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第ニ期 41話~80話

第五十八話 謎のエルフの男

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 ここはエニマ国の王都エニマライズである。全身に黒いローブを纏った一人のエルフの男がゆっくり歩いている。フードを深く被っているため、その表情は読めなかったが、暗く不気味な雰囲気を漂わせている。エルフは一人の通行人に声をかけた。

「おい、そこの男。王城がどこにあるか教えろ」

 横柄な態度でいきなり呼び止められた通行人は、エルフを見ると不機嫌そうに言った。

「なんだ偉そうに・・・エルフか。エルフになんか教えねえよ」

「そうか・・・なら、これならどうだ・・・」

 そう言うと、エルフの男は素早く右腕を振り上げて通行人に何かを念じた。すると通行人が喉元を抑えて苦しみだした。

「く、苦しい、息ができない・・・やめろ、やめてくれ。教える、教えるから」

 エルフの男がニヤリと笑って言った。

「ふん、人目がなければ殺していたところだ。さっさと教えろ」

 通行人から王城の場所を聞いたエルフの男は、その方角へゆっくりと歩いていった。

ーーー

 エニマライズにある王城では、国王マルコムと大将軍ジーンが戦況について話し合っていた。ジーンの話を聞いたマルコムは非常に驚いた。アルカナ王国が、ほとんど無傷でジャビ帝国軍を退けたとの報告を受けたからである。

「まさかアルカナ国がジャビ帝国を撃退するとは・・・どんな策を用いたのだ」

「はい、アルカナ国はアルカナ川の水門を開け放ち、増水した水で帝国軍を押し流したようです。さらに、アルカナ川が増水したため水深が深くなり、流れも早くなり、船でなければ渡ることは困難になりました。加えて冬を前にして寒さが厳しくなってきたことから、ジャビ帝国軍は王都アルカの攻略を断念して撤退した模様です」

「う~む、ジェイソンが占領した水門をアルカナに奪い返されたのが痛かったな」

「それだけではありません。アルカナ軍が『鉄砲』と呼ばれる新兵器を使ったとの情報があります。鉄砲は飛び道具の一種ですが、鉄の筒に火をつけると凄まじい音や煙とともに鉛の玉が発射されるものです。その威力は凄まじく、トカゲ兵の鱗を簡単に貫通してしまうそうです」

「なんと、まことか。我が国でもその鉄砲とやらを急いで作らねばならんな。何としても製造方法を盗み出すのだ」

「かしこまりました」

「ところで、アルフレッド国王が魔法を使うという噂は本当なのか?」

「はい、今回の戦いでもアルフレッドが魔法を使っているところを目撃している者が大勢おります。ですが、ご心配には及びません。先日、我が国でも魔法が使えるというエルフの男を雇い入れました。その者を呼んでおりますので、お目にかけましょう」

 ジーンはそう言うと、お付きの兵士に合図を送った。兵士が急ぎ足で部屋を出てからまもなく、黒いローブを纏ったエルフの男がゆっくりと入ってきた。エルフの男はマルコムの玉座の前に歩み出ると跪いた。

「お初にお目にかかります、私はエルフのガルゾーマと申します。この度は魔法を使える傭兵をお探しとのことでしたが、それなら私が適任です。私は100年以上もエルフ魔法を研究してきた第一人者ですからな」

「それは頼もしいな。アルカナ国には魔法の使い手が何名かいるようだ。エルフの他にも、アルフレッドという人間の国王が魔法を使うらしい。お前にはそいつらの相手をして欲しい。できるか?」

「魔法を使う人間ですと? それは驚きですな。しかし人間ごとき敵ではありません。お任せください、私が始末して見せましょう」

「そうか、ガルゾーマとやら、よろしく頼むぞ」

ーーー

 ガルゾーマは王城を後にするとエニマライズの町中を抜け、街の門から外へ出ると林の中へ入った。林を奥へ進むと、地面に何かの魔法図形が描かれている場所に出た。あたりに誰も居ないことを確認すると、ガルゾーマが魔法を念じる。魔法図形の上に輝く光の柱が出現した。その中にガルゾーマが入ると姿が消えて、次の瞬間、別の場所にある、石壁に囲まれた暗い部屋の中に現れた。

「ふっ。<転送(トランスファー)>は実に便利な魔法だな。まあ、この古代エルフの魔法が使えるのは、今となっては、俺様以外にほとんど居ないがな・・・」

 エルフの男は転送してきた狭い部屋から隣の部屋へ向かった。部屋には明かりがほとんどなく暗い。かなり広い空間には、様々な物が置かれている。架空の動物をモチーフにした石像や文様の刻まれた石柱、あるいは黒い石棺、割れた壺、それにミイラのようなものまで、無数の品々が所狭しと並べられている。どこか別の遺跡から発掘してきた遺物のようだ。それらの上には埃が積もり、かなりの年月が経過していることがわかる。

 男はそれらの遺物の間を歩いて奥に進む。部屋の隅には作業用の机や椅子、ベッドなどが置かれ、そのあたりだけは幾つもの明かりが灯されている。光源は光る魔法石のようだ。男は古びた長椅子にゆっくり腰を下ろすと腕を組み、どことなく邪悪な笑みを浮かべているように見える。

「いよいよ、我がエルフ族の復讐を果たす時が来た。アルカナ王国には滅びてもらわねばならん」

ーーー

 戦勝祝賀会の乱痴気騒ぎが終わってから数日が過ぎた。俺とイシル国のルーク国王は、アルカナの王都アルカにて会談することになっていた。エニマ国に対する今後の方針について話し合うためだ。

 ルーク国王の一行が城に到着すると同時に、何やら大きな包が広間にいくつも運び込まれてきた。はて、何だろう? やがてルーク国王が広間に入ってきた。今にも笑い出しそうなほどの、満面の笑顔である。相変わらず横にはピッタリと祈祷師の老婆がくっついている。

「あははは。お久しぶりです、アルフレッド国王。あははは」

「これはルーク国王、お元気そうで何より。すいぶんと、ご機嫌がよろしいですね」

「あははは。いやなに、例によって『今日は何があっても常に笑っていなければならない』と占いに出たのですよ。それで朝から常に笑っているのです、あははは」

「そ、そうですか。まあ、笑う門には福来たると申しますので、結構ですな」

「いやまったく、あははは。ところで、この度は見事にジャビ帝国軍を撃退したと伺いました。いやぁはは。まことにおめでとうございます」

「ありがとうございます。トカゲ共をアルカナの海に押し流してやりましたよ。とはいえ、まだエニマ国との戦争が始まったばかりですし、喜んでばかりはおられません・・・ところで、先ほどから広間に大きな荷物がたくさん運び込まれておりますが、これは何でしょう?」

「あははは、これはキャサリン様へのプレゼントですよ。エニマ国内のあちこちから、珍しい品物や高価な食べ物などをかき集めて持ってまいりました、あはは」

 うわ、ルーク国王は本格的にキャサリンに入れ込んでるな。毛皮のコートにシルクのドレス、宝石、お花の絵画や豪華な椅子まである。戦争中だというのに大丈夫なのか。

「キャサリン様はどちらに・・・」

 俺は部屋からキャサリンを呼んできた。キャサリンがルークに挨拶した。

「ルーク国王様、ようこそお越しくださいました」

 ルーク国王は、満面の笑みを浮かべた。

「あははは、キャサリン様、なんと美しいお姿でしょう。宮殿の滝つぼに落ちたお姿も素敵でしたが、今日は一段と艶やかに見えます。あははは、さあ、これらの品々はキャサリン様へのプレゼントとして持参いたしました。どうぞ、お受け取りください、あははは、ははは」

 キャサリンが俺に耳打ちした。

「この人、さっきから笑ってばっかりで気持ち悪いですわ。頭は大丈夫なのかしら」

「例の占いによって、今日は一日中笑ってなければならないんだ。気にするな」

 キャサリンは引きつった笑いを浮かべながらルーク国王に言った。

「おほほほ、ありがとうございます。本当によろしいのですか」

「あははは、ご遠慮なさらず。あ、アルフレッド殿にもお土産を持参いたしました」

「ありがとうございます。なんでしょうか、これは」

「宮殿の庭で栽培している薬草で作った団子です。食べると身体にいいですよ、どうぞお召しあがりください、あははは」

 えらい待遇の差だな。というか、こいつは本当に薬草団子なのか? この前は俺とキャサリンの仲が良いことに、妙な嫉妬をしていたからな。薬草じゃなくて毒草という危険性もある。それはさておき、さすがにこんな豪華な品々を受け取るわけにもいかないな。お断りしよう。

「お気持ちは大変にありがたいのですが、戦争で人々が苦しんでいるご時世でもありますし、そのような高価な品々を受け取るわけには参りません。キャサリン、丁重にお断りしなさい」

「あら、どうして? せっかくわざわざイシル国から持参くださったのに・・・ははあ、さては、わたくしがルーク様に取られてしまうのではないかと、ご心配なのですね。わたくしがルーク様のところへ行ったら、お兄様とお馬さんごっこもできませんものね・・・」

「うわ、ば、馬鹿なことを言うんじゃない」

 ルーク国王の目が点になった。

「お・・・お馬さんごっこ・・・」

 それを見た祈祷師の婆さんが叫んだ。

「な、なんと破廉恥な姫様じゃ! 女性にまるで縁のないルーク様の前で『お兄様とお馬さんごっこ』などと、刺激的な言葉をこれみよがしに使うとは。ルーク様が変になったらどうするんじゃ」

 突然、ルーク国王が笑い出した。

「あーっはっはっ。キャサリンお嬢様のお馬さんの役目、このルークがいつでも引き受けますぞ、お馬さん、お馬さん、あーははは」

「ほれ見なされ、ルーク陛下の頭が、おかしくなったではないか」

「あーはははは・・・。ちがうわ、このクソばばあ。お前のおかしな占いにつきあわされて一日中笑っているおかげで、頭がおかしくなったんだ」

 わけのわからない占いのせいで、ルーク国王もストレスが溜まっているのだろう。しかし次回ルーク国王に会った際には、どんな奇行がみられるのか楽しみではある。それはそうと、俺は本来の会談の目的である今後の方針について話すことにした。

「ルーク国王、同盟国のネムル国に関する情報は何かありますか?」

「極めて悪い状況です。ネムル国に侵攻したエニマ国軍ですが、アルカナ国がジャビ帝国軍に対処している間にも着々と占領地を広げ、現在はネムル国の王都を包囲しているらしいのです。陥落するのも時間の問題だと思われます。近いうちにネムル国は降伏してエニマ国に併合されるでしょう」

「なるほど、となれば交渉によってエニマ国を降伏に追い込むことはかなり難しい情勢と言えますね。エニマ国は、併合したネムル国の兵力を吸収したのち、軍隊を整えて我々に攻撃をかけてくるのではないでしょうか」

「となれば、早急に防御を固めなければなりませんね」

 俺はテーブルの上の地図を指差しながら言った。

「おそらくエニマ国は、真っ先にアルカナ川の水門を奪いに来るはずです。なぜなら、我が国の食糧生産を始めとする多くの産業は、水門から引き込んだアルカナ川の水に依存しているからです。ここが我が国の急所と言えます。しかも同時にエニマ国にとっても急所です。我が国がアルカナ川の水門を完全に開けてしまえばエニマ川の水量が激減し、エニマ川下流域の穀倉地帯がダメージを受けるからです」

「なるほど、何よりもまず、アルカナ川の水門での攻防になると」

「そうです。我々としては水門の周辺に強固な陣地を構築し、そこにエニマ国軍を引き付けておきます。その間にイシル国も弱点の防御を固めていただきたいと思います」

「うむ承知した。我々もネムル国との国境の守りを強化しておく」

 ルーク国王との会談が終了してから数週間後、ネムル国はエニマ国に降伏した。

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