではないか。まるで髪の毛が生えて若返ったようだぞ。そうか、こうして見るとお主も若い頃は、なかなかの色男だったのじゃな」

「やかましいわ」

「それにしても、お主の顔。何度見てもオカシイのじゃ、あっはっは・・・」

 サフィーがカザルの頭に張り付いたタコを指さして大笑いしていると、突然タコがサフィーの顔に向かって大量の墨を吐いた。サフィーの顔が真っ黒になった。サフィーが怒った。

「貴様、ドワーフの分際で、われに喧嘩を売っておるのか」

「なに言ってるんでえ、墨を吐いたのはタコだぜ。喧嘩するならタコとやってくれ。ところでサフィーは何をしに来たんでえ」

「われか? われは釣りをしに来たのじゃ。釣りといってもお主らのような小物狙いではないぞ。狙い目は『巨大サメ』じゃ。人間を食らうほどの大きいサメじゃ。そんなわけじゃから、カザル、お主、サメのエサにならんか」

「なんだって? じょ、冗談じゃないですぜ。死んだらどうするんでえ」

「大丈夫だ、われが<皮膚硬化(ハーデニング)>の魔法をかけるゆえ、もしサメに食われても死ぬことはないぞ、死ぬほど痛いがな。手足がもげることもない、安心せい」

「そんなんで安心なんかできるかよ。おまけに、あっしにどんなメリットがあるってんだ」

「そうじゃな、サメの目玉をやろう。貴重品じゃぞ。そんで残りはわれが食うのじゃ」

「あいかわらず強欲な奴だな。あっしは、絶対にサメのエサなんかやらないですぜ。他のヤツに頼んでくれ」

「それは残念じゃ。仕方がない、われが自らサメのエサになるから、サメがわれに食いついたら、お主らがロープを引き上げてくれ」

 見ると、マストの上から太いロープが下がっていて、その先には錨の大きさほどもある巨大な釣り針が結んである。というか、勝手に錨を釣り針に転用してしまったようだ。サフィーはまるでジャンピングホッパーにまたがるように、その巨大な針に飛び乗ると、そのまま海に飛び込んでしまった。

「あーあ。サフィーのやつ、本当に飛び込んじまいやがったぜ。どうしやす、旦那」

「どうもこうも、相変わらず魔族のやることは無茶苦茶だな。本当にサメに食われてしまわないか心配だ。大丈夫かな。とにかく、何かあったらすぐに引き上げよう」

 俺とカザルは船べりの手すりにしがみついて、サフィーの沈んだ海面を覗き込んでいたが、やがて水面が大きく盛り上がると巨大なサメが空中に飛び出した。サメの開いた口には大きな錨がはさまっていて、サメの口から上半身だけ乗り出したサフィーの姿があった。サフィーが大声で叫んだ。

「あっはっは、見ろ、サメを捕まえたのじゃ、サメを捕まえたのじゃ、お主ら、早く引き上げてくれ」

 サフィーがサメを捕まえたというより、どう見てもサメに食われているようにしか見えない。サメに半分食われながら喜んで笑っているシュールな絵面(えずら)である。やっぱり魔族は無茶苦茶だ。そんなことはどうでもいい。船に居る連中が総出で、マストにかけられたロープを引っ張る。サメは水中に潜ると、すさまじい力でロープを引っ張った。マストがしなり、船が大きく傾く。酔っ払いの船長が叫んだ。

「陛下、このままだと船が沈んじまいます。なんとかしてください」

 こりゃまずいぞ、船がやられちまう。サメが再び空中に飛び出した瞬間に、俺はサメの腹部を狙って数発の<氷結飛槍(アイスジャベリン)>を打ち込んだ。巨大な氷の銛(もり)を打ち込まれたサメはすぐに動かなくなった。俺たちがサメを甲板に引き上げると、体長15メートルもある巨大なサメだった。

 俺たちは呆れて口も聞けない状況だったが、サフィーは食料が手に入って上機嫌だった。

「あっはっは、やったのじゃ、これで当分は腹一杯にくえるのじゃ。どうじゃカザル。大丈夫だったじゃろ。次はお主がエサの番じゃ」

「あほか、サフィーに付き合っていたら、命がいくつあっても足りないぜ」

 しかし、こんなバカ騒ぎをしている場合ではないぞ。順調に風に乗ればあとニ週間でダルモラに到着するというが、ここ数日間はまったく風がない。

「船長、風がぜんぜん吹かないが、こんな調子で大丈夫なんだろうか」

「いやぁ陛下、こりゃ全然ダメですぜ。このまんまじゃ海流に流されて、どっかの無人島にでも行っちまいます」

 ルミアナが帆を見上げながら言った。

「陛下、風魔法を使いましょう。初級の風魔法でも船を動かすくらいの風を起こすことはできます。初級の風魔法なら私でも使えますので、陛下と交代で帆に風を送り続ければ、予定どおり到着できるでしょう」

「なるほど風魔法か。船尾に立って帆に風を送り続けるのは面倒だが、自然に風が吹き始めるまでは辛抱するしかないか。よし、やろう、風を送る魔法を教えてくれ」

 俺はルミアナから<風(ウィンド)>の魔法を教わると船尾に立った。ルミアナが俺に言った。

「アルフレッド様、くれぐれも最小魔力でお願いしますね。陛下が本気で魔力を出したら、船が吹き飛んでしまいますから」

「ああ、わかっているよ」

 俺はそよ風をイメージしながら<風(ウィンド)>を念じた。いい具合に風が吹き始め、帆が大きく膨らんだ。帆柱がギシッと音を立てると、凪の静かな海面を船が滑るように走り出した。

「わああ、気持ちいいですわ」

 船室から出てきたキャサリンが喜んで声を上げた。船は順調に航海を続け、予定通りにダルモラへ到着した。

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